素敵な老夫婦
とある日の午後、私は大きな施設のロビーのベンチに腰かけていた。
予定されていた時間よりも少し早く到着したので、周囲を眺めながら時の流れを待った。
すると、70代くらいの老夫婦が目の前を歩いて通り過ぎようとしていた。
前を歩いているご主人の方が年上なのだろうか、ヨロヨロと若干心許ない感じでゆっくりと歩を進めている。
彼の後ろを歩いている小柄な奥さんは足取りが軽く、しかしご機嫌はあまり良くないようで歩きながらご主人に口うるさく何かを言っている。
どうやら、奥さんが手配した昨晩の料理の出前か何かについてご主人が気に入らなかったようで、それをきっかけに散歩がてら口喧嘩をしているようだ。
二人は私の左隣のベンチに座り、ご主人は右端。奥さんは左側。
「そんなに隅に座ったら、また転ぶわよ! 気に入らないのなら、今度からあんたが自分で電話をかけて注文すればいいじゃないの!」と奥さんが口うるさく指摘する。
とはいえ、ご主人の方は歳のせいか呂律が上手く回らず、とてもじゃないが電話で細かくオーダーすることはできないことだろう。
奥さんの口撃は止まらない。ずっとガミガミと文句を言っている。ご主人はずっと黙って彼女の主張を聞いている。
このご主人は強い。よく我慢して人生を連れ添ってきたなと思った。
しばらくして、ご主人が立ち上がり、奥さんに「行こう」と声をかけた。「どこに行くのよ?」と奥さんが指摘した。
「近くの展望台だよ。今日は天気がいい。二人で景色を眺めよう」とご主人が振り返りながら答えた時、奥さんが沈黙して、彼の手を握って二人で歩き始めた。
老夫婦の背中を眺めながら、私の頭の中はもの凄い勢いで二人の若き日の姿を想像していた。
昭和の団塊の男たちには、彼のような寡黙さと色気にも似た気遣いがあった。なかなか真似できない。