フロントシングルのGRXクランクを手に入れるのさ
だが、住んでいるだけで死にたくなる街に住まわされ、通勤地獄で極限まで時間と精神を削られる毎日だ。趣味の自転車のことを考えていた方が少しだけ前を向いて生きようという気持ちになる。
それはとても不思議なことで、自分自身の力で何とかなる範囲の僅かな希望や楽しみと言えるのだろう。
仕事にしても、家庭にしても、住まいにしても、「こうあってほしい」という望みが叶うことは少ない。
希望を持つからこそ失望が生まれる。最初から希望を持たないことで失望を避けてきた。しかし、それでは虚しい生き方が続くだけだな。
世界的な流行病の影響でシマノの生産が追いつかず、多くのサイクル製品が欠品となっている。このような事態は2020年頃からすでに始まっていたらしく、2021年になると小売店やEC業者が保有していたディーラー在庫が枯渇してきた。
その時点でようやくディーラーの焦りが表面化した。
大手チェーンはもっと早くから警鐘をサイクリストたちに伝えていた気がするけれど、まさかペダルまで欠品するなんて想像していただろうか。
そして、サイクリストたちが店頭あるいは通販サイトでパーツを購入しようとしたら、その製品がメーカーにおいて欠品しており、入荷予定が数カ月先どころか、年内未定という混乱が生じている。
大まかに分けるとサイクリストには2種類のタイプがあって、ひとつは「まあ、何とかなるだろう」と暢気に構えているタイプ。
そのような人は普段からロードバイクのスペアパーツを買っておかず、何らかの不具合が出てからパーツを手に入れる。
趣味にかける金が限られている人や、趣味に限らず金にセコい人にこのタイプが多い。
もうひとつは、パーツがすぐに手に入らない状況を考慮して、あらかじめスペアを買って取っておくタイプ。
心配性もしくはこだわりが強い人にこのタイプが多い。私はその過剰な部類だな。
前者の気持ちも分かるし、後者の気持ちも分かる。
ただ、これまでの社会と異なるのは、例えば店舗や通販でパーツが品切れになっていたとして、その状況を切り抜ける手段がなくなっていることだな。
新品のパーツが手に入らないのであればヤフオクやメルカリで中古品を手に入れればいいやという展開があまり期待できない。
2021年の最初の頃は様々なパーツが出品されていたのだが、最近では出品されること自体が少なくなってきた。
これはサイクル用品以外ですでに起きているパターンだ。法外な値段が付いた商品が出品されていることもある。
また、シマノとしては8月とか12月とか、そのような短期間の見積で入荷予定を示しているが、本当にその時期にサイクルパーツが手に入るのかどうかも分からない。
何せその状況を引き起こしている要因そのものが変動し続けている。さらに厳しくなることは想定内だ。バックオーダーだけで供給が精一杯になりかねない。
フレームについては様々なメーカーからの供給が可能という状況もパーツ不足を招いている。生産されたパーツが完成車を販売するために使われてしまう。
もっと先を予測してみる。需要に応じようとシマノが工場や生産量を増やす場合、流行病が落ち着くと大量の在庫が余って赤字になるリスクがある。
半導体の分野では、このパターンによってメーカーの業績が乱高下することがある。
そのリスクを考えると、シマノとしては身の丈に合ったペースでパーツを供給するという方針なのではないだろうか。
競合他社が少なくて圧倒的なシェアがあるシマノとしては、取引先やユーザーから指摘や批判があってもダメージは少ないことだろう。つまり、現状維持ということか。
これは由々しき事態だな。私にとってのロードバイクとは、単なる趣味の道具というよりも健康器具に近い。最近では生命維持装置のような存在になっている。
ロードバイクの実走に出ることが難しくなったら、毎日の生活でのストレスが蓄積して体調が悪化することは分かりきっている。下手をすると首を吊りかねない。
そのため、シマノのパーツの在庫が減ってきたという情報を得た段階で、チェーンやスプロケットなどの消耗品は3~4セットを購入してストックした。
シフターやリアディレイラーについてはスペアを1セット、ホイールも合計3セット。
タイヤは誤算だった。気付いた時にはコンチネンタルの四季の28Cが国内で欠品して手に負えない。現在の3セット分が尽きた頃にドイツから輸入されることを期待するか、それが無理ならば代用品を探すしかない。
だが、状況は想像していた以上に深刻だ。
なんと、ロードバイクに乗る上で間違いなく必要なスプロケットの在庫がメーカーおよびディーラーともに欠品してきている。
品薄になった時にバックオーダーである程度の数を確保していたのだろうか、ワイズロードのオンラインショップに辛うじて在庫が残っているが、9速や10速のスプロケットは全滅に近くなり、11速も時間の問題だろう。
競輪自転車のようにリアもシングルギアで漕ぐことになるのか。
しかも、ロードバイク用のディレイラーまでが品薄になっている。今後、ロードバイクにおいて、ほとんどのパーツが欠品する事態さえ考えられるようになってきた。
それらの欠品は、シマノの海外拠点の能力の限界や対応不能なくらいの需要の高まりだけでなく、シマノの製品が転売ヤーたちのターゲットになってしまった可能性もある。
また、修理のために多めに在庫を確保しようとするショップが増えていることだろう。小売りどころか修理さえできなくなると、ショップの経営が成り立たない。
ということで、このような状況では今年と来年はパーツが手に入らないことを想定して、様々なスペアを用意しておくことにした。自分のことは自分で守るというわけだ。
妻からは、「相変わらず品薄になると確保しようとする」と嘲笑されるのだが、妻はリスクヘッジという考えそのものが備わっていない。人生の多くが場当たり的というか、あまり深く考えることができない。なので、私のような男と結婚することになったのだろう。
ロードバイクに乗れなくなって私が倒れたら、妻の稼ぎだけではこの街に住むこともできないし、子供たちの中学受験だなんだと言っている場合でもなくなる。
私が倒れずに働いているからこそ、妻が理想とする生活のための経済的な柱が成り立っているのに、洗濯機や食洗機といった大型家電のように私を扱う。
家電が埃を被っていても、過負荷で熱を出しても、異音がしても、気にせずに使う。マニュアルも読まないし、家電の調子が悪くても壊れるまで気が付かない。
妻本人としては、家電は働いて当然、壊れたら壊れた時に考える、壊したのではなくて壊れただけ、自分は何も悪くないと主張する。
だが、その割に妻は家電の扱いが荒い。メーカーが想定している耐久試験のレベルを超えている。
家電の故障と私のバーンアウトにおける妻の対応がよく似ていて、たぶん同じように考えているのだと察した。
妻から見ると、私はある程度の自己修復が可能な家電という体で生きているわけか。
食物を用意すれば、遠距離を移動して金を家に持って帰ってくるという家電のような。その有り難さを妻は認めない。
妻がラディカルなフェミニストだということに気づいたのは、結婚して子供が産まれた後だ。それまでの妻は自分の思想が分からないように隠し続けていた。
強烈な女尊男卑という思想がどのように形成されたのかは分からないが、思想を変えることは困難だ。
妻と対立するよりも、自分が歩く家電だと受け入れて壊れないように何とかした方が平和的だ。妻だって自分で何とかせよというのだから、そうする。
しかし、これは困った。このような事態では、毎月の楽しみということで細かくサイクル用品を購入するという方法が成り立たない。
とにかく必要なものを買っておかないと間に合わない。
ということで、一通りのサイクルパーツを買い揃えてスペアとして保管することにした。
経済的には大きな出費だが、自分の心身の健康を維持するためには必要経費だ。現時点でストレス性の解離性障害の症状によって苦しんでいるのだから、そもそも健康ではない。
東京と比べて浦粕は住居費が割安だというけれど、たくさんのストレスに耐えるための出費が高くついている。これで本当に割安なのだろうか。
まあとにかく、これだけサイクルパーツを買い込んでおけば、タイヤ以外は数年くらい何とかなるだろう。
そのように安心していたのだが、朝の電車通勤時に大変なミスに気づいた。
そして、スペアを買っておかなかったパーツをAmazonでチェックしたところ、案の定、メーカーや小売店の在庫が枯渇していた。
それは、ロードバイクのクランク。
あはは、クランクのスペアなんて要るのかと、笑ってしまうような状況だが、本気でクランクの供給不足がやってきている。
流行病がやってくる前の生活では、クランクのスペアを用意するなんて考えもしなかった。シマノのアルテグラのクランクが折れるなんてことはあまり聞いたことがない。
絶対にありえないことを想定から除外することは、コストの削減には有効だ。しかし、絶対にありえないことが本当にありえないのか、自分が考える範囲でありえないのか、その辺の見極めがとても難しい。
しかし、クランクのアームが折れたらロードバイクに乗ることができなくなる。絶対にありえないと言えるだろうか。ここまでくると強迫観念とも考えられるし、そういえばフレームのスペアがないという話になりかねない。
だったら、2台用意しておけよという話なのだが、我が家には妻が定めた「2台ルール」というものがあって、実走用のクロモリロードバイクと室内用のスピンバイクで2台ということになっている。
そういえば、フロントディレイラーのスペアがあっただろうか。気になって通販サイトでチェックしてみると、国内在庫は残っているようだが、おそらく売り切れたらそれで年内は終了だろう。
通勤電車内のストレスはいつも通りで、苛立つ空間の中でさらに苛立ちが高まっていく。一体、この社会はどうなってしまったのだ。
たかだか趣味の品でさえ自由に手に入れることができない。仕事にしろ家庭にしろ、自分の力だけではどうにもならないことばかりの世界で生きて、せめて趣味の世界くらいは自分の自由になると思っていたのに。
とりあえず、R8000クランクに取り付けるためのチェーンリングは1セットのスペアがある。R8000にはデュラや105と違って46-36Tという不思議な組み合わせのチェーンリングが販売されていて、私はこのギアを気に入って使っている。
だが、クロモリロードバイクを谷津道サイクリング仕様にカスタムしてからは、そもそも46Tというアウターギアを使う機会がなくなってきた。36Tのインナーだけで十分。
市街地のサイクリングの場合には、車道で渋滞に巻き込まれた時に、信号待ちからインナーギアでスタートし、途中でアウターギアにシフトアップして巡航し、再び信号待ちという2段階変速だけで走ることが多かった。
一方、谷津道には信号がなかったりもするが、ワインディングロードなのでアウターギアを使ってトップスピードを出そうとすると、すぐにカーブや細かなアップダウンがやってくる。
頻繁にフロント変速を繰り返すとペダリングのペースが乱れて疲れる。
しかも、谷津道は荒れた路面が多くて変速できないくらいにチェーンが暴れることもある。
さらに、グラベルや水たまりが珍しくないので、サイクリングから帰ってくるとクランク周りやチェーンに泥や砂がこびりつくことが多くなった。
結果、フロントダブルという仕様では掃除が大変で、最近ではクリーニングが面倒になってきた感もある。
今回の欠品騒動とカスタム祭りに乗じて、フロントシングルのクランクを使ってみようかなと思った。
早速、通販サイトをチェックしたのだが、フロントシングル専用のクランクや、ダブルをシングル化するための有名どころのチェーンリングは全て欠品。人生は上手く進まない。
Amazonでは中華製のチェーンリングが売られていたりもするが、私はそれらを好まない。
これは仕方がないなと、以前からお世話になっているカスタム主体の地方のショップに在庫を尋ねてみた。これらのショップは最初からメーカー在庫を信頼していなくて、多めにパーツを取り寄せて確保していることがある。
すると、3軒目くらいのショップでシマノのGRXというグラベル系のシリーズのフロントシングルクランクの在庫があることが分かった。
GRXにはいくつかのグレードがあって、私にとっては600シリーズで十分だ。ロードバイクのコンポであれば105に相当する。
しかしながら、600シリーズのクランクが欠品していて、810シリーズではどうかという話になった。これはロードバイクのコンポでアルテグラに相当する。
この機会を逃すと、おそらくメーカーからの入荷は年末あるいは来年になるそうだ。
このような状況では仕方がないと思い、GRXでそれなりのグレードのクランクを購入することにした。
グラベル用のクランクを買ったのだから、リアディレイラーやスプロケットも全て交換するのかと思うかもしれないが、GRXのコンポはR8000系やR7000系のロード用のコンポとミックスで使用することができる。
フロントシングルなので、フロント変速は必要なく、チェーンは11速用で共通、ボトムブラケットも共通なので、いわゆるクランクだけのポン付けが可能なわけだ。
しかしながら、これまでのフロントダブルのインナーは36Tで、GRXのシングルギアは40T。つまり、坂道でスプロケットのギアが足りなくなってしまうかもしれない。
現在、R8000系の11-28Tと12-25Tのスプロケットを混ぜ合わせて12-28Tというスプロケットを作ったばかりなのだが、ローギアが28Tでは足りない可能性があるということだ。
したがって、シマノ製の11速では存在しない12-30Tというスプロケットが欲しい。
ギア比を考えてみると、F/Rで36T/28Tは40T/30Tよりも低い数値になる。そういえば、以前、36T/28Tでは軽すぎる感じがあったので、ちょうど良いギア比になるかもしれない。
ということで、ようやく完成した12-28Tのスプロケットを実走で試す前に、30Tを含むスパイダーアームを取り寄せることにした。
R8000系のスプロケについてのシマノのディーラーマニュアルには、明らかな誤記載がある。現物で確認したが、やはり間違っている。
この誤記によって、12-28Tや12-30Tのカスタムが不可能であるかのように示している。まさか意図的なことではないと思うのだが、やけに臭う。
その誤記載を修正した上でシマノの仕様を見ると、11-28Tと12-25Tのミックスによって12-28Tを作ることができ、しかも11-28Tと11-30Tのスプロケットはローギアのスパイダーアーム以外は同じギアが使用されている。
つまり、12-28Tのスパイダーアームを取り外して、11-30T用のリペアパーツを組み込むことで、12-30Tという変態系のスプロケットが出来上がるはずだ。
まあとにかくロードバイクのカスタムなんて、実際にやってみないと分からないもので、「本当に動いた!」と逆に驚くこともある。走ってから楽しむというよりも、走ることができているだけで楽しいというパターンだな。
サイクル用品が枯渇するような状況なんて考えたこともなかったし、これが幸せなことだとは思えないが、それなりに何かの楽しみを見つけて生きることも大切だと信じよう。