2021/05/20

メルカリでトリガー型シフターを譲ってもらって感じた昔のネットの面影

日本国内の自転車業界が大変なことになっているとプロショップの店長からお聞きしたのは、昨年(2020年)のことだ。コロナの影響でフレームや部品の生産や流通が滞った上に、世界的に自転車の需要が高まったことで多くの製品の国内在庫が尽きている。

1台のロードバイクを全て日本国内の製品で組み立てることは難しい。フレームやタイヤは国内工場を有しているメーカーがあるが、コンポーネントについては世界的にもシマノが大きなシェアを広げている。痛いことに、シマノのパーツは海外工場、とりわけマレーシアで製造されている。


ホイールについてはどうだろう。完組の場合には在庫があるものが多いようだが、手組の場合にはリムやハブ、スポークといったパーツが手に入らずに困った。

最近、愛車のクロモリロードバイクのタイヤを28Cまで太くしたり、ドロップハンドルをフラットハンドルに交換することで、クロスバイクのようなカスタムを施してきた。

勢い余ってフラットバーではなくてマルチポジションバーになってしまったが、カスタムは途中まで順調だった。

フラットバーやマルチポジションバーに取り付けてギアチェンジを行うためのトリガー型シフターが欠品になっていることを知らずに、ドロップハンドルを取り外してしまい、かなり焦った。

リア11速に対応するトリガー型シフターは、シマノの11速用のラピッドファイヤーSL-RS700という製品のみ。

定義を階層化すると、シマノが販売しているシフターの中にラピッドファイヤーというシリーズがある。

そのラピッドファイヤーのリア11速に対応したモデルがSL-RS700。

SL-RS700には左側(フロント変速用)の部品と、右側(リア変速用)の部品がある。

自転車はママチャリで十分、あるいはスポーツバイクに乗っているがショップに全てお任せという人には全く関心がない話だな。

リアディレイラーとスプロケット、チェーンを全て取り替えて11速から10速あるいは9速に変更し、在庫がある10速や9速のシフターに変更しようかとも考えたが、あまりにコストがかかりすぎる。

フレームのワイヤーテンションを調整するパーツを取り外してみたところ、そこにはWレバーの台座が溶接されていた。

クラシックなクロモリ製のロードバイクには、今でもWレバーの台座があることは知っていたが、まさか本来の使い方をするとは想像もしていなかった。

ということで、しばらくの間はヨシガイ社製のWレバーで変速させて走ることにした。

ヨシガイとは聞き慣れない名前だが、ダイアコンペという名前を知っているサイクリストは多いと思う。

ヨシガイはシマノと同じ日本国内の自転車部品のメーカーだ。

シマノはレース志向の方面に舵を切って世界レベルに進んだが、ヨシガイは趣味志向の方面に進んだメーカーだと私は理解している。

ヨシガイは自転車ブレーキのメーカーとして始まったそうで、そのブレーキのブランドがダイアコンペ。

シフターはマクロシフト、主にクラシックなスポーツバイク用のパーツはエネチクロ、といったように、同じ会社がいくつかのブランドを用意している。

ロードバイク乗りの多くは海外の自転車レースの影響を受けていることもあって、シマノのパーツを使うことが多いわけだが、趣のあるヨシガイのパーツを好んで使うサイクリストもいたりする。

エネチクロにはシマノの11速用のリアディレイラーを引っ張ることができるWレバーが販売されていて、需要が少ないためか在庫は十分にあった。

実際にWレバーを使って走ってみた感想としては、不便さの中の楽しさというか、とても面白かった。

Wレバーの多くは、STIレバーのようにカチッ、カチッと段階的に変速するインデックス方式ではなくて、若干のラチェット感はあるが無段階で変速するフリクション方式が用いられている。

そのため、Wレバーは取り付け時の調整は楽だが、変速が難しい。マニュアルトランスミッションの自動車のような変速だな。

しかし、変速が難しくて面倒だからこそ、自分で変速を味わう楽しさがある。

焼き肉を食べる時にはホットプレートではなくて火をおこして焼いた方が旨いとか、シャープペンシルがあるのにわざわざナイフで鉛筆を削って文字を書いた方が味わいがあるという感じに近いかもしれないな。

自転車で世界一周するサイクリストの中には、意図的にWレバーを使用する人も珍しくない。

その場合には趣とか味わいという理由ではなくて、Wレバーはタフで壊れにくい上にメンテナンスが容易で、スペアを持ち運んでも荷物にならないという理由があるそうだ。

長旅ではフロントに荷物を載せて走行する必要があり、ハンドル周りのケーブルを減らしたいという場合にもWレバーが用いられる。

だが、Wレバーを使うのであれば、リアの変速は8速か9速くらいが適していると思う。

11速になってくると、チェーンが細いので一発で変速を合わせることが難しい。

走行中にハンドルから片手を離して変速するということも、あまり安全ではないなと感じた。特に、下り坂でシフトチェンジすることは難しい。

また、市街地では信号が赤になる前に余裕をもってシフトダウンしておかないと、ブレーキングのためにシフト操作が行えず、結果として重いギアのまま発信して脚を使ってしまうということもある。

トリガー型シフターのSL-RS700ラピッドファイアの欠品は続いていて、次回の入荷は10月ではなく12月に延期されたらしい。

1年間も欠品が続くなんて驚くべきことだ。シマノによるパーツ単体での販売ではなくて、それぞれの自転車メーカーが販売する完成車の一部としての供給が優先されたのかもしれないな。

仕方がないので、日本国内のショップのデッドストックを探して、ようやくフロント変速用のSL-RS700が手に入った。

フロントをシングルギアとして使う人たちがいたりもするので、リア変速用のシフターと比べて需要が少なかったようだ。

ところが、リア変速用のSL-RS700を手に入れられる気配が全く感じられない。

ヤフーオークションではたまに偽物が疑われるSL-RS700が出品されていたりもするが、明らかに怪しい。

現物ではなくてメーカーやショップのカタログ写真を1枚だけ貼り付けて、ノークレームノーリターン、しかも新規で評価ゼロ、デフォルト文字列のユーザー名の出品者なんて、怪しすぎるだろ。

しかも、日本語がおかしい。機械翻訳したような怪しさだ。どこから由来してどのような人たちが出品しているのかは考えなくても分かる。

きちんと店名を表示している国内の中古ショップを除き、リスキーなサイクル用品の出品が増えたヤフオクは、落ちるところまで落ちた感がある。ヤフーはそのような人たちに対して甘い。

しかも、最近ではアマゾンのマーケットプレイスも汚染が酷い。

メルカリはどうかというと、SL-RS700の長期欠品を聞きつけたサイクリストだか転売ヤーだかが、定価をはるかに上回る価格で中古品を出品し、すぐに他のユーザーから通報されて出品取消になっていたりもする。

人の心のさもしさを感じるな。

高額転売として通報しているのは、本気でSL-RS700を探し求めているサイクリストたちなのだろう。コメント欄で「転売じゃないか!」と指摘したり、出品者との間でツイッターのように喧嘩を始める人まで現れて、とても気が立っている。

そういえば、折り畳み自転車でもロード用コンポで11速というパターンがあるだろうし、最近のフラットバーロードやクロスバイクには、Wレバー台座なんて溶接されていない。

トリガー型の11速シフターを使っているサイクリストは、思ったよりも多いかもしれないな。

ショップにも在庫がないという状況では、転倒や劣化でシフターが壊れたら9速用や10速用のコンポに総取り替えするか、シフターが入荷するまで待つか、何とかして一般ユーザーから譲ってもらうしかない。

エネチクロのWレバーを手に入れて、ハンドルにWレバーを取り付けるためのアタッチメントを用意するという手段もあるが、操作性においてはインデックス型のラピッドファイヤーに劣る。

何とかならないだろうかと思案しつつ、通勤時間の苦しさを紛らわすという目的もあってメルカリに頻繁にアクセスしていたら、かなり状態の良いSL-RS700が出品されていたので、即座にクリックして落札した。

どうやら、女性の出品者のようだ。顔文字が多くて明るい感じの人だな。

ヤフオクではショップを除いてヤフコメのような殺伐として暗い雰囲気が感じられるが、メルカリは明るい印象がある。

うちの妻も趣味に近い形でメルカリを利用しているし、梱包用のテープが花柄になった女子力高めの奥さんから子供用の洋服が自宅に届いたりもする。

そういえば、文字の形や文章はその人の内面を反映するという話を見聞きしたことがある。確かにその通りだな。

メルカリの出品においても、ぶっきらぼうな人がいたり、とても丁寧な人もいる。

出品物の説明文において「~っぽいです」といういかにも学生風の人がいたり、「写真を見て判断してください」と三行で説明が終わる人がいたり、女性同士がSNSでコミュニケーションを取る時のように顔文字がデフォルトな人もいる。

今回は、どのような出品者だろうかと観察している余裕がないまま即座に落札した。このまま冬までWレバーで変速し続けるのは嫌だ。

右手を離して変速している最中にバランスを崩して落車する危険性だってゼロではないし、今はWレバーの不便さを楽しんでいるが、状況に合わないギアを踏み込むことに飽きてくるはずだ。

今回の出品は、中古品というよりも新古品に近く、価格は定価と同じくらい。値下げされると転売ヤーたちの標的になってしまうので、その価格設定の方が私にとって都合が良かった。

仕事で働いて帰宅中にスマートフォンを眺めると、落札直後に出品者からお礼の言葉と配達時間の指定についてのメッセージが届いていた。

加えて、その1時間後には発送済の連絡が入っていた。

「配達時間帯は後で調整してくださいね」というメッセージの後に顔文字が入り、とにかく品物が先に発送されたらしい。

他の出品物を眺めた上での私なりのプロファイリングとしては、出品者は20代半ばから30代前半の独身女性。

趣味としてロードバイクのサイクリングを始めて、フラットバー化しようとしたけれど、何だか合わないということでメルカリで売却という形なのかなと推測した。

メルカリでは、ご主人がサイクリストで、奥さんがサイクル用品を出品して売り払ってしまうという興味深い光景を眺めることがあったりもする。その時には「こんな物に金を使いやがって、ああ、メンドクセー!」という雰囲気が漂っていたりもする。

一方、今回お世話になった出品者は、他者とのコミュニケーションが楽しくて仕方がないという気持ちと、できる限り相手の気を悪くしないようにという配慮を感じた。

文章や対応から出品者の性格の良さがにじみ出ている。このような人と結婚した男性は幸せになれることだろう。

結婚とは男女の確率論的な出会いに左右されるものだと私は心から信じていて、それぞれの夫婦が必ずしも最適の組み合わせだとは思わない。

何をもって最適かという話にもなるが、少なくとも結婚後に夫婦で喧嘩したり、テンションが張ったりという関係ではなくて、心穏やかに生活しうるという組み合わせだな。

最適な組み合わせの男女が出会うことはとても難しい。

見合いが普通だった昭和の時代であれば、互いの家が相手を探し、世話焼きオバサンさんというエージェントらしき存在がプロファイリングを行っていたりもした。

現在はどうかというと、団塊世代が好んだ恋愛結婚が主体となっているようだが、本当の恋愛なのかどうかは分からない。互いに品定めして結婚したりもするわけで、要は第三者が絡んでこない結婚ということだ。

大学や職場における偶然の配置が関係していたり、友人の紹介だったりと、不確定要素が多すぎてサイコロを振るようなものだ。

運命的な出会いから恋愛に発展し、結婚するという流れを理想としたこともあったが、まあ結果がどうなろうとそれが運命だと思うようにもなった。笑える。

そして、翌日にはSL-RS700が届いた。シフターは梱包材にて何重にも巻かれて大切に保護されており、可愛らしい付箋に手書きのメッセージが添えられていた。

出品者は間違いなく丁寧な人だ。いきなり怒り出して物を投げつけるような人ではないな。このような人と結婚したかった。

このメッセージを妻や子供たちが見たら、「この、エロ親父が!」と批判されるはずだが、張り詰めていたテンションが少し緩んだ。

心がこもったメッセージなので即座にゴミ箱に捨てるのも忍びない。しばらくどこかに置いておこう。

早速、クロモリロードバイクのマルチポジションバーの右側にリア変速用のSL-RS700を取り付けてみた。

私は自転車も好きだが、機械いじりも好きだったりする。

ラピッドファイヤーという中二的なネーミングは誇大ではなくて、トリガーを押し込むと一気に4段階のシフトダウンが可能だったりもする。

信号待ちでシフトダウンし忘れたとしても、登り坂がやってきても気軽に変速が可能だ。

何より、トリガー型シフターのメカメカしい造形がたまらない。

STIレバーは変速が可能な大型のブレーキという感じだが、ラピッドファイヤーは変速に特化したパーツだ。ブレーキレバーは別にあって、この複雑性がいい。

さらに、ラピッドファイヤーとマルチポジションハンドルとの組み合わせは変態度がアップしていて、ロードバイク乗りが集まる場所では気持ち悪がられて誰も近づいてこないことだろう。

これは素晴らしい。

試しに自宅でクランクを回してみた。インデックス式の的確な変速はやはり心地が良い。

Wレバーでは変速が合わなくて「ゴカッ、ギャリリリッ」という感じでチェーンとスプロケットが悲鳴を上げる時があったのだが、その心配もない。

昨今の私の状況を眺めると、自己愛が強い人たちとの人間関係に疲れて、良いエピソードがなかった。

自己愛な人たちは、自分のことを棚に置いて他者のことばかりを気にするようで、私がバーンアウトから復調し始めたことが分かると、それを敏感に察知するらしい。

そのような時には、彼らの自己愛をどうやってへし折るのかという点を見極めることにしている。彼らは恥をかくことを嫌がるし、実際に恥をかかせると逆上して攻撃してくる。

つまり、私に関わると自分が恥をかくことになるぞということを暗に伝えれば、それ以上は踏み込んでこなくなる。

バーンアウト前の私は、他者から攻撃されると真っ先に反撃して、相手に恥をかかせるようなタイプだった。しかし、それでは人間関係が疲れる。

自分の周りに蜘蛛の巣のように防御線を張って、それ以上は自己愛が近づいてこないようにしていたりもする。もちろんだが口数少なく、自ら攻撃はせず。

そのようなくだらない人間関係で疲れてしまっていたところに、心のこもった女性からの感謝のメッセージが届いたりすると、グラッとくるな。

今回のメルカリの取引きは素晴らしかった。

今回、匿名の取引にも関わらず温かな対応を頂いて、私の気分は楽になった。

あまり気にしないようにしているのだが、やはり心のテンションが張っているのだろう。他者から優しくしてもらうと、一時的ではあるが気持ちが楽になる。

もしかすると、今回の出品者は自他境界が曖昧で、かつ他者側にシフトしている人なのかもしれない。明るく振る舞っているが、実際は繊細な心の持ち主なのだろう。

明るい性格だから明るく振る舞っている人もいるが、他者に気を遣いすぎて自らを削りながら明るく振る舞う人もいる。

今回は、以前から探し続けていたパーツが手に入るということで、私は明らかに喜んでいた。その内面を察してくださったのかもしれない。

ロードバイクのカスタムがやっと完了したということで、翌日の通勤地獄は少しだけ楽に感じた。

昔を振り返ってみると、黎明期のネットという世界では、今回のようなユーザー同士の素朴で気軽なコミュニケーションが楽しかった。

物品の取引という話ではなくて、それぞれのユーザーがモザイク状にネット上に点在していて、気が合う人たちとの素晴らしい出会いがあった。

遠く離れたところに住んでいるユーザーとのやり取りは、距離という概念がなくなったかのように新鮮で、なるほどこれがインターネットなのかと驚くこともあった。

その驚きの気持ちが薄くなり、ネットの利便性は加速度的に向上し、いつしか現在の状態が平凡な日常になった。それはいつのことだったろうか。

結果として、人と人との距離感はさらに広がってしまったかのように感じる。

ネットがあることで物理的な距離感はなくなったのだが、どのように表現したらよいものか...便利なツールがあるにも関わらず、人々は深い孤独感を心に持って生きているのではないか。

メルカリで自転車のパーツを売ってもらって、その時のやり取りが楽しかった。ただそれだけのことで心が楽になるなんて、少なくとも私自身の生き方はピーキーになっているとしか言えないな。

まあいいや。とても楽しいやり取りで譲り受けたシフターなので、これから大切に使っていこう。リアシフターはクランクの次に頻繁に使用するパーツだ。

些細な出来事であっても心穏やかになるエピソードが背景にあると、使う度に気持ちが楽になる。