2024/04/30

じゃない方のネズミによって自宅が襲撃を受ける

舞浜地区がある新浦安に住んでいる人たちにとって、ネズミと言えばアレのことだろう。市内どころか日本中の人たちがそう思っているはずだ。夢と魔法が広がる清潔な街でリアルなネズミが出現するはずがない。私もそう思っていた。

仕事が終わって相変わらず疲れ果てて新浦安駅にたどり着き、住宅と観光ホテルを増やし過ぎて人口密度が限界を突破している街中を抜け、やっと自宅に帰った。ドアを開けると、室内にはハーブと猫の小便が混ざったような臭いが充満し、天井の照明には奇妙なモヤが広がっていた。


明かに異常な事態が生じているのだが、台所で忙しなく夕食を作っている妻は「気にしないで」と言いながらフライパンを振っている。時刻は22時を過ぎている。気にしないはずがない。

私は思った。恐れていたその日が来たのかと。

妻の母親、つまり私にとっての義母は自己愛と衝動性が非常に強い。この状況から私は察した。義母が危ないカルト系の新興宗教に入信し、義母と共依存している妻が巻き込まれたと。自宅の邪気を払うとか何だとか、まあそういった非科学的な理屈で燻蒸タイプの臭い玉を買わされ、妻がせっせと自宅を燻したのだろうと思った。

しかし、実際はとても平和な騒動が起きただけだった。

共働きの妻は相変わらずのサービス残業で帰宅すると、しばらく寝室でゴロゴロと休憩し、普通の家庭であればとっくに夕食時間を過ぎているであろう21時を過ぎてから重い腰を上げて台所に行き、22時付近を目標に夕食を作る。

寝室を出てダイニングに向かった妻は、部屋を颯爽と横切る「ネズミらしきもの」と鉢合わせし、絶叫の後でスマホで検索し、新浦安で夜遅くまで営業しているドラッグストアのセイムスに向かって急ぎ、調達した製品をすぐに使ったらしい。

「ネズミらしきもの」という表現は実に曖昧で、妻が目撃した生物は明らかにネズミなのだ。しかし、精神の糸が細い妻は視覚で認識したはずの情報が脳に残っていないらしい。妻としては、室内を走っていた生物がネズミであることは理解していたが、その生物の大きさも体色も、その他の全ての特徴が頭から吹き飛んでしまったそうだ。

まあとにかく、ネズミを前にしたドラえもんが頭プッツンで混乱しているイメージだな。

そして、妻が必死にスマホで検索して得た解というのは、「ネズミの忌避剤」というものを室内で燻蒸し、ネズミを自宅から追い出すというストラテジーだったらしい。

粘着シートによってネズミを捕獲するという案はなかったのかと妻に尋ねたところ、「捕まえた後にどうすんのよ?」という答えが真顔で返ってきた。

妻の行動仮説としては、室内に侵入したネズミはヒノデ団地の部屋の隙間から室内に入り込み、そのルートを記憶しているそうだ。室内にネズミが嫌うハーブや猫の臭いを充満させることで、侵入ルートからネズミが自分で外に出てくれるらしい。浦安出身の妻はネズミを擬人化してしまっている。

「やあ、ぼく、野ネズミー! この部屋はマジで臭いから逃げることにしたよぉ!」という謎理論が妻の脳内でまかり通っている。

ネズミが飛び出してきたルートをたどってみると、その起点は下の子供の部屋の窓際のカーテン付近であることが分かった。

中学受験のシーズンに入る前から、この箇所には全く使われていない受験塾のテキストが次々に積み上がり、小さな要塞と化している。下の子供はテキストを開くこともなく、妻も片付けようとしない。親の目線で考えると金をドブに捨てている。

室内に侵入したネズミとしては、人の手が加わっておらず、人がやってこないであろう受験塾のテキストの山を観察し、「ここをキャンプ地とする」と判断したらしい。付近には大量のネズミの糞が撒き散らかされていた。

おかしいだろ。中学受験のテキストというものは、本来ならばネズミが忌避するくらいに人の手に触れ、使い込まれているはずだろ。偏差値50にも達しない下の子供は勉強せずに実力テストを受けているわけだ。これで成績が上がるはずがない。

中学受験塾のテキストは、それらを適切に使用してこそ効果がある。テキストを広げることもなく放置して積み重なっている現状では全く意味がない。まあ確かに、そのような紙の山はネズミの糞と同義だ。

まあとにかく、我が家に侵入したネズミは、中学受験について一向に身が入らない下の子供の態度をうまく利用して論理的にベースキャンプを設営し、観葉植物を食い散らかし、付近に糞を撒き散らせていた。中学受験のテキストの山がネズミの巣になって糞まみれなんて、エスプリが利いている。ネズミからすれば中学受験の課金なんてクソだと無価値に等しいと言わんばかりだ。

不思議なことに、私は糞の形状が気になった。サイズとしてはハツカネズミ、いわゆるマウスのような感じなのだが、どう見ても乾燥している。マウスの糞はもっと湿気を帯びているはずだ。かといって、ラット、いわゆるドブネズミにしてはサイズが小さい。多数のマウスが自宅に襲来し、しかも糞が乾燥するまで時間が経っているような状況がありうるのかどうか。

まあとにかく、妻の謎理論としては、室内にネズミの忌避剤を燻蒸させ、嗅覚過敏の夫が吐き気を催しながら耐えることで状況が解決されるらしい。

ありえないと思った私は、寝泊まりしている自室でスマホを取り出し、Amazonでネズミ駆除用の粘着シートを大量に発注し、自室の隙間を何度も確認した上で就寝した。そして、翌日には自室の隙間を何度も確認した後で仕事に出かけた。

相変わらずの忙しい仕事をこなし、帰宅時間を過ぎた21時頃、上の子供から私にメールが届いていた。私としては人命に関わる業務に従事しているので、仕事中は家族からのメールを無視することにしている。そもそも私はLINEなどのSNSを使っていないので、緊急の用件であれば職場に電話せよと家族に伝えている。

そのメールを読んで私は驚愕した。思春期を迎え、「親父キモい、親父クサい、親父なんてATM」という立派な中学生になった上の子供は、父親に対してメールを送ってくることがない。

その上の子供が「悲しい」という涙を示す絵文字を使って、なんと「写メ」を送ってきた。昭和の人たちにしか汎用されず、Z世代以降の人たちからは死語として扱われている「写メ」だ。

その写メには、見事なまでに破壊された上の子供の部屋の出入口が撮影されていた。燻した忌避剤によってネズミが自宅の外に逃げてくれるという妻の仮説は外れた。ネズミは行動を止めて一夜を過ごし、再び活動を再開した。

そして、上の子供の部屋に侵入したネズミは何らかのアクシデントによって室外に出られなくなり、ドアと柱の間を囓って空間を作って外に出ようとした。その跡が派手に残っていた。半径としては30cm以上の範囲だろうか。ドアや柱がバリバリと囓られた残骸が散らばっている。

上の子供いわく、「業者を呼んで駆除してもらうしかない」という意見だ。混乱した妻が燻蒸していない部屋は上の子供の部屋と私の自室だけだ、次は私の部屋がネズミに狙われると心配してくれていた。

私としてはメールの内容よりも、上の子供からメールが送られてきたこと自体に感動した。

帰宅すると、やはり頭プッツンになった妻がドラッグストアでネズミ忌避剤の燻蒸缶を購入し、上の子供の部屋でモクモクと燻してしまっていた。この時点で、妻の論理性は破綻しており、ネズミを前に混乱するドラえもんのイメージが私の脳裏に広がった。

そもそも、上の子供の部屋に侵入したネズミがどうしてドアや柱を囓っていたのか。ネズミとしては、上の子供の部屋から外に出るためのルートがそこにしかないと考えたからだ。その他の部分に隙間があって外部に出られるのであれば、ネズミとしてもそのルートを使うことだろう。

ドアや柱を齧られたけれど、ネズミが通るだけの穴は貫通していない。つまり、この空間は現時点で密室であり、ネズミは上の子供の部屋に留まって隠れているはずだ。

密室の状態であるにも関わらず、上の子供の部屋で忌避剤を燻蒸したところで、ネズミが外部に退出するはずがない。開いたドアから他の部屋に逃げ込んだら状況がループする。上の子供の部屋でネズミを捕獲するべきだ。

上の子供は国内で難関と称されている中高一貫校に入学したのだが、自分の部屋を片付けることができない。その割に言うことは立派なので、妻が勝手に子供部屋を片付けることもない。

ネズミによる襲撃を受けたと言われて室内に入ってみると、ああこれがネズミのアタックなのかと思ったけれど、それ以上に室内が散らかっていて訳が分からなくなった。まさに足の踏み場がない。至る所にホコリが溜まり、このような部屋で上の子供が寝泊まりしていることに愕然とした。一人暮らしを始めると確実にゴミの山になる。

聴覚過敏を有している私が必死に周囲の音を集めても、ネズミの物音を察することができない。散らかった部屋ではネズミが隠れる場所が無数に存在する。

ただ、その状況で分かったことがある。上の子供の部屋にはたくさんの菓子が散らかっていた。妻が咎めても何ら対応しなかったそうだが、その状態がずっと続いていた。妻が燻蒸剤を焚いてから一夜が過ぎ、ネズミとしては食い物を探していたらしい。そして、上の子供の部屋から菓子の臭いが漂っていることに気付いて、ドアの隙間から入り込んだ。

上の子供は自室のドアを完全に閉じずに学校に向かうという癖がある。そして、ネズミが上の子供の部屋に入り込んだ後でリモートワーク中の妻がその部屋のドアを閉じたらしい。ネズミは人の気配に敏感なので、妻が買い物で外出した隙を見計らって行動したようだ。

結果、ネズミが上の子供の部屋を一通り物色し、菓子を囓り、外に出ようとしてルートが閉ざされ、これは仕方がないとドアと柱を囓ったらしい。何とも論理的だ。妻よりも論理的だ。

とはいえ、妻がすでに忌避剤を燻蒸したので、上の子供の部屋に潜んでいるネズミは間違いなく警戒している。しばらく照明を切り、ドアを閉じて静観することにした。上の子供はとっくに避難してダイニングで寝転がっている。

そして、上の子供の部屋をいきなり開けてみると、全長、すなわち頭から尻尾の付け根までの長さが20cmを超えるくらいの大型のネズミが飛び跳ねていた。明らかにハツカネズミではないが、ドブネズミでもない。尻尾がやけに長く、しかも毛で覆われている。なるほど、これがクマネズミなのか。見た目だけでも強烈なインパクトがある。

1回のジャンプで30cm以上も跳んでいる。神経が細い妻がこの光景を目撃し、頭プッツンになり、何を見たのかさえ記憶していないという理由が分かった。これは凄まじい。

私はその姿を目撃し、THE BLUE HEARTSというパンクバンドの「リンダリンダ」という曲のライブシーンを思い出した。昭和の名曲であったはずのリンダリンダが、最近になって日本を問わず世界中の若者たちの間で認められているらしい。Netflixの映画でもリンダリンダが登場していたので間違いないことだろう。

「ドブネズミみたいに美しくなりたい」という心のつぶやきから、ボーカルの激しいジャンプが繰り返されるリンダリンダ。ドブネズミがこのようなジャンプを繰り返すはずはなく、ボーカルのパフォーマンスだと私は数十年も勘違いしていた。

おそらく、ブルーハーツのボーカルが目にしたのはドブネズミではなく、クマネズミだったのではないか。だとすれば、リンダリンダジャンプの理由がよく分かる。確かにありえない距離をジャンプで跳走するネズミの姿は美しい。私の家庭の苦悩さえぶっ壊しながら走っている。もはやそれしか言えない。

すぐさま上の子供の部屋のドアを閉じた私は、決して穏やかとは言えないが喧しい家庭をさらに喧しくする存在の息の根を止めることにした。上の子供いわく専門の業者を呼ばないと駆除が困難だという意見だが、父親を見くびってはならない。これくらいならば自分で駆除することができそうだ。

私はそそくさとAmazonから届いた段ボールを開け、アース製薬の「ネズミホイホイ チューバイチュー」と「アースガーデン ネズミ専用立入禁止」を取り出した。アース製薬にも色々な都合があるのかもしれないが、製品名がややこしい。「ネズミ駆除・烈」とか「ネズミ駆除・激」とか、端的なネーミングを望む。

実験用のマウスやラットは扱いやすいように家畜化されたような存在だと理解して差し支えない。しかし、今の私が対峙しているのは野生のクマネズミだ。遺伝学的にワイルドタイプではなく、生粋のワイルドタイプだ。感覚過敏を有している人間のオヤジと野生のクマネズミ。どちらが神経質なのかという決着が付く。

それにしても、この巨大なネズミがヒノデ団地のどこで繁殖しているのかは分からない。どうやって自宅に侵入したのかも分からない。全長20cmを超えるようなネズミが入る隙間は我が家に存在しない。

妻は食材の宅配の発泡スチロールケースのフタを完全に閉じずに放置しているので、その中に入り込んだネズミがトロイの木馬のように室内に運ばれたのだろうと私は推察している。

クマネズミは人間の3歳児くらいの知能があるらしい。利口な飼い犬と同程度と考えて差し支えない。子供を育てたことがある親ならば、魔の2歳児を超えた3歳児の恐さを知らないはずがない。

ということで、「ネズミイホイ チューバイチュー」という挑発的なネーミングの粘着シートの上にレインボー薬品の「ネズミ駆除剤 チューコロ」というやはり挑発的なネーミングの毒餌を盛り、明らかにトラップだという体のトラップをドア付近に用意した。その数、10枚。

そして、これらのトラップの隙間に「アースガーデン ネズミ専用立入禁止」をモザイク状に組み込んだ。この粘着シートは袋から出したままの状態。呼び餌も用意していないし、親父の体臭が付かないように慎重に配置した。その数、10枚。

なんてことだ。ネズミを駆除するためだけに、約7000円の出費になった。専門の業者を呼ぶと10万円以上の経費がかかるという話なので解決すれば格安だが、それにしても最近のヒノデ団地はどうなっているのか。昨年は一帯に火を付けて回る異常者が出現したが、今度は巨大な野ネズミか。しかも、悪態をつく老人たちは頻繁に出現している。日の出地区の北部は、子育てに適していない。

もとい、人間の思考であれば毒餌がある粘着シートに向かってネズミがやってきて捕まるというイメージだが、クマネズミの知能は半端ないそうだ。妻が燻蒸したネズミ忌避剤で混乱しているかもしれないが、明らかに毒餌が撒かれている粘着シートを回避してドアから外に出ようとするかもしれない。

ネズミがトラップに捕まるまで、私の頭の中で何とも虚しい時間が過ぎた。頭の中で井上陽水氏の「傘がない」という曲が流れた。

この曲では、「都会では自殺する若者が増えている」という強烈なフレーズから始まり、「だけども問題は今日の雨 傘がない」という現状に帰着する。「テレビでは我が国の将来の問題を誰かが深刻な顔をしてしゃべってる」というフレーズから、やはり「傘がない」という問題に着地する。

人の生き方なんて、そんなものだ。いくら私が色々なことを考えていたとしても、自宅に入り込んだネズミのことで悩み、こうやって時間を費やしている。

この状況は、我が家の深刻な問題を反映している。

自分の部屋を片付けろと親が何度も叱ったところで従わない上の子供。ネズミが入り込んでも散らかりすぎて見当が付かない。餌となる菓子を放置しまくっていたので、こうなった。

下の子供が全くやる気がない状態での中学受験は無理だと夫である私が何度も諌言しても、子育てでマウントを取って耳を貸さない妻。結果として下の子供が受験塾のテキストを山のように床に積み上げ、そこがネズミのベースキャンプとなり、糞まみれになった。

そして、自宅に野生のネズミが入り込んだ時でさえ、夫婦の連絡が交わされない状況。この件に関わらず、妻は家庭のことについて夫に相談せずに事を進める。妻が冷静で聡明な人物であれば問題ないが、我が家は違う。結果、私は将来を見渡せない。

妻が頭プッツンになり、夫に電話やメールで相談することもなく自室で燻蒸剤を焚きまくり、結果、部屋をネズミに囓られまくる始末。

つまり、我が家の深刻な問題が、クマネズミの出現によって浮き彫りになったわけだ。情けない。

その時、私の頭の中で鼻が詰まった甲高い声が響いた。有名なネズミのキャラクターだ。私はあの声が大嫌いで気持ち悪くて仕方がない。ネズミに対する憎悪がハレーションを起こし、それを駆逐しようとする感情が止めどなく溢れている。

法的に考えると、クマネズミやハツカネズミ、ドブネズミは動物愛護法から除外されているので、一般人がそれらを捕まえて殺しても罪に問われない。もちろんだが、マウスが動物愛護法の適用外だからと、着ぐるみの中の人を攻撃すると罪に問われる。

リアルなクマネズミには動物愛護法が適用されないので、私が駆除しても罪に問われない。

仕事で疲れて帰ってきて、何がネズミだ。私は浦安市民だが、ネズミが大嫌いなんだ。

30分後、上の子供の部屋のドアの付近をこれでもかと覆った粘着シートのトラップにネズミが捕まった。

「ネズミ駆除剤 チューコロ」というピンク色の毒餌を撒いた「ネズミイホイ チューバイチュー」のトラップの第一線は、やはりクマネズミに警戒されたらしい。そのラインを飛び越えて、毒餌を全く用意していない「アースガーデン ネズミ専用立入禁止」のラインに着地したらしい。やはり30cmくらいの距離を跳んでいる。

頭から尻尾の付け根までの長さが20cmを超えている。尻尾が体長と同じくらいの長さなので、頭から尻尾の端までが40cmくらいある。これだけ大きな真っ黒のネズミが飛び出して来たのだから、神経の線が細い妻が動転して記憶が吹っ飛んでもおかしくない。

しかも、「アースガーデン ネズミ専用立入禁止」という粘着シートには強力な樹脂が塗布されているのだが、このネズミは粘着シートを引き摺って脱出しようとしている。凄まじい筋力だ。自分に貼り付いたシートを引っ張り、別のシートと重ねることで脱出ルートを確保しようとしている。

なるほどそうかと思ったので、大声で下の子供を呼んだ。「やっと、捕まえて処理したぞ!」と。

「やったー!」と駆けてくる下の子供。そこには今まさにシートに捕まってもがいている大型のネズミの姿がある。ショックで下の子供が待避した。本人いわく、ひとつめのトラウマになったらしい。

それにしても、イギリスのように動物愛護団体の力が強い国では、粘着シートの使用が禁止されているらしい。にも関わらず、駆除業者が粘着シートを使うことは禁止されていない。

動物愛護団体から企業等に寄附金等の要請があって、企業等がそれを拒否すれば社会的に良い印象が生じないことだろう。イエスかノーかという選択肢が提示されると、その方針に従わざるをえないことだろう。結果、そのような団体はさらに力を増し、日本であれば信じられない財政規模を有する。

ならば、疫病を媒介するネズミを放置しておいて良いのかという課題については、駆除業者の使用を認めるという矛盾した話になるわけで、動物愛護の話はどこに行ったのかという疑問を私は感じる。海外はともかく、日本ではこのような力学を望まない。

とはいえ、粘着シートに捕まったネズミの状態は動物愛護の観点から厳しいものがある。ネズミは鼻を塞がれると呼吸ができなくなるはずなので、目の前で粘着剤に鼻を塞がれたクマネズミは息が苦しくてもがいているはずだ。

いくら我が家に騒動をもたらしたとはいえ、武士の情けだ。ここは日本なので潔く介錯してやることにした。

とはいえ、マウスやラットであれば首を固定して尻尾を引っ張るという頚椎脱臼で即死させることができるのだが、尻尾が毛に覆われているクマネズミを頚椎脱臼で安楽殺することができるのだろうか。

しかも、クマネズミはドブネズミと同じくらいのサイズだが、尻尾がやけに細い。首を固定して頚椎脱臼のために勢いよく尻尾を引っ張って、尻尾だけ根元からプッツンという事態になると居たたまれない気持ちになる。たぶん、保定を失敗すると毛で覆われた尻尾の皮膚が丸ごとズルっと抜けることだろう。私は躊躇した。

最も現実的な話として、大型のコンテナ容器にネズミとドライアイスを入れ、炭酸ガスによって速やかに意識を失わせて窒息させるという方法がある。しかし、この手法はやり過ぎると人間でさえ失神して命を失う危険性があったりもする。

そもそも、新浦安のどこでドライアイスを調達するのか。すでに夜が更けているので、駅前のアイスクリーム店は閉まっていることだろう。

だとすれば、頭部と胴体の接続を切り離すしかなかろう。武士理論に戻った。家ネズミは動物愛護法の適用外なので、私に法的な責任は生じない。

ということで、文章にすると動物愛護の人たちから批判を受けるので、できるだけ苦しまない方法で巨大なクマネズミの息の根を止めることにした。粘着シートで放置されて苦しむよりも、潔く旅立つ方が楽だろう。

大声で下の子供を呼んだ。「やっと、捕まえて処理したぞ!」と。

「やったー!」と駆けてくる下の子供。そこには血が飛散している光景が広がっていた。本人いわく、ふたつめのトラウマになったらしい。

私は安楽殺したネズミを粘着シートに乗せ、もはやこれまでとプルプルしている妻と上の子供に見せることにした。妻も上の子供も、自宅を蹂躙したネズミを一瞥して忌避している。きちんと見ろ。

思春期を迎えた上の子供は、とかく偉そうに発言するが、その実は妻と同じで神経の線が細い。

世の中は嫌なことでもやっている人たちがいて、そのような人たちの上に生活が成り立っている。全てが綺麗事で済まされるはずがない。

大袈裟な話ではなくて、昔から人類とネズミは熾烈な生存競争を繰り広げてきた。大切な食糧をネズミが狙い、ネズミが媒介する様々な疫病によって人類の多くが失われた。

ネズミが媒介するペスト菌(Yersinia pestis)によって、どれだけ膨大な数の人たちが死んだことか。

ネズミが可愛い、ネズミが可愛いと多くの人たちが熱狂している場所があったりもするわけだが、人類学的な私の理解に基づくと、ネズミは人類の敵だ。だからこそ、古来から日本にはネズミを食べてくれる蛇を信仰の対象とした歴史が数多く残っている。

ネズミは多産だから縁起が良いと反論する人がいるかもしれないが、ならばこの国は何に苦しんでいるのか。

まあそんなことを言うと、老害だとか、偏屈だと言われるので黙っている。考え方は人それぞれだ。妻の実家が浦安にあって、そこに引っ張りこまれただけのこと。さっさとこの街から引っ越したい。

だが、これが本来のネズミの姿だ。望んでもいないのに勝手に家の中に入ってきて、家の中を荒らし回り、人々を混乱させ、実害をもたらす。

しかしながら、妻や子供たちにとっては、私が粘着シートで巨大なネズミを捕まえて、躊躇せずに息の根を止めたことに衝撃を覚えたらしい。「このオヤジ、本当にやりやがった...やはりサイコパスなのか...」と。

浦安市のルールでは、ネズミは燃やせるゴミに該当するそうだ。妻は粘着シートとともに巨大なネズミをゴミ袋に入れ、家の中の全体を次亜塩素酸でそそくさと消毒した。

上の子供はショックから立ち直れず、しばらくは自室ではなく妻が寝ている部屋に布団を敷いていた。下の子供は未だに父親を信用していない。

とはいえ、上の子供は以前よりも自室を片付けるようになったし、思春期で生じる父親との壁も少しだけ壊れた気がする。一時期は父子の会話がない日々が何週間も続いたりもしたが、騒動の後には短い会話が交わされるようになった。嬉しく感じる。

下の子供は相変わらず中学受験に身が入っていけれど、テキストが乱雑に放置されることがなくなった。夫婦の会話も以前より増えた。

クマネズミという珍妙な襲撃者が、沈殿のように蓄積した我が家の様々な問題を次々に露呈させ、引っ掻き回した。他者からはこの騒動がドタバタな喜劇のように見えるかもしれない。

もう二度と入り込んでほしくないものだが、家族全員がひとつのテーマで盛り上がったのは何年ぶりだろう。ドアや柱をネズミに齧られたのは痛かったが、家庭の思い出として笑い話になるはずだ。

なお、浦安市の公式サイトでは殺鼠剤の無料配布をアナウンスしているが、強力な知能を有するクマネズミに対して毒餌は無力だと言わざるをえない。このネズミは些細な違和感を察して回避する。

クマネズミは時に人間よりも論理的に行動するので、ラットサインを見逃さず、必ず通るであろうルートに粘着シートを広げ、追い込んで捕獲する必要がある。

粘着シートに捕まってもがいているネズミの姿は衝撃的だ。捕獲後の速やかな安楽殺が難しい場合、逃げられないようにネズミの上から別の粘着シートを被せて頭部を押さえると絶命する。

経験がない人たちから見れば、「へぇ、大変だよね~」と思われることだろうが、クマネズミは高い場所を好む。最近になって治安が悪化しているヒノデ団地の状況はともかく、マンションが多い浦安では明日は我が身だ。

まあとにかく、これがリアルなネズミだ。頭にネズミの耳を付けて駅や街中を歩く気になれない。