2022/11/22

357号線沿いのナイトサイクリングで内房から自走で戻ってくる

土曜の朝から家事を片付けているうちに、時刻は昼過ぎを回った。自分で用意したブランチ...といってもただの掛け蕎麦だが...を食べ、自室で休憩しているうちに強い眠気がやってきた。平日で消耗しきっているので土曜は自室で休みたいところだが、翌日の日曜は雨予報。走るなら今日だ。

今回のサイクリングでは、深く考えることもなく「内房の湾岸」というコースが頭に浮かんだ。国道357線沿いを進み、自分が住んでいる浦安市と東京湾を挟んで反対側にある市原市まで走り、そこから折り返して戻ってくるだけ。たまに強烈な辛さのカレーや残酷な甘さのケーキを食べたくなるように、湾岸沿いの人工的なコースを走りたくなる。


今年は4月頃から浮動性の目眩に苦しむようになり、夏を過ぎても秋になっても頭を吹き飛ばされるような目眩が続いた。半年以上も目眩に苦しみながらが、よくもまあ投薬もせずに耐えることができたものだ。発狂してもおかしくない。

この目眩の原因は、人口が過密な浦安という街での(私にとって)劣悪な住環境、および往復3時間を超える通勤地獄において受けるストレスによるものだ。妻の実家があるとはいえ、とりわけ大きなメリットがないこの街に住み続けている限り、適応障害による目眩が続くと思われた。

しかし、生きているとどのように転ぶのか分からない。サイクリングの最中に見かけた鎌ヶ谷市内の大仏がヒントになって、あれだけ厳しかった目眩がすぐに消えた。経緯はこの録に記す。

消えたというよりも、目眩が生じる機序を抑えるコツが分かったので、生じないように自分の力で抑えているだけ。ヒントは大仏と呼ぶには小さい鎌ヶ谷大仏の「目線」にあった。

人智を超えた仏の力にすがったわけではなくて、目眩に繋がる眼球の動きと視覚情報を制限するという生理学的な性質に気が付いただけ。そのうち詳しい録を遺すことにしよう。

とはいえ、実質的に半年も目眩に苦しんでいたので、心身のダメージは想像以上に大きい。復調するのは来年になるのだろうか。五十路が近づくと、来年という響きが非常に重い。なにせエンドポイントがすでに設定されて残りの時間が限られている。まあそのようなことばかり考えていると気持ちが沈むだけだな。

さて、「自転車に乗って、どこか遠くへ」というイメージが頭の中で生じた時、なぜかそのベクトルは自分が住む千葉県内の房総半島、とりわけ内房に向かう。東京はともかく、埼玉県とか神奈川県どころか、千葉県の東部といった方向に思考が展開しない。

また、私は鉄道、というか駅や車内での人混みが苦手なので、そもそも輪行で遠くまでサイクリングに出かけるという発想がない。自転車という趣味を始めた頃は輪行を試したことがあるのだが、自転車を完全に袋に入れて運ぶのは面倒だ。ソロの場合には気楽にトイレに行くことさえ難しい。

房総半島といっても、私は外房があまり好きではない。ロードバイクに乗り始めた10年くらい前は外房に走りに行くことがあったけれど、あまり良い思い出がない。外房で眺める海や山の光景はなぜか私には寂しくも荒いという感覚があり、その土地の人々には余所者を警戒する雰囲気もある。

内房はどうなのかというと、海沿いのルートは外房よりも都市化されている。房総半島と都内とを結ぶ幹線道路が走り、自動車の流れも激しい。その一方、湾岸から少し内陸に入ると、緑豊かな光景が広がっていて、いかにも千葉という感じがする。

私がたまに走りたくなる内房のルートは、周囲がアスファルトやコンクリートで覆われ、人々が生活している空気を感じられない湾岸のエリア。

スピードを上げて走って行く多数の自動車の中には人が乗っているけれど、歩いている人がほとんどいない。人々の移動あるいは商品の売買や物流といった目的が優先され、人々がその土地に住んで生活している空気が薄い場所を自転車に乗って黙々と走っていると、逆に現実から切り離されて気持ちが集中する。

千葉県の北西部にある鎌ケ谷市を経由して、その先に広がる自然豊かな谷津道を走ることが私にとって「癒やし」のサイクリングだとすれば、内房の湾岸を市原市に向かって走ることは何だろう。気分的には「修行」のサイクリングだろうか。

前者の場合には、「この街に住んでみたいな」という場所を訪れて爽やかな汗を流す。後者の場合には、「この街には住みたくない、というか人が住んでいるのだろうか」という場所を走り抜けて心身の疲労や達成感を味わう。我ながら意味が分からない。

自分が住む浦安から内房までのウォーターフロントには国道357号線が伸びている。浦安から船橋市までの区間は無数の自動車が猛スピードで走り、とてもじゃないが自転車で車道を走るような状態ではない。

また、357号線沿いは工場や発電所などが多く、人の生活とはかけ離れた無機質な感じがある。とりわけ市川市や船橋市の海沿いの道路はディストピアの様相を呈している。

両者の行政は何を考えているのか分からないが、市民を含めて海沿いを綺麗にしようという気持ちがないことは分かる。

浦安市を出発して市川市や船橋市内の357号線沿いをミニベロで走行していると、歩道の上や脇にはゴミやタバコの吸い殻、正体不明の汚物などが転がっている。工場や廃棄施設、宮内庁の施設といった場所から身体に悪そうな臭気が漂ってきたりもする。

とりわけ強烈な糞尿臭を撒き散らしているのが宮内庁の施設であり、その名も「野鳥の楽園」。野鳥にとっては楽園かもしれないが、その近くを通行する人間にとっては楽園ではない。野鳥も大切だが、国民のことを考えてほしいものだ。

浦安市から房総半島にアクセスするためには、この地獄風景を越える必要がある。好ましくないルートも精神修行だとひたすら耐えながらペダルを回し、千葉市というセーブポイントを目指す。

千葉市に入ると357号線と海に挟まれたエリアに美浜区があり、住宅や商業施設がたくさんある。県外の人たちには「幕張」と言った方がイメージとして分かりやすいかもしれない。

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浦安市内のサイクリストが近場を走る場合、河川敷であれば荒川や江戸川に沿ったルートが候補になると思う。市川や船橋の地獄ルートに遮られてアクセスが面倒だが、千葉市美浜区の海浜大通りは走りやすくて眺めも良い。

とりわけ、このエリアには通行人をあまり見かけない広い歩道があり、しかも自転車レーンが歩道に設置されている。歩道もしくは車道にペイントを施した自転車レーンではなくて、独立した自転車レーンがある街は珍しい。太いタイヤを履かせたミニベロでこの自転車レーンを走ると、まさに貸し切りのサイクリングコースだ。

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おそらく防潮林として植えられた松たちが数十メートルという高さまで成長している。千葉市内をまわって浦安市に戻るというサイクリングでは、この付近を走って心地良い汗を流し、再び船橋市や市川市内の357号線沿いの地獄ルートでテンションを落として自宅にたどり着くという形になる。

しかし、今回のサイクリングは、そのまま千葉市を抜けて市原市まで進み、養老川を越えて姉崎の付近で折り返す往復100km程度のルート。出発時間はすでに昼過ぎ。ロードバイクではなくてミニベロに乗って走るので、どう考えても帰還は夜になる。

ミニベロといえばポタリングだが、100kmを超えるポタリングはポタリングと呼べるのか。まあいいか。

翌日は休日なので帰りが遅くなっても構わないわけで、状況次第では安宿に泊まり、富津市をまわって戻るという150kmライドでも構わないかなと思った。カジュアルな格好でミニベロに乗っているので、いきなりビジネスホテルを訪れても違和感がない。

貸し切り状態の幕張の自転車レーンを走りながら、ふと思い出した。以前、私は浦安市内で小さなロードバイクサークルを立ち上げて参加者を募集したことがあった。当時の私は40代の前半だった。30代だった頃の感覚が残っていて、老いというステージを感じたこともなかった。

そして、実際にサークルのサイトを開設してみたところ、50代以上の中年男性たちから多数の参加希望が届いた。しかも、「最近になってロードバイクを始めたけれど、ひとりで走ることに厭きた」というパターンが多かった。

そのような五十路のサイクリストは毎週のライドでの参加率がとても高かった。私が想像していたサイクリングサークルとは、20代の若者や30代の子育て世代も気楽に参加するようなイメージだったのだが、実際に運営してみると、50代の人たちが集まるシニアサークルのようになってしまった。

白髪頭のオッサンたちがロードバイクに乗って集団で走る光景は、実にシュールだった。

当時の私は、このような五十路の人たちの行動原理を必ずしも理解していなかった。余程に暇なのだろうかと。五十路の人たちの扱いに困ったわけではないが、それまでの人生の癖がとても強く顕れていて、彼らの考え方に自分を合わせる必要があった。結局、とても疲れた。

しかし、いざ自分が五十路に近づくと、彼らの行動や思考がよく分かるようになった。子育てが一段落して職業人生の終わりが見えてくると、焦りというか虚無感というか、どうにも表現しがたい気持ちが漂う。そして、修正が難しい人生の癖も固まり、他者に合わせることが難しくなってきた。

「このままではこのままだ」と趣味を探し、ロードバイクを買って乗り始め、しかし急に始めた趣味に深みが生じるはずもなく、ネットでサークルを探して楽しみを分けてもらおうとするのかと、若い頃の私は彼らを見下していたりもした。だが、その考え方は間違っていた。

五十路が近づいて、生きることの楽しさが分かりやすく減り始めた。このままではこのままだという感覚があり、何か楽しいことがないかと考えるようになった。若い頃は苦労して探さなくても楽しいことがたくさんあった。今はどうか。考えつく楽しみについては一通り経験してしまい、苦労して楽しみを探すというステージに入ったのだろう。

ソロキャンプに入れ込む中年男性の気持ちがよく分かる。定年後に田舎に家を買って、自然豊かな場所で終わりを迎えたいという気持ちも分かる。

だが、私の場合には30代の頃から続けているサイクリングという趣味がある。ロードバイクからミニベロという車種の変更はあるけれど、長らく続けてきた趣味があって本当に助かった。この趣味を軸に細やかな楽しみを探すだけで済む。

千葉市の幕張から357号線沿いに戻り、車道に用意された自転車レーンを走りながら蘇我駅の方向に向かう。さすが千葉市だ、先進的な自転車レーンがあると関心していたら、蘇我に近づくにつれて車道が荒れ始め、もはや車道を走っているような状況ではなくなり、通行可能な歩道を走ることになった。

ロードバイクに乗っていた頃は、自動車やトラックを気にせずに車道を疾走していたのだが、ミニベロの場合には起伏の多い車道でフロントホイールを持って行かれて落車するリスクがある。

カスタムを施したブルーノ・スキッパーには幅40mmを超える太いタイヤを履かせているので、おそらくロードバイクと同じくらいの安定性があるはずだ。しかし、それを試したことがない。自動車の通行量が激しい357号線で落車したら命に関わる。

アリオ蘇我の近くのコンビニで軽食を買って補給を済ませた時には辺りが暗くなり、日没を迎えようとしていた。ここで引き返して浦安に帰るような気分ではなかったので、そのまま市原市に向かって357号線沿いを走り続けた。

357号線といっても千葉県内で地獄のように混み合っているのは浦安市から船橋市までの区間だ。千葉市から市原市、袖ケ浦市といった内房の街に入ると自動車の数は減る。ただし、スピードはあまり変わらない。

しかも、土曜日の357号線沿いは日曜日に走る時よりも自動車の数が多い気がする。ミニベロで市原市まで走ったことがなかったので分からなかったのだが、内房の湾岸沿いを走ることはあまり快適ではない。

車道も歩道も舗装が荒れていて、小径ホイールではその衝撃が腰や腕に伝わってくる。とりわけ、地中の配管などを補修した後にアスファルトで覆った部分を通過する時が厳しい。

しかも、市原市の辺りは街灯が少ない場所が多く、いきなり路面の凹凸に乗り上げることがある。太いタイヤでカスタムした20インチホイールのブルーノではなく、16インチのノーマルのブロンプトンで走っていたら落車したであろう箇所がたくさんあった。

ロードバイクに乗って内房を走っていた頃は、午前中に出発して車道を走り、明るいうちに自宅に戻っていた。さすがにミニベロで歩道中心のナイトライドは厳しいか。周囲の写真を撮っている余裕もなく、ただひたすら落車しないように気を遣い、市原市内を走り続けた。

ナイトライドは楽しいという感覚が私にはある。しかし、それは道路脇の街灯が多く、高層ビルの照明が煌びやかな首都圏だからこそなんだな。内房の湾岸は夜間になると暗い場所が多い。想像していた様子よりもさらに暗い。方向感覚がなくなる。

ここから袖ケ浦市や木更津市に向かって走り続けたところで、この暗い道がずっと続くのかと思うと、モチベーションが急激に落ちてきた。若人たちには笑い話になるかもしれないが、私にとっては五十路のオッサンの人生と重なる感覚があった。

道は目の前にあって、そこを走ればいい。ライトを付けて転ばないように慎重に走れば先に進むことができる。ただひたすら、周りの光景が見えない暗い道を走る。走り続ければ明るくて賑やかな道にたどり着くわけでもなく。この状況は、多くの五十路のオッサンたちに押し寄せるミドルエイジクライシスの世界観とよく似ている。ということで、さっさと帰ることにした。今回のルート設定は失敗だった。

往路における脚の筋肉の疲労はあまり感じられず、付近の安宿に泊まる必要も、内房線と京葉線を乗り継いで輪行で帰る必要もない。自走で浦安まで走って帰ることにした。ここから50kmくらい走れば自宅に到着だな。

元気がないオッサンなのか、元気なオッサンなのか、我ながらよく分からない。

市原市はとても広い自治体であり、内房の湾岸から房総半島の中央部、養老渓谷の辺りまで市域が広がる。私が走っている市原市の一部は、市原市の中でも都会(田舎では「町」と呼んだりもする)に相当するのだろう。千葉市が近づくにつれて357号線沿いが明るくなってくる。

道路沿いにはラーメン店が所々に並んでいて、都内と内房を行き来する人たちの空腹を満たしているのだろう。そして、しばらく走っていると、非常に目立つデザインと派手な照明で異彩を放っている店を見かけた。

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この付近では数が少ない大規模なパチンコ店らしく、広い駐車場はマイカーで埋まっていた。コンビニの前の駐車場は空いていたが、ここに駐車するパチンコ客がいるらしく、駐車場にFMというペイントがなされていた。

私はパチンコに全く関心がないので、その楽しさがよく分からない。また、日頃から投資や節倹に取り組んでいるので、自分の金を球に変えて打ち込むような趣味に興じるようなつもりもない。

しかし、これだけ多数の人たちが集まってくるわけだから、それなりに楽しいと感じている人が多いのだろう。

往路は歩道を使いながら可能な限り安全を確保して走ってきた。復路も同様に走ろうとしたのだが、誤算があった。市原市の北部から千葉市の蘇我の辺りまでの357号線は、下り方面に歩道があるけれど、上り方面には歩道が少ない。つまり、自転車で通行する場合には車道を走る必要がある。

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夜の357号線の車道をミニベロで走るなんて、かなりヤバい。しかし、走らざるをえない。

自動車が疾走する夜の357号線を小径自転車で孤独に走り続ける中年男性。周りにはスポーツ自転車どころかシティサイクルの乗っている人さえ見かけない。

今の私は明らかに変なオジサンになってしまっている。房総半島から千葉市や都内に向かう自動車のドライバーや同乗者から飛んでくる冷ややかな視線が痛い。

しばらく走り続けていたら、後方からロードバイク乗りたちのトレインが近づいてきた。おそらく房総半島のライドから帰ってきた人たちだろう。自分がロードバイクに乗っていた頃ならば、彼らに挨拶してトレインの後方に付かせてもらい、一緒に帰るという選択肢もあった。

だが、ミニベロでロードバイクのトレインに参加するのは気が引ける。自動車の中の人たちに笑いを届けることはできそうだが。

落車しないこと、自動車と接触しないことを心掛けて、とにかく蘇我を通り過ぎて幕張に戻ろう。それ以外の余計なことを考えている暇がない。余計なことを考えている暇がないということは、日常の悩みや怒り、不安などを考えている余裕もないわけで、それはそれでストレスから解放される。別のストレスがあったりもするが。

千葉市内の海浜大通りに戻ると、やっと戻ってきたと安堵した。海浜大通りと海との間にはいくつかの公園があり、サイクリングやジョギングを楽しむコースがあったりする。この付近を夜に訪れたことがないので、休憩を兼ねて走ってみることにした。

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私の廉価なスマホでは夜景を綺麗に撮影することができなかったが、実際には海の向こう側に都心のネオンが点状に連なり、とても美しい夜景を愛でながらペダルを回すことができる。頬や首の周りを通り過ぎる冷たい海風を感じ、近づいてくる年の瀬を感じた。

公園の中でも海沿いに駐車スペースがある場所では、若い男女が仲良く寄り添って美しい夜景を眺めていた。確かにデートコースとして相応しい。どのようなテーマの会話を重ねているのだろう。お互いの近況だろうか、これからの二人の夢や将来だろうか。

そういえば、年末がやってきても自分の心が躍らなくなったのはいつからだろう。最近のような気がするし、ずっと昔のような気もする。子供たちが本当にサンタクロースがいると信じていた頃は、お父さんサンタとして子供たちの枕元にプレゼントを置き、朝になって喜びの声を聞くことが楽しみだった。

子供が中学受験に挑戦する直前の年末は、クリスマスだ正月だと言っている場合ではなくて、家庭の中が殺気立つ。そうか、あの時期は去年のことだったのか。そのことさえ遠くに感じる。次は下の子供の中学受験があるのか。

中学受験というステージは、子育ての楽しみだとか、夫婦関係の熟成だとか、そういった家庭の大切なプロセスを嵐のようにかき混ぜて吹き飛ばしてしまう。それが我が子たちにとってより良いことだと妻は言う。しかし、私個人レベルで考えるとどうなのか。家庭を持つ前にイメージしていた家庭像はすでに粉々に砕けた。

今年は彼女とクリスマスイブだとか、そのように気持ちが時めいた若き日の年末が懐かしく感じる。今では美しいイルミネーションを眺めても、ただ美しいと感じるだけ。それらが自らの生き方や内面にまで投影してくることもない。ただ気温が下がり、処理しきれないくらいに大量の仕事がタイトな期限付きで次から次に降ってくる。

夜の幕張を自転車で走ったことがなかったので気付かなかったが、海浜大通りの歩道にある自転車レーンは、夜になると真っ暗だ。トンネルのように茂った樹木が街灯の光さえも遮り、等間隔で設置された車止めが突然目の前に現れる。

このような条件では、ミニベロであっても車道を走った方が安全だな。

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海浜大通りの車道は357号線ほどには混み合っていなくて、路肩も広く、路面も整っている。新浦安と比べると随分と環境が良いので、子育て中のロードバイク乗りたちが夜間のトレーニングに励んでいるのかと思ったのだが、そのような姿を見かけない。スポーツ自転車を楽しむというブームはすでに終焉を迎えたのだろうか。

復路の船橋市や市川市内の357号線沿いは、相変わらずの地獄風景だった。とはいえ、この付近は夜間を含めて数え切れないくらいに走ってきたので、変わらない姿に安定感を感じたりもする。

ロードバイクの場合には自走で房総半島まで走っていたが、ミニベロの場合には輪行で混み合った車道をスキップして、より適したサイクリングコースにアクセスする形が良さそうだ。その際には、ブロンプトンのような折り畳みのミニベロがあると便利かもしれないな。私の場合、輪行を含むサイクリングに出かける機会がどの程度あるのかという話だが。

自室にミニベロを立てかけ、何の不具合もなく連れ添ってくれた愛車に感謝しながら眠りに入る。

たまに夜の市街地を走りたくなるという気持ちは、浦安市外に引っ越した後、都内に自転車で通勤するようになればなくなることだろう。帰宅時は夜のサイクリングを楽しむことができる。そして、ナイトライドはネオンが輝く街中の方が面白い。