2020/11/13

新浦安の千葉都民でも場所と職場によっては快適な通勤手段があるらしい

今回の録のタイトルは衝撃の大きさを表現するかのように長いな。浦安の大ファンの中には「浦安は、20分間で東京駅にアクセスできる好立地!」とアピールする人たちがいるが、実際の市民として言わせてもらえばゴハン論法とセールストークによって誤解を生じうる危険な文言だ。詭弁と呼んで差し支えない。


このような人たちの言うことを真に受けない方がいい。デメリットを伏せているだけの話であって、なぜ伏せるのかというと都合が悪いからだ。

なぜ都合が悪いのかというと、その背後に明確な意図があるからだ。

その意図とは何か。最終的には金と人の欲だろう。

新浦安駅からJR線の快速に乗れば20分間程度で東京駅に到着するが、京葉線のホームは東京駅の端にある。

同じ東京駅と呼んでもいいのかというくらいに中心から離れていて、乗り換えのためには異様に長い距離を歩くことになる。

そもそも、新浦安の海沿いから新浦安駅まで歩くと、軽く20分間はかかることだろう。バスや自転車に乗らないと駅までアクセスしづらい。

新浦安駅の近辺に自宅があって、東京駅の京葉線のホームの付近、あるいは新木場駅や潮見駅の付近に職場があれば、確かに好立地かもしれない。

しかし、新浦安駅まで自転車やバスで通い、京葉線から地下鉄に乗り換えるような通勤ルートの場合には、自宅から職場まで1時間や1時間半くらいかかってもおかしくない。

都心と比べて新浦安の住宅が同程度の価格で広かったり、同程度の広さで安かったりするのは、やはり都内へのアクセスの不便さがあるからだと思う。

あくまで23区と比べた場合の住居費の割安感は浦安のメリットだと感じる人もいるだろうけれど、何事も安いことにはそれなりの理由がある。

江戸川区や足立区よりも都心の外側にあるのだからアクセスが楽なはずがないが、家族が生活するには環境が良くて安いと千葉県内に住み、父親が電車通勤で苦しむ。

それが多くの千葉都民の現実だ。

さらに、新浦安は地震による液状化のリスクがあり、本浦安は大雨による水害のリスクがある。

それらを隠してゴリ押ししてもすぐにバレる。

私は往復3時間もかけて都内の職場に通っているが、この行動は論理的に考えておかしい。

だが、生物学的には必ずしも間違ってはいなくて、このようにオスが遠距離を移動する鳥類がいたりもする。

人間は自分以外の存在に負荷をかけて楽をするというアウトソーシングを好む生き物だ。

父親が電車通勤で苦しんでいても、妻や子供たちは当然だと受け流す。

その苦労を下支えするのは父親自身の責任感であったり、夫婦愛であったり、家族愛なのだろうけれど、10年もすれば惰性になり、20年もすれば諦観に変わる。

毎日、多くの時間を移動のためだけに費やし、苦痛を受けて消耗し、これが幸せな生活であるはずがない。

そういえば、往復4時間程度をかけて離れた県から新幹線で通勤している同僚がいるが、行きも帰りも座ってリラックスすることができるそうだ。

新幹線の中で朝食をとりながらメールをチェックしたり、読書や映画を楽しむこともできる。

他方、私は混み合った電車で立ち続け、千葉都民の品のない言動でストレスを受け、駅での乗り換えで人混みに飲み込まれ、不快な空気が漂う構内を必死に歩き、電車を乗り換えて、再び立ち続ける。

帰りの電車ではハイテンションなディズニー客が恥を知らずに押し寄せてくる。

新浦安はたくさんの人たちからの消費の対象になってしまっている。それがこの街の魅力だと感じる市民もいれば、違うと思う市民もいる。

運悪く同じレールの上を走る武蔵野線に乗った時は最悪だ。夢から覚めていないディズニー客が舞浜駅から乗り込んでくる。

...というように、今この瞬間も電車の中で苦しんで、スマホで苦痛をブログに残すことくらいしかできない。頭にネズミの耳を付けて口にマスクをしている集団が押し寄せる光景はあまりにシュールだ。

新幹線通勤でさえ楽に見える浦安から都内への通勤地獄。

10年近く電車のルートを試行錯誤してみたのだが、解は見つからなかった。やはり、千葉なんだ。ここは。

通勤があまりに辛い日の夜、いつもはアバターで妻と会話している私の本音が口から出た。

「電車の乗客が増えて辛い...ディズニー客が多すぎる...」

すると妻は答えた。

「仕方がないでしょ」

確かに仕方がない。小学校に通う子供たちの環境、妻にとっては通勤が短時間で楽なルート。

義実家なんてどうでもいいが、義父母としては娘や孫が近くに住んでくれることは幸せだろう。

気の利いた妻なら、「通勤が辛くても頑張ってくれて、ありがとう」と労ってくれるかもしれないが、うちの妻は夫を労ったり感謝することがほとんどない。

自分に否があっても認めない。ツンデレではなくてツンツンだな。

このテーマについて私が反論すると、「あんたが通勤が辛いと言うから、自分が家事や子育ての多くを負担しているじゃないか」と妻から突っ込みが入る。

また、その背景には、この街が妻の故郷だという強烈な思い入れがあったりもする。

浦安が住みづらいと私が言うと、故郷を馬鹿にされたと感じて怒る。

違うんだ。この街が馬鹿なのではなくて、この街に引っ越した私自身が馬鹿なんだ。

素の状態で妻と接すると精神に負荷がかかるが、自分の思考をアバターに切り替えるのも面倒だ。

妻からの返答に対して無視で返し、その日の全ての会話を遮断した。

夜の営みもなくなり、同居して子供たちを育てる。こんなに長期間にわたって男女が連れ添う夫婦という制度では、互いの相性が本当に大切だな。

けれど、相性が合わないからといって離れることも難しく、色々と我慢を続けながら連れ添う。それもまた夫婦の現実なのだろう。

とある夜のこと。

もはや帰りの電車通勤のモチベーションがゼロに近くなった。

どうしてこのような苦しい状況に耐えながら家に帰る必要があるんだ。飯を食い、家族と短い時間を過ごし、あとは寝るだけの街に。

先週にロードバイクの実走に出られなかったことが痛い。

HP残量はレッドゾーン。もはや生命を維持するくらいしかモチベーションが残っていない。

疲れ果てたというよりも、素になっただけだな。この浦安からの電車通勤というスタイルは、私にとって狂っているという現実を再確認しただけだ。

ベンチに座り込んで休憩しながら考えごとにふける。

私は夜の街で酒を引っ掛けたり、SNSや近場で知り合った女性と火遊びをする既婚男性を毛嫌いしているわけだが、そのような人たちの気持ちも分かる。

何が楽しくて生きているのだろうかと感じることもあるし、変化がないわりに苦しみが多い。

妻が「京葉線が辛いなら、東西線で通えばいいじゃない」と言ってきて絶句したこともある。

「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」というセリフに似ている。

このフレーズはマリー・アントワネットが言ったと誤解されているらしく、またそう言ったとしても不思議ではないが、オリジナルはジャン=ジャック・ルソーが書いた台詞だったりする。

通勤で苦しんでいる夫に対して、絶対に言ってはいけないフレーズだな。

感覚過敏の私が、日本で最も混み合う路線のひとつである東西線で通うことは無謀でしかない。

あはは、もう笑うしかないな。まるで背中に重いリュックを背負って、廃線のレールの上を歩き続けるかのようだ。

水筒の水も残りわずかだ。どうして浦安なんかに引っ越したのか。

今日は帰宅すること自体を諦めて、夜の街で酒を引っ掛けて、ビジネスホテルにでも泊まろうかと思った。

なるほど、「およげ!たいやきくん」の歌の世界観というものは、中年親父の悲哀と危機を見事に描いているな。

とはいえ、実際に行動に移すと後で面倒だ。何かに感染すると職場の人たちに笑われる。

正気になって東京駅から出て、タクシーに乗って浦安に帰ろうかと思った。片道で6千円くらいだろうか。

あはは、浦安の大ファンたちよ、これのどこが好立地だ?

タクシー乗り場を探していたら、何列にも並ぶ大きなバス停が見えた。高速バス乗り場だな。

もはや帰宅する気すら失せた私は、それぞれの高速バスの行き先を眺めて歩いた。

東北や北陸、東海。様々な地方に向けて高速バスが旅立つ。

このまま一人で高速バスに乗り、何の予定もない小旅行に出かけたい気持ちになる。

千葉都民として浦安と東京を往復したくないんだ。私の人生で最大の失敗だ。

毎日、顔をしかめて耐える時間が3時間もあるなんて、馬鹿げている。

高速バスに乗って見知らぬ土地に出かけ、温泉に浸かり、妻が刺身を嫌うのでほとんど食卓に出ない寿司を腹一杯食べ、どこか静かで美しい場所で心を休めたい。

並んでいるバスの中に、ひとつだけ「回送」と表示されて、行き先が分からない車両があった。

バス停のスタンドも真っ白だ。

しかし、不思議なことにバスの窓には座席に座っている何人かの姿が見える。

しばらく立ち止まってそのバスを眺めていたら、少しずつ人がバスに乗車していく。

サラリーマン風の中年男性、大学生風の若い女性、高齢者、制服姿の中学生。

なんだろうかと不思議に思った私は、興味本位でそのバスに乗ってみた。

座席に座ると、全身を包むような安心感がやってきた。

私の後に続いてバスに乗ってきた同世代のサラリーマンが、隣の座席に座った。

彼もまた穏やかな表情になった。

乗客たちは皆が無言で何も話さない。スマホを眺める人、単行本を読んでいる人、目を閉じて居眠りに入る人。

このバスは、一体、どこに向かって出発するのだろう。

「あの...このバスって、どこに行くのでしょうか?」と隣の座席にいるサラリーマンに尋ねてみた。

彼は「知らずに乗ったんですか?今なら降りることができますよ」とつぶやきながら、バッグから薬の錠剤を取り出して、ペットボトルの水と一緒に飲み込んでいた。

酔い止めだろうか、もしくは何かの投薬治療だろうか。彼は安心したように眠りに就いた。

まあこれだけネットが普及していれば、ツイッターか何かで噂が広がるのだろう。

彼の言う通り、何人かの乗客は忘れ物を思い出したかのように足早にバスから降りていく。

ほぼ満員になったところで、柔和な表情のドライバーが運転席に座り、「お間違えのないよう、ご注意ください」というアナウンスが流れた。

その時になって、ようやくバスの中に行き先が表示されて走り始めた。なるほど、終点までノンストップだな。

私としては少しタイミングが早い気もするが、これで良かったのだろう。

やっと、この苦痛から解放される。

六文銭を用意してこなかったが、今のご時世だから交通系ICで何とかなるだろう。

リクライニングシートを傾けて、私は静かに目を閉じた。

...というとても怖いストーリーの小説をどこかで読んだ気がする。あなたの知らない世界に採用されそうな話だな。

このストレス社会だ。そのようなバスが本当にあったら、バス停には長蛇の列が並ぶのだろう。

空想はさておき、順番にバス停を見ていったら、新浦安行きのバスを見かけた。

ここにもディズニーが...と辟易したが、この高速バスはディズニーには停まらず、浦安市の中町を抜けて新町まで行くそうだ。

帰宅ラッシュが過ぎたとはいえ、バスの中は空いている。二人並びの席に一人ずつ座り、隣の席に鞄を置いているくらい。誰も座っていない二列席もある。

何だこれはと、試しに新浦安駅行の高速バスに乗り込んでみた。

そこに広がっていたのは、10年以上も長時間の電車通勤で心身をすり減らしてきたことを悔やむくらいに快適な空間だった。

このままリクライニングシートに座っているだけで、自宅の近くまで運んでもらえるというのか?

電車の中や駅構内で底辺飲みや嘔吐、足の投げ出しや大声といったモラルハザードを起こした人たちを見てストレスを溜めることもなく、電車の中で立ち続けることもなく、スマホゾンビに苛つきながら駅構内を必死に歩き続けることもない。

帰宅時に鬱陶しいディズニー客の波に飲まれることも、人が密集する新浦安駅に近づく必要さえない。

シンボルロードの歩道をエゴを丸出しにして自転車で暴走する新町の住民を眺める機会もない。

素晴らしいぞ、この高速バスは。

座席には同世代のサラリーマンたちが座っていて、ディズニー客の姿は見かけない。

たまにバスに乗った後で、思い出したかのように降りていく人はいる。キャリーバッグを引っ張っている。ディズニー行きのバスと間違ったのだろう。

それにしても...このバスに乗っている人たちは、どのような人たちなのだろうか。

地方からの出張で浦安市内のホテルに宿泊するのであれば、電車で移動することだろう。

新浦安行きの高速バスの存在を知っているかどうかも分からない。

となると、東京駅の前の高速バスというローカルな空間で、新浦安の父親たちが集まって座っているということか。

それなのに、乗客同士の会話は全くない。

多くの人たちが二人掛けの座席の窓側に座り、バッグを廊下側の座席に置いて占拠している。

これはエゴ高めの新浦安住民の日常の姿なので、何ら違和感がない。

「お間違えのないよう、ご注意ください」というアナウンスが流れ、すでに浦安という街に間違って住んでいる私は、窓から見える東京の夜の街を眺めた。

出発した新浦安行きの高速バスはとても快適で、私のHPが急速に回復していく。

新幹線で通勤している人たちの車内での気持ちが分かった。

通勤というよりも、中年親父が一人になって過ごせる自由な時間だ。

左前の座席にいる男性は、ノートパソコンを開き、ヘッドホンを付けてゲームをしていた。いや、これはマインクラフトか?

仕事のメールを打っている人がいたり、飲み会の後で気分良く居眠りしている人もいる。

東京駅付近には大手企業のビルが並んでいるし、集合型のオフィスビルには中小企業や個人事務所がたくさん入っていたりもする。

つまり、職場から歩いてバス停まで来て、新浦安行きの高速バスに乗り、新浦安駅を経由せずにダイレクトに帰宅するというわけか。

日本橋辺りで夕食がてら軽く飲んで、バスで浦安に帰り、風呂に入って眠るという時間の節約も可能だな。

窓から見える東京の夜景は美しく、このリラックス感は半端ない。このように通勤している同世代がいたことを知り、勉強になるとともにわずかな嫉妬と後悔を感じた。

電車の中で立ち続けることも、駅構内で歩くこともなく、30分くらいで浦安にたどり着いた。

バスから降りた乗客の多くは、すぐ近くにある自宅に向かって歩いていく。

なんだその通勤スタイルは。ストレスフリーとは、まさにこのことだ。最高じゃないか。

ディズニーで人が集まる新浦安の特徴を逆手に取って通勤ルートを工夫したようにも思える。

定期がないようなので、バス料金だけで月に3万円近くかかってしまうが、ルートに関わらずに一律で交通費が支給されるような職場であれば、私費を追加するだけの意義は十分にある。

とはいえ、私の職場は東京駅から離れているので、自転車で職場から東京駅に行き、そこから輪行で高速バスに乗る必要がある。

このような通勤ルートが認められるのかどうか事務の人たちに尋ねてみたところ、やはり難しいらしい。

通勤ルートに従って料金が精算されるので、そのルートが認められない限り交通費が支給されない。

バス輪行で通勤するよりも、職場の近くで安アパートを見つけて家族と別居するとか、オートバイの免許を取ってバイク通勤する人が本当にいるらしい。駐車場を借りて自動車で通勤とか。

それらができないのであれば、我慢して電車に乗れということだな。

23区住まいであれば、間違いなくロードバイク通勤なのだが、荒川を越えて浦安まで通う...いや千葉県民だから荒川を越えて東京に通うことが面倒だ。

そもそも、職場から自転車で東京駅まで走るだけでも大変だ。ブロンプトンのような折り畳み自転車ではなくて、ロードバイクが必要になる。

とても残念だが、またもや手詰まりだな。絶望しかない。

しかし、新浦安住まいでも快適に通勤している人がいることを知って勉強になった。

脱浦して引っ越す時には、バスの路線も調べながら転居先を探すことにしよう。

晴れた日はロードバイクで通勤し、雨の日はバスという形だな。