2021/03/18

心の振れ取りも得意な店で手組ホイールをお替わり

「ありがとうございます!」という元気なメールにて見積が返ってきた。工賃と税込みで諭吉先生が2.5人分。子育て中の出費は抑えたいところだが、思ったよりも安かったので脊髄反射に近い勢いでオーダーすることにした。注文したのは手組ホイール。また手組を追加かよと思われるかもしれないが、それなりの理由がある。


そして、訳あって、前回とは別のプロショップにお願いすることにした。

どうして同じようなホイールを2セットも揃えるのかというと、完組ホイールと比べて手組ホイールは細かなメンテナンスが必要になるから。

スポークが1〜2本折れても走行可能な手組ホイールだが、振れが落ち着くまでには自分で調整するか、ショップに預けて調整してもらうことになる。

自宅に振れ取り台を置くようなスペースがないし、私にはそのスキルもないので、やはりプロにお願いした方が安心だ。

人にもよるだろうけれど、コーヒーメーカーではなくて、自分で豆をフィルターに入れてヤカンのお湯で淹れたコーヒーの方が美味しく感じるかのように、自分の手組ホイールを育てる感じは古風で楽しい。

そういえば、桜が咲いて散った後は、梅雨がやってくる。

昨年や一昨年は気にせずに走っていたのだが、手組みのアルミリムには水抜き穴がないことに今になって気づいた。

そのため、梅雨時期にはスペアとして保管している完組ホイールを使おうと思っていたのだが、手組ホイールのヘビーユーザーは、慣れた手付きでタイヤとリムテープまで剥がして水抜きをするらしい。

その場合にはプラスチック製のバンドタイプのリムテープではなくて、布や合成繊維のファブリックリムテープが便利なのだそうだ。

テーピングのような感じでリムテープを貼り付けるというスタイルだな。

なるほど、それはそれで面白いということで、早速、通販でファブリックリムテープを注文することにした。

私の趣味は着実にレトログレードで古風かつマニアックな方向に進んでいる。

ここから先は、自分で手組ホイールを製作するというステージに入り、最終的にはクロモリの鋼管を買ってきて、自分でフレームを溶接するというステージに進みかねない。

さすがにフレームの製作については厳しいと思うので、職業人をリタイアした後で取り組んでみたい。

それにしても、ワイドリムと28Cの手組ホイールの心地良さを体感すると、25Cの完組ホイールに戻る気が失せる。

前者では速度が落ちるが、とにかく気持ちがいい。

人の心は低きに流れ、快楽に向かう。

不倫やギャンブルに比べれば、手組ホイールの快感はとても健康的だな。

それと、今回の注文は自分自身の気持ちのメンテナンスも兼ねている。

このオプションは、店長からのサービスなので無料。

最近、私自身の精神は、ホイールのように横振れや縦振れを起こしていて、センターもずれている。

リムのブレーキサイドは酷く削れ、スポークも数本折れている。

ただでさえストレスフルな生活なのに、コロナがやってきて社会が変化し、仕事も忙しくなった。さらに、子供の中学受験がやってくる。

しかも、浦安に選挙がやってきて、慌ただしい街がさらに慌ただしい。様々な思惑を持った人たちが頑張っていて、その思惑の真意を察すると疲れる。

そういえば、年度末は仕事がさらに忙しくなり、深夜残業や休日出勤も多かった。

朝に目が覚めてもスピンバイクに乗る気力すらなかった。

ついでにロードバイク用品を一斉に処分したところ、ロードバイクに乗る意欲さえ減ってしまった。

今まではたくさんのスペアホイールが吊り下げられていたメタルラックには、スペアとして廉価な完組ホイールが一組だけ残っていて、とても空虚で寂しげな感じだった。

そこにやってきたのが、28Cタイヤに対応するワイドリムの手組ホイールだった。

これによってロードバイクがマッサージ機器のように快適な乗り物になり、サイクリングのモチベーションが上がった。

いや、モチベーションが上がったというよりも、ロードバイクがより身近な存在になり、乗ること自体への抵抗が減った感じだな。

サイクリングウェアを着込んで「よし、乗るぞ!」と走り出し、他のロードバイク乗りに追い越されて気分を害したり、盗難が怖くて途中で見かけたラーメン屋に立ち寄ることもなく必死にペダルを回すスタイルは、もう卒業だな。

ママチャリに乗るようにロードバイクに乗ることができれば、もっと気楽にサイクリングを味わうことができるだろう。

年度末の忙しさが少しだけ緩和し、これから年度始めの激務が始まろうとしているわけだが、その前に元気をつけなければいけないな。

これは私見だが、元気な人とやり取りすると、自分にまで元気を分けてもらえる。

前回に手組ホイールを組んでもらったショップの店長は職人気質で腕が良いのだけれど、コロナの影響からなのか、とても疲れている感じだった。

あまりメディアから紹介されていないけれど、その店長の話では、コロナの影響でサイクル業界はパーツなどの欠品が相次いでいて、流通が滞っているらしい。

特に、整備や修理といったメカニックを主体とした小規模のショップは苦しんでいるそうだ。

しかも、彼は比較的大きな店舗で働いた後で独立し、そのタイミングでコロナがやってきた。当初の経営の計画とは異なる状況だ。収入面も含めて心労が大きいことだろう。

私がとても気になったのは、その店長から送られてくるメールの誤記の多さだった。

見積金額が2倍になっていたり、振込先の口座番号まで間違っていたりもした。

この特徴は、心が疲れた時の「文字が滑って見える」という症状に似ている。

とても気の毒だが、個人経営であれば休暇を取ることも難しいのかもしれない。

元気を失った人と深くやり取りすると、感覚過敏かつ自他境界がおかしい私はとても疲れてしまう。

しかし、プロショップの店長にも様々なタイプがあって、苦難の時が訪れても明るい雰囲気で吹き飛ばしてくれる人がいたりもする。

ということで、いつも明るくて元気なプロショップの店長にメールを送り、ハブの持ち込みで手組ホイールを製作してもらえるかどうかを尋ねることにした。

彼は生粋のロードレーサーからプロショップの経営に転身した人だ。

様々なレースで表彰台に上ってきたが、走ることだけではなくバイクのメカニックのスキルも高く、レースが上でサイクリングが下という考えもない。

さらに、とても剽軽な人物だ。

「メーカーから買い取った商品の在庫が余ってしまったのですが、激安で販売するとメーカーから叱られるので、会員の皆さんに内緒でご提供します」という内容のメールマガジンが届いて苦笑したこともある。

そのショップは奥さんがサポートをしているので、たまに奥さんからメールが届くことがある。

奥さんは堅実で仕事が早く、しかも美人だ。おそらく店長は猛烈なスプリントをかけて求婚したことだろう。

そういえば、以前、スピンバイクのベルトが消耗したのだが、どの店に相談しても取り寄せは不可だと言われて困った。

仕方がなく、そのショップに相談したところ、店長の奥さんが製造元の東南アジアまで連絡してくれて、半年くらい待った後で本当に自宅に届いて驚いた。よく言葉が通じたものだ。

そのショップとの楽しいやりとりを思い出しながら、通勤途中の電車の中で手組ホイールの仕様を書いたメールをショップに送ると、すぐに返信が届いた。もちろんOKという話だ。

いつも通り、メールの文章の語尾に「!」のマークが多い。いつもは地獄を感じる電車の中が、とても楽に感じた。

私の手元にはデュラのハブがあるので、国内在庫があるリムとスポークを用意してもらえば手組ホイールの部品が揃う。

しかしながら、DTのスポークはすでに欠品しているらしい。DTはリムも本国の在庫が尽きている。

そこで、店長から即答で提案されたのは、サピムのスポークだった。

サピム...だと...

サピムと聞くだけで、どう考えても高価なスポークなのではないかと私は焦った。

有名なCX-RAYは、たった1本で1000円くらいの値が付いている。前後で64本もスポークを組むと、スポーク代だけでそこそこの完組ホイールが買えてしまう。

しかしながら、私が好むプレーンスポークはサピムでも価格が抑えられていたので安心した。

手組用のスポークには、そのヘッドの部分にメーカーの刻印が入っていることが多い。

もしもスポークが折れた場合には、ヘッドの部分はどこかに飛んでいってしまう。

しかしながら、サピムの場合には、ヘッドではなくて、スポークの本体の部分に刻印が入っている。

つまり、ヘッドが折れて飛んでしまったとしても、そのスポークがサピムのものだということを示すことになる。

それが何を意味するのかというと、「うちのスポークは、そう簡単に折れません。簡単に折れるようなら、わざわざこのような場所に刻印を入れませんよ」という自信の顕れだと言われている。

リムはTNIのワイドリム、リアはオフセット。

組み方は、フロントをラジアルではなくて2クロス、リアをドライブ側2クロス、反ドライブ側3クロスを提案されたので、そのままお願いした。

私が店長に伝えたその他の内容については、読んでくれているのか、そうではないのか、今ひとつ分からないリアクションだった。

しかし、彼は人の心の中を察することが上手なので、あまり詳しく伝えなくてもなぜかこちらの意図が伝わっていたりもする。

五十路近くまで生きていると、たまにこのような人物に出会うことがある。

自他境界がどのようになっているのか不思議でならない。

このような性格の女性がいて運良く結婚に至ると、結婚生活は楽だろうな。もしや、店長の奥さんも似た性格なのだろうか。

だとすれば、お互いに以心伝心の幸せな夫婦だな。

他者から元気を分けてもらう人は珍しくないが、他者に元気を配ってまわる人は珍しい。

その店長に元気を分けてもらいたくて、実店舗は無理であっても、通販でお世話になっているロードバイク乗りが全国にたくさんいる。

海外通販やAmazonの方が安いはずなのだが、購入後の質問や相談にも気軽に応じてくれること、もしくは遠く離れた場所に友達のロードバイク乗りがいる感じが素敵だな。

なので、コロナ禍でも、そのショップは繁盛しているらしい。

あまり急ぎではないことを店長に伝えたのだが、おそらくヒルクライムを駆け上がる勢いでホイールを組んでくださることだろう。

最後に、配達日の指定だが、このショップは妻にバレないように自宅にフレームやホイールを届けるという気の利いたオプションがあったりもする。

妻の機嫌が悪い時に大荷物が届いて、サイクリストの夫の心拍数が急上昇するという事態を避けることができる。

念のため、このオプションも選択したところ、店長から顔文字の入ったメールが送られてきた。

相変わらず明るい人だな。

元気を分けてもらって、本当に有り難い。