2022/05/03

江戸川の河川敷でミニベロのポジション出し

ゴールデンウィークの前半は自室で倒れ込んでいたが、少しずつ回復してきたのでサイクリングに出かけることにした。往復3時間の電車通勤と混み合った嫌な街での生活が私の心身を削り取っているだけの話なので、それらのストレッサーから離れれば疲れは減る。

辛い辛いと言っていても人生の残り時間は着実に減っている。ならば少しでも楽しいと感じる時間を過ごしてみよう。仕事と趣味はどちらも大切だが、仕事には定年があり、趣味には定年がない。私のサイクルライフはロードバイクからミニベロに移行し、これはこれで深遠な世界に足を踏み入れているという実感がある。


40歳を過ぎた中年男性のサイクリストたちは、騙されたと思ってスポーツタイプの小径車を手に入れてみてほしい。ロードバイクという趣味をやめろと言っているわけではないし、必ずしも高額なミニベロを買えと言っているわけでもない。

ミニベロがある生活は、毎日を少しだけ豊かにする。生きることなんて死ぬまでの暇つぶしだと言う人がいるが、どうせ暇をつぶすのならば楽しく過ごしたい。

とりわけ、中年親父の人生は短いようでとても長い。職業人として生き、結婚したり子供を育てたり。安定した生活を求めた先には地平線まで続く錆び付いたレールが敷かれていた。ただひたすら昨日と同じような今日、今日と同じような明日を過ごす。そして、去年と同じような今年、今年と同じような来年を過ごす。生きることに飽きることもある、

ロードバイクという趣味を10年程度続けていて感じた違和感は、五十路が近くなるにつれて大きくなっていった。ペダルはビンディングであるべきだ、レーシングパンツを履くべきだ、ドロップハンドルを使うべきだ、ケイデンスや心拍やパワーを計測するべきだ...と不文律が多い。

子供が生まれると容易に人生のレールを踏み外すわけにもいかない。妻との関係も冷めて同居人になり、職場でも定年までの過程を想像することができる。趣味の世界でさえゴチャゴチャと喧しい決まりごとを守る必要はなく、その時間は自由に生きたい。

中高年のロードバイク乗りの中には、明らかに熱意が冷めてカメラや旅行、ジョギングといった他の趣味に移行する人もいるし、ミニベロに移行する人がいたりもする。

ミニベロを楽しむオッサンたちの多くはブロンプトンやダホン、タイレルといったフォールディングバイクを好むことが多い。駅で気楽に自転車を畳んで輪行で好きな場所に行き、まだ見ぬ土地でサイクリングや料理を楽しむ。とても素晴らしい趣味だと思う。

私の場合には駅や電車といった場所が苦手なので輪行を好まない。そのため、ミニベロを折り畳む必要がない。しかし、小径車特有の小回りの良さや、車道と歩道を問わない気楽なライディングはとても楽しい。ロードバイクに乗っている頃からミニベロが気になって仕方がなかったのだけれど、やはり新しい扉がそこにあった。

ロードバイクに乗っていた時には、車道を走ってひたすらペダルを回すことが多かった。年甲斐もなく脚力を鍛え、他者と一緒に高速で走ったり、時にサイクルイベントに出場して競争に加わることに何の意味があるのか。

人が他者を意識して競争心を持つことは本能のようなものだ。学歴レースや職歴レースは実生活に直結する。しかし、趣味の世界での競争に意味があるのか。あるとすれば自己満足だ。まあ、それも趣味なのだろう。

では、レースを志向せずにロードバイクに乗る場合にはどうなのか。このような趣味が楽しいのかというと、歳を重ねるごとに楽しくなくなった。まだ見ぬ場所やまだ知りえない経験を味わう上で、競技を想定して設計されたロードバイクはあまりに使いにくい。速く遠くに走ることができる自転車は、走ることの楽しみさえ減らしているのかもしれない。

とはいえ、ロードバイクよりもミニベロの方がセッティングが楽なのかというと、むしろ逆だった。ロードバイクの場合には、ポジション出しにしても走り方にしてもある程度の標準が存在していて、それらを守れば大してトラブルや違和感もなく走ることができる。

他方、ミニベロの場合には車種の特徴や癖があまりに大きいので、ロードバイクに乗っていた時の「常識」が通用しないことがある。

例えば、ロードバイクの場合、ハンドルまでの距離が短く感じた時にはステムを延ばす。それは普通のことだ。

しかし、ミニベロの場合にはステムを延ばすのではなくて、サドルをセットバックさせることでハンドルまでの距離を調整することがよくある。この調整には、ステムの延長による重心の変化を避けるためという理由がある。折り畳み自転車の場合にはステムというパーツそのものが存在していないことがあり、ポジション出しではサドルの調整が主体になる。

沼といえば沼なのだが、この沼を泳いでいる気持ちがとても面白い。

今年に入って、税込6万円のミニベロを買って、フレームとフロントフォークだけを残して改造するという楽しみを続けてきた。私なりの解釈としては、これはプラモデルという趣味に似ている。プラモデルの場合には完成したら飾るだけだが、ミニベロのカスタムの場合には乗って楽しむことができる。

折り畳み式のミニベロの場合には汎用パーツを使うことが難しいことが多い。折り畳み式ではないミニベロの場合には様々なスポーツ自転車用のパーツを使用することができる。

しかも、デュラやアルテといったコンポに慣れているロードバイク乗りから見ると、クロスバイクにも使用されるパーツ群は低価格で気楽に使うことができる。

多少やりすぎた感があるものの、それらをまとめた録は「ブルーノ スキッパー カスタム」というキーワード検索で上位に表示されるようになった。そのうち、「ブルーノ カスタム」でもヒットしてくることだろう。何とも気恥ずかしい。

細かすぎて伝わらないミニベロカスタム BRUNO SKIPPER

しかしながら、カスタム自体はほぼ完了したものの、実際にサイクリングを楽しむ上でのフィッティングは全く完了していない。そもそも、このブルーノ・スキッパーという車種は短距離の通勤や買物程度の街乗りに使う自転車だ。

その自転車をスポーツ自転車として使用するために様々なカスタムを加えてみたわけだが、ポジション出しがよく分からない。ロードバイクに乗る時には、サドルの高さについて自分なりの係数があったり、ライディングの際の前傾の角度、ペダルを回す時のポイント、その他の様々な経験がある。

ところが、ミニベロの場合にはそれらの経験の蓄積が通用しない。ネットで検索してみたところで確実な答えがない。ミニベロには車種による多様性がありすぎて、自分なりに解をえるしか手段がないのかもしれない。

このような時に一般的な車道でポジション出しを行うと苦労するので、近場の江戸川の河川敷に出かけることにした。

浦安から行徳方面に走り、江戸川の河口から右岸を遡ったところ、すぐに通行止めのバリケードがあって先に進むことができなくなった。水害対策のために工事が行われているらしい。この付近は江戸川が氾濫すると逃げ場が少ないので、行政がきちんと仕事をしているということだろう。

ゴールディンウィークの江戸川の河口では浅瀬で貝を採る人たちがとても多い。例年は中国語を話す人たちが盛んに貝を採っていたのだが、今年は日本語を話す人たちも押し寄せて貝を採っている。昨今の状況を反映しているのだろうか。

ということで、通行止めになっている場所からミニベロを担いで市街地に戻り、そこから橋を越えて江戸川の左岸に渡ることにした。

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江戸川の左岸はいつも通りの光景で、そこには散歩やサイクリングを楽しむ千葉県民たちの姿があった。

今回のスキッパーのセッティングは、前回のサイクリングの経験を踏まえて「おじぎ乗り」のライドポジションに合わせることにした。ステムを110mmから130mmに延長し、サドルのセットバックを10mm増やした。ステムの高さも10mm下げた。

ブルーノ・スキッパーに乗って木の芽時の谷津道へ

そんなにポジションを変えて大丈夫なのかという突っ込みがありそうだが、10年以上もロードバイクに乗ってきたので、おじぎ乗りのセッティングも心得ている。これらは自らの経験論に基づくものだ。ロードバイクに乗っている場合には全く問題のないポジション出しだ。

しかし、このセッティングでブルーノのミニベロに乗ってみると、骨盤からすぐ上の第5腰椎付近の筋肉が激しく痛む。

この痛みが何によるものかは分かる。サドルとハンドルまでの距離が遠すぎる。このような時には骨盤を前屈させることで距離を稼ぐことができるのだが、前屈させると坐骨が激しく痛む。結果、骨盤を立て気味にしたまま上半身を伸ばそうとして、腰が曲がりすぎている。

失敗の理由は単純なことだった。ブルックスのカンビウム・オールウェザーというサドルはクラシックな形状なので、骨盤を前屈させるおじぎ乗りに使えないらしい。

ミニベロのフィッティングがよく分からない上にサドルについても誤解していた。これは色々な意味で痛い経験だ。

やはり、無理に骨盤を前屈させると坐骨が激しく痛む。骨盤を前屈することができない状態で上半身を曲げると、ハンドルが遠いので背中に負荷がかかる。

サイクリングから戻ってネットで検索すると、カンビウムでおじぎ乗りをやろうとして坐骨付近を痛めたサイクリストのブログ記事にたどり着いた。

もとい、片道40kmまでは我慢したのだが、さすがに復路が厳しいということでフレームバッグからヘックスレンチを取り出してサドルのセットバックを戻すことにした。ステムの長さはどうしようもないので、とりあえず高さを戻した。

自分が住んでいる街は荒川と江戸川に挟まれたエリアにあるので、その両者の河川敷がサイクリングコースになる。以前は荒サイの方が江戸サイよりも広くて走りやすかったが、近年の開発によって江戸サイの道幅が広がり、あまり大差がなくなった。

むしろ、荒サイの方が人が多くて走りにくいように思える。他方、江戸サイは分岐した道が多いので間違えると行き止まりになることがよくある。行き止まりといっても、ロードバイクでは走ることが難しいという道であって、オールロードに対応するように仕上げたスキッパーであれば走ることができたりもする。

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この録で繰り返し紹介しているが、コンチネンタルのライドツアーというタイヤは秀逸だ。20インチでツーリングやポタリングを楽しむ上では鉄板になるかもしれない。太いタイヤなのにモッサリせず、フィーリングはいかにもコンチ。硬いけれどグリップが良く、腰がある。濡れた路面どころか草地や砂利道でも滑りにくく、しばらく走ってもヒゲが残っているくらいに材質がタフだ。

タイヤに加えて、折り畳み機構が一切なく、クロモリ製のシクロクロスバイクのようなフレーム設計のブルーノは、草むらの畦道に突っ込んでも気にならない。BMXに乗って悪路を楽しむかのようにペダルを回すことができる。

さて、今回のライドの前にスキッパーにいくつかのカスタムを追加しておいた。ひとつは、FC-S501のクランクのシルバーが車体にマッチしていなかったので、とあるルートからFC-S501のブラックを手に入れて換装してみた。

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105やアルテのクランクと比べて、ALFINEシリーズのコンポーネントであるFC-S501には独特の癖がある。一般的なロードバイク用のコンポーネントの場合、黒色の塗装はアルマイト処理によるもので、着色することによって厚みが変わらない。

しかしながら、実際に使ってみて知ったのだが、FC-S501のブラックのクランクはアルマイトではなくて多層の塗装によって着色されている。大したことではないように思えるが、R3000系のSORAのリアドライブを使用している私のスキッパーでは大問題だ。リアをハイギアに変速するたびにチェーンがチェーンリングから外れてしまうことがある。規格外のパーツを使う自転車のカスタムによくあることだ。

FC-S501のシルバーのクランクの場合と比較して、ブラックのクランクではチェーンリングおよびバッシュガードを固定する部分に黒色で分厚く塗装されている。それらによってチェーンリングとバッシュガードの間の空間が広がり、チェーンが挟まってしまう。

ALFINEシリーズのリアのドライブトレインはハブによる内装変速なので、リアの変速に伴ってチェーンラインが動かない。そのため、チェーンリングとバッシュガードの隙間については問題にならないのだろう。リアにカセットスプロケットを装備した外装変速では、チェーンラインが左右に動く。その過程でチェーンリングからチェーンが外れた場合にはバッシュガードで元に戻す必要がある。両者の隙間が大きいとチェーンリングとバッシュガードの間にチェーンが挟まってしまうということだ。

仕方がないので、出走前夜にFC-S501のブラックのクランクの一部をヤスリで削りながら塗装を剥がし、フェイシングすることでチェーンリングとバッシュガードの隙間を詰めた。実際に使ってみたところ、これで問題がないようだ。

それと、前回まではチャイナ製のサムグリップを使用していたが、今回はトグスのサムグリップを使用してみた。サムグリップとは、ハンドルバーの上に親指を乗せたままにするためのパーツ。これによって手首の角度が内向きにならずに姿勢が安定して楽になる。

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チャイナ製のサムグリップは硬質プラスチック製なので、落車時にハンドルに顔を突っ込んだ場合に危険かなと思った。トグスの場合にはラバー製で柔らかい。

落車でハンドルに顔を突っ込むという状況は頻繁に生じるわけではないし、そこまで神経質になる必要もない。しかし、神経質な私はそのような状況を想像して怖くなった。

チャイナ製のサムグリップの場合には指の股に滑り込ませるようにポジションを取るのだが、トグスの場合には親指に大きな違和感があって使用を控えていた。実際に長時間使ってみたところ違和感があって当然で、このサムグリップは人差し指と親指で挟んでポジションを保持するようだ。なるほど、そういうことか。

Amazonのレビューを見ると、これらのサムグリップのボルトを確実に締めることができないと批判しているユーザーが多い。しかし、それらのユーザーは勘違いしていると思う。

サムグリップは全く動かないくらいに固定するものではなくて、ライドの最中に少しずつ動かして微調整しながら使うものだと私は理解している。衝撃で親指がハンドルから離れなければそれでいい。そのため、全く動かないくらいまでボルトを締め込む必要はない。

最後に、これもまた細かなカスタムなのだが、THOMSONのシートポストカラーの固定力が今ひとつでシートポストがズレるので、別のクランプを使用することにした。

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これはTHOMSONが悪いわけではなくて、ブルーノ・スキッパーのシートチューブが硬い上に加工が荒いので、メーカー推奨のトルクでは締め付けが弱くなってしまうらしい。もっと上位のモデルであれば、シートポストの取り付け部位も精緻に仕上がっているはずだが、廉価なミニベロの場合には適当に締め上げても何とかなるようにという雑な設計なのだろう。

ということで、固定力に定評があるKalloy(カロイ)のダブルシートクランプ GC-01を使うことにした。カーボン製のシートポストでズレる場合にもよく使われる。

スキッパー2021で使用する場合のクランプ部分の径は31.8mm、シートポストの径は27.2mm用。このクランプは、シートポストをシートチューブに固定するクランプ部分に加えて、シートポスト自体を固定するクランプが追加されている。

ネットのレビューでは、このシートポストクランプの加工が荒い(面取りがなされていないので引っかかる)という酷評が並んでいたりもする。一方で、きちんと加工された商品が届いたというレビューもある。3セットを購入して調べてみたのだが、なんとこのクランプはきちんと加工されたロットとそうでないロットが混在して販売されていることが分かった。面取りがなされていないロットの方が多いらしい。

私の場合には、3個のうち2個が面取り加工されておらず、1個だけが満足しうる仕上がりだった。今後、このクランプをAmazonで購入する場合には、到着した時点で外装を破らず、面取り加工がなされていない場合には返品によるクレームを出し、面取り加工がなされている商品が届くまでクレームを出し続けることにした。

固定力としては流通している製品の中で随一であるにも関わらず、仕上げの加工でケチが付くことはメーカーにとっても不本意だろう。メーカーの方針が改まるまで我々ユーザーはケチを出し続けよう。価格が倍になっても、質感が良ければこのクランプはさらに売れるはずだ。この固定力と安心感は素晴らしい。

しばらく江戸サイの左岸を走ってみたのだが、やはりスキッパーにはおじぎ乗りが適していないようだ。スキッパーに限らず、ミニベロにおいておじぎ乗りを適用しようとすると、中心加重ではなく前荷重になってハンドリングが安定しない。

700Cのフレームではボトムブラケットよりも少し前の位置で重心を保つことができたりもするのだが、ミニベロの場合には重心の位置がとてもピーキーだ。ボトムブラケットの中心に荷重する感覚で乗った方が安定するように思える。

ミニベロで急ブレーキをかけて前転して落車する人が珍しくないのは、小径だけれど思ったよりもよく走るぞということでロードバイクのように前傾姿勢をとってしまった結果なのかもしれないな。

今回のライドではステムの長さを間違ってしまったので、サドルのセットバックで間に合わせても腰痛や坐骨痛は完全にはなくならなかった。痛みを覚えてからの40kmのサイクリングはとても厳しいが、これも教訓だと身体に刻むことにした。

そういえば、江戸サイを走っていて驚いたのだが、最近ではミニベロ版の「マミル」が出没している。

マミルとは何かというと、特徴的なサイクリストを表現したスラングだ。定義されたのはイギリスが最初だったと思う。

マミルをアルファベットで表記すると「MAMIL」という文字列になる。これらは省略形であり、正式名称は以下のフレーズになる。

「Middle-aged Man in Lycra」

このフレーズを日本語に訳すと、「ライクラ生地をまとった中年男性」という意味になり、より明確に日本語で表現すると以下のフレーズになる。

「ピチパンのオッサン」

腹が出て太った中年のオッサンがピチピチのウェアを着て高価なロードバイクに乗り、年甲斐もなくサイクリングで張り切っている姿は、日本に限らず海外でも「醜態」だと認識されているらしい。サイクルスポーツが盛んな欧州の場合には、若い人たちから見たオッサンの姿が見苦しいと感じられるのだろう。

そのようなオッサンたちのことを、欧州では「マミル」と呼んで軽蔑しているそうだ。まあそれもオッサンたちの自由で、恥を気にしなくなるのもオッサンの習性とも言える。

日本の場合には、そもそものロードバイク人口がオッサンを中心として分布している。太った身体でピチパンを履いて誇らしく高価なカーボンロードに乗る「マミル」がいたところで、それが普通だと感じてしまうことだろう。

日本のマミルは観光名所にヘルメットを被ったままビンディングシューズで入り込んだりもするし、汗臭いウェアを着たままレストランに入って飯を食べたりもする。それが無様で品がない行為だということさえ気付いていない。

ロードバイク乗りにおかしい人が多いという理由は分かりやすい。

ヨーロッパのサイクルレース等で活躍するレーサーは格好が良い。レースで使用される自転車も格好が良い。

そのような自転車を手に入れて、レーサーと同じ格好をすれば、自分も格好が良くなると考えるオッサンがとても多い。いや、実際に格好が良いと思い込んでいる。

溢れんばかりの自己愛や承認欲求に充ちたオッサンたちがロードバイクに乗っていたりもするので、周りから見るとおかしな人という捉え方になるのだろう。

オッサンの場合には自由に使える金が増えたりもするので、自分の体を鍛えるよりも金を出して機材を買い、上辺の速さを求める。その行為の中には自らの経済力を誇示するという「見栄」も含まれている。

日本だけでなく海外でもそのようなオッサンは頻発していて、「マミル」と定義されているわけだ。

日本のマミルたちは、自分が思っているほどには格好良くないことに気付く必要がある。太って腹が出るのは仕方がないけれど、ピチパンで外を出歩かずにニッカーパンツで隠すくらいの配慮がほしいところだ。オッサンの下半身のラインなんて誰も見たくないだろうし、ムキムキのオッサンも気持ち悪い。

いい歳をこいたオッサンがピチパンで自転車に乗り、子供や高齢者といった歩行者がいる遊歩道を突っ走り、さも自分が格好良いと妄信している。河川敷で威張っているマミルが実際のレースに出るとどうなるか。鍛え抜かれたアスリートたちにチギられるだけ。自己愛を損なうことを嫌ってレースに出ない人も多い。

あまつさえ、今回のサイクリングではさらに不快な気持ちになった。

ロードバイクではなくて、カーボン製のミニベロに乗って河川敷の遊歩道を疾走するマミルがいた。しかも複数名でつるんで歩行者の脇を突っ走っていった。ミニベロのマミルなんて欧米でも珍しい。

あの自転車は、Ternというメーカーが販売しているカーボンフレームのミニベロだな。軽量なカーボンホイールに高圧タイヤ。どのような設計思想なのかよく分からないが、普通のミニベロよりも速いということで自ら好んで乗ろうとするオッサンがいるということか。

ミニベロにはロードバイクにない良さがあるのだが、彼らが乗っているミニベロにはその良さがあるとは思えない。腹の出たピチパンのオッサンがミニベロで走ってロードバイクに抜かれても、「ミニベロ相手にイキるなよ」と言えるし、逆に彼らがロードバイクを抜いたら「ミニベロで勝ったぜ」と誇るのだろうか。

私が河川敷のサイクリングロードに近づかない大きな理由は、このように理解が難しいオッサンたちの醜態に耐えかねるからだ。自己愛と承認欲求が強いオッサンほどタチの悪い存在はない。

やはり来るんじゃなかったと後悔しつつ、私はマミルたちが寄りつかないルートを走って帰ることにした。

荒サイではあまりみかけないが、複数の道路が並行している江戸サイの場合には、一方の道路が舗装されていて、もう片方が未舗装になっていることが多い。

細い高圧タイヤを履いたロードバイクやミニベロロードは未舗装路を走ることが難しい。たとえ走ったところで楽しいはずもない。

私としては千葉県北西部に広がる谷津道という農道を走るためにカスタムしたのだが、結果としてグラベルロードのミニベロ版のような状態になったらしい。

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砂利道を延々と走っても、草地を延々と走っても、ハンドルを取られるどころかむしろ楽しく感じる。路面からフレームを介して伝わる感覚、それらに合わせて動かす身体の筋肉。河川敷のサイクリングロードを延々と走り続けると暇になってしまうものだが、このようなグラベルを走っていると全く暇にならない。舗装路とは別の身体の使い方をしているからだろうか、筋トレをやっているような心地良さもある。

グラベルから舗装路に戻り、ようやくスキッパーのポジション出しのヒントが得られたように思えた。

ステムについては延長せずにサドルをセットバックさせ、少し低めにセッティング。グラベルにも対応した形でアップライトなポジションが適しているのだろう。ブルックスのC17のサドルの体幹の角度は60度で設計されているので、なるほど理にかなっている。

その理に反しておじぎ乗りを試そうとした私の考えが間違っていた。フラットなタイプのサドルに変更して骨盤を前屈させることは可能だが、それではグラベルを走る時の楽しさが失われるどころか前荷重で不安定になる。

ああでもないこうでもないと、試行錯誤しながら自分に合った自転車を調整していく過程はとても有意義だ。中年男性の人生のように敷かれたレールの上を進むわけではなく、そこに様々な選択や工夫が生まれる。

残り時間は限られているけれど、今すぐポジションの答えを出す必要はない。手っ取り早くポジションを出したいのであればミニベロに乗るべきではない。こうやって、ああでもないこうでもないと思案する時間が楽しい。