2024/01/07

悪夢でさえ見たことがない社会の混乱

新浦安から都内の職場まで往復3時間もかけて通勤すると、社会の感情がコンパクトにまとめられたかのような姿を眺めることができる。もちろんだが、社会という存在に感情という要素は伴っていない。けれど、それを構成する人々の感情の集合体が発露されているかのような重苦しさを覚える。

老若男女を問わず、仕事や観光といった多様な目的をもった人たちが電車や駅構内といった狭い空間に押し寄せる。疲れはするが観察の対象は膨大だ。政治や経済の中心地である東京で活動する多数の人々が行き交い、真反対のテンションのディズニー客が日本全国から雪崩込んでくる。コロナ禍が明けた現在、社会はより混沌を極めた状態になっている。ほとんどの人たちが自分のことしか考えていないことだろう。


ディズニー客の場合には夢の中にいるような気がするし、社会の動向について深く考えているように思えない。楽しい場所に遊びに来て難しいことを考えている方がおかしいわけで、これはこれで自然な姿なのだろう。

だが、千葉都民の鉄道利用客の苛立ちというか、これから暗黒魔法でも発動するのかという雰囲気というか、まあそういった刺々しい感情を感じる。

映画やアニメといったフィクションの世界であっても、ここまで様々な負の出来事が続くストーリーは少ない。しかも、それぞれの出来事が仏教用語で因縁と表現しうる相対的な関連性によって繋がっているような気もする。その繋がりが浮かび上がってくる恐怖を感じたりもする。

自分のための備忘録として記しておくと、コロナ禍が襲来したのは2019年末。2020年にパンデミックによる世界規模のダメージと混乱が広がり、2022年頃に変化が落ち着いた。その間に様々な権威や価値観が崩壊した。また、人々の考え方の違いや多様性を実感する結果となった。世の中には色々な人がいると。

2022年にはロシアが旧ソ連のウクライナに侵攻し、西側諸国からサポートされたウクライナとの間で戦争が起きた。状況がこじれると第三次世界大戦や核戦争にまで発展しかねない状況が続いている。

最近の世の中ではSDGsやサステナビリティという言葉が広がっている。双方ともに他国からのサポートを受けて戦争が継続している姿は、まるで「サステナブル・ウォー」と表現したくなる。持続可能な戦争なんて悪い冗談だと思っていた。

同じく2022年頃から、食品や日用品、光熱費、交通、郵便など、幅広い物やサービスの値上げが始まった。この値上げには、コロナ禍による人手不足、ロシア・ウクライナ戦争による穀物やエネルギーの確保への影響、温暖化による天候不順などが影響しているらしい。

私は陰謀論者ではないが、世界レベルの経済を踏まえると、インフレによって価格を釣り上げることで利益を得たいという人たちの思惑が働いている気がしなくもない。実際、インフレによって多くの人々の生活が苦しくなっているにも関わらず、多くの企業の株価は上昇を続けている。

日本の場合には、インフレを抑止する金融政策を本格化させなかったためにドル高・円安が続き、多くを輸入に頼っている状況が裏目に出たという指摘がなされている。とはいえ、今回のインフレの波を速やかに整えることができるのであれば、30年にわたって経済が停滞するはずがない。

2023年にはイスラム組織ハマスがイスラエルを襲撃し、イスラエル軍がパレスチナ自治区のガザ地区への爆撃を始めた。ロシア・ウクライナ戦争と同様に事態は現在でも引き続いており、終息の兆しを感じない。人類が続く限り、この禍根は続く。

同じく2023年。国会議員の政治資金パーティにおいて、企業・団体から政治団体への献金の一部が議員個人にキックバックされているとの指摘がなされ、いわゆる裏金問題として検察が捜査している。

昭和世代の自分としては、子供の頃にテレビや新聞で見かけたリクルート事件を思い出す。

同じく2023年。日本の芸能界を牽引してきた大手芸能事務所において、その創設者が所属する男性アイドルたちに性加害を加えていたことが表面化した。被害者は百人を超えていると報じられており、最悪な事件として世界中に報道された。

私の世代はアイドルブームだったわけで、同級生の女性たちが「○○く~ん!」と強烈なテンションで男性アイドルたちを応援していた。しかし、テレビや雑誌で映っていない場所で何が起きていたのかと類推すると、当時のアイドルファンたちの落胆を感じたりもする。まあ確かにアイドルには偶像という意味があるわけだから以下略。

同じく2023年。有名な歌劇団において、ひとりの女性が命を絶ち、組織の裏側が露呈したらしい。清く正しく美しいというイメージは、いじめを含めた歪な人間関係および苛烈な過重労働によって構成されていたそうだ。

そして、年が明けた2024年の元日。能登半島を中心として最大深度7の大地震が発生した。

東日本大震災において液状化で街が崩壊し、首都圏に住みながらも被災者になってしまった新浦安民である私としては、大地震の恐さを自らの経験で理解している。当時は乳飲み子を抱えながら街が崩壊し、原発事故によって放射性物質が降ってきて、水も使えず電気まで止められるという悲惨な状態だった。

翌2日には羽田空港に着陸した日本航空516便が、被災地に向かう海上保安庁の航空機と滑走路上で衝突し、両者が炎上した。これらの事象はテレビやネットで幅広く発信され、年明けから重い空気が社会に広がった。

大手ニュースサイトのコメント欄には我こそは正義とでも言わんばかりに無数のメッセージが投げ込まれ、世界的な大富豪によって買収され情報インフラとしての機能を損ねたSNSには罵詈雑言の嵐が吹いている。

コロナ禍が完全なる自然の脅威なのかどうかは分からない。人間の社会活動の影響によって病原体が広がったことは否めない。大地震についてはまさに自然によるものだ。その発生において人が関与する余地がない。

だが、その他に社会を黒く覆っている事物のほとんどは人間が起こしたものであり、それらのベースには人の「欲」が渦巻き、しかも無数の要素が複雑に絡み合っている。

最近では、日本で最も有名なコメディアンのひとりに性加害の疑いがかけられ、関心がない人には全く関心がない状態のまま燃えている。私はテレビが嫌いなので自宅に設置しておらず、芸能界とはこのような世界だと理解していたので驚いてもいない。

世の中を倦んだところで仕方がない話ではあるが、全く気にしないというメンタルを私は有していない。

全ての事物にはA面とB面が存在しているわけで、裏側が露呈しているというだけの話なのだろう。情報の伝播の主体がオールドメディアからネットに移り変わり、品のない表現であれば社会全体のモザイクがなくなって無修正になってしまっているということか。

このような時、いくらネットで検索したところで解決策は見当たらない。負の情報を頭に入れすぎると疲れるので、それらと物理的に距離を離すことが大切なのだろうな。

芸能はともかく、政治や経済、海外の動向を無視するわけにもいかないが、まあとにかく世の中は人の欲求によって回っていると開き直るしかあるまい。

とどのつまり、どれだけ文明や技術が発達しても、人間という生き物の本質は変わらないということか。