江戸川でサイクリング+チェアリングを試みたのだが
また、チェアリングと自転車はとても相性が良く、とりわけ小回りが利く小径自転車であるミニベロとチェアリングの相性はさらに良いらしい。年末年始に家庭が荒れてどん底の精神状態だった私は、なるほどそうかと思って、チェアリングでは定番のHelinox(ヘリノックス)の「チェアゼロ」と「タクティカルチェア」という二種類の折り畳み椅子を購入した。
そして、年末年始の繁忙期を何とかやり過ごすことができたので、ヘリノックスのチェアを畳んでリアキャリアに固定し、久しぶりのサイクリングに出かけた。
屋内でスピンバイクを漕いでいたとはいえ、実走は本当に久しぶりだ。昨年の最後にサイクリングに出かけたのはいつだったのか記憶にない。内房まで走りに行って、船橋市や市川市の海沿いがあまりに荒れた地獄模様だったので、ブルーノを輪行仕様にカスタムしようと考えたところまでは覚えている。
若い頃にはスポーツ自転車に乗って実走に出かけることに何の抵抗もなかったけれど、よくよく考えると首都圏でのサイクリングは大きな危険を伴う。幹線道路で落車してトラックに轢かれたら、人生はそこで終わる。
「乗る気がないなら乗らなければいい」とドヤってブログに書く輩がネット上にいたりもするが、確かにその通りだ。ロードバイクであってもミニベロであってもクロスバイクであっても、さらにはママチャリであっても、実走には危険を伴う。
「よし、乗るぞ」というモチベーションが湧かない状態で何となく走るのは危険で、ある程度の気持ちが整った後で実走に出かけることにしている。
チェアリングに限らず、キャンプを楽しんでいる人たちの間ではHelinox(ヘリノックス)のチェアが人気だそうで、とりあえず「チェアゼロ」と「タクティカルチェア」をポチった。ヘリノックスのチェアの定番は「チェアワン」という製品なのだそうで、最初はチェアワンを購入しようとした。
しかし、趣味品にタフネスを求める私は、チェアワンの背面のメッシュ素材が気になった。座ってバリッと破れることはないだろうけれど、何とも頼りない。
チェアワンをネット上で探していたら、タクティカルチェアという背面が丈夫そうなチェアを見かけた。重量としては大した差がなくて、ジオメトリーはチェアワンとほぼ同じだった。ということで、タクティカルチェアを手に入れてみた。
このチェアは、例えばベランダで酒を飲んだり、オプションパーツを取り付けて自室にてロッキングチェアとして使うこともできる。とはいえ、私の用途としては専ら座禅のチェアバージョンといったところか。
他方、サイクリングにてチェアリングを楽しむ場合には、1kg近い重量のチェアワンやタクティカルチェアではなくて、「チェアゼロ」という軽量モデルが定番になっているらしい。確かにチェアゼロは軽いけれど、実際の座り心地はどうなのか。
年末年始のストレスで検討することさえ面倒になってしまった私は、つい魔が差してタクティカルチェアとチェアゼロを同時にカートに入れてポチることにした。
理想としていた家庭像は無残に崩れ、将来への希望や期待も感じられず、自分が何のために生きているのかさえよく分からない。椅子ごときで悩むのも馬鹿らしいと強気になってしまったらしい。
自宅に配達されたヘリノックスの折り畳み椅子を手にして、なるほどこれらの製品がアウトドアの定番になる理由がよく分かった。家の中で椅子を組み立てて座るだけでも快適だ。何だろうな、ハンモックのように身体を包み込んでくれる。
オッサンになって揺りカゴを楽しむのはキモいことこの上ないが、確かに揺りカゴのような心地良さがある。サイクリングで景色の良い場所に行き、ヘリノックスのチェアに座ってのんびりと過ごせば、このストレスフルな毎日での癒やしに繋がるだろう。
休日がやってきたので、早速、タクティカルチェアをブルーノ・スキッパーに載せて出発だと意気込んでみたものの、いきなりアクシデントに見舞われた。
年末にオーストリッチのP-115Sというパニアバッグを購入し、ブルーノに取り付けた。ヘリノックスのチェアは折り畳むとコンパクトになり、このパニアバッグにシンデレラフィットすることが分かった。
思った通りに進まないことだらけの私の人生で、ここまで順調に物事が進むのは気持ちが悪いと思っていたのだが、やはり順調ではなかった。
P-115Sをブルーノに取り付けるために、トピーク製のリアキャリアを外して、タイオガ製のリアキャリアに変更した。トピーク製のリアキャリアは純正のトランクバックを取り付ける際には重宝するが、P-115Sのパニアバッグを取り付ける際には幅が広すぎたからだ。
そして、タイオガのリアキャリアとP-115Sもシンデレラフィットした。もはや純正なのかと言わんばかりのマッチングだった。
だが、ブルーノにリアキャリアを取り付けて、そのリアキャリアにP-115Sのパニアバッグを取り付けると、ペダルを回した時にカカトがわずかにパニアバッグと接触する。何たることだ。
ブルーノのフレームはホイールベースが短いので、不格好なまでに後方にオフセットしたリアキャリアを加工して取り付けない限り、この問題はクリアできない。しかし、そのようなリアキャリアを取り付けると輪行袋に収まらない。
仕方がないので、タクティカルチェアをそのままブルーノのリアキャリアに縛り付けて、半ばヤケクソになりながら江戸川沿いのサイクリングロードを走ることにした。久しぶりのサイクリングなので、輪行して千葉市にアクセスし、サイクリングを楽しみながらチェアリングを試すプランは無謀だと思ったからだ。
江戸川沿いをのんびりと走り、チェアリングに適した草地を見つけてチェアを広げ、そこで冬の空気を感じ、文字通りに地に足を付けて禅を練ろうかと思った。
サーモスの保温ボトルにホットコーヒーを入れ、準備が整った。よしこれでチェアリングを楽しむぞと。
だがしかし、頭の中でイメージしていたチェアリングは、江戸川沿いに入った時点で暗雲が立ちこめた。
気温が10℃を下回っているにも関わらず、江戸川の左岸は人で溢れていた。たぶん右岸も同じだろう。犬を連れて散歩する歩行者、小さな子供を連れた夫婦、今までどこにいたんだと不思議に感じるくらいの多数のロードバイク乗り、そして健康のためにウォーキングに励む高齢者たち。
江戸川の左岸の下流域は市川市だと思うのだが、市川市民たちが江戸川沿いに押し寄せて、チェアリングどころかサイクリングすら満足に楽しむことができない。
この状況であれば、江戸川沿いではなくて、浦安市内のディズニーの裏にある寂れた護岸の近くでヘリノックスチェアを広げた方がずっと快適だろう。というか、チェアリングを楽しむようなスペースが江戸川沿いに見当たらない。
遊歩道の脇に草地があったりもするけれど、あまりに人通りが多すぎる。こんなところでリラックスできるはずがない。
チェアを置けそうな広々とした空間は、主に河川敷のグラウンドに面している。そこには野球少年やサッカー少年が大挙して押し寄せ、その保護者たちが空きスペースを占有してしまっている。
この人たちはとにかくうるさい。大声を出さないとおかしくなるのかというくらいの大声を出している。しかも、連れ添っている野球中年が子供の前でタバコを吸っていたりもする。
そのまま走り続けて、ようやく河川敷で釣り人たちが竿を並べているスペースを見かけた。よし、ここならチェアリングができそうだと、リアキャリアに取り付けたヘリノックスチェアを展開しようと思っていたら、江戸川の対岸が騒がしい。
そこにはグラウンドがあって、少年野球の人たちが大声を上げている。
「バッター、足が速いよ!」と叫ぶ守備陣の少年、「取ったらすぐバックホームだ!」と叫ぶ中年の野球コーチ。
うんざりする。
私が魔法陣を展開することができれば、この人たちをまとめて荒川沿いに転送するのだが。
私は野球に何の興味も知識もない。どうして野球人たちは大声を上げるのか。ストライクゾーンに球を投げる時にも、投げられた球を棒で打ち返す時にも、打ち上がった球を革製の手袋で捕まえる時にも、それなりに集中して精密な動作が必要なはずだ。
そのような作業を行う場合、周囲の環境は静かな方が適しているだろう。テニスにしても、卓球にしても、プレー中は静かにしろと言われるはずだ。
とどのつまり、大声を上げることでバッターやピッチャーにプレッシャーをかけるということか。大声で威嚇する中年のコーチなんて、どのような存在意義があるのだろう。ただでさえ野球人口が減っているにも関わらず、少年たちがストレスを感じることを続けて楽しむことができるのだろうか。
というか、このような中年たちは私と同世代のはずだが、他にやることがないのだろうか。自分が野球をプレーするのなら運動になるが、ただ立って怒鳴って子供たちに野球を教えているのか。それも人の生き方だけれど、残りの時間は限られている。
結局のところ、野球が好きで、プロ野球や高校野球のコーチの真似事で満足したいということか。
江戸川沿いを自転車で走っている限りには、野球人たちがいてもあまり気にならない。うるさくても走り去れば存在がなくなる。だが、チェアリングの場合には留まって時間を過ごすことになる。聴覚過敏を有する私が、このように喧しい場所でリラックスすることは困難だ。
江戸川下流域は人が多いけれど、松戸市の付近まで遡ればチェアリングに適した場所があると思った私は、そのままサイクリングを続けて場所を探すことにした。
だがしかし、下流を遡った河川敷は遊歩道の道幅が狭く、ヘリノックスのチェアを広げられる場所が見当たらない。イメージとしては、見晴らしが良い草地、目の前に江戸川の流れを臨むことができる場所だ。イメージ通りの場所がない。
遊歩道の脇に草地が広がるスペースがあったけれど、その場所はデイキャンプを楽しむ親子連れによって占拠されており、分かりやすい大型のテントが並んでいた。最近では直方体に近いテントではなくて、中央のポールを立てた円錐形あるいは角錐形のテントが流行っているらしい。組み立てが楽だからなのだろう。
そのような場所で椅子だけを広げて座っているオッサンの姿は、あまりにシュールだ。
結局、江戸川の右岸でチェアリングに適した場所を探し続け、サイクルコンピューターの走行距離が30kmを表示している。おかしい。10km程度を走ってチェアリングを楽しみ、よしリラックスできたぞと満足して帰宅する予定だったはずだ。これでは単なるサイクリングではないか。
そういえば、ブルーノで輪行するためにペダルを換装していたことを思い出した。今までは三ヶ島のBM-7 NEXTという軽量の高回転モデルだったが、折り畳みが可能な同社のFD-7というペダルと交換してみた。FD-7はBM-7よりも重いペダルだが、踏面が広いので力が入る。モンベルのシューズのソールとの相性も良い。
思ったよりも素晴らしいペダルに出会えたことを喜びつつ、真冬なのにシューズカバーを忘れて出発したことにこの時点で気が付いた。モンベルのトレールライダーにはそれなりの防寒性が備わっているけれど、さすがに足先が寒い。
そして、江戸川サイクリングのルーティンコースとなっている流山市の魔王の塔の前にやってきた。その正体はゴミ焼却施設だが、どの自治体でも高々とそびえる煙突が魔王の塔をイメージさせる。
ゲームであれば、最上階にたどり着くまでに何人もの中ボスが待ち構えている状況だな。
チェアリングに適した場所を探して浦安市から江戸川沿いを遡って走り続け、流山市まで来てしまった。
イメージしていた草地ではないけれど、砂利が広がる広場を見かけた。ここまで来ればヘリノックスの具合を確認するだけでも構わないかと思った私は、その砂利道に入ろうとした。
しかし、砂利道の手前に「立入禁止」のバリケードが立てられてた。散歩中の老人男性が気にせずにバリケードの脇を歩いて進んでいったが、それなりの理由があってバリケードが設置されているのだろう。ルールは守るためにある。
このような状況がヘリノックスチェアの初使用だと思うと何だか申し訳なく感じたので、荷解きせずにそのままリアキャリアに固定して帰還することにした。
あくまで私個人の感想だが、江戸川の河川敷はチェアリングに適していない。
野球人たちが喧しく叫んでいても、もしくはすぐ近くに他者がいたり、頻繁に通行人が通り過ぎても気にならない人たちであれば、存分にチェアを広げることができるのだろう。私はそのような場所でリラックスすることができない。
仕方がないので、ホリゾンタルフレームのブルーノのトップチューブに腰掛けてバニラ味のカロリーメイトをかじり、わざわざ保温ボトルに入れておいたホットコーヒーを飲むことにした。
コーヒーはすでに冷めてしまっていた。
チェアリングという造語が生まれて、それなりの流行になっていたところで、実際に試してみるとケースバイケースということだな。
そもそも私は変化に弱いので、自転車で走るのであれば走り続け、椅子に座って休むのであれば休み続ける。自転車で走った後で椅子に座って休み、そこから再び自転車に乗って走るスタイルはトレーニング効果が薄く、リラックス効果も薄いのではないか。
つまり、サイクリングでチェアリングを楽しむ場合には、サイクリングという意味合いはできるだけ減らし、チェアリングに適した場所を確保することを念頭に置くという話だったのだな。
ならば、わざわざ江戸川沿いを30kmも遡る必要はなくて、自宅がある浦安市の日の出地区から10分程度で海沿いに到着し、そこでヘリノックスチェアを広げる場所は十分にあったわけだ。
なんてことだ。流山まで走ってしまったじゃないか。
帰路の江戸川河川敷はすでに真っ暗になっていて、反射板を身につけていないジョガーや歩行者がいきなり目の前に顕れる。死者の蘇りを連想させ、これはこれで終末世界のようで趣がある。
ライトで部分的に照らされた遊歩道の真ん中に大型犬が残したであろう大きな糞が落ちていた。咄嗟のハンドリングでカタストロフィを逃れた。なるほど、小回りが利くミニベロにはこのようなメリットもあるのか。
確かに終末世界だ。モラルハザードが起きている。飼犬の面倒を見ない愚者は地獄の業火に焼かれるべきだ。あまつさえ、25Cくらいの幅のタイヤが糞の中央を勢いよく通り抜けた痕跡があった。どう考えてもロードバイク乗りだろう。思い出深き週末になったな。
荒川沿いを夜に走ったことはあるが、江戸川沿いの夜は初めての経験だ。真っ暗で何も見えない。車体に取り付けたライトが照らす範囲だけで進行方向を決めることになる。
昼間にデイキャンプを楽しんでいた人たちの一部が居残り、日が暮れた河川敷で焚火を始めた。一定の間隔を開けて焚火が遊歩道の脇に連なっている。
このような草地での焚火は許可されていないはずだが、彼ら彼女らは平然と火をつけて料理を始めている。人の考え方は様々だ。河川敷の管轄が松戸市や市川市といった自治体ではなくて、千葉県や国なのだろうか。
警察を呼んで注意してもらおうかと思ったけれど、付近に民家がある。そのような近隣住民が警察を呼んでデイキャンパーに注意してもらえば済む話なのだが、その気配がない。
すなわち、このデイキャンパーたちは地域住民ということか。近くに公衆トイレがなくても彼らが飲み食いしてる理由を察した。なるほど、ナチュラルな庭付き戸建て住宅だな。大雨の時に河川が氾濫するリスクはあるが、このような楽しみ方があるのか。勉強になる。
遙か前方を眺めると海沿いの建物が発する目映いネオンが煌めいている。その場所に向かってペダルを回す自分の姿は、何となく前向きに思える。
とはいえ、自宅に帰ったところでテンションが張り詰めた夫婦関係が続き、父親に感謝せず労いもしない子供たちがいて、私は溜息をつきながら自室に戻るだけだ。
けれど、尽きかけていた私のHPがペダルを回すことで少しは回復したらしい。風呂に入った後で熱燗でも飲めば、平日の5日間を乗り切るくらいのエネルギーは充填されることだろう。