久しぶりに谷津道サイクリングへ
最近の自分の録を眺めて見ても、ストレスの影響がよく分かる。しかし、やっと谷津道を自転車で走る日がやってきた。長かった。とても長かった。
サイクリングを自粛している期間があまりに長すぎて自転車のカスタムを始めてしまい、自室からロードバイクがなくなり、シクロクロスバイクが生えた。
正しくはシクロクロスバイクではなくて、シクロクロスフレームをベースとしたオールロードバイクという解釈になる。
ハンドルはマルチポジションバー、クランクはGRX-RX810のシングルにウルフトゥースの38T、リア変速はR8000のリペアパーツで組み合わせた12-30Tという市販されていないスプロケット、そして実車で見かけたことが全くない32Cのコンチネンタルの四季タイヤ。
ディスクブレーキ全盛の風潮に対して唾を吐くかのようなVブレーキが目立つ。
クロスバイクに乗り始めて、そのうちロードバイクに乗り換える初心者の自転車に見えなくもない。
しかし、自分の場合にはクロスバイクからフルカーボンのロードバイクまで乗り継ぎ、一周まわって現在の状態にたどり着いた。
それにしても、自分でカスタムしておいて妙な話だが、パスハンターをイメージして組み上げたオールローバイクはとても不思議な感じに仕上がった。
フラットバーロードバイクにも見えるし、通勤用のクロスバイクにも見えるし、昔のパスハンターの雰囲気もある。
なんだこれはという変態仕様のオールロードバイクを玄関に立てかけて、憂歌団の「パチンコ」という曲を口ずさみながらシューズを履く。自分にとっては曲の中のパチンコがサイクリングに置き換わっているだけの話だ。
しかし、出発直前になって心拍数が上がり、不思議な汗が噴き出してきた。
今まで平然とスポーツバイクに跨がって車道を走っていたのだが、その行為自体に恐怖を感じている。
浦安住まいのストレスは自分の心身に大きなダメージを刻んでいて、街に出ることを潜在意識が拒否している。街に出れば様々な嫌悪を感じて精神にダメージを受けることを脳が記憶してしまっている。
この鬱陶しく喧しい街に対して。
これはかなりの重症だ。357号線の向こう側の浦安については立ち入ることもないのでどうでもいいが、新浦安に住む住民としては、最もこの街での生活を嫌っている住民のレベルに達している。
これ以上の嫌悪のレベルになると引っ越していなくなるはずだ。自分は子供たちのために留まっているが、子供が学校に通っていなければ明日にでも市外に引っ越す。それくらいに私にとって劣悪な状態だ。
しかし、荒い呼吸に耐えながらマンションの前でオールロードバイクに跨がると、自然とペダルを回そうという気持ちになった。
相変わらず新浦安の街中は自動車と自転車と歩行者で溢れている。街全体が高い衝動性と多動性を有している。落ち着きのない人たちにとっては楽しい街なのだろう。
まるで、ロールプレイングゲームをやっているかのように人が往来していて、しかも自動車の音が喧しい。必ずどこかから大きな音が聞こえてきて、気持ちが全く休まらない。
いつも思うのだが、この街は都市設計を間違ったと思う。
浦安市のまちづくりの基本目標は、「人が輝き躍動するまち・浦安」なのだそうだ。地域住民の多動性と衝動性は認めるが、人が輝いていることをどうやって判断するのか。私がこの街に引っ越して輝きを失ったことは分かるが。
心拍数が100を超えた。目眩と動悸が激しい。日の出地区から美浜地区の堤防沿いに入り、可能な限り静かな道路を走って汚い川にかかる橋を渡る。
下水が流れ込んでいるくらいに汚れた川から流れる水で育ち、衛生管理もなされていない三番瀬の貝を潮干狩りで捕まえて、旨いうまいと言いながら食べる浦安市民がたくさんいる。
大昔、養殖の牡蠣を旨く育てるために海に汚物を撒いたという地方があるそうだが、その原理と同じなのだろうか。
ともかく、私は速やかに浦安を脱出したい。障害物を乗り越える時、リアブレーキケーブルがトップチューブの上に配置することで自転車を肩に担ぐように設計されているシクロクロスバイクのフレームはとても便利だ。
そして、市川市に入った途端、吐き気を生じるくらいの目眩が治まり始め、自転車に乗ってペダルを漕いでいるにも関わらず、心拍数が落ち始めた。
これは凄い。
浦安という街に対して適応障害、あるいはパニック発作らしきものを生じているらしい。ストレッサーがなくなれば元に戻る。
そのことは自分にとってわずかな希望だな。
さて、しばらく走っていると、ロードバイクとシクロクロスバイクのフレームの違いについても分かった。
シクロクロスの場合には短い距離でのストップアンドゴーによる加速がとても楽だ。
クロモリ製のシクロクロスフレームでは、30km/hを超えるまでの加速というよりも、20km/hくらいまでの加速が楽な感じがする。しかも、直進性が高くて走りが安定している。
だが、ロードバイクのようにトップスピードまでの速度の伸びがない。
この性質の相違は、両者のジオメトリーによるものだと思うのだが、その理由はよく分からない。シクロクロスバイクを街乗りに使う人が珍しくないという理由はよく分かった。街乗りに適した走り心地だ。
そのまま市川市の海沿いをオールロードバイクで走り、真間川沿いをつたって原木インターの前の交差点を曲がり、市川市内の裏通りから船橋市内の裏通りに抜ける。
市川市も船橋市も道路がとても混み合っていて、お世辞にもスポーツバイクで走行する際に適した街ではない。
しかしながら、これらの街は市域が広いので、全てのエリアに人や自動車が溢れているわけではない。
まるで盲点のように存在している裏道を抜けながら、市川や船橋をパスして北上するというルートを走る。
そして、私が知る限りは浦安のシンボルロードや千葉県内の357号線と並ぶくらいに劣悪な交通状況である木下街道をほぼ垂直に横切って回避し、鎌ケ谷市を目指す。
サイクリストとして経験を積んでも、未だに荒川の岩淵水門、もしくは江戸川沿いの寅さんや関宿城をランドマークとして代わり映えのしない暇な河川敷を走っている人たちからすれば、「カマガヤ? あんなに混み合った街を走って、何が楽しいの?」と思うかもしれない。
私も鎌ケ谷市内の道路が嫌いだった。特に木下街道を走って手賀沼に行くルートは精神修行と言わんばかりに自動車が渋滞している。こんな道は自転車で走るようなところではないと思う。
しかし、鎌ケ谷市民はどう感じているのか分からないが、千葉県民の妻と結婚して浦安市に引っ張り込まれただけで千葉県の地理に疎い私には、鎌ケ谷市内に裏ルートがあることに気付いてとても驚いた。
市川市と鎌ケ谷市には大柏川という利根川水系の一級河川と呼ぶには地味な川が流れている。
この付近の地形図を分析してみると、都市開発によってその姿を失っているが、谷津道に相当する痕跡が残されていることに気付いた。
地域住民が抜け道として自動車で通行することはあるが、ロードバイク乗りの姿を見かけることもないような道路が、この付近に存在している。
ということで、浦安市内のサイクリストたちのためにログを...残すわけがないだろう。自分で探すことに意味がある。
人工物ではなく自然素材100%、しかも自分の背丈よりもはるかに高い緑の壁にエスコートされながら、ワインディングロードを走る。
漂ってくる金木犀の香りに癒やされながら、これから深まる秋を感じ、あと数ヶ月で年の瀬がやってくるのかと過ぎ去る時間を感じる。
32Cのタイヤは、もはやロードバイクでは使用されないくらいの太さだが、早い話がママチャリのタイヤにフィーリングが似ている。
28Cのタイヤの場合には頑張って漕げばそれなりのスピードが出るのだが、32Cになると諦めるしかないくらいのモッサリ感がある。
ところが、走行時の安定感はとても大きくて、路面が荒れていても気にせずに突っ込んでいくことができる。
コンチの四季タイヤはあくまでロード用のタイヤなので、小石が広がっているようなグラベルには適していない。しかし、パナソニックのグラベルキングを使うとどうなるのだろう。楽しみになってきた。
私だけが裏カマガヤと呼んでいるルートには、所々に短めのヒルクライムを楽しむことができる場所があったりもする。
休日の部活だろうか、付近の中学生たちがママチャリで必死に登っている姿を見かけることもある。その脇を白髪頭のオッサンが必死に登る。
私は千葉県全体を嫌悪しているわけではない。松戸市や野田市、流山市といった東京よりの千葉県の街はあまり好きではないが、それ以外は結構好きだ。
とりわけ、鎌ケ谷市に入ると気持ちがとても楽になり、浦安市に帰る気持ちがなくなる。
大柏川沿いの谷津道の痕跡を走り、大津川沿いの谷津道が見えてきた。ここから柏市に入る。
鎌ケ谷市の趣のある街並みも素敵だが、柏市には突き抜けるような開放感がある。少し前に若い子育て世代が柏市に流入して人口爆発が生じたが、その気持ちはよく分かる。
市街地は利便性があり、今走っているような場所は自然が溢れている。
そういえば、今年に入って青々とした若稲を眺めて楽しんでいたのだが、あの稲田はどうなっただろう。少し楽しみにしながら大津川沿いの谷津道を訪れた。
多くの場所では、すでに稲が刈り取られた後だった。切った部分から緑の葉が申し訳なさそうに生えていた。
自転車を停めて、しばらく呆然としながらその光景を眺めた。サイクリングに出かけられなかった時期にも農家の方々が働いてくださっていたことは分かる。同時に、自分の趣味の時間が間違いなく消え去ったことを感じる。
この時間は決して戻らないし、浦安住まいのストレスでいつも以上に体調を悪化させていた理由も分かった。稲が実って刈り取られるくらいの時間、私はずっと耐え続けていたのだな。
私はすでに体調を壊すくらいに浦安という街で苦しんでいる。今まで十分に苦しんだ。あと少しの我慢だ。完全に潰れないように耐えるのみ。
しかし、しばらく走っていると、まだ刈り取られていない稲田を見かけた。そうなんだ、私が見たかったのは、このように黄金色に輝いている風景。どうして癒やされるのか分からない。食糧となる植物が実っていることについて喜ぶようにヒトの原始脳にプログラムされているのだろうか。
谷津道ではロードバイク乗りをほとんど見かけない。このような路面を25Cのタイヤで走ると跳ね上がったり、スリップしたり、細かな振動が襲ってきて楽しくないからだろう。
28Cでも十分かと思っていたが、32Cのタイヤに換装するとかなり楽だ。25Cと比べると速度が10km/hくらい落ちた感じがするが、スリップすることも振動に苦しむこともない。
本日のライドは、組み上がったオールロードバイクの微調整が目的だったので、路肩に自転車を停めてブレーキレバーやシフトレバー、ハンドルなどの角度を調整する。
補給食をかじった後でスポーツドリンクを喉に流し込み、視線の上に広がる空を眺める。
全くよく分からない世の中だ。
ようやくコロナの第五波が治まってきたが、冬前には第六波が訪れることだろう。人々が気を緩めてパリピが量産されると、インフルとコロナの波が同時にやってくるかもしれない。
そのような狭間にサイクリングに出かけて、浦安住まいでボロボロになった心の傷を応急処置のような形でふさいでいるのか。妻や子供たちでさえ助けてくれない状態で。
しかし、人間とは不思議なもので、自分の周りの環境から何かを感じ取って、自分自身の思考を変えていくらしい。
雑多な街から抜け出して、空を眺め、緑を眺め、開放的な空間に佇んでいると、自分自身の悩みなんて小さなことだと感じる。
帰り道もローディたちが寄りつかないようなワインディングロードを走る。
路面は多くがひび割れていて、ロードバイクで走るにはあまり楽しくない状態だが、オールロードであれば問題ない。気にせずに突っ込みながら走って行く。
滑らかに舗装された道を進むだけが人生ではないな。荒れているからこそ楽しいこともある。それは工夫次第なのかもしれない。
夕方に戻ってきた新浦安は、相変わらず鬱陶しくて喧しい。うんざりしながら自宅に帰る。
しかし、出発した時のような悲壮感は自分の中に生じていない。心拍数についても辛うじて正常値を維持している。
このように耐えながら、来たるべき脱浦の日を待つ。とにかく完全に潰れないように自分を守る。