2022/06/13

つるピカハゲ丸に学ぶ節倹術

ある程度は予想していたことだけれど、今年に入ってからの様々な製品の値上げと急激な円安は凄まじい。感染症のインパクトに加えてロシアが戦争を起こすなんて考えつかなかったし、その影響が全世界に及ぶとは。

それにしても、全世界の人たちがコロナで疲れている時に空気が読めないらしい。適切ではないと思うので私は決して口に出さないけれど、第二次世界大戦を経験した祖父はロシア人に対する蔑称を吐き捨てることがあった。それほどまでに大きな憤りや不信感があったのだろう。


日本は過去のことを忘れやすい国柄ではあるけれど、大戦末期にロシアは日本に対してもウクライナの場合と同じようなことをやった。いくら時間が流れても考え方は変わらないのだろう。

母方の祖父は終戦後にしばらくロシアで捕虜になって強制的に働かされていたそうで、帰国した時にはすでに本人の葬式が終わっていたらしい。結婚式ならばともかく、二度も葬式が行われるのは凄いことだと思った。

今から振り返ると祖父はシベリア抑留の生き残りだったわけだ。1割の人が病気になるのではなく、ほぼ全ての人が疲弊して1割の人が死亡するという過酷な抑留を経験したからなのか、その後の祖父の生活はとても質素だった。

普段着はいつも古びていて、マイカーもボロボロ。吸いかけのタバコを途中で消して、再び火を付けて吸うこともよくあった。食に関して興味がなく、出された料理を黙って食べ、朝から水代わりに大量の酒を飲んでいた。酒については後述する。

いつも酔っ払っていたので、祖父の話し方は呂律が回らず、方言がきつかったこともあって、彼が何を話しているのか私にはよく分からなかった。

祖父は長男ではなかったが、兄が戦死したので先祖から続く広い土地を引き継いだ。

そこに地方での工場用地を探していた企業から声がかかり、土地を売って大きな金を得た。

かくして、祖父は働かなくても土地や金を運用するだけで生活することができるようになり、暇つぶしとして農業を営んでいた。

しかし、彼は途中から派手な生活を始めるわけでもなく、そのままの質素節倹でミニマルな生活を続け、先祖から受け継いだ資産を増やして子孫に残し、そのまま他界した。

趣味らしい趣味もなくと言いたいところだが、彼の趣味は酒だったわけで、存分に趣味を楽しんだとも言える。

祖父が世帯主だった頃の自宅はトタン屋根のボロ屋だったが、足腰が弱った頃に御殿のような家を建て、生前分与として他の資産とともに叔父に相続した。

その御殿のような家の中の日当たりの良い小さな部屋で、祖父は余生を過ごし、静かに世を去ったらしい。

かくして、母方の祖父の遺産は叔父に引き継がれ、母は数十万円の挨拶金だけで相続を放棄することになり、当然だが私には1円も入ってこなかった。長男が全てを引き継ぐという田舎のスタイルだ。

祖父はその他にも土地や金を地域の人たちに貸していたらしく、挨拶代わりに一升瓶の酒をもらうことが多かったらしい。

また、不労所得で生活することができたので時間に余裕があり、地域のまとめ役を引き受けることが多く、ハゲ頭という物理的な特徴を除いても顔が広かった。祖父と散歩に行くと、行く先々で地域の人たちが声をかけてきて疲れた。

また、倹約家の彼のことだから、自分で金を払って酒を買うことは少なかったことだろう。酒の味にこだわることもなかったし、酔っ払えば同じだと。

彼が酒好きだということは地域の人たちもよく知っていて、おそらく管轄の警察官も知っていたはずだ。田舎町に住んでいた彼が、どうやって自動車に乗って警官に捕まらずに移動していたのかという謎は未だに解明できていない。

あまつさえ、祖父の家にはアルコール度数が極めて高い濁った酒が目立たない棚の中に入っていて、帰省した時に実父がそれを飲まされてひっくり返っていた。

まさか、自分でどぶろくを密造して飲んでいたわけではないと思うのだが、米や野菜も自分で作っていた祖父ならばやりかねない。

しかし、祖父は、私を含めた親戚や地域の冠婚葬祭で金を包んで渡すことについてはケチらなかった。むしろ多めに包むことが多かった。また、正装用のスーツは自分用に仕立てた高級品で、時節の贈り物も気を遣っていた。その辺りのメリハリが巧みだったな。

子供の頃の私としては、三十路の頃からハゲていたという祖父の話を聞き、祖父と顔が似ている自分もハゲると絶望していた。

しかし、祖父に対して「この酒浸りのハゲジジイ」と心の中で罵ることなく、ミニマリストや倹約家としての生き方を学び、敬服をもって接するべきだったと後悔している。

さて、様々な食品や製品の価格が一斉に値上げした現在において、我が家の家計が苦しくなったという実感はあまりない。

夕食に牛肉が出る頻度は減ったが、市場価格の高騰を考えると仕方がない。そもそも妻は牛肉の赤身の味が嫌いなのであまり食卓に上らない。牛肉を調理する時には赤身の味が分からなくなるまで様々な調味料で味付けを施す。

妻が好んで食べるのは脂肪の刺しがたくさん入っている牛肉。この嗜好は妻だけでなく義実家も同じだ。赤身と一緒に牛脂をもらってきて食べても同じだと思うのだが、それでは脂の旨さが分からないらしい。脂質は太る原因なのだが、それを妻に説いたところで理解されるはずもなく、本人はどうして太ってきたのだと不思議に思う始末。

さらに、妻や上の子供が海老などの魚介類を嫌って食卓に上がらないことも厳しい。豚肉と鶏肉、あるいはオリジナルの味がなくなったカレー味の魚フライといったレパートリーになってしまう。寿司や刺身なんて一年に数回だ。

普段から食材に偏りがある家庭なので、一斉値上げの影響が分かりづらいな。加えて、経済的に裕福さを実感していないこともあるのだろうか。

我が家は夫婦共働きの「パワーカップル」という部類に該当するそうだ。日本全体で5%未満しかいないという世帯年収があったりもするが、累進課税の酷さは半端なく厳しい。

一斉値上げといってもその商品の定価の5~10%程度だが、所得税や住民税は年収にかかってくるのでゴッソリと引かれてしまう。

浦安市に対しても多額の市民税を納めているはずだが、納めた額に相応するフィードバックがあるように思えない。とりわけ公共施設の建設における浦安市のセンスのなさは驚愕に値するもので、一体どれだけのニーズがあったのかと疑うような箱物が多い。

日の出地区の海沿いには野鳥を観察する施設が建設されたが、実際には閑古鳥どころか市外から大勢で押し寄せて貝漁に励む中国系の人々を観察する機会の方が多い。

無駄なことに税金を使われるくらいならばきちんとした街に寄附した方がいいと、他の自治体にふるさと納税で金を送りまくっていたところ、同じことを考えていた市民が多かったらしい。浦安市は毎年億単位の税収減で大ダメージを被っている。

加えて、妻の希望で子供たちを中学受験によって私立の中高一貫校に進ませることになったので、大きな金が必要になる。さらに、様々な所得制限に引っかかって補助が外される。実質的には豊かだと感じることがない。

子供たちが世帯を構えて孫が私に会いに来た時にはすっかりしょぼくれて、「この酒浸りのハゲジジイ」と心の中で罵られることだろう。

一斉値上げのインパクトをあまり感じないのは、その状況に加えて私の生活様式、とりわけ金の使い方が大きく変わったという背景があるように思える。

昨年末にロードバイクという趣味をやめて小径自転車、いわゆるミニベロに乗り換えてから大きな出費が減った。

ミニベロにおいても完成車で数十万円を超えるような高級車があったりもするが、私が乗っているのは約6万円のブルーノだ。スポーツサイクルというよりもシティサイクルに該当する。

ブルーノのカスタムに金をかけたと言っても、各部品はそれぞれあまりグレードが高くなくて丈夫なものを選んだ。現在、半年がかりのカスタムが完了し、品薄になりそうなスペアパーツなどを取りそろえた。

シマノがサイクル部品をさらに値上げしても、9速系のコンポーネントは元から低価格なので上げ幅が小さい。それでも今後は数千円の注文に対してシビアになることだろう。

ミニベロのカスタムが完了して時間にゆとりが出たので、これから趣味の出費がどれくらい減るのだろうかと知りたくなった。

すると、勢い余って現在の自分の稼ぎがどのような内容に使われているのかを細かく分析し始めた。妻の稼ぎについてはブラックボックスになっているので、私がとやかく言ったことがない。

そういえば、我が家は金に困っているわけではないけれど、定年退職が見えてきたので老後の金について考える必要もある。

定年を機に妻と別居する場合には、妻名義で貯金していた金は全て妻に没収されるはずだ。私は辛うじて蓄えたヘソクリを活用しながら1人で慎ましく生活することになる。

定年後も妻と同居することになると、妻の分の部屋と家庭内で私の代わりに妻と連れ添うペットのパグたちのスペースまで必要になる。

そうなった時に困らないように巨大なヘソクリ適切な老後資金を用意しておいた方がいい。私としては長生きするつもりはないが、死のうと思っても気楽に死ねるわけでもない。

出費についてはオンラインで紐付けて一元化し、その内訳を表計算ソフトで分析してみた。すると、「ふむ...このコストはカットすることができるな...」とか「なるほど...この部分もカットすることができるな...」と、出費において無駄が多いことが分かってきた。

若い頃のように女性の前で見栄を張ることもないので、ゴールドカードは必要はない。ゴールドカードを解約して年会費無料のクレジットカードに切り替えると年間で1万円のコストカットになる。使途によってポイントが傾斜配分されるカードにも入会することにした。

利用頻度が少ないサブスクリプションについては解約。コーヒー1杯でも積もり積もれば大きい。

すると、途中からゲームで遊んでいるかのように楽しくなってきた。「課金ゲーム」ではなく「捻金ゲーム」だな。

そういえば、子供の頃に「つるピカハゲ丸」という漫画が流行って、私もよく読んだ。当時はセコいことに取り組んで何の意味があるのだろうかと笑うことさえなかったが、なるほど、五十路近くのオッサンになって初めてハゲ丸の楽しさが分かった。

彼は貪欲に金を貯めようとして節倹に励んでいたというよりも、節倹をゲームのように楽しんでいたわけだ。

節税や出費の組み換えで年間10万円を浮かせることができれば、10年間で100万円が浮く。年間で10万円を節倹することはあまり難しくない。

そうなると歯止めが利かない。自分が普段購入している日用品をリストアップして、コンビニやスーパー、ドラッグストアに足を運んで価格を比較することにした。

例えば、私がサイクリングに出かけて必ず食べるカロリーメイト。これをコンビニで購入すると200円だが、通勤中のドラッグストアでは150円の値が付いている。Amazonで洗剤を買うよりも、ドラッグストアで購入して自宅に運んだ方がはるかに安い。

とりわけ、飲料についてのコストカットはとても容易だ。普段はコンビニで茶を買っているが、ドラッグストアで2Lのボトルを買い、サーモスの水筒に詰め替えて出勤すれば1日あたり100円程度の節約になる。

また、サイクリングに出かけると自販機のスポーツドリンクを何度も補充することになる。その場合、市川市や白井市内の自販機はコンビニ価格だが、船橋市の北部や鎌ケ谷市には100円均一の自販機があり、1本あたり50円くらいは違う。ボトルの数を増やして飲料を補給する街を見直そう。

月間で1000円のコストを減らすと年間で1万2千円。月間で1万円のコストを減らすと年間で12万円。それを10年間続けると120万円が浮く。

日用品などのコストカットについて取り組み始めると、今度は節税について気になった。年収が一本を超えた頃から累進課税で大変な目に遭っているが、様々な控除を受けられる方法がある。

それらを利用して税金を減らすことを節税と呼んでいるわけだが、今までの私は節税に関心がなかった。1年単位で考えると大きな節税にはならないと思っていたのだが、ここまで年収があると1年単位でもかなりの控除があったりもする。リタイアまでを考えるとその金額は大きい。

そういえば、少額投資非課税制度というものがあったな。このシステムであれば資産の運用益に対して課税されない。銀行に預金していても利息なんて微々たるものだ。せっかくなので老後のヘソクリのために安定した資産運用に取り組むことにした。

幸いにも私の知人には頭の良い人たちがたくさんいる。彼らから節税や投資について教わることにした。

そう考えると、10年以上も続けてきたロードバイクという趣味は節倹という意味で真反対に位置していたわけだな。

かといって、とても厳しい共働きの子育ての中で心身を完全に崩壊させずに耐えることができたのは趣味のお陰なので、特に反省する必要はないことだろう。

節倹や少額投資で金が貯まったところで、子供たちが大学受験に失敗して浪人し、私立大学に進めば一瞬で使い果たされるかもしれない。

それを責任や重荷だと思うから辛く感じるわけで、節倹や投資はミニマルに生きるためのゲームだという認識で楽しめばよいわけだな。経済的に困っていない状態だからこその話かもしれないが、これから困る可能性もある。準備しておこう。

今気付いたのだが、理髪店に通う費用も長い期間で考えると大変な金額になる。

そういえば、世の中では薄毛とスキンヘッドを組み合わせた髪型になっているオッサンを見かける。彼らとしてはスキンヘッドでチョイワル系のオヤジを目指しているのかもしれないが、私には出家した僧侶が普段着で出歩いているように感じる。

しかし、彼らに学ぶところもある。スキンヘッドの場合には毎月の理髪代が無料に近い。カミソリやバリカンを使ってセルフカットが可能だ。彼らは節倹もかねてスキンヘッドになっているのかもしれない。年間5万円の理髪代がなくなれば、10年で50万円のコストカットだな。

残念ながら私の髪はフサフサなのでハゲる気配がない。けれど、ハゲる時が来ても悲しまない気構えができた。老人になったらバリカンでセルフカットに挑戦してみよう。サイクルヘルメットの下は坊主頭の方が快適かもしれない。走り終えた後のシャワーも楽だ。