2021/11/26

魚釣りが好きな人たちにとってのパラダイス

普段から往復3時間も通勤に費やしているので、平日は仕事をセーブせざるをえない。帰宅時に日付を越えてしまうと朝からの仕事が辛い。しかしながら、翌日が休日の場合には、いつもより長めに働いて翌日になって自宅に戻ってくることが多い。やることはまさに山ほどある。

そして、嫌な予感がしていたが、帰りの電車の中や駅の構内には酔っ払いの姿が目立つ。マスクもせずに電車のベンチシートに横になっている若者やオッサンの姿さえ見かける。彼らの手には高アルコールのチューハイの缶。コロナの感染者が減って気が緩んでいるのだろう。


首都圏のベッドタウンに住んでいる人たちであれば、自宅の最寄り駅に到着すると気分が楽になるのかもしれない。だが、私の場合には最寄りの新浦安駅に到着しても開放的な気分にはならない。

むしろ、通勤電車よりも新浦安駅に到着した時の方が疲れる。妻の実家がある浦安になんて引っ越さなければよかったと、おそらく何千回もつぶやいたフレーズが口に出る。

たくさんの人波が一斉に改札に向かって流れ込む。そろそろ日付が変わるというのに、どうしてこんなに人が多いのか。

会社帰りのサラリーマン、大学生風の若い男女、そしてハイテンションでキャリーバッグを引きずるディズニー客。

さらに、新浦安駅近辺では、4~5人で路上にたむろして安酒の缶をあおったり、タバコを吸っている若者たちの姿を目にする。おそらく、近所の私立大学の学生なのだろう。

この大学は、かつて入試の難易度がFランクということでFランク大学のひとつとして数えられていたが、最近ではFランクではなくてEランクになったそうだ。

入試の難易度というものは、その大学に通う学生たちにおける断片的な定規に過ぎない。しかし、この社会では大学のネームバリューで人を選別することがある。

上にはS、A、B、C、Dというレッテルが貼られた大学の学生たちがいるのだから、彼らに引けを取らないように何らかのスキルを学んだり、資格を取得したり、企業研究を行う必要があると思う。街中で酒を飲んでいる場合ではない。

10年くらい経った後、洒落た料理店ではなく、学生時代と同じファミレスや居酒屋チェーンに入ってスーツ姿で酒を飲んでいる彼らの将来を容易に想像することができる。

とはいえ、アルコールの飲み過ぎで何度も体を壊し、すでに酒を飲むことさえできなくなった自分が言える立場でもないか。

相変わらずうんざりしながら、新浦安駅から遠く離れた駐輪場まで歩く。浦安市の行政は丁寧で気の利いた対応もあるし、融通が利かない対応もある。

納税者の毎日の通勤手段のひとつである自転車。その駐輪場に関する対応はあまり良くない。新浦安駅前に音楽ホールを建てるということで、近場にあった駐輪場が潰されてしまった。毎日、百万円単位で税金が音楽ホールに費やされているという話も耳にする。

市民は職場に通勤して働いた結果として浦安市に税金を納めている。音楽ホールで音楽を楽しんだ結果として浦安市に税金を納めているわけではない。

どんなバランス感覚で駐輪場を潰したのだろう。トップダウンの弊害かもしれないな。現在の市長の判断ではないとはいえ、そのような町おこし的な施設はもうたくさんだ。財政も傾いてきている。

とはいえ、一市民が嘆いたところで始まらない。下の子供が私立中学に入学すれば、速やかにこの街から引っ越す。そのことを心の励みとして耐えている。

ペットボトルの紅茶を買って帰ろうとコンビニに立ち寄ったところ、若い男たちが4人くらいで酒の前で品定めをしていた。

彼女がいない男たちだけで浦安にやってきた悲しきディズニー客のように見えるし、飲み会の後に家飲みをやろうとしている近所の大学生のようにも見える。妙なテンションではしゃいでいる姿が鬱陶しい。

すると、冷凍商品が並んでいるショーケースの前に、少し変わった格好をした男性が立っていた。年齢は30代の後半くらいだろうか。

なぜ変わっているように見えたのかというと、足元が革靴やスニーカーではなくてショートタイプのレインブーツだった。この日は晴れていたので、雨が降っているわけでもない。

頭には暖かそうなニット帽。上半身にはベスト、腰の辺りには丈夫な紐状のフックらしきアクセサリーが付けられていた。

私が彼の横を通ってペットボトルコーナーに行こうとして会釈すると、彼も会釈してくれた。浦安の新町では珍しい。このような状況では、私が会釈しても礼を返さず迷惑そうに通路を開ける人たちが多いからだ。

どうやら、彼は冷凍コーナーで氷を探していたらしい。この寒い時期に氷を買うとは、これからロックの酒でも飲むのだろうか。

私がコンビニを出ると、そこには彼と同じような格好をした中年男性が立っていた。彼がバッグから取り出した道具を見て、その目的がすぐに分かった。

折り畳み式のタモ網なんて、釣り以外には使わないことだろう。コンビニで氷を買っていたということは、釣った魚を冷やして持ち帰るということだな。

しばらくすると、店内で見かけた男性もエントランスから出てきた。彼らの表情は友達と遊びに行く子供たちのように晴れやかだ。大声を出すわけでもなく、ただワクワクしているような笑顔を見せながら、装備品のチェックをしていた。

疲れ切って帰ってきた私には、彼らの姿がとても微笑ましく見えた。

コンビニの出口の周りを見渡しても彼らの自転車が見当たらない。浦安の住民ならば、これだけの荷物を持って歩いて海に行くとは思えない。

ということは、この二人は乗用車で浦安までやってきたということだな。おそらく、運転手はコンビニの前で待っていた男性だな。車を駐めている間に相方が買い物というパターンだ。

そして、近くの時間貸しの駐車場に自家用車を駐めて、コンビニで氷や軽食を買い、真夜中の海で夜釣りを楽しむということか。

手慣れた連携を考えると、この二人が夜釣りに来たのは初めてではなく、以前も何度か訪れたことがあるはずだ。

なるほど、とても素敵な趣味だと思った。

私は娯楽施設が乏しい地方の田舎で育ったので、子供の頃は魚釣りを楽しんでいた。当時から友達がほとんどいなかったけれど、遊びとして釣りを楽しむ場合には友達が必要ない。近くの川や池に行って、餌釣りやルアー釣りなど、その日の気分で竿を伸ばしていた。

また、休日には実父が海釣りに連れて行ってくれることがたまにあった。同じ父親になってみると、安全にさえ気をつければ、子供たちを連れて時間を過ごす上で楽で金がかからないレジャーだったわけだ。

しかし、彼らについて不思議に感じることがある。浦安の日の出地区の海で釣りをすることは間違いないはずだが、どうして深夜0時以降に夜釣りに繰り出す必要があるのだろうか。

そういえば、ルアーフィッシングで人気があるシーバスの場合には、深夜になってから表層に上がってくるので釣りやすいという話を聞いたことがある。確かに彼らは餌釣りで座り込んで待つような格好ではなくて、機動性を考慮したようなスタイルだった。

では、わざわざ自動車に乗って新浦安にやってくる意味はあるのだろうか。

不思議に思ってネットで検索したところ、新浦安の海沿いは魚影が濃く、種類も多いらしい。アングラー、つまり釣り人にとってはパラダイスとか夢の国と表現されることさえあるそうだ。

ルアー釣りではシーバスや回遊魚、浮き釣りではクロダイやアジ、投げ釣りではシロギスやハゼ。

その他にも、ブリやサワラ、タチウオ、タコまで釣れることがあるそうだ。

10年以上も浦安に住んでいるのだが、あのように無機質で一直線の岸壁の向こう側が有名な釣り場だったとは知らなかった。

よくよく考えてみると、かつての浦安は漁師町だったわけで、街並みが変化しても海の状態は大きく変わらず、むしろ水質が良くなった上に漁師が魚を獲らなくなった。

加えて、都内、例えば江東区や中央区、品川区に住んでいる人たちが近場に釣りに出かけ、そこで釣った魚を食べることができるのかというと、どうなのだろう。

文字通りに江戸前かもしれないが、東京オリンピックのトライアスロンで話題になった通り、色々なものが流れ込んでいる気がしてあまり食べたくない。

だが、浦安の海の場合には、自分で釣った魚を自宅に持ち帰って食べることができるかもしれない。釣り人にとって楽しみのひとつであり、家族に対してのエクスキューズにもなるはずだ。

そういえば、日の出地区の三番瀬の付近では、地域住民が潮干狩りで貝を採取して食べていたりもする。

三番瀬の貝が食用に適しているのか、あるいは安全性がどうなのか分からないので私は決して食べないが、食べた後で具合が悪くなったという人の話を聞いたことがなく、実際に食べている人たちの話ではかなり美味しいらしい。

汚染物質が蓄積しやすい底生生物でこの状態なので、おそらく新浦安の海で釣った魚を食べても健康には影響がないような気がする。

なるほどそうか、彼らは三番瀬で夜釣りを楽しんでいるということだな。良い趣味だと思った。

しかしながら、ネット上で気になる記事を見かけた。以前は釣りスポットとして人気があった新浦安の護岸だが、最近ではほとんどの場所で立ち入りが禁止されているらしい。

浦安市のサイトで確認してみると、海岸の管理者が千葉県なので護岸を越えて海に立ち入ることが禁止されているとのこと。

浦安市のこの説明は正論ではあるが、ロジックがおかしい。それならば、どうして以前は地域住民が三番瀬で潮干狩りを楽しんでいたのかという話だ。その頃から千葉県が海岸管理者だったはずだ。

この件に限らず、重要な論拠を避けて全体をまとめようとした結果、何を言っているのかよく分からないという説明がなされることが浦安の行政にはよくある。

コロナの影響で室内のレジャーが大幅に制限されたので、浦安市民だけではなくて市外からも浦安の海に遊びに来る人たちが増えた。

しかも、市外の人たちが大挙して三番瀬にやってきて貝を捕りまくるだけではなく、ゴミを撒き散らして近隣住民に迷惑をかけていることが問題となった。

浦安市民が護岸を越えて釣りや潮干狩りをする程度については、市として黙認していたが、市外の人たちまでが押し寄せてくる状況ではコロナの感染の危険性があり、それまで護岸を越えて潮干狩りをやっていた市民たちからもクレームが市に寄せられた。

それらを踏まえて、護岸を越えて海に立ち入ることを本格的に制限することになったと説明すればいいはずだ。護岸を越えるためのハシゴが散見されるけれど、それらは間違っていると。

しかし、浦安市が堂々と全ての経緯をアナウンスしてしまうと、何らかの不都合があるらしい。

ということで、浦安市としては、海岸の管理者が千葉県であり護岸を越える立ち入りは禁止されているという論拠を振り下ろさざるをえなかったようだ。

私も以前、子供たちを連れて三番瀬に散歩に行ったことがあるのだが、中国語を話す人たちが大勢やってきて驚いた。彼らは江戸川の河口で貝を捕って問題を起こしたことがあったが、まさか浦安にまでやってくるとは想像していなかった。

浦安市民の中には、三番瀬の貝が美味いとブログに書いてアピールしているような人がいたので、そのような情報が広がってしまったらしい。街のアピールがトラブルとして返ってきたな。

しかも、その時には美浜地区の護岸の手前から大きな竿で投げ釣りをやっている人まで見かけた。浦安市民がジョギングを楽しんでいる遊歩道から投げ釣りなんて、何たることだと思った。浦安市民ではありえない行動だ。

案の定、その愚者は警察官に取り囲まれて注意を受けていた。近隣住民が警察に通報したのだろう。

これらの顛末を眺めて、何だか複雑な気持ちになった。海に囲まれていることが浦安の良さのひとつなのに、その海と接することができない。しかし、海と接することができるようになると、市外から人が押し寄せてトラブルが生じる。

市としても護岸の管理を千葉県から浦安市に移すことができないかと取り組んでいるようだが、そうなると護岸の整備費用を市が負担することになるだろうし、浦安市の財政規模で耐えられるのかという話にもなる。

千葉県が護岸の管理をしているのであれば、市民としてはもっと細やかな管理を望みたいところだが、かといって千葉県の財政を考えると難しいことだろう。

護岸の一部を千葉県との共同管理にして、その場所に有料の釣り場を設けるという案もありそうだが、それによって市外の人たちがたくさんやってきたら、やはり何らかのトラブルが起きることが予想される。地域住民としてはあまり歓迎することができないと思う。

護岸ひとつについて考えても、様々な要素が入り組んでいて、なかなか難しいものだ。

そして、釣りについては浦安市総合公園と高洲海浜公園の付近のみ開放されているらしい。これで我慢してくれよという浦安市の配慮を感じるが、実際にはこれらのエリアは浦安を取り囲む護岸のごく一部に過ぎない。

釣り人にとっては、そこに魚影が有る限り、自らの危険をおかしてでも近くに広がるポイントを探ってみたいという欲求にかられるはずだ。魚を獲るという行動は大昔から続いていたわけで、もはや本能に刻まれているのかもしれない。

ということで、私が真夜中に見かけた二人組の男性たちは、おそらく三番瀬でシーバスを狙いに行く途中だったことが推察される。

深夜0時をまわって三番瀬に行き、護岸の向こう側で釣りをやっていても、おそらく地域住民から警察に通報される可能性は低いことだろう。また、当直勤務をしている浦安警察署の警察官が頻繁に見回りにくるとも思えない。

コロナ禍がなかったなら、そのような釣り人に対して大きな制限がかかることはなかったかもしれない。とても楽しそうに準備していた彼らの姿を思い出すと、何だか複雑な気持ちになる。

一方、趣味が魚釣りで、引っ越した先の目の前が釣り場だったなら、まさに絶好の住環境だと思う。それを理由のひとつとして浦安に引っ越してきた人がいたとすれば、とても気の毒な話だ。