天井裏のドコドコドン
何組もの家族が物件を見に来た。多くが新人のパパママたち。未就学児の段階で引っ越しておくと、そこが小学校の学区になり、本格的な家族の生活が始まる。
この物件が売りに出される前、上の階の部屋の住人は子育て中の家族だった。
小学生くらいの子供たちが走り回る音がうるさく感じたが、まあこれくらないならと我慢することができた。
その家族がどこかに引っ越して、業者がリフォーム物件として売りに出したようだ。
その部屋の次の買い手がつくまでの間はとても平穏で静かだった。
その後で予想外の展開がやってきた。今から半年くらい前のことだ。
上の階の部屋の買い手が見つかって引っ越してきたのは、一人の幼児を連れた若い夫婦。
その世帯の夫が引っ越しの挨拶がてら菓子折りを持ってやってきた。
私よりも10歳くらい若い父親だろうか。髪の毛に白髪もなく一見すると爽やかだ。礼儀正しく挨拶に来てくださって、これからも穏やかに生活することができると思った。
その父親は「子供が小さいので騒がしくてご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」と言って挨拶をしていたので、「うちも子供たちがいますから」と答えておいた。
しかし、その日から私たち家族にとっては、平日や休日を問わず苦痛が始まった。
朝から晩まで、上の階の子供がドコドコドンと大きな音を立てて走り回っている。
丈夫なマンションだが、天井から壁を伝わって振動が伝わるくらいに派手に子供が休みなく走り回っている。
子育てを通じてたくさんの子供たちを見てきたが、この活動性は尋常ではない。将来はアスリートか。
しかし、階下に住む住民としては大迷惑でしかない。クッションフロアにするとか様々な対応が考えられるが、この夫婦は何の対策も講じていなかったようだ。
だから彼は最初の挨拶でいきなり子供の騒音のことから切り出したわけか。
近隣住民が怒鳴り込んで行って不思議ではなくて、朝から夜まで続く騒音と振動でメンタルを痛めかねない。それくらいの激しさを感じる。
私にとっては、かなり深刻な一家が引っ越してきたと嘆いている。
その夫婦の子育ての辛さや苦労を理解し、私たちとしても我慢したいとは思う。
だが、それはその親に適切な礼儀や気遣いがあってこその話だ。子供に罪はないが、親には責任がある。その現実を受け止める必要もある。
引っ越してきて、当然のように周りに迷惑をかけるのであれば、迷惑な人たちでしかないし、トラブルは絶えない。
この子供が成長して落ち着けばいいが。
今は小さいので親としても制止できるかもしれないが、小学生くらいになってさらに激しくなって暴れたら、手に負えなくなるかもしれない。
その時、我が家はどれほどの苦痛を受けることだろう。
高い金と手間をかけて私たちの方が引っ越すのか?他の世帯の都合に巻き込まれるという不条理さを感じざるをえない。
ここまで走り回る子供を育てているとすれば、私ならマンションの一階部分もしくは戸建てでの生活を考える。
しかし、なぜにマンションの上階でそれをやるのか。階下の住民に迷惑をかけることが目に見えている。
それにしても、たった一人の幼児だがインパクトは計り知れない。
玄関の側からベランダの側までオープンな部屋を「ドコドコドコドコドコドコ」と走って、最後に「ドンッ!」とジャンプ。
その後、部屋の横方向に「ドコドコドコドコドコドコ」と走って、再びジャンプ。
朝から夜まで。ほとんど休みがない。
その父親からは子供が2歳児だと聞いたが、なぜに2歳児が夜の10時頃まで部屋の中で走り回るのだろう。
私が仕事であまりに疲れて平日に有休をとって休んだことがあった。上の階の部屋では、朝から昼、夜に至るまで天井からドコドコドンと騒音と振動が伝わってきて、休んだ気がしない。
休日も同様だ。その子供は休憩もとらないくらいに部屋の中を走り回っている。公園に連れて行ってあげればいいのに、ずっと部屋の中だ。
これは一体どうしたことか。
私が親だったら自分自身がうるさく感じるので子供を諭すことだろう。子供の年齢は関係ない。それが躾というものだ。
もう一つは、平日や休日を問わず子供を外に連れていって遊ばせるという習慣は大切だと思うのだが、朝から夜まで子供を部屋から出さずに走り回っているのはなぜだろうかということ。
2歳児なら家庭でも外遊びや昼寝の時間を用意するはずだが。
うちの子供たちが小さかった頃、私は休日に子供たちを連れて公園に行くことが習慣となっていた。
子供たちを広場で思いっきり遊ばせることで疲れてよく眠るし、やはり外での遊びは大切だと思ったからだ。
浦安市内には、公園の他にも子供を遊ばせることができる場所がたくさんある。こどもの広場やつどいの広場もあるわけだし、子育て支援センターもある。
上の階の部屋では平日も休日も朝から夜まで子供が走り回っている。
この状態に数カ月くらい我慢して、さすがに堪忍袋の緒が切れた私は、上の階の部屋のインターホンを押して、あまりの音と振動について善処を求めるようにお願いした。
上の階の夫婦はドアを開けて話を聞いてくれたわけだが、玄関前に音と振動の主が座っていた。
その子供は、走り回ることを親から制止されると今度は目の前のおもちゃだか絵本だかに集中し始めた。
私はあまり人相が良くないし声も大きいわけだが、その子が動じているようには思えないし、周りの変化を気にしているようにも思えない。
親としては迷惑をかけたことを詫び、これからの対応について私に説明すべきだが。
私が子供たちを育てる時には、床の上にマットを敷いて下の階への騒音や振動に備えた。子供たちが走り回ろうとすればきちんと注意した。もちろん、休日は外遊びに連れていったものだが。
これがマンション群の恐さでもある。
隣や上下の階にどんな住民がやってくるのか予想もつかないし、迷惑をかけてくる家族が引っ越してきたら、我慢するか、引っ越すか、議論するしかない。
加えて、このようなケースでは仲裁に入る存在がない。民事で訴訟を起こすとか、取っ組み合いの喧嘩になれば警察沙汰とか、そういった展開だろうか。
自治会だとか管理組合だとか、そういった組織は個々の世帯間のトラブルには対応しない。掲示板に当たり障りのない張り紙を貼って終わりだ。
そもそも私にとっては大勢の人間が何層にも重なったコンクリートの塊の中で生活すること自体が不自然だと思うわけだが、首都圏の住宅事情を考えると致し方ない。
かといって、何ら気に入っていない新浦安に戸建てを買って年老いるまで生活する気にもなれない。
上の階の夫婦に対して私から「静かにしてください」とお願いをしてから1週間くらいは静かだった。子供が走り出した時点で親が持ち上げている感じがあった。
それからしばらくすると、相変わらず天井の上でドコドコドンと子供が走り回るようになった。
浦安市内の新町エリアでは、区画整理された街並みや整然と並ぶ住宅群の美しさが強調されているようだが、住み良さは住民によって決まる。
そして、上の階の部屋の子供から走り回る騒音に我慢して半年以上が経った。
私が深夜残業から帰ってきたら、珍しく妻が起きていた。
なんと、妻が眠る時間帯まで上の階の子供がドコドコドンと走り回っていて、さすがに妻が上の階に行ってもう少し静かにしてくださいとお願いしたとそうだ。
感覚過敏を有していない妻でさえ直接的に苦情を呈するくらいだ。この音と振動は凄まじい。
すると、上の階の夫婦はドアを開けることもなく、「もう少しで眠らせますから」とインターホン越しに答えたとのこと。
迷惑をかけていることについてお詫びの一言もなかったらしい。
私としても複数の子供たちを育ててきたので親の苦労が分かる。しかも、訳あって私にはその子供のこれからの苦労も分かる。
ただ、当然だが私は父親なので自分の家族を守る責任がある。
私だけでなく妻や子供たちまで騒音と振動に苦しんでいる状況なので、その夫婦に対話と対応を要求する他はない。
その夫婦に対して、自らの子供が部屋の中を走り回ることで、どのような騒音や振動を生じているのかを実際に私の自宅に入って聞いてもらい、上の階でマットを敷くなり、その他、適切な対処を行ってもらう必要があると思う。
自分の子供が他の人たちに迷惑をかけているのに、対処をしないということは親として正しいのかと。
親が望むように子供が成長してくれれば世話はない。思ったように子育てが進まないことの方が多くて、苦労ばかりだ。
しかし、どこまでも親がサポートすることはできなくて、将来的には子供が自分で生き抜いていかなくてはならない。
悩むことがあって、苦しむことがあって、それが子育ての辛さではあるけれど。
新浦安ならよくある話かもしれないが、マンション住まいは本当に大変だな。
ということを、子供の頃から落ち着きがなくて家の中を走り回っていた私は思った。
実家は戸建てだったので特に問題はなかったが、自らの力で生活するまでには苦労もあったし、たくさんの人たちから助けて頂いた。しかし、家の中で閉じこもっていたら助けも受けられなかったことだろう。
まあとにかく、天井裏でドコドコドンが生じるたびに、上の階に行って注意するしかないな。
その夫婦にとってはマンション購入後の想定外な事態だろうが、こちらとしても想定外だ。