ロードバイクからミニベロという流れ
しかも、なぜに連動するのか分からないが感覚過敏のベースラインまで上がってくる。
不思議だなと面白がっている場合ではない。シャープペンの芯が床に落ちた音を聞き取ったり、職場で背後を通り過ぎる同僚を臭いだけで判別できたりもする。
天台宗だったろうか、選ばれし僧侶が1週間くらい飲まず食わず眠らずという荒行を行うことがあるそうだ。その苦しみに耐えていると、途中から線香が焼け落ちる音を察知するくらいに感覚が鋭くなるという話を聞いたことがある。
確かに命懸けの苦行ではあるが、ほとんどの僧侶が挑戦しないわけだし、苦行が終われば感覚も戻ることだろう。それ以上に、やはり人間の脳には何らかのリミッターがあって、外部から入力される感覚を抑えていることが推察される。
ところが、私は生まれつき感覚過敏を有しているので荒行に挑戦しなくてもこれがデフォルトだ。なんてことだ。僧侶が苦行を続けないとたどり着けない領域が、私の場合には毎日だ。リミッターが外れっぱなしじゃないか。なんて中二風なんだ。脳のリミッターがAmazonで売っていたら、定期便で購入したいくらいだ。
しかし、五感が過敏な性質は仕事で目に見えない敵と戦う時には便利だ。
普通の人なら感じられない変化を察知することができるわけで、バーンアウトしかかっていても感覚過敏は残っていた。それどころか感覚が鋭くなっていった感じがあった。
おそらく、人類が生き残る過程でこのような能力を使っていたのかもしれない。私の人生はイジメの連続だったが、たまに保護してくれる人に出会う。
このような性質を持った人が少数だが生き残ってきたのは、そういった人たちを守ってくれる人たちがいたからなのだろう。
しかし、そのような状態のまま師走の満員電車に乗ったらどうなるかは想像に難くない。
これは命懸けの荒行だ。辛いので自転車のことを考えよう。
さて、ロードバイクサークルを閉じて、私がサイクリングという趣味そのものを辞めてしまうのではないかと心配している友人がいた。
結論から言うと、私にとってのクロモリロードバイクはママチャリのような生活の一部になっている。ロードバイクを降りるも何も、ないと話にならない。
たまにはロードバイクを通じて知り合った友人とサイクリングに出かけることもあるだろうし、そこにママチャリで出かけるわけにもいかない。
ただ、ロードバイクという趣味を始めて数年以内に乗らなくなる人は多い。最近ではロードバイクブームが勢いを失っている感があるが、5年くらい前はもっと流行していたと思う。
ロードバイクタイヤの25C化におけるサイクル業界の熱心な宣伝に続いて、今度はディスクブレーキの採用によるホイールや車体の買い換えを促すような圧しがやってきた。
国内のロードバイクの輸入代理店は、海外のメーカーに対して強く言えないことだろうし、ディスクなんて必要ないよと思っている小売店やプロショップの人たちも代理店には逆らえないことだろう。
ゴリ押しとまでは言わないし、レース志向ならばウェットな条件ではディスクの方が圧倒的に安全だと思う。しかし、趣味としてサイクリングを楽しんでいる人たちにとっては、昨今のサイクル業界は本当にユーザーの目線を慮って行動しているのだろうかと疑問を感じる。
人それぞれのサイクルライフはとても長く続くはずなのに、短い期間で勢いをつけてロードバイクやサイクル製品を売って利益を得たいという印象を受ける。そういったブームは長くは続かず、むしろユーザーからの信頼を失ってしまうのではないだろうか。
5年もしくはそれ以上前は、河川敷の道路で初心者のロードバイク乗りがたくさん走っていて、とても混んでいた。しかし、多くの人たちが最初の1~2年くらいの間だけ盛り上がって、やがてロードバイクが自宅のオブジェになるようだ。
レース志向の場合には違うだろうけれど、ダイエットを目的としてサイクリングで痩せたいとか、ポタリングでゆっくりと走ってレストランやカフェを訪れたいとか、気軽に輪行旅行に出かけてカメラ片手に様々な光景を眺めたいとか。
そのような目的を設定してロードバイクに乗り始めると、途中で辛くなったり面倒になって、サイクリングという趣味そのものに飽きてしまうかもしれない。いや、実際にそのケースが多いと思う。
頭に思い描くイメージと現実の乖離に気づいた時、情熱が急激に冷めてしまうのは趣味に限ったことではない。
ロードバイクは速く走るための自転車であって、そこに快適性や利便性を求めるのは違うのだが、確かに面倒になってくる人が多いことは分かる。
さらに、この乗り物は常に他者のことを意識してしまうし、時間と金がかかる。
私感だが、ダイエットやポタリングといったサイクリングという趣味を楽しむ用途であれば、ロードバイクよりもミニベロの方が適しているかもしれない。
ミニベロの場合には、それぞれのメーカーで規格が違いすぎて他のサイクリストを意識する必要がない。そもそも速い遅いで比べるような自転車ではないし、値段を比べるような自転車でもない。
そして、ミニベロの場合には室内保管も楽だ。フォールディング、つまり折り畳みができるミニベロの場合には玄関先に置くことができたりもする。
また、ロードバイクの場合には戦闘機のような格好良さがあるが、ミニベロの場合にはペットのような可愛さがある。
とりわけ中年男性がダイエットと趣味を兼ねてサイクリングを楽しむ場合には、ロードバイクよりもミニベロの方が似合っている感じがある。
中年になって太るのは仕方がないことだ。それだって真面目に生きてきた結果だ。仕事と家庭で忙しく、ダイエットをする暇もないことが普通だと思う。
ただし、その状態でピチピチのタイトなサイクルウェアを着てBORA-DURA-フラッグシップのロードバイクに乗るとミスマッチになる。ダイエットと見栄を張ることで必死だなと思ってしまう。いくらロードバイクをカスタムしても、乗っているのはオッサンだと。
しかし、このスタイルがミニベロだと話が違ってくる。ある程度の恰幅の良い中年男性がニッカーとバックパック姿でミニベロに乗り、悠々と走っている姿を眺めると、人生を楽しんでいる感じがあって素敵だ。
一眼レフのカメラが入っているであろうバッグが取り付けられていたりすると、「おお、趣味人だ」と敬服の念まで生じたりする。
逆に、スリムな体型の若者が、タイトなサイクルウェアを着てミニベロで必死に走っていたりすると、これはこれでミスマッチがあって格好が良くない気がする。しかし、サイクルライフは人それぞれだし、周りに迷惑をかけず、本人が楽しければそれが素晴らしい生き方だと思う。
私の場合には8年くらい前にDAHONのミニベロに乗っていたことがある。また、ロードバイク通勤を始める前は短い期間だがTernのミニベロで職場に通っていた。両者とも折り畳みが可能なフォールディングバイクだった。
シティサイクルからミニベロに乗り換えると、単に小回りが利いて軽い自転車という印象があるかもしれない。
ミニベロという自転車は、ロードバイクを経験した後で乗り換えた方がより面白さを実感することができる。
漕ぎ出しや登坂が楽で、信号待ちのストップアンドゴーが苦にならないし、タイヤが太いので雨上がりでもスリップが少なかった。
また、アップライトの姿勢から眺める空はとても広く美しかった。様々な季節や街の変化を感じた。
ロードバイクの場合には、どうしても同じロードバイク乗りを見かけると意識してしまうものだが、ミニベロはまさに唯我独尊。全く気にならない。
また、ミニベロを室内保管すると場所を取らないし、そのルックス自体がペットのようでとても可愛らしい。
ロードバイクの場合にはサイクルウェアを着て、グローブをはめて「よし、乗るぞ!」という勢いが必要だったりもするが、ミニベロの場合には普段着でもフラフラとポタリングに出かけられたりもする。
もちろんロードバイクでロングライドに出かけた方がダイエット効果があるのだろうけれど、ライドの回数が減ってしまうとダイエット効果が減る。気軽にサイクリングに出かけたくなるミニベロはライドの回数が増えると思う。
しかし、今、私はミニベロに乗っていない。都心部への自転車通勤はとても過酷で、朝の交通ラッシュは電車と同じような感じだった。
四方八方から車がやってきて片手でハンドルを持った状態でハンドサインを出したりもするので、使っていたミニベロの軽快なハンドリングが逆に怖く感じた。
また、深夜に都内から浦安に帰ろうとすると、至る所で夜間工事が行われていて路面が酷く荒れていることが多かった。昼間なら見えるはずの路面の継ぎ目にそのまま突っ込むと、ミニベロの小さな車輪では挙動が不安定になった。
最も苦労したのは、ミニベロで車道を走っている時だった。ワンボックスカーや配送のトラック、タクシーなどが幅寄せをしてきたり、クラクションを鳴らしてプレッシャーをかけて来ることがよくあった。
昨今では粗暴な行為を続けるロードバイク乗りが問題になっていて、チャリンカスとまで揶揄されることがある。
彼らの場合には自動車が幅寄せをしたり不用意なクラクションを鳴らして嫌がらせをすると、ロードバイクで追いかけてきてドライバーに喧嘩を売ったり、ドアミラーを折ってくることさえあるそうだ。
このような行為は正しくはないのだが、普通のロードバイク乗りとロード系のチャリンカスは見た目では判別が難しいと思う。それが逆に自動車に乗るドライバーからの嫌がらせを減らしているのではないかと思ったりもする。
ミニベロに乗っていると、ドライバーがなめてくるというわけでもないと思うのだが、ロードバイクに乗っている時よりも嫌がらせが多かった。車道ばかりを走っていたからだろうか。
加えて、私の場合には速く走りたい時には速く走るのだが、車道を高速で走っている時に折り畳みをロックしている部品が外れたら、落車して大怪我もしくは死に至るのではないかという不安もあった。
さすがにこれは厳しいということになって、わざと重くて丈夫なクロモリフレームのロードバイクに乗り換えて通勤することにした。
このロードバイクはとにかく安定して走ることができて、本当に頼りになった。夜間に道路の継ぎ目に突っ込んでも車体が跳ね上がらないし、横風がやってきても耐えてくれた。
手を離しても安定して走ることができる直進性があるので、ハンドサインも楽だった。ドライバーから見て、どのように動くのか分からないロードバイクはとても面倒なのだと思う。サイクリストがドライバーに意志を示したり挨拶するためにもハンドサインは重要だ。
また、幅寄せしてきた自動車のドアをロードバイクに乗ったまま片手でコンコンとノックして、喧嘩せずに挨拶することさえできた。
当時はバーンアウトしかけていた時期だったので体調が悪く、辛い時期をクロモリロードバイクに乗って過ごした。思うように頭や体が動かなくて泣いたこともあった。
雨の日も風の日も、猛暑や厳寒の時期も、人生の中で数えるくらいの厳しい時期を連れ添ってくれたロードバイクなので、まさに相棒になっている。
しかし、ロードバイクサークルを解散し、また都内にロードバイクで通勤していない現在であれば、休日にミニベロでサイクリングを楽しむというスタイルの方が適しているかもしれないなと感じることがある。
ミニベロに乗った時の広い視界や機敏な加速、他のロードバイク乗りを意識しなくて済む開放感、自宅のインテリアとしても楽しめる見た目。カスタムやフレーム選択の面白さ。
ロードバイクにはロードバイクの良さ、ミニベロにはミニベロの良さがあって、用途に応じて選択する話なのだろう。
我が家には妻が定めた2台ルールというものがあって、スピンバイクとクロモリロードバイクを保有している状態ではミニベロを手に入れることができない。
しかし、これからミニベロに乗るとすれば、どのような自転車を選ぶだろう。
高速巡航時の安全性を重視して、折り畳みではなくて一体型のフレームがいい。オーダーメイドのクロモリフレームとクロモリフォークか、チタンフレームにカーボンフォークという組み合わせがいいなと思う。
後者ならルイガノかパナだろうか。KHSのチタン製のミニベロもいいな。KHSのミニベロにはリアのシートステーにショックアブソーバーが取り付けられているが、ミニベロに乗ったことがある人ならばその理由が分かると思う。
ミニベロである程度のスピードで走ると、地面からの震動や突き上げが大きかったりもする。ロードバイクではクロモリ製のフロントフォークを使っているが、ミニベロの場合にはカーボンの方が楽だと思う。
コンポはどうするか。ディスクブレーキは嫌いなので、リムブレーキ。7900系のコンポが余っているので、これを使って組むことができる。
ホイールはどうするか。そういえば千葉市の辺りにミニベロ用の手組ホイールを組んでくれるショップがあったはずだ。浦安市内にもミニベロの専門店がある。
そう考えると、思ったよりも楽にミニベロを用意することができそうだ。プライベートでネット断ちをしている状態だが、晩酌後のリラックスタイムに画像検索でミニベロを眺める。
そして、相棒のクロモリロードバイクを見つめる。
陸上自衛隊で正式採用された自転車という体でカスタムしたロードバイクが、「おいおい、俺の存在を忘れていないか? 泣きそうな顔をしながら走っていたくせに元気になったものだな」と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
そう感じているのは私なのだが、確かにあの辛くて厳しい状況を駆け抜けた時の相棒のことを考えると、ミニベロに乗り換えるような気になれない。
通勤中に何度も落車しそうになったが、このクロモリロードバイクはその度に踏ん張って体勢を支えてくれた。
ロードバイク通勤を止めるきっかけになった交通事故に遭った時にも、軽いカーボンロードバイクだったら自転車と一緒に吹っ飛んでいたかもしれない。
Ternのミニベロに乗り始めてからしばらくして中古店に売ってロードバイクを買おうとした時、妻には一応相談した。
妻は怒ることも呆れることもなく、「今度はいつものロードバイクにしておきなさいよ。それと、いくつか自転車があっても、あなたは1台の自転車しか乗らなくなるじゃない」と笑っていた。
そう、私は器用ではないので、実走で複数の自転車を乗りこなすようなことができないし、これと決めた愛車に乗ってライドに行きたいタイプだ。
そもそも、私がロードバイクに乗っている理由は心身の健康の維持。
身体の健康の維持ならばミニベロでも良いかもしれないが、ペダルを回しながら動的なマインドフルネスを行う時にはクロモリロードバイクの方が安定して走ることができる。
ミニベロの場合にはマインドフルネスによって自らの内的世界に入っていくというよりも、周囲の変化や景色を感じたり、軽快な挙動を楽しむといった外的な刺激を受け取ることが楽しい。
おそらく、ミニベロに乗ってマインドフルネスを行うことは難しいだろうけれど、それはミニベロが悪いわけではなくて、私のサイクルスタイルに合っていないというだけの話。サイクリングを楽しむのであればミニベロは楽しい。どう考えても楽しい。
ロードバイクに飽きてきた、もしくはあまり乗る気がなくなってきたというサイクリストがいたら、専門店でミニベロに試乗してみると新たな発見があると思う。
自分が本当に求めていた自転車やサイクルライフはロードバイクではなくてミニベロだったということに気づくかもしれない。