夜更け過ぎにペインキラー
年末年始はロードバイクの実走には出ないことにしている。これは昔からだ。
この時期の医療機関はドクターが手薄なので、落車して搬入されると若手医師の成長のために自らを使ってもらうか、ベテランの手が空くまで痛みに耐えることになる。
しかも、現在の状況は外出自粛がなされた時期よりも深刻だ。医療機関は厳戒態勢、いや限界体制になっている。
このような時期にオッサンが集まり、ロードバイクのレースに出て勝った負けたとはしゃいでいることもあるのだから、人の多様性は計り知れない。
夜の街で飲み歩いたり、大人数のカラオケで感染する人たちについては、もはや多様性の向こうにある何かを実感するレベルにいる。
感染症対策に従事してウイルスと戦っている人たちにとっては、味方であるはずの日本人が背後から自分を撃ってくるような感じだろうな。
自分たちを守ってくれる人たちの足を引っ張ることは避けよう。
だが、感染症は人の欲求や煩悩に絡む形で広がることがある。病原体がヒトを宿主とするのだから当然だな。
生肉を食べてE型肝炎にかかり、風俗で遊んで梅毒にかかり、HIV感染症については医原性の感染は気の毒だが、性的接触による感染はより多くの快感を享受したいという欲が絡む。
新型コロナについてはどうなのか。感染しても無症状の場合があって、重篤になる場合もあるというところが悩ましい。
このような部類のウイルスは風邪のように広がる。風邪を完全に防御することは難しい。
しかも、防御や我慢に耐えきれなくなった人たち、あるいは自分は重篤化しないという根拠のない自信がある人たちが気持ちを緩めてしまう。
けれど、経済は人の欲があるからこそ回るわけで、経済が停滞すると社会全体ではより大きなダメージが生じる。
そもそも我が国の経済は様々な取り組みを行っても停滞が続いていたわけだ。この土壇場で華麗に復活するはずがない。
それでも、何とかして経済を回さないと、コロナどころではない数の人たちが苦しみ、時には死に至る。
深夜の街中や駅で酔っ払っているサラリーマンや若者たちが気付いているかどうか分からないが、今は大きな影響がなくても、4〜5年後は大きな不況がやってくるだろう。
企業の連鎖的な業績の悪化や大規模なリストラの嵐などは、脅威による打撃を受けてからの時間差がある。他の事例で歴史を学べば分かることだ。
とりわけ、このような時の外資系企業の首の切り方は無慈悲だ。
住宅のローンがあろうと、小さな子供を育てていようと容赦がない。
朝に出勤して、いきなり解雇が通達され同僚に会うことすら許されないことが多い。
将棋ではなくてチェスのような人の使い方だな。このような流儀を日本で法的に規制せずに許してしまったことが行政の失敗だ。
いわゆる日系企業においても外国の資本の割合が増え、トップが外国人であることが増えた。その詳細な経緯は教科書に書かれていない。気づくことができる人たちだけが知ることだ。
買い手市場になれば、容赦なくリストラを進めることだろう。
一家の大黒柱である父親が失職すると家庭が傾く。住宅ローンの返済は滞り、子供の学費にも窮する。
男性の育児参加は大切だが、再就職活動で子育ての経験があることは評価に関係しない。
職業人としてどのようなスキルや資格、実績、人脈があるのかを問われるはずだ。
子孫を残すことは生命の本質であるはずなのに、何とも遣りきれない思いだ。だから子供の数が減るのだろう。
企業人の収入が減れば公務員の給与も引き下げられる。
「こういう時は、やっぱ大企業とか公務員でしょ」と安易に考えている若者たちがいれば、今のうちに生きるための武器を磨いておいた方がいい。
数年後に今まで通りの新卒枠があるかどうかも分からない。入口を狭めれば、当然だが就職活動は激戦になる。
将来の浦安市職員の採用試験の面接では、この街に何の縁もない有名大学の学生たちが並び、部活だサークルだディズニーだ財政力だ街づくりだとステレオタイプな返答で自己をアピールすることだろう。
しかしながら、都会から近くて他の自治体よりも給料が高いといった安易な気持ちで浦安市職員になると苦労するな。
この街の職員には、突っ込みが厳しい市民を相手にして、実質的には2つの街を支え、しかも大地震等の自然災害では街と市民を守り抜く覚悟が要る。
その点では、ペーパーテストの成績や学歴といった値札なんて関係ない。
浦高や浦南の出身者が市役所で働いているのは、このような適性が必要だからだろう。
いくら学歴があっても、旧堤防の継ぎ目さえ分からないようでは使えない。
もとい、この状況では経済のダメージを最小限に止めながらも、感染症の拡大を抑えるという難しい壁が立ちはだかる。
行政は特にシニア世代の顔色を伺いながら先を考える。すでにリタイアしているのであれば、関心事は後者だな。
これまで社会を支えてくださったシニア世代に敬意を持つことは大切であるとともに、彼ら彼女らは政治に関心がある。
ここで一気に経済回復に舵を切れば、シニア世代からの批判が大きくなる。どちらが先か分からないが、マスコミも一緒になって押すことだろう。
団塊ジュニア以降の世代がのんびりと構えていたら、気がつくと経済的に苦しむことになる。
働き盛りの世代は社会の方針を決める政治の大切さを軽んじていると指摘することは容易だが、私たちにも様々な経緯と都合がある。
それでも、ここで踏みとどまって社会という存在について考える時なのかもしれないな。
ツイッターで頻繁に我欲を撒き散らしている落ち着きのない人たちには分からないことだろうが、これだけ混乱した社会では表面的な情報に惑わされず、自らの眼と頭で本質を見極める必要がある。
物事には表と裏があって当然で、まるで月のように表の面だけを見せながら社会は進む。その方が都合が良いからだ。
誰々が言っているとか、マスコミが伝えているとか、そういった情報については鵜呑みにせず、情報の裏の面を考えると分かりやすい。
特に、どうでもいい芸能人ネタなどのニュースばかりがメディアを埋め尽くしている時は、その裏で大きな出来事が生じていることがある。
それらの情報は断片化されていて、漫然と眺めていたり、受動的にマスコミからの報道を待っている人たちは気付かない。
さて、ここから一気に話が小さくなる。
慌ただしい共働きの子育てがさらに慌ただしくなる年末だが、夫婦関係はグリーンシグナルで安定している。
スピンバイクトレーニングさえも減らして、私は家事の担当を増やした。特に洗濯については専従になっている。
妻としては、洗濯物をたたむことは自分がやっているのだから、洗って干している私とイーブンだと主張するのだが、ああそうだねありがとうと妻に感謝する。
夫としてこれくらいの演技ができないと、共働きで複数の子供を育てながら中学受験なんてやってられない。
休日出勤は嫌いではないのだが、往復3時間もかけて通勤している自らの過酷な現実を再確認することに疲れた。
ということで、薄型で高性能の端末を調達して、平日に処理しきれなかった事務仕事を休日の自宅でこなすことにした。
上の子供は塾通いなので、休日の在宅勤務の邪魔にはならない。下の子供は私の自室に入ってくることがあるが、この1年で随分と成長し、父親に気を遣ってくれる。
うちの子供たちはなぜか父親の浮気に関心があるらしく、私が休日出勤で職場にいるよりも自室で引きこもっていた方が安心するらしい。
結局、その日は自宅から一歩も外に出なかったが、私は引きこもり体質なので全く疲れない。
さすがに年末ともなると部屋が冷える。
夜が更けて家族も眠り、しかし仕事は続く。完全なサービス残業だ。
休憩時にAmazon Musicで適当に音楽を聞いていたら、この時期に定番の曲が流れた。
山下達郎さんの「クリスマス・イブ」だな。あの曲はCMのイメージともリンクしているし、独身時代に寂しいクリスマス・イブを過ごした時の記憶にもリンクしている。
カップルがこの曲を聴くと、現在の幸せを実感するのだろうな。
そういえば、妻と交際を始める前の話だが、当時に付き合っていた女性とディズニーの周りにある高級ホテルに泊まったことがある。
彼女の両親が資産家で、宿泊チケットをもらったと記憶している。
1日目はランド、2日目はシーという定番だな。あの時の浦安はとても華やかで美しく感じた。
帰路でどこかのカフェに入り、その店でも山下達郎さんの曲が流れていた。
別に過去の交際相手のことが気になるわけではないし、互いに老いた。
若き日の楽しい記憶は、こうやって何かのきっかけで呼び戻されるのだろう。
他方、五十路が近い私にとってクリスマスは特に楽しいものではなくなった。
そもそも私はキリスト教徒ではないわけで、この日を祝う必要もない。
子供たちが幼児だった頃は、枕元にプレゼントを置いて、翌日に喜んでいる姿を見ることが楽しかった。
しかし、今ではサンタクロースの正体が子供たちにバレてしまっている。
イブに妻と二人で外食して愛を確かめるという夫が世の中にはいるかもしれないが、うちの夫婦はそのような関係でもない。
それに加えて、新型コロナの影響でクリスマスどころではない状況だ。
何だろうな、この白けたクリスマスシーズンは。さっさと年が開けないだろうか。フラストレーションというか何と言うか。
Amason Musicの選曲を替えようとしたところ、AIが提案してきたお勧めの曲が...
「Judas Priest」というイングランドのヘヴィメタルバンドの「Painkiller」という古い曲。
なんということだ。ユーザーである私が変人だと、連れ添っているAIまでトレンドがおかしくなるらしい。
日本だから何とかなるが、欧米でのクリスマスシーズンにジューダス・プリーストはタブーだ。
Judas (ジューダス)とは日本では「ユダ」と表記される。北斗の拳のユダではなく、聖書に書かれた人物のユダだ。
メタラーと呼ばれることもあるヘヴィメタルファンは、この点を紹介することが多い。
では、Judas Priestの後ろの単語であるPriest (プリースト)とはどういう意味なのかはあまり知られていない。
辞書的にはプリーストは「聖職者」という意味だ。ユダと聖職者という組み合わせの意味が分からないはずだな。
JudasとPriestという単語が登場する文章と言えば、新約聖書に記載された「マタイによる福音書」のことだろう。
ユダが聖職者と一緒にやってきて、イエスを捕えるシーン。このユダの裏切りの後に色々とあって、イエスは磔になる。
やばいだろ、この曲をクリスマスシーズンに提案するのは。
日本風の因果応報や色即是空といった概念までAmazonのAIが認識しているとは思えないが、しかも曲名がペインキラーだ。
日本語で「鎮痛剤」という意味だ。
団塊ジュニア世代ならば記憶が残っているはずだが、昔、高校生たちがダンスを踊って競うという有名なテレビ番組があった。
多くの高校生たちが真面目にヒップホップやブレイクダンスを披露している中で、水泳用のビキニパンツとスイミングキャップあるいはネクタイだけで登場し、サイケデリックな踊りを魅せたグループがあった。
メロリンキューだけで全てが通じる人も多いはずだが、彼らがダンスの際に使用していたBGMがペインキラーだったということは、ほとんど知られていない。
ド派手で重厚なイントロの後で、脳天まで突き抜けるかのようなハイトーンボイス。狂気すら感じられる同じフレーズの連呼。
今の私はこのような曲を欲していたわけではないが、まあ確かにこのクリスマスシーズンの靄がかった雰囲気を頭の中で消すには適しているのかもしれないな。
数年後のクリスマスは、普通のクリスマスになることを願う。
ヘッドバンギングが忙しくて仕事にならない。