盗まれやすいロードバイク、盗まれにくいロードバイク
ヤフオクやメルカリで不要なサイクルパーツを出品したことがある人なら分かると思うけれど、例えばシマノのコンポーネントをバラで売る場合、シリアル番号が製品に刻印されているとは思えず、販売証明の添付の必要もない。しかも、コロナの影響でほとんどのサイクル用品の供給が滞っているので、オークションサイトに出品するとすぐに売れる。
百万円を超える自転車を小さなワイヤーキーだけで停めてその場を離れ、盗難に遭ったという話は滑稽に見える。だが、サイクリストあるいは社会全般の性善説という視点で考えれば、自転車に限らず、他者の物を盗むような輩はこの世から消え去ればいい。
ところが、法に基づく警察の視点で考えると、数万円のママチャリが盗まれた場合と、百万円近いロードバイクが盗まれた場合において、おそらくその対応は同じだと思う。
最近ではGPSで盗難自転車を追跡するというシステムが開発されていたりもするが、窃盗犯が本気で盗もうとすれば、ワイヤーキーなんて軽く切断され、GPSも途中で外されて自転車が分解され、第三者に渡った後でオークションサイトに部品だけがバラ売りされ、現金化されてしまうことだろう。
業務用のワンボックスカーのような車両で自転車が持ち去られてしまうと、まさに一瞬で消え去ってしまうはずだ。
「盗難に対する最大の防御は、人間だ」という意見はとても正しくて、複数人でサイクリングに出かけた時の安心感はとても高い。だが、毎回のように他者と連れ添ってロードバイクで走るわけにもいかない。
かつて浦安市内の自宅と東京の職場をロードバイクに乗って通勤していた時、やはり盗難が最も怖かった。途中のコンビニで昼飯を買ったり、トイレを借りるといった状況以外はどこかに駐輪することさえできなかった。
ロードバイク通勤のために最初に買ったのはジャイアントのコンテンドだった。量販店で入口に並べられていたり、壁に吊されている完成車で、価格も10万円に届かないくらいのエントリーモデル。
これに乗って都心を走り、朝食を買おうとコンビニに立てかけて鍵をかけ、レジに並んだところで不審な人物を目撃した。
日本人に見えなくもないが、日本人っぽくないようにも見えるし、大学生に見えなくもないが、社会人にも見える。この時間であれば学校や仕事に通う格好であるはずなのに、そのような格好とも思えない。
買ったばかりのコンテンドは、スプロケットに透明な円盤、いわゆるホイールプロテクターが取り付けられているような状態。
その男は、コンビニに立てかけてある私のロードバイクをかなり注意深く観察していた。斜めがけのショルダーバッグが実に怪しい。
窃盗事例での防犯カメラに映っていた犯人においてもショルダーバッグを前にずらし、そこからワイヤーカッターを取り出してロックを切断するというシーンがあった。バックパックの場合には一度背中から外して前に出す必要があるのだが、ショルダーバッグならより手早く犯行におよぶことができるわけだな。
しかも、ここで持ち主から声をかけられても、「ああ、いい自転車ですね、今度、これが欲しいなと思ってるんですよ」と立ち去ることができるわけだな。買うか盗むかに関わらず。
ロードバイクの盗難というと、50万円とか百万円するような高級車が狙われるというイメージがあるが、エントリーグレードのロードバイクの盗難例はとても多い。
丸一日を真面目に働いて1万円くらいの収入、あるいは収入がないという人が窃盗犯になり、エントリーグレードの真新しいロードバイクを盗んだ後でどこかに売れば、数万円の金が手に入るということか。
犯人が低収入であるという考え自体が成立しないかもしれないが。
案の定、その不審な男は、私が近づくとすぐにロードバイクから目を離し、「あの、すみません」と声をかけると、もの凄い勢いで逃げていった。
私としては、非常に不快な気分になったのだが、現行犯ではないし、実際に盗まれたわけでもないので私人逮捕は不可能だ。
日本においては、おとり捜査が禁じられているのだが、いい加減にそれを解禁すればいいじゃないかと私は思う。
自転車の盗難に限らず、電話での詐欺に捜査員が乗って、実際に犯行グループを捕まえるとか。
おとり捜査については、マスコミだけではなくて、いわゆる人権派の法曹界の人たち、さらには学生時代に運動部で頑張った団塊世代の一部も反対すると思うのだが、どうして彼らが反対するのかを知っている人は少ない。
しかしながら、往復3時間を超えるロードバイク通勤においては、ペダルを回しながらひとりで黙々と考える時間がたくさんある。これは本当に素晴らしい時間だった。
先の不審人物は、どうしてエントリーグレードのロードバイクをジロジロとなめ回すように見つめていたのだろうかと考えてみる。
「おお、このコンポはR3000系の新型SORAだな。ふむふむ、タイヤはコンチネンタルか」と観察していたわけではないはずだ。
おそらく、目の前のロードバイクが売り物になるかどうかを見定めていたはずだ。
だとすれば、「完成車で買って取り外したので新品同様です」とオークションサイトで販売したり、窃盗グループ内で横流しする際に、どこに注視するのだろうか。
よりシンプルに考えてみると、「傷がなくて汚れがない」という点だろう。
そう考えると、スプロケットの透明な円盤は、どれくらいの走行歴があるのかを示すバロメーターのようになってしまう。
いくら高価なサイクルパーツであっても、ビンテージ物を除いて使い込んだものは価格が落ちる。
ロードバイクが盗難に遭った場合、フレームが他者に売られるというパターンは少なくなったと思う。フレームには車体番号が刻印されており、その番号が証拠となって捕まるリスクがある。窃盗犯としても、それくらいのことは学習しているはずなんだ。
他方、ロードバイクで都内を走っていると、どう考えても危ない場所にロードバイクを停めて、その場から離れている人たちがいる。メッセンジャーの人たちだ。
先日、日本に数台しかないような珍しいロードバイクで仕事をしていたメッセンジャーが盗難の被害に遭ったことがツイッター上で話題になっていたようだ。
しかし、その事例では、盗まれてしまうようなレア物を無施錠で放置していて、ウーバーイーツのバッグを背負った人が盗んで乗っていってしまったそうだから、メッセンジャーとしてはどうなのかと私は思う。
なぜなら、私が都内で見かけたメッセンジャーたちの行動と比べて大きな解離があるからだ。そのように目立つロードバイクで配達をしているメッセンジャーを私は見かけたことがない。少なくともベテランではないか、業界内では珍しい人なのかも知れない。
その事例を除くと、あれだけ都心の路上でロードバイクを停めているメッセンジャーが、頻繁に盗難に遭っているという話を聞いたことがない。
私がロードバイクで通勤していたのは2016年から2018年の頃だったが、やはりメッセンジャーの自転車が盗まれたという話を聞いたことがなかった。
「どうして、メッセンジャーたちのロードバイクは盗まれることが少ないのだろうか?」と、通勤中の私は不思議に感じて、それ以来、メッセンジャーが書類などを配達している姿を見かけるたびに、彼らの自転車を観察して研究することにした。
その場合、「私がこのロードバイクを盗むと仮定して、何を目的として盗むのか?」というプロファイリングや犯罪心理学的な思考が必要になる。
しかし、結論はとても単純だった。
「これでは売り物にならない」というロードバイクがとても多かった。彼らが使用しているスポーツ自転車は、ロードバイクだけでなく、シングルギアでクロモリ製のブレーキ付ピストバイクが珍しくなく、ロードバイクだけでなくクロスバイクも使用されていた。
それらの自転車に共通していたのは、乗り込んでボロボロになっている上に、埃とオイルが付着して酷く汚れていること。
ステムのボルトは錆びてしまっていて、フロントのチェーンリングは削れ、リアディレイラーはロゴが剥がれて銘柄さえ分からないものもあった。
ホイールについても同様。雨の中でも走っているからだろうか、サイドウォールが削れてしまっていて、タイヤも磨り減っていた。
これらを盗んでオークションで売ったとしても、ジャンクパーツとしてでさえ売り物にならないと思った。
最もよく分かるのは、ハンドルのバーテープもしくはグリップの劣化。趣味でサイクリングを楽しんでいる人たちであれば、それらが気になって交換するレベルだが、仕事用の自転車であればそれらを気にしている場合ではないのだろう。
メッセンジャーたちが人通りの多いビル街の歩道に自転車を立てかけて、書類を手に持って配達先のビルに入って行った後、彼らの自転車に鍵が取り付けられているのかというと、ロードバイク乗りが使っているようなワイヤーキーはほとんど見かけなかった。
自転車を歩道の柵などに地球ロックしてはいるが、その多くが鉄の鎖のような鍵だった。走っている最中は、それらをフレームや自分の身体に巻き付けていたりもした。
圧巻だったのは、おそらくホームセンターで買ってきたであろう、太さが5mmくらいありそうなステンレス製の鎖をフレームと歩道の柵に巻き付けて、ごつい南京錠がかけられていたりもした。この鎖を破壊して、くたびれた自転車を盗もうという輩はいないことだろう。
では、メッセンジャーたちの自転車が無様で格好悪いのかというと、むしろ逆だった。
乗り込んだスポーツバイクが放つ迫力があり、それらを身体の一部のように乗りこなすメッセンジャーのライディングスタイルがとても美しく感じた。
混み合った車道を走っているにも関わらず、彼らの走りにはとても余裕があって、近くを走るタクシーや配送トラックが苛立っていない。むしろ、自転車と自動車が絶妙なタイミングで譲り合っていた。
メッセンジャーたちは止まるべきところで止まり、進むべきところで進み、決して無理をしない。たまにトランシーバーで本部と会話している姿がとても素敵だった。
ニッカーの下から見える彼らのふくらはぎは無駄な肉がなく、本気で走ると間違いなく速いことだろう。長い経験を刻んでいる彼らの自転車やバッグとよく似た雰囲気を醸し出している。
そのようなメッセンジャーたちと、最近になって問題を起こしているウーバーイーツの配達員の違いはなんだろう。
私が知る限りでは、メッセンジャーたちは混み合った車道において我を張って疾走することが少ない。周りに迷惑をかけないように走る。信号が変わるタイミングさえ熟知しているようにイーブンペースで走り、スマホを見つめて配達先を探すということもない。
おそらく、メッセンジャーの配達先は、個別の住宅ではなくて企業のオフィスだからなのか、すでにルートを記憶しているのだろう。
自動車からクラクションを鳴らされているメッセンジャーなんて、私は見かけたことがない。
他方、ウーバーイーツの配達員の場合には説明するまでもなく、彼らの姿が格好良いと感じることもない。まるで社会の害悪のように彼らが批判されることは多いのだが、その理由はモラルが崩壊した彼らの行動によるものだ。
真面目に働いている姿に対して指摘が飛んでいるわけではなくて、信号を守らず、車道を逆走し、右折レーンを気にせず走り、歩道を疾走して歩行者に危険を及ぼし、法の存在を無視しているような輩が多すぎる。
しかも、そのモチベーションとは、ただひたすら自分が小金を稼ぐことだ。その無秩序で、さもしい姿に対して多くの歩行者や運転手が苛立ちを蓄積させ、あの四角いカバンが嫌悪の対象になる。
しかも、いくら批判が集まっても彼らの態度に改善は認められず、運営会社は「配達員は個人事業主だ」と主張して根本的な解決には至っていない。
そのような一連の態度に対して指摘が飛んでいる。このような事業をどうして国や自治体が認めたのだと、市民からの矛先は行政に向かうことだろう。国交省は何をやっていたのだろうか。
さて、ウーバーのことはともかく、メッセンジャーたちのスポーツ自転車と比較して、一般的なロードバイク乗りたちのロードバイクはどうなのかというと、真新しくて、きちんと清掃されていることが多い。
大切な愛車なのだから当然かもしれないな。
コンポが型落ちになれば新型に交換することもあるだろうし、カラーリングにこだわったりもする。新しいホイールを手に入れるために、今の仕事を頑張ってボーナスの時期を待つ。そのような欲求は、サイクリストの本能のようなものだ。
スポーツバイクは、乗って楽しく、機材を換装して楽しく、眺めて楽しい。骨董品のような価値もある。
さらに、全てではないが、サイクリストの間でのマウンティングにおいてもコンポーネントやホイールのスペックや見栄えが大切な指標になったりもする。
「へぇ、105からアルテに換えたの!? いいね!」とか「おお、DURAですね!?」とか。たとえそのスペックが乗り手の脚力に見合っていなかったとしても、高価なカーボン製のホイールで走ってみたいと感じることは間違っていない。それが趣味というものだ。
しかも、最近では、愛車を洗剤と水で洗ってピカピカに仕上げることが流行していたりもする。大切なフレームやパーツを長持ちさせる上では、埃や砂をきちんと落とすことが大切だ。何ら間違っていない。
ところが、スポーツバイクを盗む側から見ると、パーツやホイールに傷ひとつないといった「売り物になる」という要素がとても重要なわけだ。サイクリストから見ると、本当に許しがたい存在だ。
さらに、あくまで窃盗犯から見れば、時には50万円以上の価格がつく自転車のフレームは価値がなく、パーツやホイールを取り去った後は細かく砕かれてゴミになるのだろう。
サイクリストたちが一生懸命に金を貯めて買ったカーボンフレームを、ノコギリやハンマーで壊して捨てるなんて、全くもって窃盗犯という輩は社会の害悪だと私は思うし、根絶やしにできないかと憎む。
しかし、現在の法律では、これが限界なんだ。最も頼りになりそうな政治家がいたが、その期待は潰えた。
窃盗犯たちが現金を得る機会を提供するオークションサイトや他のネットツール自体は悪ではないが、それらのシステムが悪用されてしまっている。ネットが犯罪の術となってしまうなんて皮肉なことだ。
オークションサイトを取り締まっても、SNSで直接的な取り引きに出る輩が湧いてくることだろう。出所がよく分からない中古品であっても手に入れたいというサイクリストはたくさんいる。そこまで考えが及ばないからだ。
それが正しいのか正しくないのかに関わらず、社会に点在している歪な歯車が噛み合って、ひとつの流れになってしまっていることが問題だと思ったりもするのだが、それを私が叫んだところで何も変わらない。
もとい、盗まれにくいロードバイクとは、自転車全体がくたびれて、しかも汚れていて、盗んだとしても売り物にならないという点が大きな要素になる。
コンポが初期のDURAとか、フレームがビンテージ物で日本に数えるほどしかないとか、そういった古さは逆に危険だと思うけれど、単に古くて汚い自転車については、移動のための手段として使われない限りはスルーされることだろう。
裏を返すと、スポーツバイクが現実的に劣化していなくても、劣化していると窃盗犯たちが誤解するような状態になっていればいいという解釈になる。どこまで効果があるのか分からないが。
ということで、せっかくバラ完から組み上げたシクロクロスバイクを、くたびれて汚れた感じに偽装することにする。ポジション出しなどは完了して、すでにテストライドは済んだ。最終的な仕上げだな。
以前に愛用していたクロモリ製のロードバイクについては都内への通勤で使っていたのだが、同じように偽装を加えたところ、不審者が寄ってこなくなった。走り込んでいるうちに、それらが偽装ではなくて、実際に削れ、汚れ、味わいのある感じになった。
また、途中からグループではなくてソロで走るようになったので、他のサイクリストたちから飛んでくる視線はあまり気にならなくなった。他のサイクリストからとやかく言われない場所で走ればいい。
クランクやディレイラーなどのロゴを塗料で消したり、ホイール用の消しゴムで削り取り、フレームに取り付けるバッグやアクセサリーについてもサンドペーパーで軽くこすってわざと劣化させる。そして、さも乗り込んでいるかのように加工するわけだ。
当然だが、パーツやホイールのロゴがなくなってしまうと、不要になった時にオークションサイトで中古品として売り出すことができなくなるので、それなりに勇気がいる。
自然と汚れた感じにするのは思ったよりも難しくて、黒のマジックペンで軽く素描きをしておいた後、溶剤で全体に黒っぽくインクを広げたりもする。チェーンを拭いた後のウエスやペーパーをフレームにこすりつけると自然な感じになるが、自然と言うよりも普通に汚れた自転車だな。
本来ならば、真っ新な状態から時間をかけて乗り込むことで、サイクリストの身体の一部のように燻しの利いた味わいのある自転車が生まれる。しかし、新品の間が最も危険だと私は考えているので、この状態をパスする必要がある。
最後に、ソロで走る時にはアブスの多関節ロックを欠かすことができない。この習慣は浦安から都内へのロードバイク通勤から続いている。
さらに、職場にはオートバイク用の鎖のロックを大きな樹木に取り付けていた。警備員たちは「仕方がないなぁ...」と呆れているようだったが、私がベテランだからこそ許してもらえることもある。
とはいえ、軽量なタイプであっても多関節ロックは1kg近い重量なので、ロードバイク乗りが純粋に走りを楽しむのであれば無用の道具だ。
しかし、「きちんと2つも鍵をかけていたのに、盗まれた!」という人に限って、それらがワイヤーキーであり、歩いてきた窃盗犯のバッグに忍ばせているカッターで瞬時に切断されたというケースが多いようだ。
そもそも、手の平に乗るようなワイヤーキーは、実際の防御を考えるとほとんど意味がない。
盗む気がない人には、ほんの少しのアピールになるかもしれないが、本気で盗もうとしている人には自分はカモですとアピールしているようなものだ。
100均のニッパーで切断することができるワイヤーで高価なロードバイクに鍵を付けているつもりになり、楽観的に他者の道徳を信じているだけなのだから、窃盗犯としては楽すぎて笑いが止まらないことだろう。
盗まれた自転車乗りがツイッターで「ゆるさねぇ!」とイキったところで、どちらが間抜けなのかはすぐに分かる。盗まれることが分かっていながら盗まれるようなことをしているのだから。
また、ロードバイク乗りは車道でも歩道でも嫌われる存在だ。全てではないが、他者に迷惑をかける自転車乗りが多い。毛嫌いしているロードバイク乗りが盗難に遭って、「ざまあみろ」と感じている人もいることだろう。
軽くて強固という鍵は存在しない。強固な鍵はそれなりに重い。当然のことだ。
しかも、これは冗談ではなくて、多関節ロックの場合は護身用の武器にもなると私は本気で思っている。
実際に使ったことはないが、とりわけ夜の葛西橋通りは治安が悪い感じがした。ガラの悪い人に絡まれてナイフなどで攻撃された場合には、多関節ロックで防御することくらいはできそうだ。
さて、千葉県内の病床の占有率が少しずつ下がってきた。あと1週間くらいでサイクリングに出かけることができる。
それにしても長かった。新しい自転車が出来上がってしまうくらいに。