2022/09/11

フクダ電子アリーナまで走った後で検見川の浜を眺める

頭を吹き飛ばされるように感じる強烈な浮動性の目眩は、前回の江戸川沿いのサイクリングで少しだけ緩和した。投薬等の治療を全く受けずに、自転車に乗ってひたすらペダルを回すだけで目眩が減るという現象は実に不思議なことだ。

今回のサイクリングは浦安から海沿いを走って千葉市を往復して帰ってくる市街地ルート。走り出しながら考えたことがある。古代の日本人は言葉に不思議な力が宿ると信じていて、それを「言霊」と表現していた。言霊は自分が欲した言葉を他者や自己が認識することによる感覚や思考へのループだと私なりには理解している。


つまり、ネガティブな言葉を口に出すと、それらが他者や自分の聴覚から脳に入力され、思考をさらに鬱々としたものに変えてしまうということだな。ポジティブな言葉はその反対。

しかし、言霊の概念には不思議な点がある。自分の内面を口に出さずに「紙に書く」という行為は、その文章がネガティブなことであったとしても気分を楽にする効果がある。いわゆる「暗黒ノート」と呼ばれている類の思考の出力は、言霊という概念と相反しているように思える。

さらに不思議なことがある。紙に自分の内面を書き綴ると気持ちが整理されて楽になることは確かだが、デジタル端末で自分の内面を文章として並べても気分があまり楽にならないのはなぜだろう。

暗黒ノートを書いた後は気持ちが整理されて穏やかになるけれど、暗黒ブログをいくら並べても自分の気持ちが穏やかにならない。その内容をネット上で非公開に設定しても同様。

自分の脳としては、①紙に文字を書くという行動と、②デジタル端末を使って文字を打ち込むという行動は明確に区別されているということか。

ブログというツールは「ログ」、つまり記録という役割から始まった。ブログにおいて悩みや苦しみを書き綴ったところで、自らのストレスを吐き出したり、気持ちを整理する効果に至るまでにはほど遠い。

しかし、ブログにも便利なところがある。過去の自分が何を経験し、どのように対処したのかを速やかに振り返ることができるという点。自分のことであっても過去を詳しく思い出すことは難しい。それらの情報を外部記憶として保存し、以後に何に使うのかはその時に考えればいい。

自分がストレス性の不調に陥った場合にどのような対処が効果的だったのかという答えは、過去の自分がログとして残していた。サイクリングに出かけてペダルを回すこと。それが難しい場合にはスピンバイクに乗ってペダルを回すこと。

このような経験則は医学の枠を超え、人によってはオカルトのように感じるかもしれない。しかし、不思議なことにペダルを回すことで目眩が減る。一体、どのようなメカニズムによって脳に作用しているのか皆目見当が付かない。

自転車好きで有名だったアルベルト・アインシュタイン博士でさえ、その機序を理論化することができなかったわけだ。私のような凡人が解明することができるはずもない。

今年に入ってロードバイクからミニベロに乗り換えたのは、単純に面白くて心地良いと感じたから。小回りが利いて路面を選ばない自転車に乗って、もっと気楽にサイクリングを楽しみたいという気持ちもあった。

過去の自分が残した録によると、ロードバイクに10年近く乗り続けた後、ミニベロに乗り換えたいと感じたのは2021年頃だったらしい。

スポーツタイプのミニベロをポチる前に踏みとどまる

その当時からブルーノのミニベロに乗りたいと感じていて、その一年後の2022年にはロードバイクを処分してブルーノを手に入れている。その間、色々と悩んでブルーノにたどり着いたのだが、一年前には結論が出ていたということか。

とにかく、現時点での目標としては、浦安という街から脱出して引っ越すまでの間に自分の精神を崩壊させないこと。コツコツと地道に働いて、週末はスポーツで汗を流す。そのサイクルを繰り返していれば状況も変わるだろう。

ミニベロをカスタムしていると、「まあ、こんなもんだ」と適当なところで納得する感じがある。仕事についても、家庭についても、さらには自分の生き方についても、「まあ、こんなもんだ」と納得できればいいなと思う。その境地が近いところにあるように感じるが、まだまだ遠くも感じる。

涼しくなってきたので江戸川の河川敷はランナーやサイクリストで混み合ってきた。谷津道に出かけて走り回るくらいに元気な精神的あるいは身体的な状態でもない。

ということで、357号線沿いに千葉県北西部の海沿いを走り、千葉市内を回って戻ってくるルートを選択することにした。このルートはJR京葉線と半ば並行しているので、目眩が強すぎて走行不能になったら輪行で浦安まで戻ることができる。

幅40mm近い太めのブロックタイヤを履かせたミニベロに乗り始めてから実感することがある。それは、千葉県北西部の都市部から房総半島の内房に繋がる道路には、あまりよく知られていないサイクリングコースが存在しているということ。

ロードバイクで走る場合には自動車が頻繁に往来する車道を突っ走ることになるので、そのサイクリングコースの存在に気が付かない、あるいは走る気になれない。だが、太いタイヤを履いたミニベロの場合には刺激があってちょうどいい。

そのサイクリングコースとは何かというと、ほとんど使われていない「歩道」。千葉県北西部の海沿いには、人通りがない歩道が長々と続いている。これでは税金の無駄になるので、ひとりの納税者として有効に歩道を利用することにした。

では、どうしてこのように使われない歩道が敷かれているのか。かつて千葉県内の海沿いに道路を建設する際、その多くは未開発の土地が対象になっていたらしい。

市川市や船橋市を走る海沿いの357号線はその典型で、周囲に存在しているのは企業の工場や産廃処理場といった住宅地から離した方がいい施設が多い。野鳥が集まって強烈な異臭を放つ宮内庁の新浜鴨場もある。

千葉市に入ると近くに高層マンションが建っていたりもするが、やはり企業の建物や公共施設が多く、住宅は少ない。

片道数車線の広い自動車道を建設する場合、設計段階において車道に並行して歩道を用意することになる。たとえ歩行者や自転車に乗って通行する人が少ないことが分かっていても、歩道を省略することは難しい。新たに歩道を敷設するよりも、最初から歩道をつくっておいた方が行政としてもコストや責任が少ない。

結果、ほとんど人が通行しない歩道というものが生まれ、それらが市川市から千葉市、さらには内房まで繋がっている。

これらの歩道は、もちろんだがロードバイクでの高速走行には全く適していないが、河川敷よりも人通りが少ない上に自動車と同じ道路を走らなくても済む。

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浦安市から357号線沿いに市川市に出るだけで、使われていない歩道にアクセスすることができる。お世辞にも見晴らしの良い光景ではなく、付近にゴミが散乱するディストピアのような場面に出くわすことが多い。

繰り返しになるが、このような歩道は凹凸が激しい上にカーブが多くて入り組んでいるので、ロードバイクで走る気になれない。しかし、太いタイヤを履いたミニベロであれば気にせず走ることができる。

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浦安市から出発して357号線沿いの歩道を走り続け、途中で右折して千葉船橋海浜線に進むと、そこから千葉市内の海浜大通りに入ることができる。行政区画としては千葉市美浜区。南関東においては「幕張新都心」というイメージが定着しているかもしれない。

このエリアの都市計画は国内外から高い評価を受けており、実際にサイクリングで訪れると驚くほどに精密なデザインがなされている。歩道には自転車道までが用意されていたりもするが、人通りが少ないので貸し切り状態でサイクリングを楽しむことができる。

私が住む浦安市の場合には、狭い市域に建物と人を詰め込んだ結果として、上空から見ると電子回路のような状態になっている。密に配置されたディズニーのアトラクションが街全体に発展したような状態だ。

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だが、千葉市の幕張新都心の場合には、東京の首都機能の半分を移転したとしても受け入れられそうなくらいの容量がありそうだ。

米国の場合、経済はニューヨーク、行政はワシントンD.C.という形で分けられている。日本の場合、相変わらず「花のお江戸の八百八町」だ。狭い場所に経済と行政の中枢を集めたことで効率化したけれど、そのスタイルは働く人たちの消耗とトレードオフになっている。大規模災害が生じれば一発アウト。

行政機能の中枢である霞ヶ関の官公庁を千葉市に移転すると、官僚たちがベッドタウンに住んで快適な生活を送ることができるかもしれない。地盤が強固な印西市内のデータセンターも頼りになる。しかし、それでは官僚に頼っている永田町の人たちが困るということで実現は難しい。政界と財界の物理的な距離が離れることを嫌がる人たちは多いことだろう。

ならば経済機能を千葉市に移転しようとすれば、重役も現場の人たちも東京駅の近くに自社ビルがあった方が便利だという論理になるのだろう。そして、お江戸はいつまでも花盛りが続くということだ。

幕張が新都心として完全に成熟しないことで街全体に余裕が生まれ、私はその狭間でサイクリングを楽しんでいる。

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千葉市はとても広いため、地域の人たちが歩道を歩いて移動するようなスケールになっていない。結果、人々は自動車に乗って移動する。たまに散歩やジョグを楽しんでいる人がいたり、釣り人や家族連れが自転車で移動していたりするけれど、休日であっても歩道は閑散としている。

さらに、公共施設にはあまり使われていない綺麗なトイレがあったり、コンビニや自販機があったりと、河川敷よりもずっと恵まれている。

これだけ快適な道路をほとんど貸し切りのような状態で走っていて申し訳なく感じたりもする。千葉市に市民税を納めていない浦安市民として心苦しいので、ふるさと納税で千葉市に税金を移そうと思う。

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海浜大通りを抜けてもう少し走ってみたいと思った私は、357号線沿いから蘇我のフクダ電子アリーナに向かうことにした。浦安市からのサイクリングコースとしては、ここで折り返すと往復で70km程度。

357号線沿いの歩道はさすがに人が多いので、快適とは言いがたい。途中の信号待ちで、揃いのチームジャージを着た二人組のロードバイク乗りが交差点の脇に座り込んで呆然としている光景を見かけた。

1台のカーボンロードバイクは上下逆さまになっていて、リアホイールが外されたままだ。タイヤがパンクしてチューブを交換すればいいという単純な話ではなくて、チューブレスタイヤがバーストしてしまい、チューブを追加しても走行することができないという状態になってしまったらしい。

千葉市内の357号線の車道は一直線なので、ロードバイクで疾走すると良いトレーニングになるのだが、路肩に金属片などが落ちていることがある。グリップを高めたロードバイクタイヤの場合には、それらを巻き込んでしまうのかもしれない。

しかし、ロードバイクは速く走るための自転車なので、ライドに出かける際にも最小限の装備で出かけることが普通だ。タイヤのバーストなんて確率論としてほとんどないということで、チューブラーを除いてタイヤのスペアなんて所持しないことだろう。

スペアタイヤがない状況でバーストした場合にはタイヤブートというパーツで亀裂を防いだり、ベテランのサイクリストであればタイヤとチューブの間に紙幣を挟んで対応したりもする。

しかし、彼らは呆然としたままだ。どうするのだろうか。チームジャージで立ち往生なんて無様だな。

常に単独でサイクリングに出かける私のミニベロには、リアキャリアの上にスペアタイヤを載せて走っている。しかし、20インチのタイヤなので彼らにとっては何の役にも立たない。まあこれも自己責任だ。頑張ってビンディングシューズで歩き続けて帰宅するしかないな。

しばらく走った後、私のブルーノのツールボックスにたくさんのタイヤブートが入っていることを思い出した。ミニベロ乗りであれば助けるが、やはりロードバイク乗りは自己責任だな。気にせず走り続けることにした。

さらに走り続けていると、人が歩く歩道を猛烈なスピードで走ってくるひとりのロードバイク乗りに出くわした。顔には真っ黒なフェイスカバーを付けているので表情が分からない。ロードバイク乗りにはおかしな人が多いので気にせずにすれ違おうとしたところ、その男が大きな奇声を発してきた。

ロードバイク乗りによくある「ドケッ!」とか「邪魔だっ!」という横柄な態度ではなくて、言語として認識することができない奇声。あえて文章として表現すると「イグルガコギャオオガリオウッオオオ!」という擬声語になるだろうか。

彼は明らかに正気を失っている。それでもロードバイクに乗るだけの金があり、最低限のメンテナンスを行う思考もあることに驚いた。むしろ、非典型的な人でもロードバイクに乗ることは可能、もしくは非典型的な人がロードバイクに乗りたがるという別のロジックだろうか。

人として最低限のマナーを持ち合わせていないことは間違いなく、このようなロードバイク乗りがどのような社会生活を送っているのかが気になった。

ところで、サイクリング中のグルメに限って「千葉市の名物は何か?」と言われると、多すぎて即答が難しい。千葉市内は旨い店があまりに多い。しかも、自転車で立ち寄りやすい立地の店が多い。

ここから少し走った花見川区にある「大島屋」という蕎麦屋に連れて行ってもらったことがあるのだが、そこで味わう激厚のカツ丼は最高に旨かった。蕎麦屋でカツ丼という背徳感も素敵だったが、カツ丼という料理はここまで旨いのかと驚いた。

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それにしても、浦安市という混み合った街での生活で疲弊すると、どうして私は千葉市を訪れるのか。広々とした光景や広い空が癒やしになるからだろうか。

新浦安に住んでいると、空を見上げても視野のどこかに建物が入ってくる。狭い市域なので仕方がないけれど、それがとても鬱陶しい。妻が浦安出身だということで浦安に引っ張り込まれたという背景があったとしても、私は本質的に混み合った場所での生活に向いていない。

頭の中に積み重なったストレスが、千葉市に来ると一気に放出されて楽になる。例えば職場が千葉市内にあって、白井市や大網白里市に一軒家のマイホームを用意し、そこから自転車で通勤するような生活は最高だな。

いや、家に帰って現在の妻子がいるのであれば、家庭の中においては今まで通りか。

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再び海浜大通りに戻って帰宅する。このエリアを自転車で走っていて、例えば給水やトイレといった必要性が生じた場合には、「陸側ではなくて海側を探す」と目的の場所にたどり着く。

普通に考えると、海に近い場所には何もないイメージがあるけれど、千葉市の美浜区の場合には海沿いに公共施設が配置されている。また、歩道と海沿いの間に防風林のような樹木の境目があるので見えないが、看板に沿って左折するとすぐにアクセスすることができる。

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稲毛ヨットハーバーの近くの「検見川の浜」にやってきた。千葉市内には3つの人工の砂浜が建設されていて、検見川の浜の両隣には「幕張の浜」と「稲毛の浜」がある。海辺から沖合に向かって二本の突堤を延ばし、その間に砂をまくことで浜辺をつくっている。

これらの人工の砂浜にはオーストラリアから輸入した白砂が使われているらしい。手にとってみるとサラサラとした感覚が心地よい。また、砂浜が波によって浸食されないように建設された突堤の上では、たくさんの釣り人が竿を伸ばしている。

千葉市美浜区の三つの人工の海浜には、それぞれの個性があり、検見川の浜にはヨットハーバーがあったり、他の浜の近くには温泉施設や広い公園があったりもする。それらは綿密な計画に基づいてデザインされている。看板を見なくても直感的に施設にアクセスすることができる。

千葉市と同じく浦安市も海に面しているのだから、海辺を有効活用しようという声が行政や市民から出されたりもする。おそらく、現実的なイメージとしては千葉市の人工の砂浜なのだろう。地域住民や観光客が訪れると、「おお、シャレているな」と感心するような。

浦安市の場合にはどこでベクトルが変わったのか、千葉市のようなビーチリゾートではなくて、三番瀬という名前の浅瀬を観察する施設に向かって進んでしまった。

三番瀬に観光客が訪れて楽しむわけでもなく、地域住民が気楽に海と触れ合えるわけでもなく、中国語を話す人たちが大挙してやってきて立ち入り禁止の三番瀬に入り込んで貝漁に励み、市民の税金を投入した施設や公園の水道でその人たちが手足や貝を洗う。

浦安市の三番瀬の場合には、その設計の段階で旧漁師町の面影を残しておきたいというネイティブな人たちの気持ちが入ったのかもしれないな。彼らの先祖たちが小さな舟に乗って浅瀬に漁に出かけていた光景を残しておきたいのだろうか。中国人による禁止区域での貝漁は仕込みではなくて、イレギュラーだと思うが。

浦安市の場合、三番瀬の他は護岸が大量の消波ブロック、いわゆるテトラポッドによって囲まれてしまっているので、千葉市のように洒落た人工の砂浜を建設することは難しい。

あえて砂浜を作るとすれば、舞浜地区の運動公園の近くにある入り組んだ浅瀬が候補になるだろうか。その真横はディズニーシー。

この浅瀬には自然に海の砂が蓄積するため、地域住民が「舞浜ビーチ」と呼んで清掃活動に取り組んでいたりもする。砂浜と触れ合いたいという人々のノスタルジーを感じる。

ところが、浦安の行政は舞浜ビーチに対して塩対応を続けている。人工の砂浜を建設するような発想は持ち合わせておらず、舞浜ビーチという名称さえ認めない。

浦安市の考えも分かる。このようなところに砂浜をつくっても、周りの護岸には無数のテトラポッドが埋まっている。ウィンドサーフィンや水遊びを楽しんでいた人がテトラポッドに吸い込まれたら大変なことになる。そもそも浦安の護岸を管理する千葉県が許可しないはずだ。

むしろ、この浅瀬を埋め立てて、オリエンタルランドに貸し出した方が市の利益になるような気もするな。ディベロッパーが真っ先にやってきてホテルを建設するかもしれないが。夢のない話だ。

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もとい、千葉市内の人工の海浜の近くには所々に飲料の自販機が設置されている。サイクルボトルにスポーツドリンクを補充していたら、「冷たいコーンポタージュスープ」という缶飲料を見かけた。それを手にして浜辺に向かい、海を眺めた。

出発した時の沈んだ気持ちとは異なり、サイクリングの途中で海を眺めている時の気分は穏やかだ。生きることを投げ出したくなるくらいの浮動性の目眩による苦痛をほとんど感じない。

スポーツを楽しむ人たちが訪れる広場で、どうしてコーンポタージュスープなのかと疑問に思っていたが、なるほどこれは素晴らしい。発汗で塩分を失っているので、この塩味が旨い。小腹が空いたところでポリポリとかじるコーンも旨い。

海を眺めながらしみじみと感じたのは、千葉市と浦安市の違い。行政だとか立地だとか市長の能力だとか様々な利権構造だとか、そういった露骨な話ではなくて「幸せに生きるための街の条件」という漠然としたテーマ。

浦安住まいで疲弊している自分としては、千葉市を訪れると開放的でとても気分が楽になる。街という存在が自分の生き方にここまで大きく影響し、家庭を持つと気楽に引っ越すこともできなくなるなんて、独身時代には考えたこともなかった。

その一方で、街という存在は生きる上での土台でしかなくて、仕事や家庭といった様々な要素が複雑に組み合わさることで、幸せか否かという尺度が生まれる。

浦安市を含めて、どの自治体であっても素晴らしいと感じることはあって、足りないと感じることもある。パーフェクトな街なんてありえない。それは街だけではなくて職場や家庭にもついても当てはまり、抗ったところで仕方がないことが多い。

浦安市から都内への通勤だけでここまで疲弊しているわけで、さらに離れた千葉市から都内に通勤することは私にとっては不可能な話だ。住環境としては千葉市の方が楽だが、生活全体では幸せにならない。

だが、千葉県内に職場があったならば話が変わってくる。街という存在自体は変わらなくても、職場の場所というたったひとつの要素によって、個人の生活の幸福度が変わる。

素になって考えると当然のことではあるけれど、このような要素が無数に織り重なることで幸せかどうかという感覚が生まれ、気が付いた時には引き返すこともできなくなり、全ては夢のように感じられる。

翻って、自分にとって普通だと感じていることでも他者から見れば幸せだと感じることがあるはずで、それらに気が付かずに自分は生きている。生き方の複雑性はあまりに高く、人ひとりが認識しうる世界はあまりに狭い。

社会全体で考えれば、自分の存在は浜辺の砂粒のように小さい。いくら他者にアピールしたところで、張り合って優越感を求めたところで、結局は自分がどれだけ納得しうるかという自己満足の話になる。

自分の存在の小ささを部屋の中で考えていると思考が鬱屈するのだが、海や山といった自然の前で考えていると、それを抵抗なく受け入れることができ、むしろ気持ちが楽になる。

検見川の浜から海浜大通りに戻り、浦安に帰ることにした。前回のサイクリングに引き続き、再び分厚い雲の隙間から太陽の光が差し込んでいる光景を目にした。検見川の浜の隣にある「幕張の浜」の突堤の向こう側。

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案の定、通行する人たちが足を止めて景色を眺めたり、スマホで写真を撮影していた。光のカーテンの先にあるのは東京の街並み。

とりあえずフクダ電子アリーナまで走ってみようとミニベロに乗り込んだが、ここが本日のサイクリングの目的地だったらしい。