新浦安の海沿いの高級住宅に住んでカツカツにならない年収って、どれくらいなんですかね?
新浦安の旧堤防を越えた先の新町エリアの中でも、とりわけ海沿いにある中古の戸建てが1億円とか、中古の分譲マンションが7千万円台とか、まあそういった高額で取り引きされている。では、そのような住宅に住む人たちにはどれくらいの収入があるのか不思議に感じることはないだろうか。
とある日のこと、髪の毛が伸びてきたので理髪店に入ろうとしたところ、海沿いのエリアから1台のベンツのクーペがやってきて駐車場に停まり、そこから私よりも少し若いくらいの男性が降りてきた。
何となく予期してはいたが、彼は私と同じ理髪店に入り、奇遇にも隣同士のチェアに座ることになった。ここでは便宜上、彼のことをビエンツ君と呼ぶことにする。
客と理容師との間で交わされる、いわゆる「床屋談義」は隣のチェアにも十分に聞こえてくる。しかも、私には聴覚過敏がある。丸聞こえだ。
すると、新町の海沿いにお住まいであろうビエンツ君と理容師との間で子育ての話になった。話題としては昨今になって加熱している「中学受験」だ。
「○○さんのお宅も中学受験とかって、考えてらっしゃるんですか?」という理容師の問いに、ビエンツ君は興味深い答えを出した。
「いやいや、私立の中高一貫なんて、うちにはそんな余裕はないですよ」と。
おい、ビエンツ君、君はベンツに乗っているじゃないかと私は不思議に思った。だが、ベンツに乗っている割には、彼の姿はみすぼらしく感じた。休日とはいえヨレヨレで色褪せたTシャツとハーフパンツ。
しかし、ビエンツ君の言うことも分からなくはない。受験塾に子供を通わせた後で私立の中高一貫というコースを考えると、ベンツの費用と同じくらいだろうか。
我が家ではすでに新車のSクラスを数台購入しうる額の教育費を用意してあるが、大学までを考えると足りない気がしなくもない。
他方、私が理髪店に入ってどのような床屋談義を交わすのかというと、多くが下ネタだったりする。誰が聞いているのか分からないような環境で余計なことを話すわけにもいかない。
顔剃りで仰向けになって蒸しタオルをかけてもらいながら、私は不思議に思った。
そういえば、浦安の新町の海沿いには洒落た飲食店がオープンすることがあるのだが、それらが繁盛しているという話を耳にしない。
千葉県の中でも高額納税者たちが数多く生活している町なのだから、それなりに小洒落た店ができれば客が集まるだろうと、経営者側としては考えることだろう。ところが、あまり客が集まらずに閉店したりもする。
そもそも、新町住民の中には高級外車に乗って格安スーパーに通っている姿を見かけたりもするし、住居や車はハイスペックだけれど着ている衣服はワゴンセールやメルカリで買ったような質素なものというケースもよくある。
近くのショッピングセンターにはたくさんの新町住民が家族連れでやってきて、フードコートで安いファストフードを食べていたりもする。普段遣いのママチャリは廉価品かつサビだらけでボロボロとか。
情報を伏せてしまえば他の世帯には分からないが、たまにブログやツイッターで自分のことを発信する人たちは新町の高級住宅街にもいる。
あくまで同世代の父親たちについてしか分からないけれど、彼らの生活が華々しいとは思えない。
1億円近い戸建てに住んでいる父親が市内の回転寿司屋に行ってウンチクを披露したり、「マックが好物」という予防線を張った上でマクドナルドについて熱く語っていたりもする。実にシュールだ。
「いやいや、そこは銀座の寿司屋とかベイエリアのレストランだろ」と思ったりもするのだが、想像以上に慎ましい生活だな。
そして、とても希に海沿いのホテルにある高級レストランで食事をしたという発信があったりもする。しかしながら、ディナーではなくて割安のランチメニューだったりもする。
趣味のゴルフは練習場もコースも早朝からスタート。安い時間帯なんだよな。
色々と取り繕ったところでお小遣い制でキャッシュがないことがよく分かる。
海沿いの高級住宅に住んでいるのだから生活も派手なのだろうと推察するが、実際には派手とは言えないケースが少なくないようだ。
日の出地区に限ると、子育て世代の平均世帯年収を北部と南部で分けた場合には北部の方が南部よりも高いというリサーチ会社のデータがあったりもする。
住宅としては南部の方が高額だが、北部の場合には教育費に金をかける親が多いという印象がある。現に小学校のクラスの3割くらいが浦安市立の公立中学校に進まず私立の中高一貫校に進むことからも、その傾向がよく分かる。
ただし、日の出地区の北部であっても碧浜住宅の存在を忘れることはできない。あの戸建て街は異世界だ。北部の平均世帯年収を引っ張り上げている可能性すらある。新築ではなく築20年で軽く億を超える住宅に同世代が住んでいる経緯が分からない。かといって彼らは威張りもせず謙虚で礼儀正しい。本当の金持ちとはこのような人たちなのだろう。
実際に生活していたとしても自分が住む街の不思議についてよく分からないということはある。
さらにとある日のこと、私はとある不動産屋を訪れ、以前から気になっていた質問を投げかけてみた。
「新町の海沿いの高級住宅地って、どれくらいの収入がある人たちが住んでいるんですか?」と。
割とストレートな質問だが、不動産屋の社員としてはストレートに返答しづらい内容だ。なぜなら、不動産屋としては顧客の年収をきちんと尋ねて把握しているけれど、その情報を教えるわけにもいかない。
確かに私の質問があまり適切ではなかったな。ということで、質問を変えることにした。
「新町の海沿いに住もうかと思っているのですが、どれくらいの年収があれば不自由なく生活できますか?」と。
この質問ならば、不動産屋の店員としても答えやすい。しかし、その店員の答えは驚くべき内容だった。
「うーん...物件にもよりますが...世帯年収で2000万円くらいないと、生活がカツカツになると思いますよ。他に資産があれば別ですが」
年収2000万円。
大衆居酒屋で気の良いマスターがお釣りを渡してくれる時の冗談ではない。
世間一般では年収1000万円で高所得というイメージだが、その倍の年収がないと生活が厳しくなるらしい。
新町の海沿いの物件に限らず、都内のタワマンも同じような感じかもしれない。
例えば夫だけで2000万円の年収を稼ぐとするならば、医師や弁護士でも稼ぎが良いランクの人たち、中小規模の会社経営者、あるいは大手外資系企業の社員とか...この不景気でも色々とあるのだな。
だとすれば、新町のシンボルロードで異様なまでに多くの高級車が走っている理由が分かる。
しかも、この町の人たちはマウンティングが大好きだったりもする。特に海沿いはどうしてそこまで張り合うのかという空気がある。
そういえば、市内に大手商社の独身寮がある。知人がいるのでリアルに聞いたが、この会社の管理職クラスがそれくらいの年収だな。独身寮にいる若手でさえ高級車に乗っている。
もしくは、浦安市内には運良く金持ちの家系の女性と結婚して、義実家から住宅費を工面してもらったというラッキーな父親たちが珍しくない。義実家の近くに住むという条件に対する配慮なのだろう。この場合には年収は関係ない。
義実家から住宅費を補助してもらったというラッキーな父親の話を聞く度に、結婚はギャンブルだと実感する。
妻の実家がある浦安に引っ越したにも関わらず、義実家から私への補助は引っ越し当日の焼肉弁当だけだった。凄まじい格差だ。
しかしながら、ここで疑問が生じる。例えば日の出地区の南部に限ってみると、ほぼすべての世帯が年収2000万円もあるのだろうか。夫婦共働きであっても2000万円のラインは厳しいように思える。
そこで、私は不動産屋の店員に尋ねてみた。
「なるほど...ということは、浦安の新町の海沿いに住んでいる人たちは、どのお宅も年収2000万円を超えているんですね?」
その店員は、「超えていなくても物件の購入は可能ですが、カツカツになると思いますよ」と答えた。論点ずらしではあるが、言いたいことはよく分かった。
市内の不動産屋としては、たとえ世帯年収が1000万円とか1500万円であったとしてもローンの審査に通れば物件を売ることだろう。
頭金をどれだけ支払うかにもよるだろうし、売った後のことなんて入居者が考えることだ。その人たちの生活がカツカツになってローンを払うことができなくなれば、不動産屋が中古物件として販売することができる。
しかし、彼らとしては分かっているはずなんだ。収入によっては生活がカツカツになり、高級住宅に住んでいても格安スーパーに通ったり、家族との外食がフードコートや回転寿司になったり、ユニクロやイオンのセール品の下着を履くことになるということを。
とはいえ、周りの住民が高級自動車に乗っていたならば、自分の世帯もそれなりにということで、ベンツやレクサスに乗ってしまったりもするのかもしれないな。
そして、世帯によっては子供たちを私立学校に通わせる余裕がなくて、公立中学から公立高校というルートになるというわけか。
新町では夫婦共働きの世帯がとても多い。共働きでないと生活スタイルを維持することが難しく、むしろ共働きを前提としてローンを組んでいる世帯が多いのだろうか。
人の生き方は人それぞれで、どこに経済の力点を置くのかは家庭にもよる。
海沿いの高級戸建てだとか高級マンションといっても、都心から離れた千葉県内の街では同じ間取りが半額未満になっていたりもするわけだ。違うのは街の立地とステータス。建物自体は変わらない。
都心からのアクセスが楽だと思っている人たち、もしくはコンクリートで護岸を埋められた不格好な海沿いであっても素晴らしいと感じる人たちにとっては、それくらいの金を払ってでも住みたい環境なのだろう。新町は。
人工的に植えたヤシの木なんて、私にとっては奇妙なだけで何の素晴らしさも感じないが。
とはいえ、リサーチ会社が調べた日の出地区の子育て世代の平均的な世帯年収と、実際の不動産屋がカツカツにならないレベルとして紹介した世帯年収との間でかなりの開きがある。
前者が1200万円程度、後者が2000万円程度。その差額はとても大きいように感じる。手取りと額面の差という意味だろうか。
また、前者のリサーチデータは平均値として試算されている。自分なりの肌感覚としては、1600万円から1800万円くらいの世帯年収がボリュームゾーンになっている気がする。しかも、データの分布が中央値付近にパックされていて、資産家の配偶者と結婚した世帯だけが外れ値になっているように思える。
この町でマウンティングが生じやすいのは、一部を除いて同じような経済力の世帯が集まっているからだろう。多様性に乏しいので、家や車、職業、さらには学歴といった単純な価値観で張り合うというわけだ。勝手な推測だが。
また、千葉県内の他の自治体と比較して浦安市が怪物級の財政力を有している背景には、勤労世代の平均年収をはるかに上回る市民からの住民税という存在がある。
せっかく納めた税金を人によっては無駄と感じるハコモノに使ってしまうのだから、この街の行政には失望する。
住民税はともかく、世帯の収入が多くても生活のレベルを上げると出ていく金も増える。
なるほど、新町の海沿いに小洒落たレストランやショップがオープンしたところであまり繁盛しない理由が何となく分かった気がする。かなりの割合でカツカツになってしまっている世帯があるような気がしてならない。
夫も妻もそれぞれ年収1本というパワーカップルがどれくらい生活しているのだろう。夫だけの年収で数千万円という馬力のある父親も珍しくないのだが、日本全体の人口比や確率論を考えた場合、浦安の新町にそれだけの人たちが集まるのだろうか。
そういえば、大手企業に勤めて新町の高級分譲マンションに住み、子供たちを私立学校に通わせている50代の父親と一緒にサイクリングに出かけたことがある。
彼が携行していたスペアチューブはすでに穴が開いたものに修繕がなされていて、それだけでもカツカツなことがよく分かった。推定される小遣いは昼食費と酒代を込みで月3万円くらいだろうか。
新町の経済事情については、この街で生活するだけでストレスで心拍数が上がって目眩がするような私ではなくて、この街での生活が素晴らしいと絶賛している浦安の大ファンの方が詳しいはずだな。現時点で彼に2000万円の年収があるようには思えないが。
自宅に戻り、ベンツに乗って理髪店にやってきた父親の話を妻に紹介したところ、中学受験というオチにたどり着く前に妻がキレた。
どうやら、夫である私が卑屈になっていると思ったらしい。卑屈なのは今に始まったことではない。
「ベンツでもボルボでも、今から行って好きな車を買ってきなさいよ!」と妻が怒った。
確かに新車を買うくらいの余裕はあるが、金を出すのは私だ。名馬が必要になった山内一豊に対して、その妻である千代が内助の功で助けようとした話とは違う。
千代には実家から託された資産があったが、私の場合にはセコい義実家から引越し当日の焼肉弁当だけが託された。焼肉弁当ではベンツもボルボも買えない。
そもそも平日の私は職場と自宅の往復だけだ。そして、休日はミニベロに乗って移動している。
ベンツを手に入れたところで、新浦安駅前のイオンで買物をするくらいの用途しかない。軽自動車でさえオーバースペックだ。
相変わらずキレるポイントが分からない妻だが、彼女の頭の中ではベンツと自転車が同じラインに並んでいるらしい。
子供たちを私立の中高一貫校に通わせた後で大学から大学院まで進学することになると、高級住宅だとか高級自動車だとか、そういったことを言っている場合ではない。どこに金をかけるのかは人ぞれぞれだ。