サイクル仲間は人生の友たりうるか
あまりに忙しいために休日出勤。私のストレスは混雑してうるさくて臭い電車や駅での長時間の通勤であって、仕事そのものは楽しい。楽しくないこともあるけれど、やっているうちに楽しくなることが多い。
妻と子供たちは同級生と映画を見に行くということで、気兼ねなく働くことができる。仕事が進まないことは子育て中なら普通のことだ。
しかし、その負荷が原因で生活の糧を失うくらいなら、共働きも中学受験も止めればいい。父親が倒れたらこの生活は続かない。
そして、想像以上に集中することができて見通しが立ってきたように感じた。職場を出ると湿気を帯びた外気が待っていた。しかし気分は悪くない。
すでに夜遅くなので空腹を覚えた。自販機で清涼飲料を買って飲み干す。決めた。
私が立ち上げて世話人を務めていたロードバイクサークルを年内をもって閉じる。ちょうど3年間。楽しいことも多かったが、後半はストレスの方が大きかった。
礼儀正しいサイクリストが集まってくださったが、望まない人たちもたくさん寄ってきた。
DHバーを握って子供の横を疾走する人、自分ではルートを提案しないのにライドの批評が得意な人、まともにブレーキングさえできなくて他のメンバーに追突する人。走りながら唾を吐き続ける人。自分は速いと盛ってやってきて初回のライドで行方不明になりメールを遮断する人。
最初は上機嫌でライドに参加するのに、しばらくして飽きて乗らなくなる初心者たち。まさにニワカ雨のごとし。
その前に参加してすぐに潰れたロードバイクサークルも含めて、サークル活動を通じて学んだことがある。
それは人と人の繋がりの大切さではなくて、人の多様性、さらに踏み込めば個々のエゴだった。
このサークルを立ち上げる前のサークルにはリーダーがおらず、規約もなかった。ロードバイク乗りによくいるタイプだが、脚力や機材で承認欲求を満たそうとする人たちがたくさんいた。
今から振り返っても気分が重くなるし、二度と一緒に走ることはない。
それぞれ立派な職場で働いていたし、接遇も身につけていたが、一皮むけば自我が露呈する。それはプライベートの場だからなのだろう。
お互いに距離を近づけすぎずに生活することが、浦安という街で心穏やかに生活する上でのコツだということは分かった。承認欲求が強い人には近づかないことも大切だ。
その教訓もあって、きちんと規約を用意してメンバーをネットで募ることにした。有り難いことに脚力や機材を自慢するような人はいなかった。
しかしながら、ここまで穏やかな人たちが集まっても運営は厳しい。ロードバイクが趣味といっても様々な乗り方があり、仕事や家庭の大変さも波がある。
最初の頃は盛り上がったが、途中からそれぞれのメンバーがサークルに飽きているように感じた。
荒川沿いをトレーニングとして走りたい人。黙々と走ることが嫌いで様々なグルメスポットに行きたい人。ライドの調整自体が不可能に近い。
レースで勝つことを目的としたサークルなら目標も立てやすいが、一体、どのような方向に行けば良いのかも分からない。
途中からロードバイクそのものに乗らない人が増えてきて、ネットで入会を希望してくるのはソロライドに飽きた初心者が多くなった。
初心者が悪だと言っているわけではないが、ある程度の経験を積んでからグループライドに出ないと周りが迷惑する。
それに加えて、ロードバイクに限らないと思うが、社会人スポーツサークルでどこに負荷がかかるのかというと、ネットでの公式サイトやブログの運営。
最初の頃はメンバーがアクセスしてくれるのだが、途中からメンバーさえアクセスしなくなる。サイトの運営について感謝などないし、どれだけ大変なことかも理解しない。
会員数が増えている時はまだ気が楽だが、数年でプラトーになって入会希望がほとんどなくなる。
そこからは何のためにサイトを継続しているのか意味が分からなくなり、それが面倒になる。
サイトの運営に関わっていないその他大勢は楽だ。自分はライドに参加していればいいや。このコースは気に入らないから不参加。その時間は面倒だから不参加。
ブログとかはそういったことが得意な人たちがやればいいや。他のショップチームやサークルにも入って楽しもう。掛け持ちしておけば一つくらいチームが潰れても全然平気だよと。
サークルが傾いて潰れる理由の多くが世話人のモチベーションがなくなることだと思う。その状況は世話人だけの問題ではなくて、メンバーにも責任がある。
楽しそうにライドに出かけていたのに気がつくと解散してしまっているロードバイクサークルや、更新されずにネット上を漂っているサークルのサイトがどれだけ多いことか。
関係ないのにネットで突っ込んでくる輩や他のロードバイクサークルの人たちもいて苦労した。全て公開してやろうか。
結局、職場のコンプライアンスもなく、保護者会のような不文律もない社会人のサークルは、個人のエゴがそのまま顕れる。
それでも、人生を通じて付き合える友人がたくさんできると信じて、私はサークルを続けてきたが、期待は失望に変わった。
どれだけの友人ができたことだろう。不甲斐なさで自分自身を笑ってしまう。
入会してきた人たちは人として素晴らしい人たちだった。しかし、ロードバイクに乗らなくなったら、その関係があっさりとなくなって、道端で出会うことさえない。
そのような結末がありながら苦労してサークルを運営してきたわけだ。
とはいえ、私としては熱くなっているわけでもなく、ロードバイクという趣味を通じて得られる友人関係というのはこの程度なのだろうなと感じた。2回もロードバイクサークルが潰れたので諦めもついた。
これからロードバイクサークルを立ち上げる人たちは、そんなことはない、運営が良くないだけだと言うことだろう。数年続けてみれば分かる。
他の趣味のサークルはどの程度なのか分からないが、私の場合には、仕事と家庭以外の場で人と人との繋がりをつくることで、人生がより豊かになると思い込んでいた。
私の考えの浅さによるものだろう。そもそも繋がりとは何を意味するのか。仕事と家庭以外の場でストレスを感じるのなら、そんなものは要らない。
3年間もサークルを続けてきて、ライドの写真をコツコツと撮ったり、サイトを運営し、入会希望の人たちに対応し、こまめにライドを企画して。
ここまでやって、私の人生において何が残ったか。写真のフォルダと朧な思い出なのか。
ロードバイクサークルを立ち上げてしばらく盛り上がっても、レーシングチームと男女出会い系のサークル以外は気が付くと消えてしまうことが多い理由が分かる。
ロードバイクサークルだったはずなのに飲みサークルになってしまう理由も、ベテランのロードバイク乗りが一人で走っている理由も今なら分かる。
それでも、ロードバイクを趣味として始めた人たちは同じ軌跡を進むことだろう。
そのパターンが分かっていればサークルなんて立ち上げなかったと思うが、ネット上に情報がほとんどない。実体験してみないと分からないことでもある。なので、書き留める。
無駄になった時間や労力を取り戻すことはできないが、自らの愚かさを認めよう。
人生を通じて付き合える存在を趣味の場で探すことは、あまりに困難なことだった。
仕事と家庭以外に居場所がなければ、リタイアした後で虚しくなると私は怖れていたのかもしれない。
その存在が期待できず、人は一人で生きることを悟った時、誰かを心の拠り所にすること自体が甘い考えだと気付く。
浦安という気に入らない街で生活する上で、サークルはとても大切な存在だったけれど、もはや気兼ねなく浦安から引っ越すことができる。五十路の前にその意味が分かって良かった。