中学受験の見学説明会は可能な限り参加すべし
上の子供が私立中学に入学して一息つく間もなく、今度は下の子供の中学受験の準備が始まった。未就学児、もしくは低学年の小学生を育てている父親たちにおいて、中学受験というステージはずっと遠くに感じるかもしれない。私も以前はそう感じていた。しかし、小学3年生に進級した段階で、実質的には中学受験が始まっている。
子供に中学入試を受けさせるかどうかを検討するのは小学3年生までの期間だと思う。4年生になると進学塾の見学と選定が始まり、とりわけ大手の塾の場合には先取り講座のような形で子供たちが基礎学力を養い始める。
5年生に上がる直前の4年生の二月が本格的な受験シーズンの始まりになる。本番まであと2年しかない。その段階で進学塾に入塾すると、もっと早い段階から通塾していた子供たちと合流する形になる。
4年生の前半から塾に通っていた子供たちの方が有利ではあるけれど、その貯金はすぐになくなる。家庭学習で力をつけていたり、短期間で一気に学力を上げてきたり、とんでもなく優れた地頭を持った子供たちが4年生の二月から合流してくるので、早い時期から通塾していたとしても成績別のクラスのランクが落ちたり、偏差値自体も下がることがある。
6年生に入ると受験まで1年もないわけで、6年生になる前までには子供が受験する中学を一通り見学し、それぞれの学校の方針や環境などをチェックしておく必要がある。週末に見学説明会に参加するとしても、首都圏は学校が多い。
つまり、4年生や5年生の段階で保護者と子供が学校の説明会に参加しないと時間切れになるというわけだ。本命の学校だけでなく、考えうる限りの学校の説明会を受けていないと受験本番で苦しむことになる。その理由については後述する。
公立中学に進む同級生たちがのんびりしている状態で小学生の思考を受験モードに切り替えていくことはとても難しい。しかも、下の子供は妻に似て我が強く癇癪持ちだ。
中学受験は親の受験と呼ばれる理由のひとつでもあるのだが、偏差値だとか成績順のクラス分けだとか、そういった物差しで子供にモチベーションを出させようとしても人によって効果が薄い。何事にも負けず嫌いで競争心旺盛な子供なら話は別だが、「どうして受験するのか」という理由を子供たちが理解する必要がある。
かといって、中高一貫の場合には高校入試がないのでカリキュラムを速く進ませることができると小学生に説明したところで納得するはずもない。
そこで、様々な私立中学校の見学に出かけ、受験に合格して入学した場合の状況を子供に疑似体験させることが大切になるというわけだ。
上の子供の中学受験においても、妻は子供を連れて毎週のようにどこかの中学の見学説明会に出かけていた。私は公立中学の出身なので、受験しないかもしれない学校まで見てまわることに何の意味があるのかと、その当時は疑問に思った。
しかしながら、いざ6年生の一月からの受験本番に入った時、見学説明会に参加することの意味を痛感した。
中学受験は一発勝負なので、やり直しが利かない。千葉県や埼玉県における一月と都内における二月という2ヶ月にも充たない短い期間で全てが決まる。しかも、受験するのはメンタルや体調に波がある子供たちだ。
上の子供の場合には、一月の初戦で第四志望程度の中学を受験し、そこでつまづいて大きく調子を崩した。模擬試験の偏差値としては妥当な合格ラインだったはずだが、全く経験したことがない緊張感に飲み込まれたらしい。
すでに狂気が発動していた妻も激しく動揺し、家庭の中は大変な状態になった。大手の進学塾は蓄積したノウハウと綿密な戦略によってきめ細やかにサポートしてくれると私は期待していたのだが、受験本番が始まるとそれぞれの世帯がスタンドアロンで戦わざるをえなくなる。
もちろん、質問があれば塾講師からアドバイスをもらえるのだが、状況に応じて受験日程を組み替える必要が出てくる。プランの変更からオンラインでの願書の提出までの日数は短く、受験の数日前どころか前日に願書を出したりもする。
例えば、真っ先に第二志望校に合格してベースキャンプを整え、その後で第一志望校や記念受験に挑戦するという恵まれたパターンであれば焦る必要もない。
しかし、前哨戦として受験した第三志望校に不合格になり、そのまま落ち込んで第二志望校にも不合格になると、もはや第一志望校に挑戦する余裕はなくなり、第四志望校を確保することになる。その滑り止めは第五志望校になる。
無謀な受験プランを立てた結果として不合格が続くのではなくて、模擬試験などの偏差値に基づいて入試を受けたとしても、想定外の不調が生じうる。それが中学受験だ。
オンラインの発表で不合格になった翌日や当日に別の学校の入試を受験したり、1日で複数の学校の入試を受験するなんて、大人であってもメンタルを維持することが困難な話だ。しかし、まるで戦闘機が空母にタッチダウンで着艦して再び出撃し、ドッグファイトを繰り返すような激しい消耗戦になる。
最も深刻な状況のひとつは何かというと、受験プランの変更によって訪問したこともない中学校の入試を受けること。例えば、第二志望校から第四志望校まで不合格になり、第一志望校の受験を回避して第五志望校に照準を変更したとする。第五志望校の滑り止めとして第六志望校、あるいはさらにその下の偏差値帯の学校の入試を受ける場合、もはや子供も親も頭の中でイメージが付いていなかったりもする。
塾の講師に相談することも難しいくらいの切羽詰まった状況なので、子供だけでなく親も動揺して混乱する。このままどこにも合格しないのではないかという負の思考が襲いかかってくる。
模擬試験の偏差値では不合格になるはずがないにも関わらず全落ちするケース、もしくは望んでいない学校に合格した後で公立中学に進むケースにおいては、このようなパニックもしくは精神的なクライシスが関係しているように思える。
上の子供の時には、初戦と第二戦で不合格になって調子を落とし、子供だけでなく親にも「全落ち」の恐怖がやってきた。
早くも絶望して落ち込んでいる上の子供と、狂ったように大声でペップトークを繰り返し奮い立たせようとする妻。このままでは全落ちすると思った。
そこで、実際に受験するかどうか決めていなかった低い偏差値帯の中学の入試を受けて合格経験を積み、調子を立て直すことにした。志望順位としては第七あるいは第八くらいのオプションだったと思う。
(それが定石だということを受験が終わってから私は知ったのだが) うちの妻は上の子供を連れて様々な学校の見学説明会を受けていたので、その学校を実際に訪れて校舎や校風を知っていた。この経験はとても大きかった。
その学校の受験には私が立ち会ったのだが、私立中学の入試偏差値は必ずしもその学校の良し悪しには関係ないような気がした。入学する子供たちの学力は異なるかもしれないけれど、先生や生徒の雰囲気、校舎の充実度、教育方針や校則、制服など、それら多くの要素によって学校の良さを「子供自身が」感じることになる。
受験が終わると、大勢の子供たちが校舎から出てくる。泣きそうな表情で周りを見ていない子供がいたし、親に手を振っている子供もいた。余裕で子供たちを待っている親もいたし、祈るかのように自分の両手を握っている親もいた。
当然ながらこの学校を第一志望校として受験した子供たちもいたはずで、様々な感情が交錯していたことだろう。
私はその学校のことをとても気に入ってしまい、オンラインで合格が分かった時点で、「もう、ここでいいんじゃないか?」と上の子供や妻に話し、かなり乗り気で入学手続きに入った。上の子供や妻からは「まだ勝負が終わっていないだろ」とドン引きされたが、都内と比べて学費も高くないし、いいじゃないかと。
結局は入学しなかったので、その学校に分割払で納めた入学金は返ってこなかった。上の子供の調子を取り戻す上でのターニングポイントになったのでお礼だと考えればいい。
そこから第三志望校と第二志望校の入試を連続で突破し、最後に第一志望校の合格を掴み取ったシーンは、まるで映画を観ているかのようだった。
しかしながら、今になって振り返ってみると、妻が上の子供を連れてその学校の見学説明会に参加していなかったとしたら、状況がどうなっていたのか分からない。
入試の偏差値に限らず、「この学校であれば通ってもいいかな」という学校をあらかじめ選んでいてくれたからこそ、本戦で調子を崩した子供のメンタルを回復することができた。
想定外の不調で合格圏内の学校を取り逃がし、入試の偏差値がより低い学校を受験する時には、もちろんだが子供にも動揺や劣等感が生まれる。その学校を訪れたこともない場合には、合格した後のビジョンが全く見えない状態で選考を受けることになる。
極めて短期間で多数の入試を受験するので過去問をチェックする時間さえ十分ではない。つまり、モチベーションだけでなく学力としても不利だ。しかも、その滑り止めに不合格になると状況はさらに悪化する。
妻や子供としては、とりあえず訪れてみた程度だったかもしれないが、その半日がずっと後で結果を大きく左右した。
小学4~5年生の段階において妻と子供が様々な中学の見学説明会に参加し、「ああ、この学校は素敵だね」とか、「この学校は絶対に無理」という感想を伝え合っている光景は現実味が薄いのだが、いざ6年生になって受験本番がやってくると、それらの経験がとても大きな存在になる。
ということで、上の子供の中学入試が終わってのんびりする余裕もなく、今度は下の子供の中学受験だ。
父親の私から見ると、下の子供としては頭の中が受験モードに移行しているとは到底思えない。予定調和で妻が甲高い大声を上げて下の子供を叱っている。
「進学塾に通うだけでも大変な金がかかるのに、授業を聞かずに宿題もやらないとはどういうことだ!学校から帰ってから何をやっていた!? そんなに嫌なら、やめちまえ!!」というよくある母親の狂気だ。
このステージを超過すると、家の中で学習教材が床や壁に叩き付けられたりもする。
「二月の勝者」という漫画では、子供に対してキレた母親が塾のテキストを両手で掴んで腕力だけで真っ二つに切り裂くというシーンがあったりもするが、あのシーンは誇張ではなくて全国のどこでも生じている風物詩だと思う。
上の子供の場合は6年生になっても本気にならず妻が激しく怒っていた。そして、受験の直前になって競輪の中野浩一選手のようなゴールスプリントの「捲り」を見せて、ジャイアントキリングで第一志望校に合格してしまった。
父親としては見ていて楽しかったが、上の子供の軌跡は下の子供にとって悪い見本になっている。「なんだ、この程度の努力で合格するのか」と、下の子供が勘違いしているように思えてならない。
上の子供が初戦で散った時に「もう駄目だ、全落ちだ」と部屋に引きこもって泣き叫び、妻が狂って大声を上げ続けていた姿を動画で撮影しておけば良かったな。当時、「明日は我が身だ」と私は下の子供を諭したのだが、忘れてしまったらしい。
下の子供が学校の見学説明会に参加することで入学後のイメージを持ち、できるだけ真面目に勉強してくれることを祈る。