ふるさと納税による減収を嘆く浦安市のデータを浦安市民が検証してみた (後編)
行政は市民にバイアスの少ない情報を提供する必要があり、自分たちの主張に見合うようにデータの印象を操作することは適切ではない。加えて、浦安市が提示したグラフには大切なデータが欠けている。なぜ省略したのだろうか。浦安市に納税する市民のひとりとして不思議に感じたので、総務省のオープンデータから数値を逆引きして検証することにした。
浦安市の行政をディスるわけではなくて、ポジティブな結論に至る。このデータを見る限り、浦安市は解決への糸口をすでに見出している。
さて、オープンデータといっても難しい話ではなくて、最近のコンテンツデータは数値や文字をカンマで区切ったテキストファイル(CSVファイル)が主体になっている。
エクセル方眼紙を巧みに使った「ネ申エクセル」の職人は今でも役所の中で生き残っているようだが、スキャンしたPDF書類をオープンデータと称して投げ込むような猛者は絶滅に近づいているらしい。
作業内容としては少し手間がかかったが、大がかりな話ではなくて、とてもシンプルなこと。おそらく、全国の市役所の情報政策部門にはこの手の統合データベースが構築されていることだろう。
浦安市については知らない。
浦安市がグラフとして提示した「各年度の市民税控除額(浦安市の減収額)」のグラフには、浦安市における個人市民税がどれだけ控除されて減ったのかという点、つまり「マイナス」のデータだけが示されている。
ふるさと納税という制度は、税金の納付というよりも住民税の移し替えという形に近い。浦安市民が他の自治体にふるさと納税で寄附すると、本来は浦安市に納める個人市民税が課税から控除される。
この場合の個人市民税は住民税に該当するわけだが、ふるさと納税で他の自治体に寄附すると、自己負担額を除く寄附額のうち、住民税だけでなく所得税も控除される。所得税は国に納める金なので、国の税収も減るように思える。
実際のところ、ふるさと納税の後で確定申告した場合には、寄附額の一部が所得税控除を受ける。
だが、ふるさと納税の度に確定申告するのは面倒だ。ということで、ワンストップ特例という制度が用意された。この制度を使うと自治体同士で寄附についての処理を行うので、確定申告が不要になる。寄附する市民はとても楽だ。
しかし、確定申告ではなくワンストップ特例制度を利用した場合、国から所得税控除される寄附額の一部が、寄附した市民の自治体において住民税控除として合算されて処理される。
どういうことかというと、寄附によって所得税が控除される場合、寄附しなければ国に納めている金なので、減収になるのは国という解釈になる。しかし、ワンストップ特例制度では、寄附した人が住む自治体がその減収分を肩代わりして負担するという形になる。
減収分を国が負担するためには、寄附における自治体と自治体の間のやり取りに国を挟む必要があり、結果としてワンストップではなくてツーストップになって事務手続きが増える。それを避けるために所得税控除を住民税控除に変換する形になったのだろう。
例えば、浦安市民がワンストップ特例制度で市外の自治体にふるさと納税で寄附すると、浦安市としては、①寄附額の個人市民税に相当する金が入ってこないだけでなく、②寄附額のうち所得税に相当する金も負担することになる。そして、①と②に相当する金(手数料を除く)を浦安市民から寄附として受け取った自治体は、そのお礼として返礼品を贈呈する。
浦安市民が他の自治体に寄附している金は、寄附しなければ浦安市に納めることになる個人市民税なので、それらの一部あるいは多くが課税から控除されると、浦安市にはメリットがないまま税収だけが減る。寄附する市民がワンストップ特例制度を使うとさらに減収になる。
浦安市のように地方交付税交付金が交付されない自治体の場合、ふるさと納税での減収分が国から補填されない。なので、浦安市が嘆いている。そして、「お願いだから、ふるさと納税で寄附しないで」と、公式サイトのページの文章の行間で浦安市民に訴えている。
他方、寄附した浦安市民は返礼品を貰えるのでメリットがある。忙しい毎日の中で確定申告は大変だ。やはり、ワンストップ特例制度が便利だ。
ここで論点を変えてみる。
ふるさと納税という制度では、浦安市民が他の自治体に寄附をするという行為だけではなくて、もちろんだが他の自治体の市民が浦安市に寄附することもできる。
他の自治体の市民が浦安市に寄附すれば、浦安市にとっては寄附された金額から諸経費を除いた受入額が「プラス」になる。受入額は寄附額の半分程度なので、受入額によるプラスによってマイナスを補填しようとすると、その倍くらいの寄附を集める必要がある。
税控除によって減少したマイナスと寄附の受入によって増加したプラスのバランスが釣り合っていれば、ふるさと納税において浦安市の税収が減らないはずだ。
しかし、浦安市は先のウェブページのグラフにおいて、どうして税控除額、つまり「マイナス」のデータだけを提示し、寄附の受入額という「プラス」のデータを提示しなかったのか。私の疑問はその点にある。そして、疑問に感じたことは知りたくなる。
話は逸れるが、一般論としてふるさと納税での損益をプラスにすることができれば、当然だがその自治体の税収が増える。この増益分をリターンとでも表現しようか。税収に苦しんでいる自治体、あるいはさらなる発展を求める自治体が必死になる理由は分かる。
あまつさえ、その土地の特産品ではない返礼品で寄附を集めようとしたり、返礼品の限度額を超過してリターンを狙う自治体までが出てきた。ルールを踏み越えたくなるくらいに、ふるさと納税のリターンは自治体にとって大きな意味があるということか。
市外から転居してきた市民を主体として生み出された高い財政力を有する浦安市。その幹部や職員たちは、収入が乏しい田舎の自治体の苦労や工夫を理解していないことだろう。
私の高校時代の同級生にも何人かいるが、都市部の国立大学や有名私立大学を卒業してUターンで田舎に戻っても働く場所がなく、地方の役所に勤務するというケースが珍しくない。田舎の市役所の方が優秀な人材が多いような気がしてならない。
首都圏にはたくさんの企業や役所があるので、高学歴な若者たちが浦安市役所に勤めなくても他に就職先がある。しかし、企業が少ない田舎において安定した職業といえば、自治体の役所が候補になる。
ふるさと納税の場合、特産品があってマーケティングを勉強し、アイデアを捻れば税収を増やすことができるわけだから、田舎の役所であっても首長どころか街の期待を背負った精鋭チームが戦略を立てて、本気で勝負を仕掛けることだろう。返礼品は街の特産をアピールする最高の舞台でもある。
そして、開始当初は返礼品合戦には応じないと構えていた都市部の自治体が田舎の自治体に完敗し、想定の範囲を超えた規模の市民税が流出し、悲鳴を上げている。
今年の9月末くらいから、ふるさと納税で減収になっている自治体の多くが、まるで示し合わせたかのように公式サイトで「ふるさと納税によって住民税が流出している、これでは行政サービスが低下する」とアナウンスしている。とりわけ都内23区のうち財政が潤っている区や首都圏の市から、金太郎飴のようにテンプレート化されたアナウンスがネット上に発信されている。
減収は今に始まったことではないのだが、なぜこのタイミングなのだろう。
前首相がこの制度の立ち上げに尽力したことはよく知られている。自治体が公式サイトで批判するのであれば、前首相の在任中に一斉に批判すればよかったのではないか。どうして今なのだろう。総務省から睨まれることが恐かったからか。今ならばふるさと納税に文句を言っても大丈夫だと思ったのか。
不思議だな。陰謀論ではないが、高い財政力を有し交付金を受け取っていない自治体が一斉に動き出し、内容がよく似ているなんて、くどいようだが不思議なことだ。あらかじめテンプレートが配布されていないと、アナウンスがここまで似ることはないと思うのだが。どこが旗を振っているのだろう。
このような行政のアナウンスによって民意が街のために傾くとは思えない。「これだから役所は」とか「知らんがな」という冷ややかな感想が市民の気持ちを覆う。それどころか、その土地の民としての帰属意識が高い市民でない限り、ふるさと納税による減収をマスコミが報じても多くの市民は関心を持たないことだろう。役所のカウンターの向こう側は異世界だ。
その街が住みづらくなれば、他の街に引っ越すという選択肢もある。結局のところ、個人は自分の利益を優先する。自分が寄附したところで大した影響はないだろう、寄附行為が禁止されているわけではないと。
そもそも市民が行政に要望を伝えても無視されることは多い。市民がすべからく街の行政に感謝しているわけではなくて、むしろ逆だろう。余計なハコモノや至らないサービスなど、街の行政に対する様々なフラストレーションが市民に蓄積していてもおかしくない。にも関わらず、行政が市民にお願いするのか、サービスの低下で脅すつもりか、それを何とかするのが仕事ではないかと。
返礼品合戦には応じないと財政のリスクを軽く見て、今になって減収を嘆く都市部の自治体の多くは、公式サイトのトップページにふるさと納税のバナーを貼ることもなく、積極的に寄附を集めて挽回しようという気概も感じられなかった。
そのような対応について反省することなく、減収が起きて万事休すという段階で市民に寄附しないようにお願いしているわけだ。悪いのは寄附を続けた市民だと言わんばかりに。何を開き直っているのだという話であり、市民感情を逆撫でしているように思える。
他方、ふるさと納税で多くの寄附を集めている田舎の自治体は、決して派手とは言えない素朴な公式サイトのトップページにふるさと納税のバナーを貼り、地道に寄附を集めている。
都市部の自治体は地方の自治体に税金が流出したとアナウンスしているが、地方の自治体では税金どころか貴重な「人材」が都市部の自治体に流出している。地方の自治体への敬意を忘れてはいないか。
今になって税収減だとアナウンスしている浦安市についても同じ印象を覚える。
浦安市の財政力を支えている中高所得層の多くは、日本全国の地方の自治体の出身者だ。その中には私自身も含まれる。
浦安市の職員が日本有数の高い財政力に支えられて仕事をしていられるのは、全国の地方の自治体が「人」を育て、都市部に送り出してくれたからだ。浦安市で育った人たちだけでこの街の財政が支えられているか。違うだろ。
市外で育った人たちが浦安に引っ越して主に都内で働き、浦安市に市民税を納めることで財政を支えている。浦安市で育った人たちはその状況において大なり小なり得をしている。
それが分かっているから、多くの市民が気にせずにふるさと納税で他の自治体に寄附するのだろう。移民たちにとって浦安は自分を育ててくれた故郷ではない。ただのベッドタウンだ。
また、ふるさと納税の減収によって市の財政が苦しくなり、行政サービスが影響を受けるという話も理解しがたい。新規のハコモノの建設については様々な都合があるので凍結することが難しいということは理解している。なぜなら、私の実家はそのような仕事を受注して生計を繋いでいたからだ。裏のやり取りを知らないはずがない。
しかし、市民にとってはそのような都合なんて関係ないわけで、金がないと言って行政サービスを減らしておきながら、ハコモノに使う金はあるのかという話になる。
加えて、市民への行政サービスの質を下げたからには、浦安市の金の使途について市民から厳しい眼差しが向かうことは間違いない。とりわけ、「受益者負担」は諸刃の剣だ。多くの市民は表立って批判していないが、浦安市の行政に対する沸々としたフラストレーションの蓄積を感じる。
とどのつまり、ふるさと納税での寄附額控除によって減ってしまった個人市民税に相当する分を、(角が立たない形で)他の自治体の市民からの寄附によって補うことができれば、行政も市民も苛立たずに話が丸く収まるということだ。
そのためには具体的に何が必要なのか。この件に関連する浦安市のデータを浦安市民である私が自分で確認してみる。
浦安市におけるふるさと納税に関する金の往来なんて、浦安市が公開しているオープンデータを照会すればすぐにヒットすることだろうと思っていたが、これは厳しい。データが圧縮されている上に、どこに何があるのかよく分からない。
これも浦安行政のパターンのひとつだが、情報の提供に長けていない。情報を受け取る側に配慮しているとは思えない。
最近では浦安市もオープンデータにも取り組んでいるが、情報が断片化されていて市民がアクセスすることが難しい。テキスト形式のデータを公開すればそれでいいという話ではなくて、それらを二次利用する人たちに配慮する必要がある。
浦安市は、かなり広い枠で行政職員を採用して情報政策にも配置しているようだが、その方式には限界がある。博士号を有する、もしくは企業で活躍しているデータサイエンティストを専門枠で採用してみてはどうだろうか。
仕方がないので、総務省のオープンデータから全ての自治体におけるふるさと納税の情報を取得し、その中から浦安市の情報を引っこ抜くことにした。
関連資料:総務省 ふるさと納税 ポータルサイト
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/archive/
上記のページの「○○年度課税における住民税控除額の実績等」という個別ファイルに全国の自治体におけるふるさと納税でのマイナスの額が収録されている。また、「各自治体のふるさと納税受入額及び受入件数(○○年度~○○年度)」というファイルにふるさと納税でのプラスの額がまとめて収録されている。
ついでに、全国の自治体における人口と人口密度、そして財政力指数を参考値として比較するために、以下のオープンデータのデータセットも取得してみる。
総務省統計局
令和2年国勢調査(総務省統計局)都道府県・市区町村別の主な結果
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200521&tstat=000001049104&cycle=0&tclass1=000001049105
総務省
令和2年度地方公共団体の主要財政指標一覧
https://www.soumu.go.jp/iken/zaisei/R02_chiho.html
これらの多数のデータについて自治体の並びをソートし、それらをタグとしてデータを統合。その後、数値の記載や桁数をクリーニング。そして、日本全国の自治体のふるさと納税において、①どれくらいの金額が控除対象(マイナス)となり、②どれくらいの金額が受入対象(プラス)になっているのか、③それぞれの自治体の規模、④人口密度、⑤財政力を繋げたデータベースが出来上がった。
このデータベースを使って、各自治体で人気の返礼品をふるさと納税サイトにて検索すると、それぞれの特徴がよく分かる。
私は地図ではなくて数値だけのテーブルを見て楽しむタイプだが、地理情報システム(GIS)が得意な人たちにとっては格好の遊び道具、非常に興味深い素データだな。
このデータベースで各自治体の状況を眺めていると、あまりの面白さに時間を忘れる。全人口500人程度の小さな自治体がふるさと納税によって何億円もの寄附を受けていたり、おそらく現地ではタダ同然で扱われている作物によって膨大なリターンを得ている自治体があったりもする。
実質的なリターンの尺度となる受入額を控除額で割った値が3000を超えている自治体まで存在している。浦安市のリターンは最も高い年度でさえ0.2なので、比較すると15000倍という超サイヤ人のようなパワーだ。
逆に、浦安市の減収が可愛らしく感じるくらいに市民が市外に寄附しまくり、悲惨な減収に至っている自治体があったりもする。
ふるさと納税を返礼品合戦と揶揄する首長やメディアがいたが、この状況はまさに戦国時代の合戦のようだ。各自治体のパフォーマンスがよく分かる。
各自治体が有している地の利と行政のアイデアが組み合わさって返礼品という形になり、その返礼品が注目を集め、実際に寄附が増えれば自治体にメリットが生じる。当然だが、どうやって人々にアピールするのかというマーケティングの実力、首長や現場の能力も必要になる。
このデータベースを使うと、浦安市のふるさと納税についての情報もすぐに取り出すことができる。
市民税課が提示したふるさと納税のグラフには、寄附控除額、つまり浦安市の税収の「マイナス」のデータ、および矢印のイラストのみが提示されていた。
このデータに寄附受入額、つまり寄附された金額から諸経費を除いた税収の「プラス」のデータを重ね合わせるとどうなるか。素データのテーブルはスマホでの表示が難しいのでここでは省略。
最初に、金額ではなくて寄附の件数をグラフにしてみる。グラフのデザインについては、前回の録で言及した船橋市のページのグラフを真似る。(クリックすると拡大)
役所では「平成」とか「令和」で年度を表記するが、繋がりが分かりやすいように西暦で表記する。2019年度が令和元年度。
赤色で三角のプロットは、ふるさと納税の控除件数(主に浦安市民が市外の自治体に寄附をした件数、というか人数)を示している。浦安市にとっては赤字となる寄附件数。
2015年度から2021年度(令和3年度)に向けて、浦安市民から他の自治体への寄附の件数が直線的に増加していて、その傾きが鈍化する兆しが認められない。浦安市が恐れているのは、この増加がさらに進むこと。公式サイトでアナウンスするくらいだから、余程に深刻なのだろう。
そして、青色で丸のプロットは、ふるさと納税の受入件数(主に市外の人たちが浦安市に寄附をした件数)を示している。これらは浦安市にとって黒字となる寄附件数であり、浦安市の公式サイトの先のページで省略されていたデータ。
このグラフだけで大勢を察したりもする。
2015年度から2018年度まで寄附が一桁台で推移している。この期間は当時の浦安市の方針によって返礼品を用意していなかった。高い財政力を有する街のプライドなのか、制度に文句を付けて状況を甘く見ていたのか、もしくは地方自治体への配慮なのか。
ともかく、この期間において他の自治体はすでに戦略を固め、全国規模の熾烈かつ残酷なバトルを繰り広げていたわけだ。世の中の流れに一歩遅れてしまう浦安市の行政のパターンだ。
その後、市長が代わり2019年度から浦安市においても返礼品の贈呈を開始した。2019年度の浦安市への寄附は510件、2020年度は949件。その後、2021年度に入って2936件。2021年度に入って急に寄附が増えた理由は後述する。
次に、件数ではなくて実際の金額のグラフを提示する。(クリックすると拡大)
最初に確認しておきたいことは、Y軸(縦軸)の単位が「億円」という凄い桁数の規模だということ。2015年度の控除額は5千万円程度だったが、翌年には2億円以上のマイナス。その後も控除額が増え続け、2018年度には6億円以上がマイナス。
しかし、浦安市の場合には2018年度まで返礼品を用意せず、その間に寄附として受け入れたプラスの金額は2015年度183万円、2016年度554万円(四捨五入によりグラフでは0.1億円)、2017年度124万円、2018年度133万円。
2019年度(令和元年度)から浦安市も返礼品の贈呈を開始したが、2019年度および2020年度の受入額(プラス)は3千万円台。この2年間における控除額(マイナス)は毎年8億円程度。専門用語で「焼け石に水」と呼ばれる状態。
返礼品を全く用意しなかった期間のロスが痛い。この時期に浦安の返礼品についてのデータが蓄積されず、令和に入っていきなり実戦なのだから大変だったことだろう。
しかし、2021年度においては受入額(プラス)が2億7千万円まで急激に増加している。その理由は後述する。
浦安市としては、控除額と受入額を重ね合わせたグラフを先のページで公開すると、「控除によるマイナスが大きな金額になっているにも関わらず、寄附の受入が全く足りていないではないか!これでは浦安市民が寄附をするから全体として減収しているのではなくて、浦安市が寄附を集めないから金が足りなくなっただけではないか!この状態で浦安市民が寄附を考え直せ、行政サービスを減らすぞとは何事だ!浦安市は何をやっているのだ!」と浦安市民から批判されることを危惧したのだろうか。
だからといって、受入額のデータを除外して控除額だけのデータでグラフを作って公開するなんて、普通に考えればどこかで修正が入ると思うのだが、不思議なことだ。例えば、主任や係長の職員がグラフを作成し、補佐や課長が修正し、部長の決裁を得ているはずなのだが、どうして気が付かなかったのだろう。
もしくは、市民からの突っ込みのリスクに気付いてデータを除外したのだろうか。そういえば同じようにデータを提示している自治体が散見される。議会答弁でよくある周辺自治体の動向を鑑みた結果という話なのだろうか。
都市部の自治体において控除額が増えるのは仕方がないことなんだ。たくさんの自治体が返礼品を用意して、選りすぐられた返礼品が並んでいる。それらを市民が選んで寄附しているわけだから、人口が多い自治体では寄附者の数も多くなる。
一方、他の自治体から浦安市に寄附を集めることは容易ではない。都市部の自治体だからといって、地方の田舎の自治体よりも特産品が多いとは限らず、むしろ地方の自治体の方が返礼品として贈呈可能な農産物や魚介類等の特産があることの方が多い。とりわけ、都市部のベッドタウンとして発展した自治体では、返礼品となりうる特産品そのものが少なかったりもする。
また、返礼品によって寄附を集めるという形は商品を確保して販売するというスタイルに近く、ネットショップ同士の競合に近いものがある。用意した返礼品がすぐに大人気になって寄附が集まるとは限らない。そもそも自治体の首長や役所の職員に商売のセンスがあるかどうかも分からない。受入額を増やしたくてもそれが難しいから都市部の自治体が困っている。
では、都市部の自治体、とりわけ地方交付税不交付団体が国に抗議し、ふるさと納税の制度を変えろと要求したところで、容易に変わるだろうか。
選挙に絡む政治的なマターではなくて、三権分立や議会制民主主義に基づくと、高い財政力を有する都市部の自治体の意見が必ずしも優勢になるとは思えない。法律や予算が成立する国会には、都市部だけでなく地方から選出された議員も集まる。国のことを決めるのだから当然だ。
地方の街において、ふるさと納税による寄附は貴重な税収であり、地場産業を活性化させる要素だ。それによって街の行政サービスが改善され、インフラが整い、地域の雇用も増える。
また、返礼品は街の特産品をアピールするだけでなく、試食や試用も兼ねている。寄附者たちは、「この街にはこのような魅力があったのか」と、ネット上の情報ではなくてリアルで知ることができる。
このご時世では、ツイッターやYouTubeでシティプロモーションを展開しても効果が薄い。返礼品という現物を送った方がインパクトがあり、記憶に残る。また、ふるさと納税で寄附すると、その街を実際に訪れてみたくなる。つまり、返礼品は必ずしも露骨な住民税合戦の道具ではなく、シティプロモーションの一環とも解釈しうる状況になってきた。
そして、地方の人たちの民意を反映させた場合、地方選出の国会議員がふるさと納税という制度の大幅な変更や廃止について積極的に働きかけるとは思えない。
さらに、地方だけでなく都市部の市民もふるさと納税を歓迎している。人々が求めて政治と行政が動いているわけで、なるほど、この制度は民主主義の原則に基づいている。
地方交付税不交付団体の扱いは、累進課税に加えて各種補助金の対象外になる高所得者の扱いに似ているように思える。平準化が好まれる社会では出る杭が打たれるわけで、自分で何とかするしかない。
もとい、浦安市の場合、減収で困っている状況であっても、市民に情報を伝えない方が突っ込まれるように思える。都合の悪い情報を隠していると誤解されかねない。誤解であればいいが。
あまつさえ、浦安市民がふるさと納税で寄附したから財政的に苦しくなったという趣旨で、市民が悪いと受け取られかねない情報発信は、「だったら、浦安市が寄附を集めろよ」という市民の反発を生む。
まあそれでも、浦安市のこれまでの経緯を考えれば無理もないか。
あくまで私個人の印象だが、10年以上前は行政や議会に対して激しく突っ込む市民を見かけることが多かった。体制に物申すことが正義と考える人が珍しくない私の親の世代。もっと以前はさらに激しかったらしい。
市民から突っ込みを受ける可能性がある情報を行政が開示しないとか、市民からの突っ込みがあってもフルガードで耐えようとするとか、それらも浦安の行政のパターンだ。
ひとつの自治体において、歴史ある街と新しい街が共在し、ふたつの時間軸を共に進めながら自治体を運営せざるをえなかった浦安の行政としては、その過程で市民から数々の突撃を受け続けた。その記憶がシステムとして刻まれているのかもしれないな。
しかし、時が経つにつれてそのような市民は老いて減り、今ではほとんど見当たらない。市民の側から見れば。
過去のことは過去のことだ。街に課題があれば行政が市民に知らせ、市民と共に解決策を考え、諦めることなく地道に取り組むような地方行政のスタイルが歓迎される世の中になってきた。
また、広義のオープンデータは市民が行政の不備を指摘したり、闇を暴くために存在しているわけではなくて、市民が街を理解したり、市民が街を信頼する上で重要な取り組みになる。
まあほとんどの市民は浦安市の財政が傾いても我関せずなのだろうけれど。そもそも行政に関心がない人が多い。
話を戻すと、いくら浦安市が「ふるさと納税による市税の流出で税収が減っています」とアナウンスしたところで、浦安市民が他の自治体のふるさと納税に寄附するという流れは止められないことだろう。
総務省のオープンデータを見る限り、2021年度において他の自治体に寄附した浦安市民の割合は、全人口比で11.6%。都市部の自治体について比較してみると、この比率が20%以上に至っている都内の自治体が認められる。
これだけインフレが生じている世の中だ。より高品質の食材などを安く手に入れることができるのだから、ふるさと納税が家計の節約や生きる楽しみにも繋がる。
街の財政なんて市長や市役所の仕事だろと考えている市民は多い。それは市民だけの責任ではなくて、市民からの関心を集めてこなかった行政にも責任がある。
したがって、統計学的なトレンドを解析するまでもなく、今後も浦安市民から他の自治体への寄附が回帰直線上に乗った状態のまま増加し、浦安市への個人市民税は減少し続けることだろう。
毎年1億円から2億円の控除額が増えて美しい直線を描いているわけだから、簡易な回帰分析でも答えが見つかる。あと5年くらいで寄附する市民の人口比が20%程度に達し、毎年20億円くらいの個人市民税が減収するという大まかな推測になる。さすがに痛い。
浦安市のふるさと納税がこのような状態になっているにも関わらず、「どうして行政はもっと早く市民に知らせなかったのか!」、あるいは「浦安市議会は何をやっていたのだ!」と憤る市民がいるかもしれない。この制度における浦安市の減収についてはずっと以前から議論されてきた。
市議会の動画や議事録をチェックしている市民がどれくらいいるのか分からないし、そもそも私たち、あるいはより若い世代は浦安の行政に関心がない市民が多いかもしれないが。
そもそも、浦安市の財政力が高いのは市民からの税金が多いからだ。行政や議会がとりわけ優秀だから財政力が高まったとは言えない。ふるさと納税の減収はその典型例だ。ただ、この場合には市民が街を支援しないどころか、逆の方向に引っ張っているので気の毒だが。
ということで、この状況において浦安市が公式サイトで「ふるさと納税による市税の流出で税収が減っています」とアナウンスしても、浦安市民が寄附を控えるとは到底思えない。
個人の金に関わるセンシティブな内容であるにも関わらず、節水に協力してくださいとか、地域のボランティアをお願いしますとか、そのような路線で浦安市はアナウンスしていないか。
また、減収が続けば行政サービスが低下すると市民にプレッシャーをかけようとしても逆効果だ。行政への反発を招きかねない。「税収が減っているのなら、新しいハコモノを作る余裕がどこにあるのか、全て凍結だ。行政サービスの前にコスト削減ではないのか。そういえば浦安市の職員の給料は日本で最も高額ではなかったか、もっと給料を下げろ。市議会議員の報酬も減らせ」と。
出て行く金が増える一方であるのなら、入ってくる金を増やすしかない。そして、浦安市としては最近の取り組みが奏功している兆しが認められる。
マイナスとなっている控除額が大きすぎて、プラスとなっている受入額のデータが潰れてしまっているので、浦安市の市民税課が公表しなかった受入額のデータのみを抽出して棒グラフを作ってみる。(クリックで拡大)
データの中身としては先ほどの散布図と変わらないが、この表示の方が分かりやすい。思わず恣意的な矢印を書き込みたくなるが、そのような行為をしなくても強烈なインパクトだ。
返礼品についての浦安市の取り組みが成功している。このトランジションを思いついた市職員は称賛に値する。
返礼品を用意しなかった2015年度から2018年度においては、ふるさと納税の受入額は非常に少ない。その後、返礼品を用意した2019年度と2020年度においては、他の自治体の市民から浦安市への寄附が増え始めた。
金額としては5千万円にも充たないし、サンプル数が少ないので統計学的な有意差も分かりづらいが、明らかに返礼品の効果が認められる。この結果は、浦安市についても市外の人たちが返礼品をターゲットとして寄附しているということを示唆しており、大きな意味がある。
その後、2021年度の受入額が2億7千万円まで急激に増加している。寄附件数よりも金額の立ち上がりが大きいので、寄附額の単価も高いことが分かる。一人当たりの寄附の受入額の平均は約9万円。3000件にも充たない寄附件数で2.7億円のプラス。諸経費を差し引きしていない実際の寄附額はこの金額の2倍くらいだろうか。かなりの集金力だ。
この特徴が窮状を打破するためのヒントになる。くどいようだが、グラフというものは自らの主張に合わせて恣意的に矢印を書き込むものではない。そのデータにどのような意味があるのかを視覚的に分析するためのものだ。
このままの勢いで寄附の受入額におけるプラスが増加すれば、控除額によるマイナスと同等になり、ふるさと納税における浦安市の減収がストップすることだろう。さらにプラスの勢いが増せば、これまで大損した分を少しづつ取り返すことができるかもしれない。
では、2019年度と2020年度において3千万円台だった浦安市のふるさと納税の寄附受入額が、どうして2021年度において2億7千万円にまで増加したのかというと、どの街に寄附しようかなと返礼品を調べている時にたまに浦安市の返礼品をチェックしていたので私はよく知っている。
2019年度、つまり令和元年度にふるさと納税の返礼品の贈呈を開始した浦安市は、「ふるさと納税返礼品取扱事業者」を募集する形で返礼品を選定することにした。
すでに控除額で億単位の税収減が続いている状況で返礼品の事業者を募集しているような余裕があるか、自分で探してお願いせよという突っ込みが喉まで上ってくるが、それを我慢して書き続けると、返礼品のラインナップに並んだのは、浦安市内で販売されている海苔や貝の佃煮といった魚介類の加工品、ご当地サッカーチームのグッズ、市内の路線バスの模型や天然塩もあった。
70万円近い寄附によって有名メーカーの靴の返礼品を贈呈するという内容もあった。これだけの額を寄附することができる人が、全国にどれくらいいるのだろうか。そのような金持ちが、わざわざふるさと納税を利用するだろうか。
これらの返礼品は、浦安市が掲げる「市の魅力の発信や地場産業の振興、観光推進を図る」という返礼品の目的には合致している。しかし、これらの返礼品が日本全国の人たちから注目されるとは思えなかった。
この段階の浦安市は、ふるさと納税について理解しているが、全国規模の競争になっている現状を理解していなかったようだ。
このような返礼品は、参加した浦安市内の事業者において商品の宣伝や販売というメリットがある。しかし、ふるさと納税の寄附を集め、幅広い浦安市民に還元するというメリットが薄い。
浦安市が返礼品を用意せずに過ごした期間の空白が痛い。この間に全国の自治体は激しい競争を繰り広げ、確実にノウハウを高めていった。それと同時に、寄附する側の全国の人々においては、返礼品とはこのようなものだという考えが成立してしまった。もはや都市部の自治体が本来の意義や正論を唱えても意味がない。
この制度は個人レベルで面白く、楽しく、得をする。日本各地の街の魅力を知ることもできる。
さらに近年では、自分の住む街の行政が不本意な税金の使い方をしている場合に、ふるさと納税で他の街に実質的な個人市民税を移す市民がいたりもする。
それによって自分が住む街の行政サービスが低下するではないかと反論されるはずだが、そのような人たちは気にしない。単なる憂さ晴らしという人もいるが、無駄が多い税金の使い方をしているのだから市民税を減らせば節約して事業を整理するだろうという考えの人もいる。
前者および後者ともに、行政に対する市民からの無言の抗議だな。後者の方が頭が回るだけに脅威だ。不満を顕さずに、「〇〇市にフルベット」とふるさと納税を楽しんでいるだけで街の税収を確実に削る。しかし、法的には何の問題もなく、行政からも見分けがつかない。
ならば本当に行政サービスを低下させてやると行政が動くと、基礎自治体の場合には市民からの批判の矛先が首長に集中する。
角が立つので浦安については言及しないが、一般論として基礎自治体の地方議会は首長と議員の関係が色々な意味で良好だったりもする。首長の人気がなくなると以下略。
つまり、自治体に不満がある市民が返礼品を楽しんでいるだけで、行政サービスの低下をトリガーとして首長の評価を下げ、街の体制を変えるというアクションが生じうるということか。
そもそも、魚介類の加工品やマニアが収集するグッズといった返礼品は、すでにレッド・オーシャンになっている。浦安市は元漁師町をアピールしたがっているが、日本は海に囲まれている。元ではなくて現役の漁師町がどれだけあるか理解しているのだろうか。ノスタルジーも大切だが、現実を直視する必要がある。
周回遅れの浦安市が元漁師町を掲げて登場しても存在感は皆無。そもそも日本全国のほとんどの人たちは「浦安市」というキーワードで漁師町の返礼品を想像しない。
全国のデータを集めてトレンドを解析すれば分かるような話だ。浦安市内で販売されている魚介類の加工品は確かに旨い。しかし、全国の自治体と競り合うためのインパクトが足りない。
返礼品によって多額の寄付を集めている自治体は、確実にマーケティングの手法を取り入れて勝負に出ている。厳しい言い方になるが、浦安市がやっているのはマーケティングではなく、真面目な意味でのお役所仕事だと思った。
この競争では、役人ではなくて、商人になる必要がある。人の心を読み、機を逃さず、利益を追求する。見るべき方向は上司の顔色ではなく、消費者の動向。
2019年度から返礼品を用意することで寄附は少し増えたが、ディズニーに関係のないご当地品を並べるという戦略では浦安市の受入額が控除額に見合うレベルに至らず、大赤字が続いた。
しかし、浦安市は無能でも無策でもなくて、返礼品を開始してから2年間で限界に気付いて方向を転換した。ふるさと納税の赤字において連帯的に責任を問われかねない市議会の人たちも一緒に考えたのかもしれない。
現在の浦安市は、パイロット的に様々な返礼品の種類を増やし、確実に寄附受入額を増やすことに成功している。
さらに端的かつ具体的に言い換えると、新浦安の市民であれば当然考えるディズニーに関連した返礼品を用意し始めた。伝家の宝刀を抜いたわけだから、これで寄附が増えないはずがない。
とりわけ、ディズニーに絡んだ「旅行クーポン」というコンセプトが浦安市の返礼品の最適解だと考えられる。
現状の旅行クーポンは寄附額が高すぎるように思えるが、一人当たりの受入額の平均が9万円程度なので、実際の寄附額の平均は20万円程度という試算になる。
この寄附額で浦安市から返礼品として旅行クーポンを受け取ると、6万円相当の交通費や宿泊費の値引きになる。確かにお得感がある。いや、入園料以外の旅費が大幅値引きされ、地域によっては無料になるわけだから、寄附しない方が損だ。浦安市がツイッターで連投しても構わないくらいの重要なお知らせになる。
なるほど、ディズニー旅行の場合には、メリットがあれば高くても寄附するということか。やはり、2021年度における寄附額の急増はディズニー関連の旅行クーポンによるものだな。ただし、平均額付近の約20万円を寄附しうる市民の年収は1千万円を超えているはずなので、寄附件数を増やしたいのであれば、より低額の寄附プランを充実させる必要がある。
そもそも、ディズニー旅行のクーポンのような高単価で魅力的な返礼品を用意することができる自治体は限られている。
「浦安 ふるさと納税」と検索すると、「ディズニー」のキーワードが付加される。多くの人たちが検索している証左だ。どうして今までディズニーをコンセプトとした返礼品を充実させず、大赤字を続けたのだろう。さらには、このまま減収が続くと行政サービスが下がると市民に伝えている。これまでの行政の対応は棚上げで、市民の責任なのだろうか。不思議だ。
日本全国の地方自治体のふるさと納税の情報を統合した簡易データベースを作成した奇特な浦安市民は私だけかもしれない。このデータベースは実に便利だ。浦安市の戦略が定石から外れている箇所をすぐに見分けることができる。
また、受入額を控除額で割った値のランキングで並べ、それらの自治体で返礼品として選ばれている内容と寄附額を比較すると戦略の骨子がよく分かる。
全国から多くの寄附を集めている自治体の特徴としては、金額としてはあまり高額ではなくて、1万円から数万円程度。マーケティングのペルソナとしては通勤中にスマホを眺めているような男性というよりも、空き時間でパソコンやスマホを操作している既婚女性がターゲットになるようだ。人気を集めている返礼品の内容を見れば分かる。
加えて、寄附の金額の割には誰が見ても「これはお得だな」と判断することができる返礼品が用意されている。総務省が設定した返礼品の金額の割合を超過せずにお得感を出すために、返礼品の原価をどうやって下げるのかという点も重要な課題だな。
かつ、成功している返礼品は、シンプルかつ強いインパクトがある。「〇〇市といえば、□□□□」という千葉県の某市のようなキャッチコピーはマーケティングでは定番で、実際に消費者の心に刺さるのだろう。
加えて、保存が利く返礼品が多いこともポイントだ。この街にふるさと納税を寄附すれば、少なくとも1年間は梅干しや米を買う必要がないとか、加工した魚を買う必要がなくなるとか。
生鮮品の場合は最初から冷凍されている返礼品が多い。確かに、本格的にふるさと納税で寄附する際には、冷凍ストッカーを増設すると便利だ。
逆に、保存が利かなくても近所に配って喜ばれる果物といった返礼品もよくある。近所付き合いがある既婚女性というマーケティングのペルソナと合致している。
利益率が高い自治体は、当然だがその土地の特産品を主力として置いている。テーマが絞られていてとても分かりやすい。
ふるさと納税をお役所仕事だと解釈した自治体が負け続け、市民税を原資としたネットショッピングだと解釈した自治体が勝ち抜いている。規模が小さい自治体の方がお役所仕事にならず小回りが利くのかもしれない。
何より驚いたのは、「寄附金額に対する返礼品の金額の割合が上限3割」と設定されている総務省のルールをいかにクリアして、返礼品のグレードを上げるのかという自治体の戦略だ。
市場に流通している正規品であれば価格が高くても、「訳あり品」であればその金額を下げることができる。中間業者を挟まない直販に近いというか、役所が支援する直販そのものだ。
返礼品の原価を抑えた分、寄附する人にインパクトを与えるキログラム単位の返礼品を贈呈するということができる。なるほど、実によく考えられた戦略だ。余程に頭のいい職員たちが考えているのだろう。
では、日本全国の人たちがイメージする浦安の特産品とは何か? 答えはシンプルだ。
「浦安といえば、ディズニー」
間違いない。北海道でも沖縄でも同じ答えが返ってくるはずだ。全国規模の強力なブランド力を使わない手はない。小学生でさえ思いつくシティプロモーションを、どうして浦安市の行政は避けるのだろう。
遊園地が特産品なのか、限定グッズでも用意するのかと嘲笑する市役所の中の人たちがいるかもしれないし、浦安市がディズニーを街のプロモーションに活用することができない深い理由でもあるのだろう。
別に浦安限定のディズニーグッズやパスポートを販売すべきだという意味ではない。ロイヤリティだとかオリエンタルランドや海外本社との間での政治的な交渉だとか、そういった困難な課題が生じる。たとえ交渉が実現しても、ガチなディズニー商品は原価が高すぎて寄附額のハードルが上がり、寄附が増えないという結果に繋がりかねない。
市役所の中の人たちが理解できるかどうか分からないが、自治体の特産品が「物」である必要はない。
ここでの浦安市の特産品は、夢と魔法の国という「イメージ」そのものだ。
ディズニーファンが全国から浦安市にやってくる強烈な集客力は、単にディズニーグッズやポップコーンといった物を購入したいからではなくて、異世界のような空間で楽しみたいという欲求によって生まれる。その欲求の本質は物ではなくて、自分の脳で膨らませるイメージや概念による。遊園地の設備やアトラクションも、そのイメージを個人の内面で構築するための環境でしかない。
しかも、出張で地方を訪れてみると分かるのだが、浦安といえば夢と魔法というイメージは日本全土に広がっている。高濃度のイメージはパークから溢れ、地方の人たちから見れば元漁師町を含む浦安全体を包んでいる。まさに特産品だ。
多くの自治体がその土地の名物で競争するというレッド・オーシャンで鎬を削っている中で、浦安市は他の自治体では実現不可能なブルー・オーシャンに参入すればいい。特産品に姿形がなくて、「夢と魔法」なんて素晴らしいじゃないか。
そして、ディズニー関連の返礼品を用意するといっても、それらがディズニーの中にある必要はない。
それどころか、ふるさと納税や返礼品のタイトルにディズニーという単語を表示する必要もない。言わなくても全国の人たちは分かる。
遠く離れた地方からディズニーを訪れる人たちの動線を分析し、必ず利用する場所にターゲットを絞る。それはどこかというと、浦安市はすでに気付いているかもしれないが「宿泊するホテル」。
市外からディズニーを訪れて浦安市内に宿泊すれば分かるのだが、ホテルでの滞在はすでにディズニー旅行の一部として感じる。この旅の一部をターゲットにする。
千葉県の商工労働部の資料によると、コロナによるダメージを受けた令和2年であっても、浦安市内の宿泊客数は1年で約250万人。そのほとんどがディズニー客。今後はさらに増えることだろう。
年間の宿泊客のごく一部、例えば10万人が5万円ずつ浦安市にふるさと納税を寄附すると、手数料を除いた概算で約48億円の寄附額となる。諸経費を除いて半分が浦安市の受入額になったとすると、約24億円が浦安市の税収のプラスになる。
市外への寄附による控除額のマイナスは、令和4年度で約11億円。今後もマイナスが増えたとしても、市内に宿泊するディズニー客の約5%が浦安市にふるさと納税を寄附するだけでマイナスが補填され、おそらく損益がプラスになる。そうか、たった5%で十分なのか。
「夢と魔法が浦安市の特産品なのですが、姿形がないので地方発送ができません。そのため、浦安市内で素敵な夢を見る場所をご提供します」とか、まあそういった売り文句で構わないだろう。
また、浦安市がすでに始めてしまっているが、ディズニー客をターゲットとした旅行クーポンを返礼品として提供することは全く問題ない。総務省自治税務局市町村税課長が各市区町村のふるさと納税担当部長に対して通知した以下の根拠がある。長いけれど貼り付けておく。以下引用。
ふるさと納税に係る指定制度の運用についてのQ&Aについて(通知)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000821541.pdf
問23 当該地方団体を訪れるための旅行券は、地場産品として認められるか。「その他これに準ずるもの」(告示第5条第7号)に該当するのか。
○ 区域内を訪れるための航空券等の交通手段のみを単独で提供する場合は、「区域内において提供される役務」及び「その他これに準ずるもの」のいずれにも該当しない。
○ 区域内において提供される役務と、区域内を訪れるための航空券等の交通手段を組み合わせた返礼品等は、当該区域内において提供される役務が、当該返礼品等全体の主要な部分と認められる場合に限り、「その他これに準ずるもの」に該当するものである。
○ 具体的には、寄附者が当該地方団体を訪れて、区域内で宿泊することを条件とする旅行券や旅行クーポンは、これに該当する。
○ なお、区域内で提供される役務が宿泊以外であっても、上記考え方に基づき、区域内を巡る観光ツアーや、区域内におけるレジャー体験などが当該返礼品等全体の主要な部分と認められる場合には、第7号に該当するものとして差し支えない。ただし、区域内における役務が食事の提供のみである場合や、区域内の滞在が短時間となる観光ツアー・レジャー体験など一時的な役務の提供にとどまるものは、これに該当しない(これらの役務の提供を受けるための通常の価格が交通手段の通常の価格を上回る場合を除く。)。
引用ここまで。
例えば、羽田空港からディズニーまでのシャトルバスが無料とか、多分無理だがディズニーの全てのファストパスとか、そういった返礼品は微妙なところだ。そもそも原価が固定されてしまうと浦安市に入る実質的な受入額も減る。
私的に重要だと思ったのは、「寄附者が当該地方団体を訪れて、区域内で宿泊することを条件とする旅行券や旅行クーポンは、これに該当する。」という部分。総務省がお墨付きを出したのだから、浦安市は遠慮なく返礼品として宿泊券を贈呈すればいい。
可能な限り寄附額を抑えた条件で、「浦安市に寄附すればホテルが○万円割引!」なんて話になれば、全国のディズニーファンが飛びつくことだろう。
新浦安民だからこそ知っていることだが、パークやホテルのレストランの食事が高価なので、市内のコンビニで夕食を買っている家族連れのディズニー客は多い。方言ですぐに分かる。
ディズニーに来てまでコンビニ弁当は気の毒だ。しかし、家族連れの旅行は交通費を含めるとかなりの出費になる。
ただし、現在の浦安市は、JTBや楽天が間に入って旅行クーポンという形で返礼品を贈呈している。これでは返礼品の原価を抑えることが難しいように思える。1万円を寄附して手数料を取られ、3千円分のクーポンをもらってもお得感が少ない。そのため、2021年度の浦安市の寄附受入額は一人当たりの金額が高くなっていたのだろう。そのやり方ではいつか限界が来るはずだ。
ホテル側と中間業者との間で値引きを含めた取り決めがあるのか分からないし、値段交渉を市役所が担当するのは厳しいかもしれないが、中間業者をスキップして浦安市内に存在している宿泊施設に浦安市が協力をお願いし、宿泊者へのクーポンを発券するという返礼品も選択肢になる。返礼品の原価を下げて寄附額を抑え、お得感をどうやって生み出すか、それがポイントだな。
その場合には、ホテルとの間で価格や日程を調整する専門の係を市役所に用意する必要がある。市職員が対応しうるだろうか。年間10億円もの赤字になっているのだから、精鋭の職員を配置しても問題がないように思える。地味ではあるが、この点が返礼品の大きな課題になる。
難しいことを考えずに大手代理店に任せたのが今の状態であり、業者の選定において大手企業に傾くのは浦安の行政のよくあるパターンだ。
加えて、全国から浦安にやってくるディズニー客はスマホを持っているはずなので、クーポン券が紙媒体である必要はない。寄附してくれた人たちに浦安市が宿泊券をデジタルクーポンとして発行して送信するだけ。市営駐輪場の定期利用料のデジタル決済と同じシステムだ。
また、この場合の返礼品はターゲットとなるペルソナが明確だ。若いカップルもふるさと納税でディズニー周辺のホテルの割引を狙ってくるかもしれないが、ディズニーを目指して地方からやってくる子育て世代が主なターゲットになる。
ただし、ふるさと納税のルールとして「寄附金額に対する返礼品の金額の割合が上限3割」と設定されている。勢いあまってこの上限を超過してバンされる自治体が本当にあったりもする。
ところが、よくよく考えると、ホテルの宿泊料は時期によって変動するわけだ。また、これだけたくさんある浦安市内のホテルの稼働率が全て100%に達するなんてことはありえないだろう。実際の市民が夜のホテルの灯りを眺めれば分かることだが、平日は空いている。しかも、ホテルにランクがあっても、新浦安についてはどのホテルも立派だ。
私も子育て中なのでよく分かるが、家族連れについては別に高層階のスイートルームである必要はないわけで、周りから苦情が少なくてリラックスできれば良かったりもする。
つまり、タイミングなり部屋に合わせて宿泊料金が安くなる「訳ありプラン」をホテル側で用意してもらえば、返礼品の原価を下げることができる。その上で寄附してもらえば浦安市の実入りが増え、浦安市が総務省からバンされるリスクもない。
また、返礼品の種類やランクもホテルに合わせて設定すればいいので、5万円の寄附でどのレベルのホテル、2万円でどのレベルのホテルの割引、あるいは朝食など、レパートリーはたくさんある。実際にいくつかのホテルでディズニー客をターゲットとした宿泊用のデジタルクーポンを返礼品として試してみて、寄附が増えるようであればスケールアップするという形になるのだろう。
市内のホテルとのコラボは、浦安市が掲げる「市の魅力の発信や地場産業の振興、観光推進を図る」という返礼品の目的にも合致している。
また、寄附する側の思考が分散しないように、大枠としては「ディズニーを訪れる人たち」というターゲットゾーンを外さないことが大切だ。色々と都合があるのかもしれないが、この場合には元漁師町というアピールは必要ない。
多くの寄附を集めている自治体の傾向を調べてみると、「○○市の返礼品といえば□□□□」という柱が明確に示されている。現在の浦安市の返礼品は海産物の加工品やご当地サッカーチームのグッズ、旅行クーポンなど、テーマが総花的で分散しており、全国の人たちがどこに焦点を定めていいのかよく分からない。
ディズニーに絡んだ返礼品はとても強力なので、地方の自治体の人たちには申し訳なく思ったりもする。けれど、新浦安には全国からディズニー客や修学旅行生たちが押し寄せるので、実際の住民としては大なり小なり迷惑している。相応のメリットがあっても構わないだろう。
浦安市がディズニー旅行に使えるクーポンを返礼品として用意したのは最近のことだ。情報が全国に広がるまでには時間がかかるかもしれない。しかし、この調子でディズニー関連(ディズニーと提携するとは言っていない)の返礼品を充実させれば、減収分を補填するくらいのレベルに到達することは難しくないように思える。