荒れた家庭と23時の夕食
妻が食事を作ると、調味料の瓶やチューブの蓋が尽く開いたまま放置される。きちんと蓋が閉まっていることの方が珍しい。カレー粉や粉末スープのポーチさえ全開放のまま冷蔵庫に突っ込まれる。調理後のキッチンは包丁や皿や残飯などが散乱して大変な状態になる。妻が風呂に入るとクレンジングやトリートメントの容器の蓋が開いたまま。風呂から上がると床一面に髪の毛や洗剤が張り付いている。妻がスマホや家の鍵を忘れて出勤することもよくあるし、必要な書類を確認せずに捨てることもある。
結婚する前は妻に対して天然ボケのような可愛らしさを感じていたりもしたが、素になって考えると妻の状態は「注意欠陥」に該当する。細かなことを気にしないのではなくて、大雑把で気が付かないだけ。関心がないことは面倒臭がって少しの作業であっても回避し、すぐに忘れる。
また、妻は落ち着きがなくて多動性がある。時間に余裕ができるとすぐに暇つぶしを始める。スマホゾンビになったり、指の毛を抜き続けたり。深い思考の淵に身を置き、地に足を付けて落ち着いて心を練るという性質が存在しない。座禅なんて絶対に無理な人だ。
また、妻は物事の優先順位を頭の中で整理しきれず、しかも衝動性が強いので適当に判断して適当に進める。持ち時間のない早打ち将棋のような思考形式だ。丁寧に生きたいと願う私の視点からは、妻の生き方が雑に見える。それは義母についても同じ。雑だ。
頭の中を整理せずに行動するので、大切なことをスキップして何かにこだわり続けることも妻には多い。発達障害を有している人が示す典型的なパターンだ。
結婚してから義母が世帯の境界を踏み越えて我が家に過干渉を加える理由も分かる。義母としては妻の性質を理解しており、フォローしようとして私の家庭にまで踏み込んでくるということだ。
義母としては良かれと思ってやっていることなのか、子離れできないのか、あるいは義母の自己満足なのかよく分からない。余計な世話だ。他の家庭に突撃してくる義母においてもパーソナリティに何らかの不具合がある。
私が浦安住まいのストレスで適応障害を生じても、妻は私の体調に気を遣わない。それでも耐えて妻の故郷に住んでいることについて感謝も労いもない。
この立場が逆だったら、私はすぐに引っ越すことだろう。配偶者がストレスで体調を崩していれば当然のことだ。しかし、妻にはその当然という思考がない。
自分の故郷を嫌がるとは配偶者として何事だと憤慨し、私の意見を全否定して悪態をつく。そもそも配偶者の気持ちを察することができない。
妻がADHDという発達障害を有して自他境界が曖昧になっており、私の内面を理解することができないと仮定すれば、この状況も理解しうる。なぜに結婚してしまったのだろうな。我ながら愚かだ。
私が真面目に診断を受けるとASDに該当するはずなのだが、ASDとADHDという組み合わせの夫婦は世の中において珍しくない。ネット上でもそのような夫婦がアピールしていたりもする。
しかし、この組み合わせがどうして生じるのか、私には分からない。私としては定型発達で自分の性質を受け止めてくれる女性を探して夫婦になったはずなのだが、途中で妻のペルソナが剥がれてこうなった。
さて、現時点で時計の針は23時を過ぎ、ようやく我が家の夕食が始まった。
下の子供が16時頃に帰宅したのだが、学習塾で課せられていた自学自習を全て放棄して遊んでいた。そこにサービス残業を終えた妻が帰宅して激怒した。以後、ブラック企業のパワハラ上司のようにネチネチと下の子供を詰めている。怒るのは仕方がない。だが、どうしてここまで挑発や侮蔑を込めて叱るのか。性格の悪さが滲み出ている。
私が帰宅したのは夜遅くだが、この時点で妻は癇癪を起こして自分を制御できなくなっていた。
私から見ると、妻も下の子供と同じレベルだ。夫に何も相談せずに転職を決めて、通勤時間が短いはずなのにどう考えても遅い時間に妻は帰宅する。夕食は早くても21時から始まる。このペースは明らかに遅い。
このような状態になるのであれば、私は妻の転職に反対したはずだ。実際は反対するどころか、妻からの相談さえなかった。大切なプロセスをすっ飛ばして家のことを決めるのは妻の悪癖であり、私が決して良しとしないことだ。
妻は下の子供に対して「やるべきことをやれ!」と叱る。だが、私から見れば「お前もな」と妻に対して思う。
下の子供が勉強をさぼっていることに激怒した妻が、下の子供に延々と説教し、妻と同じで癇癪持ちの下の子供が泣き叫びながら反抗し、もはやカオスだ。
妻子ともに癇癪を起こして思考がプッツン状態。私の手に負えないし、いくら努力しても変わらない。妻が癇癪を起こすと義母しか止められない。
自室に入った私は、帰り道で買ってきた酒のつまみ取り出して空腹を紛らわせながら、慌ただしくも落ち着きのない家の中で絶望しながら酒を煽る。
私は思った。このような状態になるのならば、子育てに入って妻が家庭内で暴力を振るうようになった2015年頃の段階で即座に離婚すべきだった。
妻が癇癪を起こすと、本人が納得するまで癇癪が続く。関心がないことについては注意散漫で大雑把だが、こだわりのある内容については延々とこだわる。この偏りは発達障害の特徴だったりもする。
私が不完全な存在なだけに、妻には常識人であってほしかった。つまり、この結婚は大失敗だ。
しかしながら、いくらこだわりが強かったとしても、夫婦関係における私の忍耐が限界に達していることは妻も気付いているらしい。下の子供と延々とバトルを繰り広げながらも、器用なのか不器用なのか夕食を用意した妻は、私の部屋にワンプレートの料理を運んできた。
そのような時くらい夫である私が夕食を調理すればいいのだが、ほとんどのことにいい加減な妻は食事について非常に強いこだわりがある。自分が食べたいと思う料理でないと満足せず、私が料理をつくっても絶対に認めない。妻が嫌うので、私が好む魚介類の刺身は1年で数回しか食卓に上がらない。刺身といっても醤油漬けになって素材の味がなくなった魚らしき何か。
どうしてこのように面倒な女性と夫婦になったのか。
その時点で私は気付いた。世間的には首都圏で難関とされる中高一貫校に通っている上の子供は、すでに帰宅しているはずだ。しかし、食卓に置かれた夕食を上の子供が食べた形跡がない。
まかりなりにも父親なので、上の子供がいる部屋に声をかける。しかし、応答はない。
妻と下の子供がバトルを始めたので、上の子供としては精神的にショックを受けて閉じこもっているのだろうか。これは心配だということで、子供部屋のドアを開けて上の子供を呼ぶ。
すると、上の子供は帰宅してから夕寝をかましていたらしい。部屋の照明をガンガンに付けたまま、仰向けになって間抜けな顔で眠りこけていた。
そして、私が上の子供を起こしても寝とぼけて夕食を気にしていない。間食をたらふく取って腹が空いていないのだろう。しばらくすると再び眠り始めた。
私の頭が割れるように感じるくらいの大声で妻と下の子供が怒鳴り合っているにも関わらず、耳栓も付けずに眠っている上の子供の鈍感さに呆れた。このようなタイプは漫画の中だけの話ではないらしい。
神経質で折り目正しい生き方を望む私としては、もはや滅茶苦茶な家庭状況だと思った。妻も子供たちも規格外だ。
しかし、この家庭について私が何かを主張しても、何の解決にも改善にもならない。
子供たちが夕食を終えたのは、すでに日付を過ぎる24時頃。感情的になると常識を失うのは妻によくあることだが、連れ添っていることは我が人生の失敗でしかない。やはりさっさと離婚した方が苦しみが少なかった。
子育てについて考える前に、妻には時間の感覚を持ってほしい。勝手に転職を決めて、勝手に残業して遅くに帰り、我が家の夕食は21時頃になっている。それまで腹が減るということで、子供たちには間食が用意されているようだが、間食とは言えないくらいのカロリーがある。つまり、一日で4食だ。
間食をとっているのは子供たちだけだ、自分は間食をとっていないと妻は主張しているが、交際時や新婚時代と比べると明らかに妻は太っている。絶対に間食しているはずだ。だから、21時になっても23時になっても平気な顔をしているのだろう。
妻は子供たちのペースどころか、自分のペースを保つことができない。義母が心配して我が家に介入してくるのは、つまりはこのような背景があるということだ。この人は家庭生活に向いておらず、生涯独身で生きた方がストレスが少なかったことだろう。
それは私についても言えることだ。このような男女が家庭を持ったので話がややこしくなり、それぞれが苛立ちながら生きることになったということだな。