2023/07/31

セルフサービスで現物支給の子育て支援

私にとっての浦安市は30代から40代における地獄のような苦しみの場でしかない。職場までの長時間の通勤経路でディズニー客の群衆に巻き込まれるとか、市内の義実家と妻が共依存していて自分の家庭を築いたという実感がないとか、まあそういった個人的な不幸も重なっている。街中を通行するだけで動悸や目眩に襲われるくらいに辛い。

加えて、ゴールデンウィーク頃から発生した凶悪な連続事件において、私を含めた地域住民に十分な情報を提供せずに塩対応だった浦安市の行政や議会、警察に失望した。この街は市民の安全よりも自分たちの保身を優先するのかと。下の子供が中学に進む段階で市外に転居する予定だが、可能であれば今すぐにでも脱出したい。


私の個人的な嫌悪感はともかく、この街が住みやすいとネットで発信している子育て世代が見当たらない。おそらくよく似た感情を現在の浦安市に対して有していることだろう。

何だろうな。詳しくは知らないが、自身の子育てを妻に丸投げしていた昭和の親父たちが子育て支援の方針を決めているような違和感を覚える。

現在の浦安市の行政は、とりわけ若い母親たちからの受けが良くない。街が子育て世代の声を積極的に集めようとしているとは感じられず、彼ら彼女らの感情を察しているとも思えない。

子育て世代から評判が良かった子育て支援の事業が廃止されることも珍しくない。子育て世代が嫌いなのかと感じることさえある。

浦安が子育てに適した街だとアピールしているのは不動産屋や個人投資家ばかりだ。デメリットを伏せた誇張が含まれていることがあるので真に受けない方がいい。よくあるセールストークだ。

さて、最近の国内の状況として、食品を含めた物価および光熱費等の値上げが人々を苦しめている。にも関わらず、労働に対する賃金が数十年にわたって上昇しているとは言いがたく、ごく一部の富裕層を除いて生活は益々苦しくなっている。

コロナ禍による世界規模の混乱に加えて、某国が仕掛けた戦争による影響は大きい。某国だけが悪者なのかというとそうでもなくて、利益を得たい様々な国々の思惑が交錯した結果が現在に繋がっているのだろう。

このような社会情勢において千葉県内の自治体が子育て世代を支援しようと取り組み始めたというニュースが流れてきた。千葉市や松戸市の取り組みが紹介され、続いて浦安市の取り組みが紹介された。

その瞬間、口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。検討段階でその考えはおかしいと諫言する人はいなかったのだろうか。

千葉市や松戸市の取り組みは確かに大切だと思った。幅広いニーズを集め、優先順位を付けて論理的に取り組みを決定している。

ところが、浦安市の取り組みはニュースになるような話ではなく、論理的とも思えない。未就学児がいる世帯に対して、インフレと釣り合わない額の金を薄く広く配るらしい。効果が薄いバラマキと呼ばれる施策だな。

しかも、浦安市の独自事業だけでなく千葉県の事業を混ぜ合わせて話を膨らませている。この街の行政がよくやる情報発信のパターンだ。国や県と連携しながらとは言うが、実際にはそれらの助けを前提に話を進める。埋立事業の頃から続くスタイルなのだろうか。

そもそも未就学児がいる世帯を対象として金をばらまくという浦安市の発想は理解しがたい。未就学児がいる世帯だけが子育て世代ではない。

千葉市は子供の習い事の費用まで支援している。浦安市にそのような制度はない。どのようなこだわりがあるのか分からないが、若い世代に対して上から目線で古い考えを押し付ける団塊世代のテイストを感じる。子育てが大変なのは当たり前だ、苦しくても我慢しろと。そのような根性論が日本の少子化を招いた。

我が家には未就学児がいないが、子育て世代には該当する。浦安市は市立中学校の給食費を無料にするそうだが、我が子は市外の私立中学校に通っているのでその恩恵もない。

私は地道に働いて決して少なくない金額の市民税を浦安市に納めている。しかし、その金が他の世帯に配られ、時には元町に住んでいる若い父親のパチンコ代や酒代に使われるかもしれないわけだ。金を貰う方はラッキーだが、それは浦安市が稼いだ金ではなく、浦安市民から預かった税金だ。

浦安市の取り組みは理解しがたい。インフレの影響を直接的に受けているのは未就学児の親というよりも、小中高に通う子供たちの親ではないだろうか。未就学児のオムツ代やミルク代よりも、育ってきた子供たちの方がコスト高になる。

したがって、千葉市等が高校生を育てている世帯を経済的に支援することは当を得ている。どの世帯にインフレによる負荷がかかっているのかを行政が理解しているので、市民としても納得する。ところが、浦安市はなぜに未就学児の親を優先するのだろう。

大勢の市民が納得するであろう方向ではなく、不思議な向きに浦安市が進むのは今に始まったことではない。10年以上前からよくあった。このような舵取りがトップダウンの行政によるものなのか、トップの指示を現場が曲げてしまう慣習によるものなのか、役所の外のフィクサーやインフルエンサーが何かを言っているのか、その理由はよく分からない。

浦安市としては、千葉県内の多くの自治体と異なり、地方交付税交付金を受け取っていない。国からの交付金を子育て支援に充てている自治体と比べてくれるなという気持ちだろうか。

だが、このロジックは正しくない。なぜ浦安市が交付金を受け取ることができないのかというと、財政力が高いからだ。財政力があまり高くない千葉県内の自治体と比べて浦安市の自主財源の比率が大きい。このようなテーマにおいては、財政力と交付金という二つの要素を含めた上で、浦安市と他の自治体の取り組みを比較する必要がある。交付金という要素だけで話を切り取ることは辻褄が合わない。自治体の財源のベースラインにおいて差があるからだ。翻って、財政力が高いにも関わらず、浦安市は多くの税金をどこに使っているのかという疑問が残る。

加えて、最近の浦安市は、市民が使用する公共施設等における「受益者負担」を主張するようになり、結果として様々な場面で行政サービスに課金し始めた。その典型例が公園や公共施設の駐車場における利用料の徴収だ。

浦安市に住んでいて、海沿いの公園や体育館まで自家用車で出かけて、子供を遊ばせたり自分が運動すると駐車料金を徴収される。

夏場は子供を市営のプールに連れて行ったりもすることだろう。駐車料金を払いたくなければ、住宅地から遠く離れたディズニーの近くまで親子で歩くか自転車で行けと言いたいのか。

受益者負担で課金するという概念は、人々が均等に納税していないと逆に公平性を失う。浦安市に対して多めに市民税を納めている市民の場合、すでに自分が受け取る利益以上の額の税金を払っているという解釈になる。しかし、それが税というものだと我慢しているわけだ。

にも関わらず、自分が受け取る利益以上に市民税を納め、さらに現地で受益者負担だ金を払えと言われたら怒るだろ、普通に考えて。ならば、駐車場を使わない市民に市民税を還付してほしいものだ。

浦安市立の施設の駐車場を目的外(といってもその目的は分かるが)で使用している市外の人たちがいて、駐車料金を請求することは理にかなっていると主張を展開している人たちがいたりもする。受益者負担という話と方向性がズレている。というか、わざと話を逸らしている人たちなので相手にしない方がいい。

このような浦安市の態度に憤っている市民がいたりもするが、その割合は少数なのだろう。

駐車場の料金に加えて、新浦安駅付近の自転車駐輪場の利用料金まで値上げされたことには驚いた。

論理的に考えると、浦安市の財政力が高い理由は浦安市民が納税する金が多いからだ。ディズニー関連の法人市民税の金額は大きいけれど、歳入全体に占める割合としてはあまり高くない。

より多くの税金を納めている市民が多く住んでいるのはどこかというと、新浦安だ。それが間違っていると考えている人たちには統計学的な資料を用意してほしいものだ。

順番を遡ると、新浦安に住んでいる人たちが多くの地方税を納めて、浦安市の財政が潤っている。その人たちの多くは自転車に乗って新浦安駅に行き、そこから職場に向かう。

しかし、駐輪場の利用申請時に料金を確認したところ、利用料が値上げされている。その理由は、「サービス向上のため」と書かれていた。サービスを向上させるために金が要るらしい。

しかも、希望した駅近の駐輪場は全て埋まり、駅から遠く離れた駐輪場の利用が決まり、さらには利用料金が値上げしている。

一部の駐輪場には電子マネーに対応したロックシステムが追加されるようになった。サービス向上という主張は分かるが、硬貨ではその実施が難しかった一時利用での料金の値上げが楽になったな。

不愉快に感じた私は、支払った駐輪場の年額料金の返還を申し出て、自宅から新浦安駅まで歩いて通勤することにした。浦安市に税金を納めている労働者の通勤経路の料金を値上げするのは正しくない。隙あらば利益を求めるこのようなスタイルは、青べか物語の頃から何も変わっていないということか。

浦安市の令和5年度当初予算を確認してみると、一般会計の歳入における市税の割合が54%で411億418万円。うち個人市民税の割合が42.4 %で174億2817万円。小さな地方自治体において、これだけ大きな歳入があるにも関わらず、自転車駐輪場の利用料まで値上げするのか。

利用者の中には働き盛りの子育て世代がたくさんいる。浦安市の直営ではなく、浦安市と関係が非常に深い法人が駐輪場を運営しているとはいえ、これでは実質的な地方税の増税ではないか。

この法人の役員構成を確認したところ、浦安市の元職員の名前が並んでいた。転職あるいは定年退職した後の再就職による雇用だろうか。興味深いことに、同様の事例が浦安市と関係する他の民間団体においても認められる。この現状が何を意味しているのか、教養がある市民ならば容易に察することができる。

中央ではこのような雇用が天下りとして問題視されているが、市町村レベルではよくあるらしい。外郭団体が充実すると、市職員の再就職先も充実する。それらの団体は浦安市から業務の委託等を受け、市民が納めた税金が投入されている。

小ネタではあるが、浦安市の外郭団体は概ねサービスが良い。稀に態度が良くない時があれば、浦安市役所に相談することで、それらの団体が市役所の一部かのように迅速かつ丁寧に対応してくれたりもする。役所と法人の繋がりが深いことのメリットもあるのだなと私は学んだ。

もとい、コロナ禍の影響もあって、浦安市の予算が厳しくなっていることは察するが、それらを市民に対して直接的に要求するのではなくて、本来ならば自分たちの金の使い方を振り返り、節約しうるところを節約するべきではないか。

より具体的に金の使い方を指摘するのであれば、浦安市が外部に業務を委託している法人への予算、あるいは各種の入札が対象となる。当然だが、元請けだけでなく下請けも精査すればいい。

これらの詳細な情報は市民がアクセスしえない深部にあり、差し支えない部分だけが公開されていることだろう。浦安市との間で全く関係がない第三者による監査を実施して、浦安市の金の使い方が割高になっている箇所を厳密に調べれば、市民の生活に直結する受益者負担を抑えることができるはずだ。

だが、様々な都合があり色々と角が立つということで、各家庭で例えると固定費のような支出が増えてしまって削ることができず、仕方がないので子育て世代への支援を抑え、何とかして市民からより多くの金を集めようという話になっているのだろうか。

行政に対する浦安市民のリテラシーはあまり高いとは思えない。10年以上前は団塊世代の一部が浦安市に対して舌鋒鋭く指摘していたりもしたが、私を含めた団塊ジュニア世代以降では浦安市の金の使い方について指摘している人をほとんど見かけない。そもそも街の行政に関心がない。

子供の頃、体制に物申すことは悪だと小中学校の公教育において教師たちから指導された気がする。浦安には多くの地方出身者が住んでいるけれど、思想教育については日本のどこでも同じような感じだったらしい。

結果、社会に関心がある高齢者たちが政治や行政に影響力を持つようになり、シルバー民主主義というミームが生まれていたりもする。

ザックリとした計算になるが、公表されている資料に基づくと、納税者の主体を占めている20歳から60歳までの浦安市民は約10万人。一般会計の歳入の市税のうち個人市民税が42.4%で、固定資産税が50.3%。

この人数によって所得に関係なくザックリと均等割すると、個人市民税だけでも、ひとり当たりの納税額は17万4千円程度。

年間17万円の市民税を浦安市に納めている人たちの割合はどの程度なのだろう。このラインをはるかに超える税金を納めている市民が新浦安にたくさん住んでいる。年収で数千万円を稼ぐ人も珍しくない。この状況が浦安市の高い財政力の柱となっている。

加えて、市内に住宅やホテルなどを作りまくれば、固定資産税が増えて浦安市の歳入が増える。環境が混み合い、地域住民にとって住みづらくなったとしても、浦安市にとっては税収の点から大歓迎というわけだ。むしろ、市庁舎の中の人たちは、市民から金が集まることを当然だと考えていないか。

浦安市が何かの予算を充てる時、私は必ず10万人という数で割って想像することにしている。例えば、浦安市議会のための議会費は3億4922万円。10万人で均等割すると3492円。私が3000円を支払っただけの仕事を市議会が担っているのかというと、どうなのだろう。

自分が住んでいる日の出地区での連続事件が市議会で追求されなかった時には、3000円を支払うだけの価値はないと思った。情報面で納税者を守ろうとしなかったのだから住民感情としては自然なことだろう。

かといって、浦安市が子育て支援に対して明らかに消極的なのかというとそうでもなくて、保育施設の整備や拡充、市立学校の整備やサポートなど、多額の予算を子育てに充てている。それらの行政の取り組みが子育て世代に伝わっていないし、子育て世代も行政の取り組みを知ろうとしない。そのような行政と市民の乖離が様々な問題を生み、実際の子育て世代があまり必要としていない事業にまで金を使ったりもする。多くの親たちは思い当たる施設があるだろう。

社会が大きく変化し、子育て世代が経済的に苦しんでいるわけだから、浦安市には子育て世代を積極的にサポートするという姿勢が必要になる。市の施設やサービスの利用料金において受益者負担を増やすのは、市民感情を逆なでする悪手だと私は思う。

このような問題を抱えた中で、先述の行政の固定費のような支出が積み重なり、さらにはインフラが老朽化し、従来の子育て環境を維持することさえ精一杯、市の貯金に相当する財政調整基金は減る一方。それがこの街の現状だと私は察している。

物価や光熱費が高騰している現状において、浦安市が子育て世代を経済面で積極的に支援することができず、削ろうと思えば削ることが不可能ではない他の予算があったとしても様々な経緯があって削ることができないというわけか。

あまつさえ、市民がこれだけ困っているにも関わらず、浦安市は芸術が大切だと言い出して、国立の芸術大学とのタイアップに多額の予算を充てている。備品のピアノを売却するほどに金がない国立大学は気の毒だが、浦安市が助ける必要はない。

そもそも、浦安に芸術的な取り組みを求めている市民が何人いるのか。かなりマイナーな人たちだと思うのだが。経済的に苦しんでいる市民の家庭においてはアートどころではないが、その突っ込みに対するエクスキューズのような事業まで用意しているところが気になる。

芸術に充てた予算の成果をどのようなKPIによって評価するのか。アウトカムが不明確な事業に多額の金を使っている余裕があるとも思えない。だとすれば、この事業の背景に何があるのか。不思議だな。

子育て世代の経済的な負担が増えている中で的外れな支出や公的サービス等の利用料金を増やすとどうなるか。

浦安市に対する市民の不満は憤りに変わる。この空気の変化を浦安市が察しているとは思えない。分かりやすい抗議の形ではなく、サイレントな怒りが蓄積し、霧のように広がっていることだろう。元漁師町にある市庁舎からは新浦安の様子がよく見えないのだろうか。

私の場合には、浦安市に対して憤りよりも諦めを感じている。諦観という上品な内容ではなくて、埋め立てに伴う発展の中で、この街には様々な課題があるように思える。浦安市と関係の深い団体が受注していた公園のトイレ掃除が、ひとり当たり時給1万円という金額だったことに私は愕然とした。このような事例が市の支出において多く潜んでいるのであれば、それらの解決は難しい。

仕方がないので、私が浦安市に納める税金を減らすことにした。

浦安市が主張する受益者負担は理にかなっている。私は税金に相応した利益を受けていない。受益者負担の原理から、間接的ではあるが税金を返してもらう。

物価や光熱費が高騰した分については、昨年と同じくふるさと納税をフルベットして他の自治体に住民税を移し、返礼として届いた生活必需品によって出費を減らす。iDeCoによる節税も継続する。これらによって、我が家の場合にはインフレによる負担増を補填することができる。素になって考えると物凄い税負担だな。

結果として浦安市に納める市民税がゴッソリと減る。インフレが生じているにも関わらず、浦安市が私のような子育て世代を積極的に支援しているように思えないので仕方のない措置だ。

新浦安の中高所得層がふるさと納税でフルベットすると、ザックリとした計算では20万円程度の個人市民税が浦安市から差っ引かれる。世帯ではなくて、市民ひとりでこの減収だ。百人がフルベットすると浦安市にとっては2000万円、千人がフルベットすると2億円、5千人がフルベットすると10億円の減収。

怖いことに、5千人という数は浦安市の勤労世代の5%程度に過ぎない。

加えて、新浦安には共働きのパワーカップルがたくさん住んでいる。その世帯がフルベットすると倍額の減収を生じる。

では、浦安市が公園や施設の駐車場の料金に課金したり、子育て支援の事業を抑えることで増える予算はどの程度なのか。駐車場で課金したところで、年間あたり1億円にも充たない収入しか得られないことだろう。業務委託の手数料もかかる。

浦安市が受益者負担を主張して取れるところから取るという方針を変えず、結果として新浦安の市民を怒らせて、だったら市民税を差っ引いてやるとふるさと納税でフルベットしまくったとする。その場合、受益者負担で徴収しうる浦安市の収入よりも10倍どころかそれ以上の減収が引き起こされる可能性がある。

所得があるからといって贅沢しているわけではなく、けれど浦安市からのサポートが十分ではない。さらには受益者負担とは何事だと。浦安市としては市民の寄附行為を止めるすべがない。

とりわけ、子育てには金がかかり、インフレという苦しい状況で親たちが頑張っている。にも関わらず、浦安市は小中学生や高校生を育てている世帯を助けないのかと。行政がこのような態度を続けるのであれば仕方がない。税制を活用して自分で自分の生活を守ろうと考えてもおかしくない。

つまり、ふるさと納税の活用は、住民税を浦安市から他の自治体に移し、生活必需品を返礼として受け取るという、セルフサービスかつ現物支給の子育て支援金という私なりの解釈になる。

フルベットによるリターンは一律の金額ではなく、自分の納税額に応じた物品として戻ってくる。見方によっては公平だ。市外への寄附行為によって行政サービスが低下するぞと脅されても気にしない。そこまで踏み込めば首長や議会の責任になるわけで、元漁師町の金の使い方にも市民の関心が集まる。

かつてのパンクな人たちのようにプラカードや横断幕を掲げて市役所の前で座り込むわけでもなく、駅前で拡声器を持って浦安市の金の使い方を批判するわけでもなく、駅構内でビラを配ったり署名を集めるわけでもなく、ツイッターでハッシュタグを付けて文句を投げつけるわけでもない。

政治的なマターについて騒ぐつもりもない。元町派とか新町派といった話は、浦安市の公金をビジネスターゲットとして生計を立てている人たちには重要だが、ただ寝るためにこの街に帰ってくる人たち、あるいは嫌になれば市外に引っ越そうと考えている人たちには関係がない。

パンクな行動に出なくても、自らの意思を示すことはできる。自分が納める市民税を自分の意思で減らすだけ。スマホとクレジットカードを用意して、ネットショッピングを楽しむような感覚だ。寄附後の事務処理も簡単だ。実に穏やかで角が立たない。

それにしても、ふるさと納税でフルベットして個人市民税の一部を他の自治体に移しても、浦安市に納めている税金が多いな。10万人の均等割よりもずっと多い税金を浦安市に納めている。

市外に脱出すれば、この不快感が消える。早く引っ越したい。