2022/11/18

ふるさと納税でフルベットしたら大変なことに

「フルベット」という単語はポーカーなどのゲームで持ち金を全て賭けるという意味だが、ここでは限度額まで金を支出するという意味で用いる。ふるさと納税によって浦安市民が他の自治体に寄附するから浦安市の税収が減っているという公式サイトのアナウンスを読んで、色々と考えた。

そういえば、浦安出身の妻はふるさと納税で積極的に寄附して返礼品で喜んでいたが、最近ではその気配がない。理由を妻に尋ねてみたところ、「ほら、浦安市はコロナで税収が減っているでしょ? そんな時にふるさと納税をやったら、もっと大変になるからね」という模範解答が返ってきた。コロナで困っているのは浦安だけではないと、私は楽天のふるさと納税サイトにアクセスして限度額上限のフルベットで他の自治体に寄附することにした。


年収1本を超えている自分の場合、ふるさと納税の限度額は1年で数十万円になる。

ふるさと納税で他の自治体に寄附すれば、寄附額についての実質的な市民税の負担額は変わらず、他の自治体に金が入り、寄附者は返礼品を受け取ることができる。寄附しなければ、その金の多くは個人市民税という住民税として浦安市に納めることになる。

また、ふるさと納税で他の自治体に寄附する場合、寄附額の控除対象の中に国に納める所得税の一部が含まれている。寄附の後で確定申告すれば所得税が控除されて戻ってくる。

ただし、確定申告ではなくワンストップ特例制度によって控除の手続きを行うと、国に納める所得税分が翌年の市民税から控除される。つまり、浦安市の場合には寄附によって個人市民税が流出するだけでなく、所得税分の控除負担を肩代わりすることになる。しかし、寄附者としてはワンストップ特例の方が便利だ。

都市部の自治体では寄附者となりうる市民の人口そのものが多いので、当然だが他の自治体に流出する市民税の規模が大きくなる。それだけでなく、その自治体に住んでいる寄附者の年収が高ければ高いほど、市民税が流出した際の金額が多くなり、ダメージが大きくなる。

例えば、浦安市の新町に多いアッパーミドル層の父親たちが20万円ずつふるさと納税で寄附をしたとする。

返礼品として受け取った山梨県の甲州市や大月市のワインを夫婦で楽しむのも良し、鹿児島県南さつま市や宮崎県都城市の和牛を家族で味わうも良し。各自治体から海産物の返礼品をもらえば、しばらくの間は質の高い晩酌のつまみが手に入る。

そして、1万人の浦安市民が20万円ずつ寄附すると、浦安市の減収は1年で20億円程度という計算になる。

700億円を超える予算がある浦安において、20億円の減収が生じても大したことないだろと思うかもしれない。だが、令和3年度における(ディズニーを含めた)法人市民税が約19億円ということを考えるともの凄いインパクトだ。

しかも、新浦安の海沿いの高級住宅では、年収2千万円から3千万円という市民がたくさん生活していたりもする。町の中央を走るシンボルロードの車道では、軽トラックよりもベンツやボルボを見かけることの方が多く、路線バスを見かける頻度とポルシェを見かける頻度が同じくらいという田舎町では冗談としか受け取られないことが現実で生じている理由も分かる。

その人たちが、所得税の節税も兼ねて本気でふるさと納税を行ったら、浦安市の財政は洒落にならない状況になる。

なぜなら、浦安市の高い財政力は、ディズニーではなくて個人が納める市民税や固定資産税が大きな柱になっているからだ。

地方どころか千葉県北西部の自治体の関係者にさえ勘違いされていることだが、オリエンタルランドが浦安市に納めている税金はあまり大きくない。もちろん、その税金に意味がないわけではないが、浦安市の財政力を日本トップクラスまで押し上げるだけの規模ではない。

むしろ、ディズニーからの税金がどうしてこの規模に留まっているのか不思議でならない。あまり突っ込むと恐い顔をしたオジサンたちが寄ってくる話なのだろうか。

浦安市の場合、新興住宅地に働き盛りの高所得層を呼び込み、その市民が納める税金によって市の税収が増えるという仕組みによって街が発展してきたと考えて大きな誤解はない。

埋め立て事業によって発展する前の浦安はあまり財政が豊かではない漁師町だった。さらに以前の浦安は、青べか物語で描かれたように陸の孤島と化していた。

この街をさらに詳しく分析すると、漁師町だった頃から続く湿り気を帯びた不文律、ならびに他の街から移り住んできた余所者と融和せず祭りにも呼ばないネイティブたちの閉鎖性を感じたりもするが、あまり言及すると恐い顔をしたオジサンたちが寄ってくるのでここでは論じない。

埋め立て事業においては千葉県からのバックアップがあり、住宅の整備については民間企業や旧公団が中心となって行われた。浦安市の行政の努力だけで街が発展したわけではない。

行政や政治があまり優秀ではなかったとしても、この街の施設やサービスが高いレベルのまま維持されているのは、市民からの納税が高いレベルで維持されているからだ。もちろん、街づくりのために尽力してくださっている市民の方々も見かけるけれど、予算があるからこそ可能性が広がる。ない袖は振れない。

他の世帯のことまで詳しく知らないが、新町では世帯年収のボリュームゾーンが1500万円から2000万円の範囲に分布しているように思える。世帯当たりの住民税の単価が高く、住宅が密集していることで納税者の密度も高い。

しかし、浦安市の幹部や市役所の職員たちは、ぜひ深夜24時の新浦安駅で人の流れを観察してもらいたい。数多くのスーツ姿の人たちが改札を抜け、疲れた顔で新町に向かって帰って行く。

どの世帯も楽に金を儲けているわけではなくて、相応に消耗しながら金を稼ぎ、税金を浦安市に納めていることがほとんどだ。このように身を削って働いている市民の存在を、浦安市は認識しているのだろうか。

ふるさと納税という制度は、働き盛りのアッパーミドル層を呼び込むことによって個人市民税が増えるという浦安市のパターンと真逆に位置している。納めている市民税が多いので、寄附限度額も大きい。その市民税を原資にふるさと納税で他の自治体に寄附すると、浦安市の収入が大きく減ってしまう。

全人口の5%にも充たない個人年収1千万円以上の市民が多く住んでいる新浦安。とりわけ、新町エリアにおいては夫婦共働きのパワーカップルが多い。

そのような人たちがふるさと納税でフルベットを続けると、他の自治体に流れる個人市民税は多額になり、浦安市にとっては大打撃になる。

とはいえ、返礼品を用意せず積極的に寄附を集めようとしなかった浦安市にも責任がある。ましてや、自分が住む自治体が何を言おうと、ふるさと納税で市民が他の自治体に寄附することは法的に全く問題がない。

「貴様は浦安市の財源を本気で考えているのか !? そんなことをすれば、浦安市の税収が減って行政サービスが低下して、結局は自分に返ってくるんだぞ!」と批判してくる浦安市内の人がいるかもしれない。

私は想像力が豊かではないので、具体的にどのような行政サービスが低下するのか説明してもらいたいところだ。子育て支援か?そのようなことをしたら、市民税どころか子育て世代が他の自治体に流出する気がする。だとすれば、高齢者支援か?ゴミ回収の頻度か?市の施設の利用料か?図書館の蔵書か?市が主催するイベントか?

私の故郷のように主たる産業もなく高齢化が進んで財政に苦しんでいる自治体であれば話は別だが、高い財政力を有している浦安市の場合、市民の生活に直結する行政サービスが低下するという話を私には理解しえない。そのようなサービスを削ったところで、億単位ならともかく十億単位の減収分を補填することは困難だ。

そして、市民に直接的に関係する行政サービスを低下させた場合、市民からの批判や指摘は、「誰」あるいは「どこ」に集中するのだろうな。

浦安市が無駄金を使っていると批判したいわけではなくて、財政力が高いからこそ金をかけている部分が多数存在しているように思える。角が立つので浦安市における具体例は列挙しないが、一般的に考えれば、関連団体への補助金、法人への業務委託、各種の発注、新規施設の設置、既存施設の維持など、グレードを上げようとするとキリがなく、なおかつ市民が普通に生活している中では気が付かない項目は多岐にわたる。

分かりやすいように、街の財政を個人の世帯レベルで例えてみる。

家庭において収入が減った場合、毎年の国内旅行を近場で済ませようとか、夫の晩酌を生ビールから発泡酒にしようとか、妻のブランド服をUGやユニクロにしようとか、スマホを大手キャリアからMVNOの格安に変えようとか、マイカーを止めてカーシェアリングで済ませるとか、子供たちの教育費については維持しようとか、まあそうやってやり繰りして生活の質を維持することを考える。接待ならばともかく、人付き合いのために夫が飲みに行くのは控えようとか。

普段から切り詰めている世帯の場合、削ることができるコストは限られている。しかし、高所得な世帯の場合、それまでの収入が多いからとグレードを上げてしまっている項目があったりもするわけだ。

国内には、全体的かつ緩やかなダウングレードによって子育て世代を支援しようという取り組みに成功した自治体があったりもする。

市民の生活と直結するような行政サービスを低下させたり、受益者負担と称して取れるところから小銭を取ってやろうという考え方が最適解だとは思えない。街は人が住むからこそ、街たりうる。そのような街の姿勢を世帯レベルで例えれば、収入が減ったから真っ先に食費を削るという場当たり的な対応に似ている。食を削るのは順番として最後だ。

加えて、個人であっても街であっても、金がある状態で節倹に取り組むことは難しい。今後の浦安市は発展期において建設したインフラが劣化し、それらを修繕するために莫大な金が必要になる。ふるさと納税での減収は浦安市にとって幸せなことではないけれど、市の予算を整理して節倹するための良い機会だと私は感じる。

さらに超個人的に考えると、私の場合、平日は多くの時間を都内で過ごし、浦安は疲れて帰って寝るだけの場所だ。また、休日に市の施設を利用することもなく、自室に引きこもっているか、自転車に乗って市外に出て行く。併せて、私や家族は全く必要としていない市の施設が増えていく。

上の子供は私立中学に通っているので、浦安市から教育面でのサポートを全く受けていない。市立中学校での給食費の無償化なんて関係なく、100%が自己負担だ。

しかも、下の子供が私立中学に通う時には浦安から市外に引っ越す。私が高齢者になるまで浦安にずっと住み続けて、福祉事業の世話になる予定もない。バーンアウトで死にかけた時、この街は何ら助けてくれなかった。けれども多額の市民税をずっと納めている。その額に見合ったリターンがあるのだろうか。

実質的には市民税を他の自治体に移し替えることができ、税金の用途を自分で指定することができるという国の制度は、このような葛藤について非常に分かりやすい解決策を与えてくれる。

返礼品についての現実的なメリットも大きい。

昨今の円安・資源高ならびにインフレによる物価の上昇によって、1世帯あたり8万円程度の家計負担が生じているという試算があったりもするが、その多寡はライフスタイルにもよることだろう。おそらく、多くの世帯でそれ以上の負担が生じていると思われる。

ふるさと納税で寄附すると、寄附額の3割どころかそれ以上の価値がある返礼品が自宅に届く。10万円を寄附すれば3万円以上。寄附によって生じる差額は大きい。

夫婦共働きの我が家において、浦安出身の妻はふるさと納税での寄附を取り止めている。しかし、浦安という街での生活を好まない私は、フルベットで他の自治体に寄附することにした。

私の場合には、楽天を経由して寄附を行っている。楽天から付加されるポイントだけでふるさと納税の自己負担金分がなくなる。ネットショッピングで数十万円分の買物をすることは背徳感があったりもするが、原資は自分が納める税金だと思えば気が楽だ。

寄附した金の使い道としては「子育て」あるいは「若者」に関連する内容を指定している。自分が寄附した金によって、地方の自治体に住む若い人たちの生活が少しでも良くなればいいと願う。

ふるさと納税の楽しさのひとつは、訪れたことがない街の市役所や町役場から「ありがとうございます!」と感謝されること。感謝の気持ちの熱量が高い。返礼品という条件があったとしても、自分が働いている街が他の自治体の市民から応援されている気持ちになるのかもしれない。自分たちが取り組んだ返礼品や街のアピールが成功したという満足感もあることだろう。

自治体によっては、深夜に寄附を申し込んだ翌朝に市職員からお礼のメールが届いたりもする。

よくよく考えてみると、私はそれなりの金額を税金として浦安市に納めているが、浦安市から感謝されたことがない。他の市民も同じだろう。当然のように課税され、浦安市が当然のように金を使う。

その金によって自分や家族の生活環境が維持されることは分かっているけれど、必ずしも納得しえないことがあったりもする。個人の考え方は様々だ。

他方、ふるさと納税で他の自治体に対して「子育てのために使ってください」と寄附を行い、そのために税金が使われることは心地良く感じたりもする。誰だって自分の取り組みに対して感謝されると嬉しく感じる。

都市部の自治体はふるさと納税で税金が流出したと批判しているが、納税者への感謝を形として示したことはあるか。市民が他の自治体に寄附してしまう背景には、返礼品だけでなく感情面での要素があるように感じてならない。

他の自治体に寄附した直後にやってくる感謝の声で気分を良くした後は、お待ちかねの返礼品が届く。お待ちかねといっても、最近では返礼品の在庫確認や配達の時期が普通のネット通販とあまり変わらない。

節倹を主たる目的とした返礼品の場合、必ず消費する生活用品を選んでおくと非常に分かりやすい形で日常のコストを下げることができる。返礼品は寄附額の3割というルールがあるけれど、その土地の特産の場合には量が多かったりもするわけで、価値としては寄附額の4割くらいに相当する返礼品を選んでいる。

今回は浦安市に対する複雑な気持ちも相まって、限度額上限のフルベットで寄附することにした。

贅沢品というよりも、実際に使う生活用品を中心として返礼品を探す。返礼品として生活用品を手に入れることができれば、その分を購入する必要がなくなるので節倹に繋がる。

ところが、ワンストップ特例制度の限度となる5つの自治体を対象として数十万円分をフルベットすると、どうしても生活用品だけでは寄附額を使い切れない。使い切ろうとすると1年分という量を超えて、数年分になってしまったりもする。

仕方がないので、妻に「何かほしい返礼品はないか?」と尋ねてみた。

すると、節倹とは全く関係がない高級食材や嗜好品ばかりが妻から提案された。

妻の頭の中でのふるさと納税の返礼品とは、普段の生活においてなかなか手が出ない美味を堪能するものという位置づけがなされている。現実的な消耗品のストックを増やすことで年間レベルの支出を減らすという考えがない。

スペックを高めない節倹を重んじる私と、たまには派手に行こうと贅沢品を求める妻。どうしてここまで考え方の違う男女が結婚することになったのだろうな。

とはいえ、旨い物を食べた妻は、12時間から24時間くらいの間は満足して落ち着くので、家庭内のリスクヘッジを兼ねて地方の特産品を大量にオーダーしておくことにした。

すると、とてもお役所の仕事とは思えないスピードで次々と返礼品が我が家に配達され始めた。常温で保管が可能な返礼品であっても、置き場所を工夫しないといけないくらいの勢いだ。

ほぼ家庭内別居の状態で私だけが寝泊まりしている自室の中に、返礼品として贈呈された日用品の段ボール箱が積み上がっていく。

若い頃に実家から届いた支援物資を思い出し、地方の人たちから励まされている気がする。

地方からバッグひとつで都会を目指して移り住み、そこで家庭を築くなんて、浦安に代々住んでいる元漁師町の人たちが理解することは難しいことだろう。

生まれ育った故郷の姿は時を経て変わり、自分の記憶の中だけに存在している。

そのような地方出身者にとって、自分が住む都市部の街はどのように映るのか。私の場合には、妻の実家があって引っ張り込まれただけの浦安という街に愛着もなければ、市民としての帰属意識もない。

浦安が住みにくいと感じれば他の自治体に転居するだけの話であり、実際に数年後は他の街に引っ越す。

繰り返しになるが、浦安の高い財政力は主に新浦安のアッパーミドル層が納める税金によって支えられている。浦安市はそのような市民に感謝したことがあるのか。

それにしてもシュールだ。私がこの街に引っ越してきた時、浦安市の金の使い方について物申す団塊世代のシニアがたくさんいた。

「目覚めよ!」とか「立ち上がれ!」といった彼らの意思表示には、祭りの後にフォークソングが流れた時代のノスタルジーを感じたりもした。

他方、団塊世代の子供たちに相当する団塊ジュニア世代はどうなのかというと、多くの場合、パンクは悪だと教わって育った。「私たちが納めた多額の税金をきちんと使っているのか!?」と浦安市議会を厳しく追求する新浦安の同世代の市民なんて見たことがない。

新規のハコモノについてTwitterで優しく意見する新浦安の同世代がいたりもするが、ほとんどはこの街の行政や議会に関心がない。それらに関心を持ったりすると、他の同世代の市民から「あの人、市議会議員になりたいのよ」と陰口を叩かれたりもする。

浦安市の行政にとっては都合が良いことだろう。海を埋め立てた土地に働き盛りの世代が流入し、その人たちが多くの税金を納めてくれる上に、街の政治や行政に突っ込んでこないのだから、そのままでいいじゃないかと。浦安だけではなくて、都内の23区も本質的には同じような状況かもしれないが。

ところが、ふるさと納税という制度においては、街の行政について関心を持たないという市民性が、都市部の自治体の財政に大きな打撃を加えることになった。

そもそも街の行政について関心がなく、自分がどれくらいの額の税金を浦安市に納めているのかを分かっていない人も多いはずだ。天引きされているので分かりにくいけれど、アッパーミドル層の場合、現ナマにすればかなりの厚みになる。

しかも、浦安の新町の同世代の中には、浦安市の高い財政力を支えているのが自分たちであることや、その貢献にも関わらず、時に元漁師町の人たちから「小金持ち」と揶揄されていることを知らない人が多い。

そのような高所得者が、返礼品と節税を兼ねてふるさと納税でフルベットすると、街の財政を確実に削る。

浦安市が「新浦安の市民からの税金が減ると困る!理解せよ!自分たちの生活に影響するぞ!」とアナウンスしても無意味かもしれないな。

街の行政に関心がないということは、財政にも関心がないことを意味する。

「税収が減ったなら、市長や市役所が何とかせよ。それが仕事だろ。知らんがな」と。市議会については存在自体が思考の外だろう。今さらどうにもならない。

それにしてもシュールだ。実にシュールだ。ディストピアのテイストさえ感じられるし、無自覚のパンクとも表現しうる。

しかも、浦安市の金の使い方に不満を持っている市民が「フルベットで返礼品ゲットだぜ!所得税の節税にも繋がるぞ!ワンストップ特例なら控除の手続きも簡単だ!」と寄附しまくっていても、街の行政が止めることも見分けることも難しい。そもそも国が認めた制度だ。市民にとっては法的に何の問題もない。

それどころか、新浦安の市民は自分が得をしても気にしないが、他者が得をすると気になったりもする。「なるほど...うちもやってみようか...」と他の市民にふるさと納税が波及すると、浦安市のダメージがさらに大きくなり、高所得層が多く住んでいるという街のメリットも減る。

ふるさと納税でフルベットしたら返礼品が届いて節税にもなったよとネットで発信する新町の市民を私自身は見かけたことはないが。

それにしてもふるさと納税の返礼品は凄まじい。生活用品の種類によっては、これから数ヶ月あるいは1年くらいは補充が必要ない。これらのストックがあるということは、その分の出費がなくなるわけで、我が家の節倹にも繋がる。数千円どころか数万円のレベルだ。長期に考えると節約の効果が大きい。

それにしても、さすが各地の特産品だな。寄附額と実勢価格を考えると1セットだと思っていた返礼品が、2セットも届いてしまったりもする。工場が街の中にある場合には卸値に近い価格で提供されるのだろうか。

一方、食べることが大好きな妻が希望した返礼品は、ことごとく冷凍状態で到着する。どの自治体もキログラム級の食材を返礼品として用意しているので、ストック用の冷凍庫のスペースが気になる。

まだ到着していない返礼品を含めると、ストッカーが満杯になることだろう。入りきらない食材はすぐに解凍して食べるしかないぞ。夫婦で笑顔のまま困る状況は幸せなことだ。