2024/03/10

義母と義妹の突撃によって増悪した木の芽時の不調

ディズニー客が押し寄せる混み合った住環境、地獄のような長時間の電車通勤、市内の義実家による過干渉、子育てに入って暴れ出した妻からのストレス等によって私がバーンアウトを起こしたのが2015年頃。2016年から2018年にかけては記憶がほとんど残っていない。働き盛りの時期に職業人生が大きく傾いたというか、生きるだけで精一杯だった。

その間、ロードバイクに乗りまくるという荒療治によって2019年頃に回復の兆しが見え、同時期にこのブログを立ち上げ、自分自身のために生活録をネットの片隅に遺すことにした。毎月欠かさず録を記してきたが、2024年2月は一度も録を記すことができなかった。以前から自律神経のコントロールが壊れている私にとって、2月から4月の木の芽時に調子を崩すことは何ら驚くことではない。とはいえ、録に短文を記す余裕さえないという事態を経験したことがない。


1月から2月にかけて、家庭というよりも職場において高い負荷がかかる仕事が上から降ってきた。若手の頃であれば数ヶ月を要していたであろう内容を数週間で処理する必要が生じた。

過分に美化した表現であれば、「トップガン マーヴェリック」の主人公のように数十年も現場の前線に立ち続けていると、タスクを降らせてくる偉い人たちも同世代、あるいは少しだけ年上という関係だ。若い頃の一対一では負ける気がしなかったけれど、相手は地位や権力という優位性を得ている。

その偉い人としても、意図的に私を追い込んでやると考えているわけではないようだ。だが、システムを変える上で私をスケープゴートにしてきた感は否めない。組織のやり方において何らかの問題があると偉い人の中の誰かが考えた時、自分で率先して同じ偉い人たちに問題を提起すると角が立つ。

そこで、「ほら、このように問題があるではないか」と角が立たない目下の現場に対して指摘し、その対応を偉い人たちが上から眺め、システムの不具合を直す契機とするわけだ。狙われた現場の人間は普段の仕事に加えて時限付きのタスクをこなす必要が生じる。

だが、すでに私は五十路のベテランの域に達している。同じような経験も何度かある。現場から離れた偉い人たちは大なり小なり感性や洞察力が衰え、「自分が指摘してやったのだから、誰かがやれ」という思考形式になるらしい。

スケープゴートにされた感があって遺憾ではあるが、このようなタスクが若手に降りかからなくて良かったと私は感じた。仕方がないので、指摘された事項に対して丁寧に修正を施し、その上で全ての内容を分かりやすく説明した。すると、初回に指摘された内容ではない角度から再びタスクが降ってきた。

いや、それは私の対応の問題ではなくて、組織のシステム全体の問題だ。どうやら、私がタスクに対して丁寧に対応する中で、この問題における偉い人たちの責任論についてまで分かりやすく説明してしまったらしい。

私としては上に対するパンクな態度ではなく、あくまで誠実かつ丁寧に対応しただけなのだが、結果としてその他の問題も何とかせよということになり、仕事がさらに増えた。

もはや、スケープゴートどころか牧場主を背中に乗せて走っているヤギのイメージが浮かぶ。本来ならば、馬とか牛のような上位職の仕事だと思うのだが。

結局、数週間という時限付きのタスクを3回も繰り返し、最終的には偉い人たちの会議にまで呼び出され、今回のようなケースでのプロトタイプとなるフレームまでを作ることになった。バーンアウト後の不調が完治していない私にとって、スローライフとまでは言わないが無理をしたくないという日々だったので、疲れが蓄積した。

他方、2月の初めに何の前触れもなく義母が私の自宅に突撃してきた。私の主義や思想というレベルではなく、義母の姿を見たり声を聞くだけで心拍数が上がり、自律神経を主体とした不具合が生じる。好き嫌いの問題ではない。義母によって私は心を病んだ。

義母が自宅に来るのであれば、事前に妻が夫に知らせるべきだと私は考えていて、私は何度も妻にお願いしている。しかし、妻はその願いに応じない。

日曜日の午後、私は山のように溜まった洗濯物を処理し、洗面台やトイレといった水回りを掃除していた。会話がほとんどなかった妻とのコミュニケーションも少しずつ改善し、絶望的な状況を越えたという気持ちが生じていた。

だが、突然にインターホンが鳴り、近所にまで響く甲高い大声が轟いた。衝動性と自己愛が異様な程に強く、自分が思ったことをマシンガンのように口に出し、ブルドーザーのように突進する義母がやってきた。

妻としては、私が義実家の突撃を嫌がっていることを義母に伝えてあるらしい。義母が自宅に入ってくることはなかった。しかし、真冬の寒さであるにも関わらず、義母は私の自宅の玄関ドアを完全に開けっ放し、10分間を超える時間にわたって大声でしゃべりまくっていた。

義母の自他境界は曖昧というレベルを超え、もはや自分が考えたことが正義だと確信してアクションを執る。義母が自宅に入ることが嫌ならば、ドアを開けて話せば良いという理解なのだろう。違う、そうじゃない。

他の世帯に突撃を加え、ドアを開けっ放しで言いたいことを言う。かつては押し売りや公共放送の料金徴収、新聞の勧誘などで同じようなことをする人たちがいたけれど、最近では警察を呼ばれるので控えていることだろう。

その時、仕事で疲れが蓄積していた私の脳がストレスに耐えられなくなったらしい。水回りを掃除している最中に強烈な目眩と動悸、耳鳴り、吐き気が私を襲い、トイレに閉じこもったまま必死に両手で耳を塞いで耐えた。義母が立ち去るまでの間、便意がないにも関わらずトイレにこもっている姿は無様だ。

だが、ここで私が直接的に義母に抗議すると、この家庭は終わる。自宅には子供たちもいたのだが、祖母がやってきても玄関先で歓迎せず、姿を見せない。明らかに招かざる客。その対応が義母の怒りに火を付けたらしい。これでもかと甲高い大声を上げ、自宅の中に響かせた。

自分の言動を制御することが難しい義母のパーソナリティについては、結婚後になって妻から初めて説明を受けた。義妹も同じような性質があるそうで、間違いなく遺伝性ではないか。結婚前に知らせてくれたなら、私は先に進まなかった。

子供たちとしても、義実家の突撃によって両親の関係が悪化し、家庭が傾くことを理解している。厄介な義母や義妹が突撃してきたと感じていることだろう。

予定調和だが、その後の数週間にわたって私と妻は最小限の会話しか交わさなくなった。家庭のストレスは職場にいても暗雲のように思考を塞ぎ、ただでさえ過密な仕事がさらに厳しくなった。

過去の録をチェックしてみると、昨年、つまり2023年の同じ時期にも義母が私の自宅に突撃し、具体的な対応を執らない妻との間で夫婦関係が悪化したという記録が残っている。

木の芽時に衝動性が高まって自分を抑えることができずに突撃する義母。義母を何とかせよと不満を溜める私。義母を寛容せよと不満を溜める妻。義母が家庭を壊しに来るという歪な夫婦関係。

義実家からのストレスによって適応障害を起こしていることを私はメールで妻に伝え、義母が突撃する前にはあらかじめ伝えてくれとお願いした。

しかし、妻からのメールには、「自己診断ではなくてクリニックで診断書を発行して渡せ」とか「クリニックでのカウンセリングに同席させろ」といった要求が記載されていた。

これらは妻の意見ではなく、義母からの要求なのだろう。その裏でとやかく言っているのは義妹だな。義理であっても妹だと思ったことがない。小姑だ。

妻は分かっていない。夫がストレス性の不調を抱えているのであれば、そのストレスから解放することを優先すべきだ。私がクリニックで診断書を用意するという状況は、すなわち婚姻関係を終えることを意味している。

冷蔵庫や洗濯機、掃除機といった家電を妻は何のメンテナンスも行わずに使い続け、使用不可能な状態になった時点で「普通に使っていて壊れた」と主張する。その前に不具合があっても気付かないし、自らの非を認めない。夫に対しても同じ考え方だ。

さらに不可解なことに、義母が突撃してきた時の玄関の防犯カメラのログをチェックしてみると、ボサボサの髪の毛で掛け布団のようなダウンコートを着込んだ義母の背後に、義妹が立っていた。この人は何を考えているのか。

義妹が四十路近くで授かり婚という状況になっているという話を聞いたのは2022年の頃だ。私は祝金として10万円を妻に手渡した。出産祝と結婚祝のどちらが先になるのか分からないが、とにかく義妹に渡してくれと。

その後、子供たちにとってイトコとなる子供が産まれたという話を聞いたことがなく、結婚式があったという話も聞かない。

それどころか、私は義妹に祝金を渡したにも関わらず、手紙どころか口頭でさえもお礼の言葉をもらっていない。まったくの無視。授かり婚であってもなくても、これから結婚するのであれば配偶者となる男性を連れて姉夫婦に挨拶に行く。それが親戚に対する一応の礼儀だ。どの面を下げて義母の突撃に同行しているのだろう。

2022年に出産したのであれば、義妹が子供を誰かに預け、義母に同行して私の自宅に突撃するような余裕があるはずはない。

そもそも義妹はどこに住んでいるのか。子供に尋ねてみると、どうやら義妹は今でも義実家の子供部屋に住み続けているらしい。年齢的には、離婚して実家に出戻っている中年女性と同年代だが、そもそも義妹が結婚したのかどうかさえ分からない。謎ばかりだ。

とはいえ、私が妻と結婚する時にも、自他境界が自我に埋め尽くされている義母は自分の主張ばかり繰り返してきた。結婚前の挨拶に出向いた時、初対面にも関わらず義母は「うちの墓を無縁仏にするわけにはいかない」と主張し、私が義実家に婿入りすることを要求してきた。婿入りを条件に結婚を認めるなんて、無礼極まりないと私は憤った。

結婚式のスタイルについても、やれ職場の上司を呼ばないのは常識がないとか、義母はあれこれと注文を付けてきた。今から振り返ると、あれだけ喧しい義母がセットになっているにも関わらず、当時の私はよくもまあ先に進んだものだと実感する。

翻って、義妹の結婚について義母が私の場合と同様に様々な主張や要求を連発したと仮定すると、義妹の配偶者の(もしくはその予定だった)男性の心が折れてしまっても不思議ではない。授かり婚の場合には男性側の過失があったと詰められると逃げ切れない。

義妹も同じだが、義母は自他境界が曖昧なので、目の前の相手の情報を自らの思考に取り込んで理解することができないらしい。相手の情報を理解することなく自分なりに曲げて解釈し、自分が言いたいことばかりをマシンガンのように連射するので、会話のキャッチボールが成立しない。

私の場合には授かり婚ではなかったけれど、義母との関係に苦しみ続けて何度も離婚を考えた。おそらく、義妹の配偶者の(もしくはその予定だった)男性においては、義母から追い込まれ、義妹が助けず、結果として逃げてしまった可能性がありうる。

辛うじて入籍して婚姻関係を結んだとしても、義妹においては1~2年で別居婚に至っているという私の理解になる。私の家庭に突撃する余裕があるのならば、義妹は自分の家庭を何とかせよと私は思う。スタートした時点で義妹の家庭が傾いている。いや、そもそも義妹は中年になっても親離れすることができず、本人にとっての家庭は今でも義実家ということか。

その割に義妹はいつも上から目線で偉そうに発言する。他者のことを批評したり貶す前に自分のことをきちんとやれと私は思うのだが、義妹の膨れ上がった自己愛はそれを認めない。いつも自分は正しい、自分は優れた人物なのだと。

ネットを眺めて見ると、妻だけではなく夫においても姑や小姑が原因となって離婚するケースがよくあることが分かる。義母や義姉妹がいかにアレな人であっても、妻が夫の味方になってくれるのであれば耐えられる。問題は、妻が義母や義姉妹と共依存し、夫よりも義実家を優先してしまうパターン。

昭和の日本では妻が姑や小姑との関係に苦しんだりもしたが、平成や令和の世の中では逆に夫が追い込まれることがあるのだろう。妻と義実家の共依存は、最小単位の宗教のような存在だと私なりに理解している。

私は妻に対して何度も説得を試みたが、妻は頑なに夫の意見を拒否し、夫よりも義母や義妹を優先する。そのような考え方が思考や感覚に刷り込まれているわけだから、いくら夫が倒れると妻が困ると説明しても理解しない。夫が倒れたら自分の実家に戻ればいいと考えている。

我が家の情報は妻や上の子供を介して筒抜けになっている。私への義実家の情報は完全に遮断されている。

このような妻を私が信頼して連れ添うことができるはずもない。妻は常に義実家の方ばかりを向いている。妻と共依存している上の子供は、義母を含めて三世代で共依存を形成してしまった。これは私の望んだ家庭の姿ではない。

義母は常に絶対的な存在であり、たとえ配偶者であったとしても義母を敬わない人は悪だと妻は信じ込んでいる。義母は自分こそが正義だと考えて疑わない。このような人たちに説得は通用しないので、離婚して関係を絶つという夫がたくさんいて、それらのケースがネット上に広がっているということなのだろう。

さらに、思春期を迎えた上の子供が私に対して反抗的になり、もはや親子関係の構築にさえ影響するような口論が生じた。このエピソードについても義母や義妹の関与が考えられるが、子供の内面について学ぶことが多かったので別の録に記す。

精神的な負荷は蓄積し続け、このままストレスが増大して適応障害が酷くなり、バーンアウトやうつ病を発症して倒れるのかと私は危惧した。だが、予想に反してダウナー系の不調ではなく、強迫性障害のようなホラー系の症状が現れ始めた。懐かしい。

強迫性障害の「ような」という表現ではなく、この不調はかつて苦しんだ症状そのものだ。三十路の前半に、私は公私ともに大きなストレスを抱え、強迫性障害やパニック障害、過敏性腸症候群のコンボを起こして死にそうになったことがある。その苦痛から一時的に逃れるために酒の量が増え、アル中にもなりかけた。

何をもって強迫性障害をホラー系と私が定義しているのかというと、パニック障害や過敏性腸症候群にも共通しているが、それらの症状には「恐怖」をベースにした苦しみを伴う。

バーンアウトの場合には感情が枯渇したり、うつ病の場合には生きる気力そのものが尽きたりもするのだが、ホラー系の不調の場合には思考が残ったままで恐怖がやってくる。唐辛子とワサビの辛さが違うように、強迫性障害とパニック障害の恐怖は性質が異なる。前者は何かに追われるような恐怖であり、後者は絶望を伴う恐怖だ。

さらに深刻なことに、過去の経験に基づくと私はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)といった治療薬に抵抗性があるらしい。どれだけ薬の量を増やしても恐怖が収まることがなく、副作用で目が回り、眠気が襲い、ただ単に薬漬けになるだけだった。実は、3割くらいの人たちは薬が効かないらしい。

その割に投薬の中止による離脱症状はとても厳しく、ベネフィットが得られないにも関わらず医者と製薬会社に金を献上し、意味のない投薬が続いた。きちんとしたガイドラインが必要なのではないかと思った。

とはいえ、人生は何事も経験だな。強迫性障害やパニック障害、過敏性腸症候群といったホラー系の不調を薬なしで乗り切ったことがあるので、どのように対処するのかという方法論もある。これらについては別の機会に記す。

不思議なことに、かつてバーンアウトのようなダウナー系の不調が生じた時には、これらのホラー系の不調は全く感じられなかった。バーンアウトの場合、身体が鎖で縛られたかのようなモチベーションの低下に苦しんだけれど、恐怖から隔絶された悟りの境地にいるように穏やかな時間があったりもした。

しかも、バーンアウトから寛解する時期には、まるで自分の存在が複数に分かれるかのような不思議な精神世界があった。クリニックであれば解離性障害と診断されるような状況なのだろう。再びあの感覚を味わいたいという気持ちはないけれど、人間の脳はとても不思議だな。

強烈な自己愛と衝動性を有する義母や義妹についてはパーソナリティの問題なので、もはや何も変わらない。また、義実家と共依存している妻についても、今さら夫を大切にしろと説いたところで理解されない。

あまつさえ、思春期を迎えた上の子供については義母や義妹の影響を強く受けている。義母や義妹は子供たちの目の前で父親である私の悪口を言っている。そのことを子供から聞いた時には絶句した。自他境界が曖昧な人たちは他の家庭を壊すことについて何のためらいもない。

同時に、このような人たちは外部からの指摘や反撃を受けて自己愛が傷つくことを恐れる。なので、互いの自己愛を容認してくれる家族との間で共依存を熟成させ、外部から見ると宗教性さえ感じられる壺のような精神構造を形成するわけだ。妻が未だに壺のような共依存から抜け出せない状態は信仰とよく似ている。理屈では解決しない。

そういえば、妻の親戚の中に義母にとって天敵のような存在がいる。その人は義母の父親の兄弟の妻なので、義母にとっての義伯母もしくは義叔母に相当する人だと私は記憶している。その人は医師の娘で頭の回転が速く、子供たちは東大や旧帝大を卒業したそうだ。

そして、自己主張が強い義母は、その人と対峙して論理的にフルボッコにされ、可能な限り近づかないことになったらしい。自己愛が偏っている人は、自身の自己愛を傷つけかねない存在に嫌がらせを加えたり、距離を取って近づかないという性質がある。そもそも、妻の親戚の人たちと話をしたことがあるが、義母のことを良く言う人と出会ったことがない。

義母には妹がいて、私にとっては義叔母に相当する人がいる。その義叔母が男性と交際していた時、義母は結婚を妨害したそうだ。義母はそれらが嫌がらせだと思ってすらいないはずだが、二人の引き離しを含めた内容は凄まじかった。

私ならば危ない姉がいるということで逃げたことだろう。たとえ実の妹の結婚であっても、姉が邪魔をする筋合いはなく、義母の主張は正しくない。

なるほどそうか、義妹が私の家庭に踏み込んで絡んでくるのは、義母からの遺伝というわけか。妻の言う通り、確かに義母と義妹のパーソナリティはよく似ている。曖昧なのは自他境界だけではなく、家庭観そのものだ。姉妹の家庭は自分の家庭の延長だと考え、厚かましく踏み込む。どこまでが自分の家庭で、どこまでが他の家庭なのかという境界が曖昧なので、この人たちは気にせず突撃するというわけだ。

もとい、その義叔母の交際相手の男性はどうなったのかというと、義母たちの圧力に打ち勝って義叔母と結婚し、家庭を築いた。義母や妻は義叔母の夫のことをボロクロに貶している。だが、私は実際に義叔母の夫と会話をしたことがある。彼は義実家が揶揄するような碌でもない人物ではなく、社会的にも成功している。

ベンツを自家用として乗っている義叔母はとても上品で美しく、結婚によって不幸になっているとは到底思えなかった。彼の子供たちも一流大学の出身だ。

妻の親戚たちは義母との間で禍根があり、関わり合いを持ちたくないという印象だった。義実家は他の親戚を批判するが、自分たちはどうなのか。他の家庭について偉そうに言えるのか。

一時期は義母と直接的に対決して打ちのめしてやろうかと私も思ったことがあるのだけれど、子供たちが幼かった頃に義母からサポートを受けたことは間違いない。義母の人生の残り時間がどの程度なのかは分からないが、妻と義実家との共依存についても可能な限り理解し、私自身にストレスがかからないような状態を確保して折り合いをつけるしかないだろう。

私の家庭、とりわけ思春期の子供たちに絡んでくる義妹については、もはや対処の施しようがない。私の家庭について絡むのではなく自分の家庭のことを優先しろと言ったところで、義妹の家庭がスタート直後に破綻している可能性がある。それどころか、結婚生活が上手く進まず、義実家への依存がさらに強くなっているように思える。

併せて、義妹は姉の家庭に干渉して壊すことで自己愛を満たそうとしているようにも感じられる。自分の結婚生活だけが傾くのは許せないと。私にとっては厄介な小姑でしかない。私は妻に対して、子供たちを義妹に近付かせないように願ったが、妻は聞く耳を持たない。

おそらく、さらなる展開がやってくるのは義実家における壺のような共依存が壊れる時、具体的には義父や義母が鬼籍に入る直前だと私は考えている。その頃には私の子供たちも成人を迎え、自らの生き方を形作ることになる。私と妻との関係についても何らかの結論を出す必要がある。

つまり、現時点で対応を考えたところで、時間が流れて状況が変わり続けるわけだから、考えても仕方がないということだな。

上述のような様々なストレスを抱えて調子を崩している状況の中であっても、毎週末のノルディックスキーウォーキングについては欠かさず続けてきた。

調子が悪いのは脳や自律神経であって身体には問題がなく、肩周りの筋肉が程良く隆起し、腹回りは肋骨と腹筋が浮き出る状態になった。ノルディックスキーウォーキングに出会っていなかったら、かなり深い精神の井戸に落ちていたことだろう。

現時点での対処としては、ストレス性の不調、とりわけ強迫性障害のような症状を適度にコントロールする必要がある。この不調は完治することがなく、人生にわたって付き合うものだと言われているし、この症状を上手く利用すると仕事のミスが減る。

仕事の過程でミスを見逃すのはエラーチェックが足りないことがほとんどだ。「どこかに間違いがあるのでは」という強迫観念を自らの意思で制御することができればミスが減る。強迫性障害の間違った使い方ではあるけれど、それを飼い慣らせば仕事の道具になる。

今年の木の芽時は、まるで階段を上り続けているような重圧があり、毎日を生きるだけで精一杯だった。自分がどのようなストレスに苦しんでいるのかも整理できずにいた。それらを文章として録に書き出すと、ここまでの「嫌な記憶」が蓄積していたということか。強迫性障害の症状が再発してもおかしくない。

とにかく自分のコンディションを回復させることを優先させよう。