2020/04/17

急がず 焦らず 無理をせず

最近になって本格的に使い出した自宅のノートパソコンのキーボードに慣れていなくて、これが在宅勤務の支障の一つになっている。この数日、タイピングのフィッティングもかねて録を書き綴っているのだが、ようやく慣れてきた。


新型コロナウイルス感染症に起因する悩みについて録を残し続けていると、書いている本人でさえ気が滅入る。たまには前向きになるように文章を綴ってみよう。

「急がず 焦らず 無理をせず」

この交通安全の標語のようなフレーズは、ネットで検索してみると実際に安全標語のコンクールで入賞した言葉に似ている。

私にとってこの言葉は、とても思い出深いパワーフレーズになっていて、たまに困ったことがあるとこの言葉を思い出すことにしている。

2016年から2018年頃にかけて、私は夫婦共働きの子育て、および長時間の満員電車での通勤に伴うストレスが原因でバーンアウトしかけた。

今となっては自身の価値観を変える上で貴重な時期だったと思うし、この経験があったからこそ辿り着いたことも多い。

けれど、当時は地獄でしかなくて、男として、夫として、父親として実に情けなく感じるとともに、ダメ人間だと自らを恥じた。

自分が築いた家庭が原因で疲れ切ってしまい、思考が上手く働かず、仕事にまで影響が生じており、このままでは家庭が傾いてしまう。私は焦った。

生涯の伴侶として連れ添うと誓った妻が毎日怒っている状態で、私は家庭における自分の居場所どころか、どこかに逃げ場所を探すような情けない日々が続いた。

私が浮気をしたわけでも、家庭が経済的に困っているわけでもなく、自らのこだわりに沿う家庭の姿にならないと妻が怒っているような状態だった。

当時は、怒声だけではなくて、物を叩きつけたり投げつけたりと、妻の激しい言動はずっと続き、私なりに何とかしようと努力してはみたものの、一度火が付くと止まらない。

これが夫婦で逆だとDVということになって離婚案件だが、日本では往々にして夫は耐えることになる。耐えられなくなっても金を払い続けることになる。結婚したくない男性が増える理由も分かる。

このままではバーンアウトから適応障害や鬱病に移行してしまうと思い、かといって家庭を崩壊させるわけにもいかないと思った私は、ロードバイクに乗って浦安と都内の職場を何時間もかけて往復して通勤するという手段に出た。

我ながらおかしな選択だったと思うが、当時は必死だった。

例えば心療内科に通って薬漬けになることは避けたかったし、電車通勤が苦痛ならば電車に乗らなければよいという判断だ。自動車では逆に道路が混んでいて通勤が面倒だし、オートバイは事故の危険を懸念した。

まあ、ロードバイクであっても危険であることに変わりはないが、毎日の運動を続けるということも、心身の健康のためには良いことだなと。

とはいえ、2年間の合計で地球の半周分を走ったロードバイク通勤だったが、最初の数か月はとても辛かった。

これによって本当に何かが変わるのか確信が持てなかったし、家庭では私が体調を崩していると伝えたにも関わらず、妻の言動は変わらなかったわけだから。

妻は夜に感情が高まって怒り出すと、翌日の朝まで怒りが続いた。子供たちに妻が怒声だけではなくて暴力を振るうのではないかと、私はいつも怯えていた。

朝一番で怒鳴り散らしている妻の声を聞いた後での出勤は悪夢のようで、しかし、彼女のこだわりを実現するだけの気力が自分に残っていないことを私は感じていた。

この先、どうすればいいのかを見つけられず、しかも思考が上手く回らないという状況だ。

通勤で吐きかけながら職場にたどり着いても、なかなか集中ができない。仕事の進捗は大幅に遅れ、職業人としてポテンシャルを発揮できない日々が続き、私はとても焦った。

当時の私は、「責任の重い長時間の仕事」や「感覚過敏を抱えた長時間の電車通勤」、「夫婦のフルタイムでの共働き」、「複数の子供の子育て」といったいくつものタスクをこなすべきだと思い込んでいた。

これに加えて浦安市内で生活している妻の実家との付き合いという要素もある。

生きる上で目標を設定することは大切で、私はそれが可能だと思いながら生活を続けていたわけだが、今になって過去の私を眺めてみると、明らかに無理な目標を設定していたわけだ。

しかし、それらのタスクを果たさねば、急がねば、どうして夫婦関係が上手く行かないのか、どうして妻が怒っているのか、どうして通勤が辛いのかという感じで思考が堂々巡りし、落ち着いて自らを見つめることさえできなくなっていた。

毎日、何かに追いかけられているような焦りや不安、先の見えない苦しみ。そういったものに悩んでいた。いや、何に悩んでいるのかさえ分からなくなってきていた。

心の底から笑ったのはいつだったろうか、嬉しさも悲しさもあまり感じなくなって、感情が枯渇していた。

職場だとか、ロードバイクサークルだとか、そのような社会生活を送る上では心に仮面をつけて耐えてはいたけれど、いつ糸が切れて倒れるのか分からないくらいの状態だった。

或る日の朝、暗い気持ちでロードバイクに跨り、自宅から都内の職場に向かってペダルを漕ぎ始めた。シンボルロードとやなぎ通りを抜け、浦安橋を越えて車道を走っていたところ、2トントラックが信号待ちで停まっていた。

自動車にしても、自転車にしても、その他の物にしても、使い込んだからこそ漂う格好良さがある。その2トントラックは明らかに仕事用で、車体は傷だらけで、所々に錆が浮かんでいた。

トラックの運転手は年配の人なのだろうか。信号が青になっても、ゆっくりと走っていて、私はそのトラックの後ろを走る形になった。

そして、ふと荷台に目をやると、車体の後方に一枚の紙が貼られていて、風を受けてヒラヒラと動いていた。

「なんだろうな?」と信号待ちの時に近づいてその紙を見ると、A4くらいの紙に太い手書きの文字で、「急がず 焦らず 無理をせず」と書かれていた。

そのトラックの運転手としては、背後からの煽りや迷惑運転に対するメッセージとして紙を貼ったのかもしれないが、私にとってはとても大きなインパクトがあった。

その言葉を見た瞬間に涙が止まらなくなった。

心の周りを覆っていたガラスのようなものが砕けて飛び散ったような衝撃があった。

アイウェアを付けているから汗だと思ってもらえるだろうと、ずっと泣きながらロードバイクに乗って走り続けていた。しかし、途中から声を出して泣いていたので、運転手や道端の人たちから見ると明らかに不審なロードバイク乗りだな。

都内には無数のトラックが走っていて、おそらくその標語を車体に貼っているトラックはこの一台だけだろう。そこに疲れ切った一人の父親がロードバイクに乗ってやってくる確率は、計算上はあり得ない数値になるはずだ。

それまでの私は、可能なはずだと急ぎ、どうして上手く行かないのだと焦り、無理を続けて調子を崩していた。

職業人としてより高みを目指し、家庭においてはより良き夫、より良き父親を目指し、苦手な電車通勤も耐えることができると思っていた。

子供を産んでから別人のように気性が荒くなってしまった妻であっても、私が頑張っていれば、きっと再び優しく穏やかな妻に戻ると思っていた。

しかし、それらは最初から無理な目標設定であって、自分の器を自分で受け止められず、むしろ負荷を増大させ、自らの感情さえ枯渇させてしまっていることに気付いた。

例えば、ネットを見ても分かるだろうけれど、人は自分をできるだけより良く魅せたいという気持ちがあって、自分は知的だとか、自分は金持ちだとか、自分は体力があるとか、そういった自己顕示や承認欲求は自然なことだと思う。

バーンアウトしかける前の私には、とても大きな自尊心があり、競争心があり、プライドもあった。人は誰だって自分の能力が足りないとか、自分は人より劣っているとか、そのような負の要素を感じたくないものだ。

しかし、泣きながらロードバイクで走っている自分は、明らかに人として情けない状態だ。仕事と家庭の両立どころか、自らの家庭でさえ上手く維持できていないではないか。

たが、一人の人間が処理しうる力には限界がある。それを超えて何とかしようとすれば、どこかに無理が生じ、結果として全体のパフォーマンスが落ちることだってある。

自尊心はもちろん大切だが、「自分なんて、この程度の人間だよ」と、自分自身の能力の限界を自分で笑い飛ばせるくらいの心持ちでいた方が、全体として考えた場合にはプラスになるのではないか。

しかしながら、それは概念変換に近いことであって、自分自身の力だけでは考えを変えることは難しい。

とりわけ、自らを追い込んでしまう思考のループ、あるいは心の負荷を止めるためにはどうすればよいのかと考えてみると、なかなか簡単には思い浮かばなかった。

ところが、疲れ果てていた私の目の前に、「急がず 焦らず 無理をせず」という簡単に思いつきそうな、しかしこれ以上のシンプルな表現があるのだろうかという手書きの言葉が現れた。

これが街のどこかに活字体で貼ってあっても心に響かなかったことだろう。使い込んだボロボロのトラックの車体に、手書きで書いてあったからこそ心に響いた。

トラックの後ろをしばらく泣きながらロードバイクで走った後、トラックは右折して去ってしまった。

SFの小説や映画だと、そのトラックを運転していたのは未来からやってきた年老いた自分自身だったという展開になりそうだが、結果としては同じだな。

もちろんだが運転手が誰だったのかは分からないし、彼は私の人生観を変えたことさえ気が付いていないはずだ。

私は、そのまま道路を真っすぐ走り、この不思議なパワーフレーズを何度も唱えた。この言葉は、受け取り方によっては怠惰を引き起こすような意味として解釈されるかもしれない。

必要な事象があって、それに対して急ぎもせず、焦りもせず、無理もしないというスタイルを堅持すると目的を果たせないことだってある。普段からさぼっている人であれば、大して意味のない言葉になることだろう。

他方、このフレーズは、余裕がなくなっている人にとって自らを追い詰めないための要素としてとても重要だが、それ以上に大切だと感じることはある。

それは、自らが取り組んでいることが何かをしっかりと受け止めて、自らの力の限界をわきまえることだと、私なりに思った。

当時の私は、自らの力の限界を明らかに超えた目標を設定して苦悩していたが、取り組む内容について地に足を付けて受け止めていなかった。いや、考えようとしなかった。それが自らを苦しめていったわけだな。

先ほどの私にとってのパワーフレーズとよく似た名言がある。

良寛さんの言葉。

遠い昔の話だが、幼い頃の私は1歳くらいから小学校に入る前まで祖父母の家に預けられて育った。とても穏やかで平和な毎日だった。

私に宗教的な意図がないことを明言した上で記すと、母親代わりの祖母はとても真面目な曹洞宗の仏教徒だった。

私が子供の頃は座禅を組んでいたし、今でも簡単な経ならば唱えることができる。

かなり昔なので、和尚さんの説教だったか、祖母からの教えだったのか、何かの本で読んだのか、おそらくそれら全てかもしれないが、曹洞宗の高僧だった良寛は、とても大切な言葉を残した。

「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」

ネットで検索すれば数えきれないくらいの記事がヒットするので、とりわけ細かく説明する必要もない。

「災難に遭う時には災難に遭えばいい、死ぬ時には死ねばいい」という冷酷にも感じるフレーズの後に、「それを受け止めることは災難を逃れるための方法だ」と良寛は説いた。

とても不思議なフレーズだが、何度も繰り返して読むと本意が伝わってくる。

「是は」という箇所がとても大切で、この二文字がないと意味が変わる。

良寛としては、災難や死が訪れることを気にせず、思考を停止させて気ままに振舞えばいいと言っているわけではない。

戦や地震、水害等の災いがやってきて、「そうか、これを受け止めるのだな」と暢気に構えていたら災いに巻き込まれる。

だからこそ「是は」という二文字を追加したのだろうな。

つまり、避けられない事象について怯えるのではなくて、避けられないことがあっても自らの心の中で受け止め、その上で落ち着いて物事を考える。

その心構えこそが災難を回避するための術だという意味なのだろう。良寛がどうしてあえて行間を読む必要があるフレーズを残したのか、その理由は分からない。

また、良寛としては彼個人の考えだけではなくて、その時代あるいは過去に生じた事例を学んだ上で、災いを逃れることができた人たちの傾向を分析したのではないかと私は勝手に理解している。

併せて、災いや死を恐れて過剰に反応した人や、現実を受け止めることができなかった人の方が、実際の悲劇に巻き込まれることが多かったという話を見聞きしたのかもしれない。

どうしてそのことを推測してしまうのかというと、「災難をのがるる妙法にて候」の「妙法」という部分。

良寛は、手段や方法という意味において、なぜに「妙法」という単語を用いたのか。妙法とは巧妙な手段というニュアンスもあるが、仏教においては言葉で説明できない深淵で不可思議な教えという意味がある。

つまり、良寛としては、確実な根拠を持っていたというよりも、その当時の社会で知りうる情報を幅広く取り入れた後で辿り着いた、不思議なパターンという意味合いがあったのかもしれない。

これは私感だけれど、当時の高僧と呼ばれた日本の僧侶たちは、社会における宗教的指導者という役割だけではなくて、現在の哲学者や社会学者、あるいは心理学者といった多分野の研究者に相当するような役割も担っていたのかもしれない。

空海に至っては土木工学等にまで精通していたようだし、良寛の場合には僧侶でありながら、詩人でもあり、歌人でもあり、書家でもあったわけで、言葉や文章によって人に影響を与える能力があったことは確かだろう。

当時の人々は信仰という存在に携わる対象としてだけでなく、歴史や智慧を伝達する存在として僧侶を敬ったのかもしれないなと思う。

当時は科学的なエビデンスどころか、法さえも十分に整っていない社会だったわけだ。人々が規律を保って生活するためにはどうすればよいか。

不安定な社会情勢の中で、より穏やかに意義深く生きる上で何が大切なのか。さらには根本的な疑問として、人はどうして生きるのか。

当時、そのような幅広い学術的なテーマについて、多数の書物を読み、黙々と思考し、議論を続けることができた職業は少なかったことだろう。

良寛の名言は、文明が高度化した現代であっても決して色褪せていなくて、まさに今こそ強烈なメッセージを伝えるパワーフレーズだと思う。

ネットやテレビ等のメディア、あるいは個々の情報発信等を介して情報の氾濫が生じ、社会全体が浮足立っているように感じられる。

社会が混乱し、多くの人たちが大きなストレスを感じ、一体、自分に迫っている問題が何かさえよく分からなくなってきているのではないだろうか。

脅威が迫ってきて様々なことを心配して怯えたり、どこかに悪者を設定して怒りを投げつけるよりも、脅威が実際に自分にやってくる現実を覚悟し、きちんと受け止めた上で対処を考えた方が行動の選択がより明確になる。

現実を真正面から受け止めたり、覚悟ができてないからこそ、実際の事象よりもはるかに大きなストレスを感じたり、逆に思考が停止してリスクに向かって進んでしまう人が出てくるのかもしれないな。

そういえば、最近では世の中が慌ただしくて、ネットばかり見ていた感がある。

確かに科学技術は便利な存在ではあるし、脅威に立ち向かうための武器ではあるけれど、それらに依存し過ぎると単純な解決のためのヒントを見過ごしてしまうかもしれない。

私たちは、今、どのような状況で、何が問題になっていて、どうすればよいのか。

実際に脅威が迫って慌てるのは、その現実を受け止めて覚悟していなかったからではないのか。

そういえば、科学技術が整っていない大昔の時代であっても、災いが生じた際に人々の間で飛び交う様々な「流言」が状況をさらに悪化させたという話はよくあったそうだ。日本に限ったことでもない。

かつては人伝に広がっていた流言でさえ、便利なご時世ではテレビやネットに乗って広まってしまう。

恐怖や懸念を減らすためにより多くの情報を取り入れようとして、逆に個々の恐怖や懸念が高まり、社会全体が混乱し、結果として解決に向かう対処が十分になされていないことに、多くの人たちは気づいているだろうか。

あくまで私感だが、地震や台風といった局所的な事象について言えばツイッターは有用だが、国内どころか世界規模で広がる感染症の場合には、ツイッターを見ない、あるいは信頼しうる情報源からのみ情報を取り入れた方が心穏やかに生活することができる。

この数か月、普段よりもずっと高い頻度でネットニュースやツイッターを眺めていたが、事実と異なる情報、あるいは荒れた人々の心の中が多すぎて、情報源としてはあまり意味がないことに気付いた。

テレビは見ないので最初から分からないが、ある程度の想像がつく。

あくまで一人の浦安市民として考えれば、「最近、何だか疲れているな」と感じたら、テレビを破壊して、ツイッターのアカウントを削除して、浦安市の公式サイトならびにアナウンスを情報源として対応した方がずっと効率的で確実だと思う。

地震や台風といった自然災害のような体で感染症の大規模流行を捉えていると、心の中が疲れて当然で、過去の名言にもあるように心の中、正確には思考を落ち着けることが大切だな。

十分な量の食糧と日用品、たくさんの本と趣味的なものを自宅に用意して、嵐が過ぎるまで家の中でのんびりしていても、ネットやテレビにのめり込んでカリカリと感情を波立たせていても、おそらく結果は変わらない。

むしろ前者の方がリスクが低くて健康的だな。

それにしても、浦安の行政は窮地に強い。どうしてだろうか。

河川の大規模汚染やキティ台風、東日本大震災による液状化といった数々の危機を乗り越えてきたからだろうか。

千葉県の行政よりも浦安市の行政の方が状況に応じて臨機応変に対応していることを実感する。最初のスタートは慎重だったが、この機動力には驚く。

リーダーを中心として滑らかに起動するシステムがあるのだろうか。もしくは、市役所の中の人たちに浦安出身者が多くて、故郷を守ろうという気概が高いからだろうか。

私にとっての浦安は住みたくない街で、いつも引っ越すことばかり考えてきたけれど、この場所で世帯を構えたことは間違っていなかったかもしれない。

うん、やはり、少しでも前向きな録を残すと、自らの気持ちが楽になる。この調子だな。