マインドフルネスとスピンバイク
集合住宅なので固定ローラーでは下の階に振動が響くかもしれないし、子供と妻が中学入試の準備で気が張っているのに音を出すのもよろしくない。
以前はグロータックのGTローラーを使っていたが、静音性に優れているとは言ってもやはり音と振動が出る。このローラー台特有のノイズが耳障りだ。
さらに私は視覚過敏も有しているので、身体を動かしながらZwiftの画面上で細かく動く対象が多いと酔ってしまうかもしれないし、ペダルを回している時は趣味の考えごとに耽りたい。
思い起こせば数年間のロードバイク通勤では室内トレーナーが要らなかった。毎日走っていられるのだから。この春にロードバイク通勤を止めてから、途端に身体が鈍ってきた。
肉体的な不満以上にペダルを回しながらの動的なマインドフルネスができなくなったことは、精神的な疲れの蓄積に繋がった。マインドフルネスとは禅から宗教色を抜いたもので、米国の大企業でも採用されているそうだ。
禅と言えば仏教だが、マインドフルネスは宗教ではないので、信仰の有無に関わらず取り組むことができる。ただし、座って手を広げるヨガ風のポーズが、とりわけ日本人にとって宗教的で抵抗があるためか、様々な改変が加えられているようだ。
私は現在まで特定の宗教を信仰していないし宗教活動も行っていないが、信教の自由を否定するつもりもない。祖母が曹洞宗の仏教徒だったので、彼女が私の母親代わりだった子供の頃は、たまに和尚と一緒に座禅を組んでいた。
早期教育とは大したもので、マインドフルネスの講習会に参加しなくても、禅がベースなら同じことができる。また、静かな場所で座らないとマインドフルネスを行うことができないわけではなく、自転車に乗りながらでもある程度は行うことができるはずだ。
実走では交通安全に注意しないといけないので雑念が入るが、室内トレーナーであれば全く問題ない。それにしても、禅を好んだスティーブ・ジョブズがコネクティングドッツ、つまり点と点を繋ぐことの大切さを説いたが、確かに重要な点だな。子供の頃の経験がオッサンになって繋がるとは。
また、彼は携帯端末によるネットの世界への扉を開けた一人だが、結果として多くの人たちが禅の世界と対極にあるようなネットの世界に依存してしまったことも否めない。もちろんその責任はユーザーにあるのだけれど。
人々が下を向いて小さな画面に見入り、暇さえあれば、あるいは歩く時でさえネットに繋がろうとする。その状態で脳が休まるはずがないし、自ら深く考えることや、自らを見つめ直すことも難しい。
心を落ち着けることは、ストレスフルな社会を生きる上で有用だなと思う。生きていると叫びたくなるような気持ちを堪えたりもするわけだが、結局のところそれらの感情は自らの脳の中で処理されている。つまり、脳の中の情報伝達をコントロールすればストレスを緩和することができるというわけだ。
さらに今年は雨が多く実走の機会が少なかった。あまりに辛かったので室内トレーナーを購入した。ハイガーという日本のメーカーで製造は中国。その廉価版のスピンバイク。
ハンドルが曲がっていて使いにくいこと以外は機嫌良く使っていたが、2週間もせずにボトムブラケットが壊れて満足に漕げなくなった。製品保証が付いていたけれど、40kg以上ある製品をどうやって返品するのかという命題が立ちふさがった。
安物買いの銭失いとはよく言ったものだ。中国製だから仕方がないと諦めるのは簡単だが、舐めてばかりもいられない。あれだけの人的リソースのある国が、何らかの拍子で日本に匹敵する技術力や品質管理を保有した時、我が国の産業は耐えられるだろうか。そう考えると怖くなる。
例えば私が子供の頃は、団塊世代の父親たちはメイドインジャパンこそ高品質であり、メイドインタイワンを下に見る傾向があったと記憶している。今はどうか? 安くて品質の高い製品が台湾で生み出されている。自転車のフレームやホイール等は日本を超えていると言わざるをえない。シマノのようなメーカーが登場するのも時間の問題かもしれない。
しかし、問題は国際情勢ではなくて目の前にある壊れたスピンバイクだ。仕方がないのでハセガワという群馬のサイクルショップが販売している「パワーマジック」という本格的なスピンバイクを購入することにした。これだけで105装備のロードバイクが買えてしまうくらいの金額だった。
廉価版のスピンバイクは浦安市が粗大ゴミとして引き取ってくれたが、重量が40kg以上あったので、妻にばれずにゴミ置き場まで運ぶことに難儀した。さらに、妻にばれずに50kgくらいあるパワーマジックを組み立てることにも難儀した。たぶん妻は気づいているだろうけれど、幸いなことに自転車という趣味に理解があるので助かった。
それにしてもパワーマジックの品質の高さに驚いた。ハイガーにもランクがあるので一概に否定はできないが、私が最初に買った廉価版スピンバイクはロードバイクのルック車みたいな感じだった。
対してハセガワのパワーマジックは正真正銘のロードバイクのような位置づけになる。より高価な他社のスピンバイクもあるが、私には十分すぎる程のスペックだ。金属部分の溶接から可動部の滑らかさやクリアランスまで文句の付けようがない。
パワーマジックは純国産だと思っていたら、台湾で製造されている。品質管理も厳しく、小さな部品にまでQCのシールが貼られている。何より造形がとても美しい。
実際にパワーマジックに乗ってみると、ピストバイクのような踏力感に加えてベルト駆動が心地よい。ほとんど音と振動がなくてヌルヌルとクランクが回る。
部屋の照明を暗くしてスピンバイクで動的なマインドフルネスを行うには最適な環境だ。その姿を見た家族が余所余所しくなったが、気にしないことにする。
しかも、パワーマジックには簡易式のパワーメーターまで付いている。ガーミンのペダルタイプのパワーメーターと真面目に比較した人がいて、その差は10%程度だということでコストパフォーマンスから考えると十分だと思った。私にはその10%を察知する力はないだろうから。
ペダルを回そうと思えば数分でペダルを回せる快適さが気に入り、この数カ月は熱心にスピンバイクに乗っていた。パワーメーターを見ながら少しずつ負荷を調整していって、結構なワット数でペダルを回していた。
なるほど、ヒルクライムやトライアスリートがトレーニングでパワーマジックを使用している理由は分かった。どれだけ足掻いてもビクともしない剛性に加えて、筋肉にダイレクトにやってくる負荷。漕ぎ続けているうちに負荷のレベルが大きくなってきて、それも一つの楽しさになった。
そして、トレーニングを続ける中で不思議な変化を実感することができるようになった。私は登り坂が嫌いなのだけれど、以前よりも苦しまずに登ることができるようになった。私のクロモリロードバイクはただでさえ重い上に輪行袋やらスペアタイヤやら様々なオプションを取り付けているので、アルミのクロスバイクよりも重い。この重量級のロードバイクを引っ張りながらでもゴリゴリと坂を上っている感じがある。
一方、平地を走っている時にも不思議な違和感がある。どうすれば踏み込まずに回すペダリングを続けられるのかを自らの両足が忘れてしまっているような。ついつい重いギアに変えて踏み込んでしまって足が尽きるような筋肉の疲労がやってくる。
それだけではなくて、スピンバイクを漕いだ翌日に実走に行くと、走り始めた段階ですでに筋肉に疲労が残っていて、数十kmを走っただけで足が尽きそうになる。もしかして手組ホイールが重いからなのかと機材のせいにしてDURAホイールに交換してみたのだけれど、やはり平地での高速域が伸びない感じがある。
よくよく考えてみると、毎日、ワット数や負荷レベルを考えてどんどんと負荷を増やしていったのでオーバーロードになっていたようだ。高ケイデンスでクルクル回すペダリングを全く行っていなかったことに気付く。
なるほど、パワーマジックがヒルクライマーのトレーニング用品として重宝されている理由を実感した。私は坂道が嫌いなので山があれば迂回する人で平地をのんびりと流すことができれば満足なのだが、世の中には山があると自転車で登りたくなるという奇特な人たちがたくさんいる。
そういった人たちにとって激坂を登るような絶望的な負荷で足を鍛えたかったら、パワーマジック、それも負荷用のマグネットが二重に装備されたパワーモデルをお勧めしたい。少しの期間のトレーニングでさえ効果を実感できるくらいなのだから、真面目に取り組めばヒルクライムが速くなると思う。
音も振動もほとんどないので深夜でも早朝でも気軽にトレーニングすることができるのだから、売れている理由も分かる。Zwift対応で前後左右に傾けることができるパワーマジックが販売されたら、おそらく飛ぶように売れる気がしてならない。このトレーニングには信号も落車もない。先日は、半日かけて時速30km程度の100kmの実走に行ってきたが、1時間くらい高負荷でスピンバイクに乗った時の方がずっと疲れる。
とはいえ、平地しか走らない私はどうすればいいのかというと、軽い負荷でパワーマジックに乗ることにする。それだけのことだ。
ただし、レベル16くらいまであるのに、レベル5や6で走っていることが何だか侘しく感じるし、これならパワーモデルではなくてスタンダードでも十分だったと思いはするが、人生は反省の連続なので諦めよう。何よりこのスピンバイクはペダルを回すこと自体が楽しい。私のサイクルライフで欠かすことができない存在になった。