2019/11/05

開成なのに早稲田

飽きもせずログを残しているが、そんな時間がどこにあるのかというと、最近、長時間の電車通勤でスマホを使って文章を書くことにした。


これで想像の地獄よりも遙かにリアルな通勤地獄の苦痛を紛らわすことができる。辛い辛いと嘆いていても仕方がないので、絶望する前に工夫だな。

なぜ耐えるのかというと、今すぐ都内に引っ越して子供たちを転校させるよりも、都内の私立中学に合格してもらって引っ越した方が家族への影響が少ないから。

50代になってようやく浦安から脱出かと思うと感無量だ。この街に住みたいから引っ越したわけではなかったし、色々と疲れる、この街は。

子供たちには偏差値に関係なく気に入った学校に進んでもらいたい。ただし都内で。

最近、深く考えさせられるエピソードがあった。

「知り合いの子供が開成に行ったんですが、その後、早稲田に入学したんですよ! 開成なのに早稲田ですよ!?」

ロードバイクサークルのグループライドに出かけて、荒川沿いのキッチンとれたてのテーブルで休憩していた時、ロードバイク仲間の友人がこの話をご紹介くださった。

私は彼のお話を興味深く拝聴していた。彼も私も国立大学の出身なので、私立大学のことはあまりよく分からない。

センター試験がなくていいなと思ったが、私の実家は大きな借金を抱えていたので私立大学という人生の選択肢が最初からなかった。

しかも私たちの大学受験は20年以上前のことだ。

彼の知り合いのお子さんは、開成中学校に合格し、開成高校に上がり、そこから早稲田大学に入学したそうだ。

子育てを続けていると、開成中がどれだけのレベルなのかがよく分かる。

日本最難関の一つで、入試では千葉県内トップの渋幕中が前哨戦になるくらいのレベルだという話を、二月の勝者という漫画を読んで勉強した。

二月の勝者の冒頭で登場する「君たちが合格できたのは、父親の経済力、そして母親の狂気」という黒木先生のセリフは、開成中学の入学式で校長が話した挨拶のオマージュだ。

実際には、「一に母親の狂気、二に父親の経済力、三に子供たちの力」という話で、母親の狂気が最初に来る。

現役世代としては母親の狂気という表現がオーバーだとは感じ難い。確かに狂気と言えるくらいに熱い。

父親の経済力も確かに必要だが、自らの分身である我が子とともに戦うという母親のプライドが燃えさかっている...などと夫が眺めていると妻からハードヒットを受ける。

開成中学に合格するためには、お子さんの実力や努力に加えてお母さんもお父さんも大変だったと思う。

子供が開成中に受かったら、一家どころか塾全体が大喜びで、近所でも噂になることだろう。

友人としては、そこまでの実力があり努力を重ねた後で、早稲田大学に着地したことが気の毒に感じたのだろうか。

早稲田大学も日本を代表する名門で特に政経や理工は優秀なのだそうだ。しかし、確かに開成と早稲田という組み合わせに違和感を覚える。

感じ方は人それぞれだが、第一志望の大学に落ちて滑り止めで早稲田に来てしまいました的な。一浪とか二浪だったらさらにあれなのだろうか。

同じ難関中高でも早稲田附属から早稲田大学だと全く違和感がない。

開成だからこそ、もう少しで東京大学に行けたのではないかという周りの空気が作られるのだろうか。

例えば、開成高校で学歴社会の無常を達観して駒澤大学に進んで僧侶になるとか、あまりに頭が良すぎて大学に行かずにプロ棋士でタイトルを獲得するとか、そこまでギャップがあると逆にインパクトがある。

自らを振り返ってみる。私の場合は防衛大学校に入って海上自衛官として潜水艦の艦長になりたかった。海の中は静かだから。

しかし、願書を出す時点で大の自衛隊嫌いの実母が、まさに狂気じみた勢いで反対したので夢は叶わなかった。

間違いなく合格するはずだったのに、そこからの後悔の人生は厳しかったし、生きるためのモチベーションを取り戻すまで時間がかかった。

他大学から自衛官になるという選択肢もあったのだけれど、私は同じ釜の飯を食った仲間と「防大○期」と呼び合って働きたかった。

その場合、中学や高校なんてある程度の進学校であればどこでも良かったわけだ。

入試の偏差値で人生が方向付けられることはあるが、私の場合には親との関係の方が大きかったな。これも一つの勉強になる。

そのお子さんが自ら望んで早稲田大学に入ったのなら本望だし、本人の力が足りなくて第二志望だったとしても、それは本人の責任だから諦めがつくだろう。

一方、小学生の段階で親が狂気を発動しすぎて無理に本人のスペックを上げようとした結果、途中で息切れしたのなら気の毒に感じる。

そういえば、浦安にも早稲田大学出身の父親がたくさん住んでいる。

プライベートなので彼らが優秀かどうかは分からないが、保育園の保護者会や小学校のPTAなどで会長を引き受けて前に出てくる人が多いように感じる。また、保護者同士のマウンティングが気になる人が多い印象もある。

表面上はニコニコして愛想が良くて飲み会が好きだけれど、内面では競争心が強くて何事にも批判的で、自分より上だと思った相手に嫉妬して妬むような。

そして、何かトラブルがあるとすぐに距離をとって離れていくような人が何人もいた。

偏見だと言われるかもしれないが、浦安での私の実体験として一人や二人ではない。

何度も残念な気持ちになったので、個人的にはそのイメージが焼き付いてしまって早稲田嫌いになっている。この考えは改めなければならない。

同じ銀杏の紋章を持っている父親たちは、それなりの距離感があって特に気にならないけれど。

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浦安市の郷土博物館で限定販売されているアサリだかハマグリだかのキーホルダーを添えてみた。

多くの若者たちがこの大学を目指す理由が分かる。

この場所は、まさに「知」の宝庫だ。学問が楽しくて楽しくて仕方がなかったし、何か不思議に感じることがあれば、どこかに専門家がいる環境だった。

南極に行ってみたくて研究室を訪ねて、本当に南極に行ってしまった人までいたな。

就職活動についても、真面目に課程を修了していれば無双に近いな。入社試験等では他の大学の学生たちと受付が違ったり、内定の書類が届く前に速攻で電話が...いや、これは言ってはいけないことだったな。

早稲田出身の父親の中には、銀杏の紋章にとても強く反応する人がいて理解に苦しむ。それまではリーダーシップを発揮してエッヘンという感じなのに、銀杏の紋章を持った人がいると、突然、真顔になったりもする。

若い頃の話なんて、父親になってからこだわる必要もないだろう。彼らだって、とても立派な「W」のマークがあるわけだし、学校を出た後の職場で張り合うのなら分かる。

けれど、それだって大した意味を持っていないことだろう。職業人としての矜持なんて、分かりやすい物差しで測ることなんてできないのだから。

一流進学校という銀杏の紋章に最も近い場所にいたからといって、結果、Wマークになったとしても、それは本人が気にするか否かというだけの話だと思う。

なぜなら、所詮、男の生き方は優しくて気遣いができてセクシーな女性と結婚するかどうかで決まり、銀杏の紋章やWマークの違いなんて意味がない...という仮説を聞いたことがある。

いくら東大卒であっても、自宅で鬼の形相の妻が待っているようでは幸せとは言えないし、卒園式や入学式で素敵な奥さんを連れた他の父親を見かけると以下略...という仮説も聞いたことがある。

もとい、親が子供を助けてあげられるのは中学入試までだとよく聞くが、私はそう思わない。父親の出番はその後だと思う。

社会を生き抜く上では学校のネームバリューよりも国家資格や技能を持っている方が強い時がある。

さらに大切なのは、個人の長所を活かし、やりがいを感じながら長い人生にわたってモチベーションを保ちうる職業に就くことだと信じる。

世間がエリートだと考える人生は必ずしも幸福だとは限らない。

ブラックな職場で心身を削って倒れたり、家庭内で配偶者からドメスティックバイオレンスやモラルハラスメントを受けたり、義実家との不和などで苦しんだりと、そういった事象は学歴には関係がない。

偏差値に前のめりになるのではなくて、わが子たちにどのような力があって、将来どのように生きるのか。

学校以外の場を含めて父親として子供たちを導く、あるいは信じて任せることができるかどうか。

言葉では簡単に表現できるが、実際は難しい。

二月の勝者は分かりやすいが、人生は必ずしも勝ち負けでは決まらないし、それを判断するのは子供たちなので、さらに難しい。

それらに悩むことも父親としての大切な生き方なのだろう。