積立投資と蜘蛛の糸
そして、趣味に投じていた金だけでなく、自分が稼いだ金の使途に興味を持ってしまった結果、節倹や節税、そして少額投資を「ゲーム」として楽しむことができないかと思うようになった。経緯はこの録に記した。早い話、私は生きること自体に飽きてしまっていて、ルーティン化されない何かを求めているのだろう。
職業人生をリタイアしたらすぐに世を去ろうかと思ったが、趣味がサイクリングだということを深く考えていなかった。サイクリングはダイエットだけでなく循環器系の強化にも役立つわけで、趣味を楽しむと同時に寿命を延ばしてしまっていることに気付いた。
通勤電車に乗れば分かることだが、五十路近くの同世代と思しき中年男性の多くはタヌキの置物のように腹が出て、カロリー過多と運動不足の帰結が客観的に見て取れる。おそらく血液がドロドロになり、血管にも負荷がかかっていることだろう。
しかし、そのような状態を無碍に批判することはできない。中年のオッサンになると脂が旨い。ラーメンや揚げ物を食べると幸福感がやってきたりもするし、長時間の通勤が続く生活のどこに運動のための時間があるのかという話だ。
それによってメタボになり寿命が確実に減ったところで、「だってしょうがないじゃない」という諦念の境地に至る。
そのようなオッサンの宿命に抗うつもりがあるわけでもなく、ただ自転車に乗ることが心地よいという点だけで今の趣味が成り立ち、浦安住まいのストレスで心身ともに疲弊しているものの、すぐには死ねなさそうな状態になってしまっている。
すでに自分は十分に生きたという実感があり、これから何か面白いことがあるのだろうかと疑問に思ったりもする。同世代のオッサンの中にはキャバクラやガールズバーに飽き足らず、不倫やパパ活に勤しんだりと様々な刺激を求める人がいるようだ。
そのような快楽に身をゆだねることも人の自由ではあるが、ただでさえ重く険しい家庭生活をさらに複雑化させることは億劫に感じる。
趣味の自転車に乗っている分には家庭が荒れることはなく、接触の対象が女性なのかサドルなのかという違いだけで随分と父親像が違うものだなと感心したりもする。後者の場合には、結果としてスポーツを趣味とする真面目なオッサンになってしまうわけだ。
さて、日常の出費を分析して節倹に励むという取り組みは、入ってきた金の用途をどれくらいミニマルにするのかという話になる。他方、節税や少額投資の場合には意味合いが変わってくる。入ってくる金が同じであっても、税金として支払う金を減らしたり、金をファンドに預けて増やすというスタイルになる。
節税という点では「個人型確定拠出年金」の存在は大きい。これは「iDeCo」とか「イデコ」と呼ばれる制度で、掛金が全額所得控除される。
それによって課税所得が減り、当年分の所得税と翌年分の住民税が軽減される。
日本のように極端な累進課税がある国では、年収が一本を超えると所得税と住民税でゴッソリと金が引かれてしまう。頑張って金を稼いでもお上に取られてしまうのだから、「世界で最も成功した社会主義国家」というアイロニーはあながち見当違いではないかもしれない。
加えて、自分が住む浦安市のように、市民のニーズとかけ離れたハコモノを作って赤字を増やすような自治体に対しては、自分が納める住民税を減らしたいという気持ちもある。
ハコモノによって儲けたり得をする人たちが確実にいるわけで、湿った風が吹く漁師町の力学を考えると気持ちが悪くなってしまう。この街の政治や行政は、実際の財政難が押し寄せても自分たちの無能さを理解しえないことだろう。
iDeCoで投資信託(ファンド)を運用すると、それらの銘柄におけるリターンに関係なく、所得控除によって所得税や住民税が減額される。
年間で考えれば大したことがないと思っていたが、たとえ毎月の掛金が1~2万円といった少額であっても、年収1000万円であれば年間あたり5万円程度を節税することができたりする。当然だが20年というスパンであれば100万円を超えうる節税になる。
年収が中央値付近であればイデコによる節税の効果は小さく感じるかもしれないが、高額な累進課税に苦しんでいる場合には節税の意味がある。
また、掛金の規模が小さいので大きな運用益は望めないが、ファンドによってはリターンが得られる。当然だが、株価が大暴落すれば元本を割るリスクもある。
そのようなリスクを回避するように資産を分散させるバランス型のファンドもある。
株式100%のインデックスファンドで積極的にリターンを狙い、リタイアが近づいてきたところでローリスクのファンドに切り替えて持久戦に入るというスタイルもある。まさに自分の人生をかけたゲームだな。
iDeCoと並ぶ投資術としては、少額投資非課税制度(NISA)がある。iDeCoの場合には原則として60歳になるまで引き出すことができないが、NISAの場合には資産をいつでも引き出すことが出来る。
通常、金融商品から得られた利益には約20%の税率で税金が課されるが、NISAの場合には非課税になる。また、NISAには一般NISAと積立NISAの二種類がある。前者は非課税期間が5年間に限定されており、後者はそれが20年間という長いスパンにわたっている。
iDeCoの場合もNISAの場合も、要は金融機関で投資信託(ファンド)の銘柄を指定することに相違はない。金融機関としては銀行もしくは証券会社が該当する。
そして、現状はどうなっているのかというと、iDeCoよりもNISAが盛り上がっているようだ。
それなりの所得がある中年にとっては、個人年金の控除のレベルを遙かに凌駕する節税効果に加えてファンドの運用によるリターンがあるiDeCoも魅力的に映るはずだが、NISAの方がリアルな株式投資に近いだけに20代や30代といった若い人たちの関心を集めるらしい。
昨今では米国S&P500に連動するインデックスファンドが人気で、その運用益の高さから多くの人たちが資産を投じている。
だがしかし、今月に入ってコロナショックを上回る株価の暴落が生じ、長期投資の意味を理解しているように思えない素人投資家たちが激しく動揺している。
当時は忙しすぎて傍観していたが、コロナショックによって株価が暴落した時期を境に株価が急激な成長を示した。とりわけ、米国は戦時対応に匹敵する大規模な財政政策を発動したので株価が大幅に上昇した。
その勢いに乗ってNISAで米国を対象としたファンドに投資する人たちが儲かるという図式になっていた。投資について専門的な知識がなくても、ランキング上位の定番の銘柄を買うだけ。難しい話でもない。
しかし、コロナ禍を契機とした株価の上昇は一時的なものだ。その後で株価が下落することは自然なことで、しかもロシアが戦争を起こして社会情勢が不安定になっている。案の定、株価が歴史的な下落を見せている。
アフィリエイトブログで小金を稼ぐことができるという噂が広まった途端に金太郎飴のようなコタツ記事がネット上を埋め尽くし、ブログはオワコンだ次はYouTubeだという噂が広まった途端に芸能人を含めてユーチューバーが無限増殖し、仮想通貨だ米国株だと、まあとにかく目先の金に目がくらむ人が多い。
そもそも儲け話が広がった時点で、すでに終わりが始まっている。本当に儲かっている人たちが他者にタイミングよく儲け話を教えるはずがないだろう。
節税効果のあるiDeCoはともかく、積立NISAで短期間の運用益を得ようとすること自体が本質とかけ離れている。それなのに、短期間で儲けようとする人が多いことに驚く。
S&P500ファンドの一本足打法で資産が増えるという話を聞きつけた人たちの中には、価格が天井に達したところで積立NISAに資金を投じ、その後の株価暴落で運用益が消し飛んだ人が少なくないそうだ。
そして、「噂ほど儲からないじゃないか」と、積立NISAを始めてからすぐに解約してしまう人が本当にいるらしい。たぶん、そのような人たちは収入が少ないはずだし、そもそもの収入が少ない理由も分かる。
疫病に端を発した社会の混乱によって生まれた儲け話を聞きつけ、自分こそはと金に群がる人々のさもしさを実感したりもする。そのような人たちは目の前にぶら下がっている蜘蛛の糸を貪欲に掴もうとするのだろう。
では、私にとっての積立NISAはどのような位置付けなのかというと、努力して金を儲けたいというツールではない。余剰金で楽しむだけのゲームだ。
積立NISAで年間40万円を出資したとして、20年間で800万円。それが凄まじい勢いで2倍に増えたところで1600万円。それによって夢のような老後が待っているわけでもない。
当然だが、全く増えずにそのままだったとすれば800万円。元本割れした場合にはそれまでの話。
そもそも、趣味に金をかけてきた自分にとって、元本割れを恐れることもない。なにせ趣味の場合には元本割れどころか元本が残らない。年間40万円を自転車の趣味に使ったとして、20年後に残るのはフリーマーケットで二束三文になる中古品。遺族にとってはゴミ同然の品物だ。
自転車の場合には心身の健康維持に投資していると思えば納得するけれど、オンラインゲームで課金してガチャを回すことに比べれば、少額投資の方がずっと有意義だな。
さらに、いくらハイリスクなファンドであっても、「子育て」ほどのリスクがある銘柄はない。多くの金を費やしても期待するリターンが得られないことばかりだ。
コツコツとファンドの運用益を積み重ねて100万円を得たとする。そのためには時間と苦労を伴う。しかし、中学受験の塾通いだけでも1年で100万円近い金が吹き飛ぶ。だからといって志望校に合格できるとは限らない。
その後も自分の子供が大学受験に失敗して浪人したり、国公立大学に不合格になって私立大学に進むという展開になれば、投資で得る程度の金は一瞬にして消し去る。
大昔の日本のように、子供を育てて独立させれば自分が老いた時に面倒を見てくれるというご時世でもない。子供に投資した金が戻ってくるはずもないし、子育てにおいても老後においても社会制度に基づく経済的な支援は足りない。
ここまでハイリスク・ローリターンなファンドがあったなら、誰も手を付けないことだろう。この国の少子化が進む理由がよく分かる。
その法則は結婚についても言える。結婚という制度ほどリターンが不透明でハイリスクな銘柄はない。交際時や新婚時代に幸せというインデックスが高値だったとしても、いつ大暴落するか分からない。リーマンショックなんてさざ波に感じるくらい、仮想通貨の暴落に匹敵する下げ幅で、損切りやスイッチングも容易くない。
もとい、私にとって金とは額に汗して稼いでなんぼという考え方を変えるつもりはない。楽をして稼ごうという人たちに限って目先の欲や儲け話に乗っかり、結果として金を失ったりもする。
S&P500ファンドの見通しで一喜一憂している人たちの姿は人間のサガを映し出しているように感じるし、株価暴落に伴う阿鼻叫喚は自業自得だ。
他方、株価が下がるということは、すなわち低価格で株を購入することができるという意味がある。これから少額投資を始める私としては、コロナ禍の株価上昇から下落に転じた現在の方がタイミングとして望ましい。
さらに株価が下がったところでファンドに出資しても構わないのだが、生きることに飽きないためにそろそろ手を出そうかなと思う。
自分のポートフォリオにおいてはSNSやYouTubeの個人評論なんて全く気にしない。
発信において責任を伴う情報から投資について学び、自分がこれだと思う内容でアセットを組み、毎月の自動割付で長期に継続することにした。