2022/04/10

ブルーノ・スキッパーに乗って木の芽時の谷津道へ

「なんだこれ? 車輪が小さいだけのクロモリロードバイクじゃないか?」と、一通りのカスタムが仕上がったBruno Skipper (ブルーノ スキッパー) に乗りながら思った。テスト走行は普段着で新浦安をのんびりと一周する程度だったので、本気でペダルを回していなかった。カスタムベースは完成車で6万円程度のミニベロだ。週末のポタリングで使おうと思っていたので本気になる必要もなかった。

ところが、この車体はペダルを踏めば素直に反応し、挙動がブレることもなく30km/hまで滑らかに加速していく。ミニベロの場合には車輪が小さいので、45Tのフロントギアではそれ以上の速度での巡航は難しい。しかし、10~20km/h付近の加速がクロモリロードバイクよりも鋭いことがよく分かる。


「なるほど、ブルーノの上位モデルがドロップハンドルの仕様になっているのは、こういうことか」と、妙に納得しながら、信号待ちのストップアンドゴーを楽しんだ。

あまり高価ではないミニベロなのだから、ブルーノの基本設計はのんびりとした街乗りだと私自身が思い込んでいた。実際にブルーノは街乗りを銘打ったモデルが多く、スキッパーもシティライドを想定したフラットバーのミニベロだ。

しかし、フレームの設計について言えば、ブルーノは明らかにロードバイクがベースになっていると思った。フラットバー仕様のミニベロにドロップハンドルを取り付けることがあるというメーカーではなくて、元々ドロップハンドル仕様の小径ロードバイクを設計した後、それらのモデルをフラットバーにダウングレードさせる形で生まれたのがスキッパーではないだろうか。

なるほど、そうか。そういうことか。他のメーカーのミニベロと比較して50mm近くホイールベースが短いというジオメトリーも、セオリー通りに真面目に組み上げると前傾姿勢になってしまうという理由も、ロードバイク乗りがブルーノでロングツーリングに出かけてしまうことがある訳も分かった。

私が今まで乗ってきたミニベロといえばダホンやターンといったメーカーの折り畳み自転車だが、それらのフレームの剛性とは全く違う。直進性も全く違う。「ミニベロはどこまで行ってもミニベロであり、ロードたりえない。それを分かった上でミニベロに乗る。それがこの車種の楽しみ方だ」と私は思っていた。

だが、ブルーノは違う。ペダルを踏み込んだ後で推進力に変換される力学も、加速や巡航での安定性もロードバイクの乗り味によく似ている。

加えて、700Cの大きなホイールと比べた場合、20インチホイールは可愛らしくて小回りが利くというメリットがあり、その一方でペダルを回して進む距離が短い上に速度の維持が難しいというデメリットがある。しかし、車輪が小さいことでトルクが高まり、トラクション(牽引力)が上がるという点はミニベロにおいてあまり注目されていないように思える。

スポーツ自転車の場合にはある程度の距離をどれだけの時間で進むのかという点が重視されるわけで、自動車やオートバイのようにゼロヨンがあるわけでもない。もちろん、ゴールスプリントでの加速に必要なスペックというものもあるだろうけれど、トラクションという特性はあまり考慮されていないように思える。

これはとても興味深いと感じながら、さっさと浦安市を脱出して市川市に入り、江戸川にかかる大きな橋を登った。先述の通り、スキッパーのフロントギアはシングルで45T、リアは11-32Tというワイドレシオ。

試しにリア32Tで踏み込んでみたところ、速度は徒歩か早歩き程度ではあるが、フロントホイールが軽く浮き上がるくらいのトラクションが生まれた。必死に踏み込めばウィリー走行になるかもしれない。

この辺りの特性はロードバイクと異なっていて、同じくらいの大きさのホイールを装着しているトライアル用の自転車、あるいはBMXの特性に似ているように感じる。折り畳み機構があるミニベロでは怖くて試すことができない。

これは楽しい。

今回のサイクリングに出かける日の朝、私の状態は良くなかった。自宅で安静にしていても心拍数が110を超え、呼吸数が高まり、軽いパニック症状を呈していた。眠りがとても浅くてすぐに目が覚めて、眠ったという実感がない。険悪な関係になっている妻との間で会話が交わされることもない。

しばらくうずくまった後、私は洗濯物を干し、水回りを掃除し、着替えて外に出ることにした。

本来ならば最も安らぐことができるはずの自宅でパニックを起こすのだから、もはや無様としか言えないし、頭の中で様々なことを考えたところで解決することもない。とにかく自転車に乗って浦安という「嫌な街」から脱出し、日の光を浴びながら汗を流そうと思った。

走り出した時の私のモチベーションはとても低いもので、前回よりも少し長めに走った後ですぐに自宅に帰って寝込もうと思った。木の芽時で活性が高まっている妻の甲高い怒鳴り声については、高性能の耳栓の上に高性能なイヤーマフを取り付ければ何とかなるだろうと。

しかし、スキッパーの乗り味に驚いた私は、気が付くと千葉県の北西部に広がる谷津道に向かってペダルを回していた。

途中の船橋市は、相変わらずの船橋市だった。人が多くて鬱陶しく、人々の言動が荒っぽい。マナーやモラルという点を鑑みて民度と呼ぶのであれば、この街の民度は浦安市と変わらない。

しかし、そこから市川市の北部や鎌ケ谷市に入ると、人々が穏やかでゆとりがあるように感じられる。ミニベロの場合には自転車走行可能な歩道をゆっくりと走っても気にならないわけで、横断歩道で向こう側の道路に渡ろうとすると、両方向から来る自動車が止まってくれたりもする。

浦安ではありえない光景だ。誰もが自分のことばかり考え、黄色信号であろうと自動車が交差点に突っ込み、赤信号であろうと自転車が横断歩道に突っ込み、とにかく、自分、自分、自分。せっかちで我の強い市民性にいつも辟易している。さっさと引っ越したい。

他方、市川市の北部や鎌ケ谷市には、私がイメージする穏やかな千葉県の姿がある。谷津道に入る前の段階ですでに癒やしが始まる。

今回のルートは市川市内のありのみコース横の車道を通って鎌ケ谷市内に入り、そこから大津川沿いの谷津道に抜けるルート。浦安市内から手賀沼にアプローチする場合の裏ルートとでも呼ぼうか。

このようなルートをブログで紹介すればアクセス数が一気に増えて、そのルートを我田引水で駆け抜けるロードバイク乗りも増える。ロードバイク乗りには信号を守らないとか歩行者がいても疾走するといった「おかしな人」が多くて住民に迷惑をかけるリスクがあるので、これらのルートを紹介しない。

カーボンバイクに乗って地図を調べながら自分で探せばいい。

ミニベロに乗って谷津道に行くことは大変かもしれないと思っていたのだが、ブルーノの場合にはロードバイクやシクロクロスバイクに乗った場合と比べて大きな負担はなかった。むしろ小回りが利くので走ること自体は楽かもしれない。

車輪が小さいので路面の凹凸を拾って身体が疲れるかなと気になっていたけれど、確かに700Cのホイールと比べると全身に振動がやってくる。それを想定して幅が40mm程度もある20x1.75の太いタイヤを履かせておいた。このタイヤが小径ホイール特有の振動をある程度はカットしてくれる。

ミニベロのタイヤといえばシュワルベのマラソンやパナレーサーのいくつかの銘柄が有名で、コンチネンタルのライドツアーはあまり知られていないように思える。このタイヤを使ってしまうと、マラソンやパナレーサーに戻る気がなくなる。

これだけ太いタイヤなのにライドツアーにはモッサリ感がまるでない。700C用のGPシリーズのような感覚があり、グリップも良好。ただし、舗装路ではブロックタイヤに特有の「コー」という感じの低音のノイズが生じる。これはこれで趣がある。

それにしても...ブルーノのミニベロが安い割によく走るということは知っていたが、ここまで加速が良かったり、坂道でのトラクションが上がるものだろうかと、私は不思議に思った。

もちろんカスタムによって走りやすくなったという効果があるはずだが、おそらく私自身が軽量化したという効果もあるのだろう。8kgも体重を減らすと坂道がとても楽だ。今まで2リットルのペットボトルを4本も身体に貼り付けて自転車に乗っていたのだから、これらを外して速くならないはずがない。

このミニベロの場合、乗り心地を無視して構わないのであれば、細身のスリックタイヤと大口径のフロントチェーンリングに交換することで35km/hくらいの巡航は余裕だな。そのようなミニベロ乗りが荒川河川敷で走ってきたらロードバイク乗りが驚くことだろう。

五十路に近くなってきたのでそのような気力も体力も残っていないが、若い頃であればそのようなカスタムバイクを組み上げていたはずだ。

鎌ケ谷市内に入ると、新しい戸建ての住宅がゆとりある間隔を開けてたたずんでいた。住宅に適したスペースに一軒家が建っている場合もあるし、綺麗に区画整理された土地に4~5軒、もしくは10軒程度の戸建てが並んでいることが多い。

浦安市内の戸建ての場合には、まるで蜂の巣のように狭い間隔で住宅が密集しており、区画があるだけのアパートではないかと思う時がある。それでも新町の場合は中古物件でさえ1億円近い値が付けられている時がある。そこまで払って住む価値があるのだろうか。私には理解しえない。

住んでいるだけで適応障害を発症するような街のことはさておき、鎌ケ谷市内の住宅街を眺めていて感じることがある。

これらの建物自体のスペックは浦安市内の1億円の住宅と変わらないはずだ。浦安の場合には土地が高い。それだけの話。家の中にいる限りには何の相違もないということだ。

そして、それぞれの新しい住宅には、それぞれの家族がいて、それぞれの人生を歩んでいる。

鎌ケ谷市内の住宅街を眺めながら走っている時、この付近を同世代のサイクリストの友人と走った日のことを思い出した。

私には浦安市内に友人がほとんどいない。この街で友人をつくろうという気にもなれない。

しかし、バーンアウトに苦しんでいる時に電車に乗れなくなり、ロードバイクに乗って都内と浦安を数時間かけて往復していた時、同じく自転車で通勤していたひとりのロードバイク乗りと知り合いになった。

葛西橋通りの信号待ちで声をかけたところ、奇遇なことに彼も浦安市民の父親であり、ロードバイク乗りには珍しい常識人だった。

彼は首都圏の国立大学を卒業した知的な人で、ストレートな物言いの割に底意地が悪くないので会話が楽しい。

彼と一緒に休日のサイクリングに出かけ、この付近を走っている時に新しい戸建て街を見かけて、私は「このような街でこのような家に住んで穏やかに生きることができれば、私の生き方はもっと幸せになっていたかな」とつぶやいた。

すると、その友人はあっさりと、「いや、中身が変わらなければ、たぶん同じだと思いますよ」とストレートに返答して、笑っていた。

私も大笑いした。

確かにそうだ。どれだけ気に入った街に住み、どれだけ気に入った家に住んだところで、家庭内で妻が甲高い大声を上げて怒鳴るのならば同じことだ。その性格を直せと言ったところで直るはずもない。

友人の一言はとても深淵で示唆に富む指摘だった。私がその住宅街を眺めてイメージしていたのは、自分の人生をずっと遡ったところから始まるパラレルワールドであって、もはやそれは空想の領域でしかない架空の世界。

必死に人生を軌道修正してその世界にたどり着くよりも、さっさと諦めて世を去って記憶や思考を消してしまうことの方がはるかに容易だろう。

とはいえ、ここまで日の光が強く、気温も上がり、なおかつ乗っている自転車の調子が良いと、いつもの後ろ向きで湿った私の頭の中まで乾燥してしまうようだ。

夢は夢、現実は現実。

しかし、現実を進めば軌跡が夢のように感じ、最後は自ら朽ちて全てが夢になる。悩んだところで意味がないことは悩まず、現実を受け止めよう。

それにしても今日は暑い。アンニュイな私の思考は中年親父の汗と共に外に出てしまう。まさか4月のサイクリングで腕に塩が浮き上がるとは驚いた。

木の芽時といっても、本日は首都圏で夏日が予想されており、気温は25℃近く。すでに汗だくになって2本目のペットボトル飲料の中身を飲み干した。

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スポーツドリンクとはいえ、口から1リットルの水を飲んで体内を循環させ、それらを老廃物を含んだ汗として体外に出すのだから、間違いなく身体にとっては良いことなのだろう。

最近では、大津川沿いの谷津道は千葉県北西部のロードバイク乗りたちが手賀沼周辺のサイクリングコースにアプローチする際のルートとして知られ始めたらしい。その傾向は私にとってあまり好ましいことではない。

太った身体をピチパンで包んだ中年男性たち、あるいは物の道理を心得ていないような若者たちが、自動車や歩行者の迷惑を考えずにロードバイクで一般道を疾走し、自分たちの欲求を充たしているだけにしか私には見えない。

だが、谷津道といっても様々なルートがあるので、ロードバイク乗りたちが嫌うような凹凸が多い道もある。20インチの極太タイヤを取り付けた私のスキッパーは、舗装路どころか畦道や砂利道でも気にせずに走ることができる。

最初からこのような自転車になるように組んでみたわけだが、実際には大丈夫なのか心配でもあった。なにせホイールが小さいので、つんのめって前転するのではないかと。

しかし、スキッパーで実際に畦道や砂利道を走ってみると想像以上に安定していて、シクロクロスバイクで走った時よりも楽に感じられた。

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この日の朝、自宅にいるだけでストレスによるパニック症状を起こしてうずくまっていた私は、サイクリングに出かけてとても元気に農道を巡っていた。

アームカバーなんて必要ない。さっさと取り外して思いっきり日焼けすることにした。

Skipperという単語には様々なスラングの意味があったりもするが、直訳すると「跳躍する人や物」という意味になる。確かに、目の前にバンプがあれば前輪を軽く持ち上げてクリアしたり、700Cではありえない角度で小道を曲がってみたりと、これはとても楽しい。

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木の芽時の谷津道に広がる稲田には水が張られておらず、所々で耕耘機が土を掘り返して耕している。

トラクターが稲田から谷津道に上がってくると、そこには近い将来に稲を支えるであろう黒っぽい土の塊が落ちる。

スリックタイヤを履いたロードバイクであればスリップするかもしれないが、ブロックパターンの極太タイヤには何の影響もない。そのままフロントタイヤで稲田の土を踏んで進むと、タイヤの周りから土の香りが広がる。

時期によっては肥料を踏んでしまって臭い時があるわけだが、この時期は冬を越えて春を迎えた開放的な大地の匂いがやってくる。

今回のカスタムで気になったのは、ステムの長さが足りないという点だけだった。往復で100km近いライドになると、さすがにサドル痛がやってくる。

ロードバイクやシクロクロスバイクの前傾姿勢であれば、臀部や腰への負担を上半身で分散させることができる。しかし、今回のミニベロのカスタムはポタリングを想定していたので前傾を深く取らないポジションに合わせていた。

まさかミニベロに乗って延々と走ることができるなんて考えてもいなかったので、アップライトのポジションになるように110mmのステムを取り付けていた。

しかし、スキッパーに乗って長い距離を走ってみると、アップライトのポジションではペダルに踏力がかかりずらい。加えて、負荷が座骨に集中してかなり痛む。

フラットペダルでフラットハンドル、そしてケイデンスを上げながらトラクションを高めるタイプのミニベロでは、少し座骨を前屈させた「やまめ乗り」が適しているようだ。それならば前傾が深くなるので座骨の負荷も減る。この辺りは実際に乗ってみないと分からないものだ。

というわけで、もう少し長めのステムに交換して、前傾を強めにセッティングしてみようと思った。ならばさっさと帰って通販でポチるべしだな。

....ところが、帰り道で浦安という「嫌な街」が近づいてくると、途端に気分が暗く落ち込み始めた。これはもはや病気だな。繰り返される日々のストレスは、確実に私の精神を蝕んでいる。

市川塩浜駅の前の開けたスペースにスキッパーを停めて近くにコンビニに入り、軽食を買う。

職場から帰宅する時も同じだが、「よし、帰るぞ!」と自分の気力を高めないと浦安という嫌な街に戻る気になれないというのは、生活環境としておかしいと思うんだ。真面目に考えて。

自宅に帰ると、下の子供だけが家の中にいた。木の芽時で活動性が高まった妻と上の子供は街に出て行ってしまったらしい。

自室にミニベロを立てかけ、ドリンクボトルの中身を飲み干した後、そのままの状態で私は眠ってしまった。起き上がった時には両手や顔が日焼けで真っ赤だろう。

それでいい。日焼けで真っ黒になった人に陰気な思考は似合わない。

この状況で陽気になれというのは不可能ではあるけれど、少しでも前向きに生きねば。