2020/11/01

ミニマルな人間ドックで広がる視界

職場でのメンタルチェックを問題なしという形で終え、次は毎年恒例の人間ドックを受診する。いつもは平日に日の出地区に並んでいる虎の門クリニックもしくはメディカルガーデンに行くのだが、コロナの影響で年内の予約が厳しい。


友人の産業医の話では、夫婦喧嘩を繰り広げて妻から罵倒された翌日であっても、メンタルチェックでは「家族からの理解がある」という項目では「そうだ」あるいは「どちらかといえばそうだ」と回答する必要がある。

「全くない」と答えるとストレス過多と判定されるらしい。

たとえ客観的な事実であっても、メンタルチェックで「家族からの理解がない」と書き込んでしまう精神状況は深刻だと判定されるそうだ。

かなり深読みな回答項目だな。

メンタルは大丈夫そうだということで、次はフィジカルなチェックに進む。

職場が手配してくれる人間ドックもあるのだが、知り合いに身体のことを見られるかも知れないし、長い時間をかけて電車で都内まで行き、バリウムを飲んで浦安まで電車で帰ってくる気力がない。

駅のトイレが苦手で、あの臭いと湿気だけで吐きたくなる。

ということで、自腹が上乗せになっても自宅近くの虎の門クリニックで人間ドックを受診し、午後からは日の出地区の大江戸温泉に行き、食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、湯船に浸かったり昼寝をすることにしている。

虎の門クリニックの2階は健診センターになっていて、広いフロアにたくさんのチェアが並んでいる。

待ち時間が長いのだが、検査がとても丁寧で気に入っている。

文庫本の小説を健診着の胸ポケットに入れて、ポカポカと温かいフロアで読書にふけり、名前を呼ばれてひとつずつ検査項目をこなしていく。

目まぐるしく時間が流れ、慌ただしく去っていく日々の中で、少しだけスローダウンした感じが落ち着く。

薄暗くて温かい個室の清潔なベッドに横たわり、女性の技師さんに腹部エコーをやってもらう時が楽しみだったりもする。

少し横を向いてとか、息を止めてとかの指示もいいな。

夫婦仲が円熟期に入った中年親父の思秋期的な煩悩というか。

第三者から見ればただのエロオヤジになってしまいかねない思考ではあるが、子育て中の中年親父がこんなに禁欲的だとは思ってもみなかったな。

エコー用のローションは温かく加温されていて、終わった時には温かいおしぼりが手渡される。

たまに腕の毛が濃い男性の技師さんが腹部エコーをやってくれる時があるのだが、これはこれで趣があっていい。なるほど新境地だな。

虎の門クリニックの人間ドックは対応や検査が丁寧で、料金の高さに見合うだけの内容がある。

持参する受診カードにハンコが少しずつ増え、医師と検査結果について話し合い、自分の身体の状態を確認する。

しかしながら、年内の人間ドックの前半がコロナで滞ってしまったので、年末にかけて空きがなくなったとのこと。

あれだけ広い健診センターが埋まるなんて、やはり新浦安は人を増やしすぎたと思う。

仕方がないので、自宅から離れたところにある元町のとあるクリニックの人間ドックを予約することにした。

現在、予約が混んでいるので2週間後の実施で、平日休みを楽しみにしていたのだが休日の朝一番しか予約が空いていないとのこと。

この状況では数週間待ちでもありがたい。

浦安市は、元町、中町、新町のエリアがある。市長が替わってから「エリア」という呼び名が「地域」になったらしい。

埋め立て前から存在していた場所が元町、一回目の埋め立てで生まれた場所が中町、さらに二回目の埋め立てで生まれた場所が新町。

それぞれの地域を行政上の区画として住所に書くわけでもなくて、私が住んでいる日の出地区は「浦安市日の出」という表記になる。

新町側から眺めると、東西に走る357号線によって隔てられた浦安市の北部が全て元町のように感じる。

357号線の向こう側には海楽地区のように中町の一部が含まれているが、細かな境目が分かりづらい。

新浦安駅付近からシンボルロードを南下すると旧堤防の跡が分かりやすく残っている。

普段の生活で感じる中町はここまでの範囲だな。

私たち夫婦と腹の中にいた上の子供は、都内から浦安市の中町エリアにある美浜地区に引っ越してきた。

住民や雰囲気は穏やかで、新浦安駅にも近く、住みやすい場所だった。

しかし、市役所の保育園幼稚園課に保育園の入園を申請したところ、同じ中町エリアの入船北保育園と入船保育園が不承諾になった。

当時は浦安市内の保育園が全く足りず、待機児童が問題になっていた。

女性が働くことができる世の中を用意しないと労働力が不足するという経済界の意図が行政に反映されている気がしたが、自治体が速やかに対応することは難しい。

だが、不承諾通知をクシャクシャに握りしめた時の妻の怒りは凄まじかった。

第三希望で申請した新町エリアの日の出保育園は入園可能ということで入園を希望し、しばらく通ってみたのだが、中町エリアから遠く離れていて送迎が厳しい。

仕方がないので美浜地区から日の出地区に引っ越すことにした。

美浜地区と日の出地区の間には、中町エリアの入船地区という場所があり、以前は義実家がそこにあった。

元町で幼少期を、中町で小学生から成人までを過ごし、新町で子育てという生粋の浦安民である妻は、入船地区のことをあまり良く思っていない。

住んだことがないので私には分からないが、神経質で自己主張が強い人が多いらしい。マスコミ関係者も珍しくない。

美浜地区に住んでいた時から、入船地区は自動車の運転が荒い人が多いという印象がある。

自転車での保育園の送迎時に入船地区の人の自動車にはねられかけて、それが日の出地区に引っ越す契機のひとつになった。

シンボルロードの歩道を通行していたら、入船地区の脇道から自動車が突っ込んできたり。

新浦安駅の前の団地から、歩行者が全く横を見ずに歩道を横切ってきたり。

このように入船地区の人たちのイメージはあまり良くないが、入船地区の人たちから見れば、シンボルロードの歩道を自転車で疾走する日の出地区の人たちには思うところがあることだろう。

仕方がないので、美浜地区から入船地区をスキップして日の出地区に引っ越した。できれば新町だけには住みたくなかった。

本日の人間ドックは元町のクリニックということで、ミニベロに乗って新町から元町までペダルを回す。

シンボルロードを北上し、新浦安駅の前までは心拍数が高いのだが、357号線を越えると少し気分が楽になる。

元町は元町で色々とあるわけだが、街並み自体は東京の下町に似ている感がある。

いや、都内の下町よりも清潔で明るい感じだな。

不動産屋の話では、新浦安が好みで元町(私なりには敬意をこめて「本浦安」と表現したい)の物件を希望しないタイプと、本浦安が好きで新浦安を希望しないタイプがいるそうだ。

また、新浦安の物件を希望するタイプには、新町もしくは中町を好むという二通りがあるらしい。

まあ長年住んだ実感としても、確かにそのような感じだな。

元町の駐輪場にミニベロを預け、徒歩で小さなビルのクリニックへ。

人間ドックの料金は各施設で設定されていて、このクリニックは新町のそれらよりも格段に安い。

大丈夫かとビビりながら小さな受付台の前に行くと、待ち時間もなく受付を終え、看護師とすれ違いながら奥の椅子に座る。

受診者は私ひとりで、後から数名の同世代の男性たちが続いた。

新浦安の大きな健診センターでは、専属の受付スタッフがいて、受付だけでも10分以上かかったりするが、今回はとてもスムーズだ。

更衣スペースは一箇所だけで、着替えるとすぐに看護師さんが尿検査用のカップを渡してくれて採尿の案内をしてくれる。

尿検査室はなくて、ただの洋式トイレがひとつあって、便器の上の棚に段ボール箱のトレーのみ。

採尿を終えて戻ってくると、パーティションで区切られただけのスペースで、身長、体重、血圧、視力、聴力の検査をひとりの看護師さんが流れ作業で進めてくれる。

血圧検査や視力検査では自動のロボットが普及しているが、そんなものは使わない。

こちらの看護師さんは私と同世代の元町のお母さんだろう。キャリアが20年以上のプロが手動で血圧を計るともの凄く早くて正確だな。

大きな健診センターでは聴力検査用のボックスがあったりするが、そんなものはない。

ヘッドホンを付けて、目の前でスイッチを押して「聞こえますか?」という感じ。

しかし、目の前にベテランの看護師がいるので、とても安心することができる。

一般的な人間ドックに慣れてしまった私には、このようなミニマルでコンパクトな検査が新鮮で楽しい。

小説を読んで待つ余裕は全くないが、次々に検査項目が進んでいく。

心電図の検査は待合室から10歩くらい歩いた場所。

先程のベテラン看護師から若い看護師さんに交替したが、それでもキャリア10年くらいだな。

プローブを外した後、「すみません、このまま採血しちゃいますね」と、私がベッドに横たわったまま、バンドもそこそこに採血が始まった。

オプションで腫瘍マーカーの検査を追加したので、スピッツが2本あるはずなのだが、採血が上手い上に仰向けなので交換のタイミングが分からない。

寝た状態での採血というのは、意識不明とか瀕死の状態で搬入された時にはよくあるが、人間ドックでは珍しい。私自身は初めてだ。

採血が怖いと思ったのも初めてだが、看護師さんがスレンダーで美しいので良しとした。

起き上がるとすぐに胸部X線検査へ。看護師さんが入れ替わりフロアを階段で移動する。

こ...これは、のんびりした健診センターというよりもガチのオペ前の迅速検査のペースだな。

看護師さんの跡を追って別のフロアに行くと、一般外来の患者がぎっしりとベンチに並んでいる。

そこに私だけ入院患者のような格好で突入していく。

通路を塞ぐように杖を倒している老人男性の雰囲気が怪しい。

看護師さんが「すみませんねー、開けてくださいねー」と杖を立てると、その老人が「なんだこのやりょう、てめえー」と怒っている。しかも何か臭う。

朝から酒を飲んでいるじゃないか。平然としている看護師さんの姿に元町の日常を知った。

放射線技師もかなりのベテラン...しかも元町出身だな。そこはかとなく浦安弁のイントネーションが聞こえる。この技師、かなりの腕利きだな。腕の毛も濃い。

撮影室には様々な撮影の体勢を示すモノクロの写真が壁一面に貼られているが、そのモデルの中に半裸の女性があったりもする。

技師の好みが美乳であることだけは分かったが、骨折疑いの場合には壁の写真なんて見ている余裕がない。健診なので平和だな。

撮り直しなしの一発勝負の後、階段で移動する際にベテランの看護師さんがつぶやく。

「診察が短いので、気になることがあったら言ってくださいね」と。

パーティションに囲まれた腹部エコーの部屋で待っていたら、私よりずっと若いドクターがやってきて、聴診器で心肺音を確認し、そのまま腹部エコーの検査が始まった。

ローションは室温。もうすぐで11月だぞ。

「冷たくてすみません」という言葉の最中に冷えひえのローションが腹の上に。

ローションが描く軌跡が腹の上ではっきりと分かる。

このドクターは、トンカツ屋に行くとZ字を描きながらソースをかけるタイプだな。

というか、この総合診療医は、どう考えても一般外来の途中で抜けてきたな。腹部エコーが終わったら急いで立ち去ってしまった。

看護師さんのつぶやき通り、確かに診察が短い。というか、どこからどこまでが診察なんだ。短すぎだろう。

だが、ドクター自身が腹部エコーをやってくれる機会も珍しい。とても安心感がある。

それが終わるとバリウム。

待合場所に行くと、受診者が一人ずつずれて椅子を空けてくださった。

これは元町の飲み屋でもある光景で、人と人の距離が近くても互いに気を遣って何とかするわけだ。

これが新町だと「ここは私のスペースだ」と他者に席を譲らないことが多い。

バリウムを飲んだ後の胃部検査では、先ほどの技師さんが頑張ってくれた。

ゲップの我慢よりも浦安弁が気になる。優しくもあり、力強くもある不思議な言葉だな。

戻ってくると、すぐにスレンダーな看護師さんがコップと下剤を持って、バリウムを出すための説明が始まる。

新町から自転車で元町まで来たので、このタイミングで下剤を飲むと、海楽地区で腹がゴロゴロと来て、日の出地区まで私の出口がもたない。

しかし、目の前にいる看護師さんが下剤を飲めと言う。このような圧しもまた趣があっていい。

下剤を飲むとすぐに会計があって、クリニックを出た。大江戸温泉の無料券は付いていなかったが、料金が格安だった。

半日の人間ドックが、1時間で完了した。

マジかよ。

しかし、厚労省などが定めた健診の要件はクリアしている。

人間ドックの検査は簡易的なもので、このクリニックの場合、血液検査はSRLやBMLなどの検査会社に外注しているな。自前のラボを持たないわけか。

画像についてもその場で読影するわけでもないことだろう。

検査報告書がまとまった段階で郵送するということで、クリニックのスタッフが無理をせず、患者を待たせないという方針なのだろう。

気に入った。

限りなく目的を追求すると、このような人間ドックになるのかもしれないな。早く終わって楽だった。

何より、たくさんの人たちにお世話になり、元町のアットホームな感じが良かった。

駐輪場に戻ると、係員のシニア男性が「おかえり」と声をかけてくださって、気が楽になった。

本浦安の良さなのだろう。

357号線の上の陸橋を越えながら思った。

元町の人たちから見える浦安とは、どこまでが浦安なのだろう。

日常の生活範囲としては、当然だが東京メトロの浦安駅周辺。

357号線の陸橋を越えて新浦安駅周辺では、イオンとかモナとか、その辺りまでが実質的な浦安なのだろう。

入船地区や今川地区にある旧堤防の向こう側、つまり新町は別世界かもしれない。

身重の妻を連れて都内から中町に引っ越してきた時、私の視界に見えた浦安は、もっと広かった。

美浜地区の隣は357号線で、すぐ近くに元町の雰囲気を感じた。海側に進めば新町があり、そこには別の町並みがあった。

けれど、新町に住み続けているうちに、357号線の南側が浦安だという感じになった。

新町には、スペースコロニーのシップが集まったかのように大規模な住宅が並び、とても人工的な環境で人々は家庭を維持し、子供たちを育てる。

この環境が気に入って生活している人もたくさんいるが、私はこのような生き方が人として自然なものではないと思う。

蜂の巣のようなコンクリートの住居、あるいは地方ならば簡素な分譲住宅に高い金を払って住み、都内と比べれば素晴らしいと納得する。

その割に人と人の繫がりは軟で、何か気に入らないことがあると繫がりが切れる。

町の祭りがあったりもするが、民としての帰属意識が育つはずもない。

人と人の距離を保ちながら、トラブルがないように気を遣い、毎日を生きる。

そのような新町での生活を私は「ピーキー」と表現しているが、私自身がピーキーになってしまっている。

人間ドックだってそうだ。健診はこうあるべきだと思い込んでいたが、工夫次第で大きく姿を変える。

全てをきっちりとこなそうとするから疲れるんだ。

手を抜かないこともあるわけだが、外せないラインを見極めて、考え方に余裕を持たせないとピーキーになる。

今回の元町での人間ドックは、考え方を修正するための気付きの場になった。

また、「浦安に住みたくない」といつも唱えているフレーズだって、私が見ている範囲の浦安でしかなかったわけだ。

とても勉強になる。

しかしながら、案の定、バリウムと下剤を飲んで元町から新町まで自転車で帰ろうとしたら、途中で便意がやってきた。

新浦安駅前のイオンに立ち寄って、水分を取ったり、トイレに行ったり。検査とはいえ生理現象なので仕方がない。

感染性でもない下痢なので、特に危なくもないだろう。

落ち着いて考えてみると、浦安のように便利な街は珍しい。日常で必要なことがあれば、すぐに解決しうるくらいに行政も店舗も充実している。

しかし、私はその便利さに甘え、いつしかそれが普通だと感じ、欠点ばかりが目に付くくらいに視野が狭くなっていたのか。

イオンの鞄屋に立ち寄り、新しいバッグを新調することにした。

子供たちが小さな頃は何かと大きいバッグが便利だったが、今はその必要がない。

そのことにさえ気づかないほどに毎日が流れていた。そろそろ背中の重荷を小さくしよう。

ソファに座って休んでいる時に、ふと家族で外食しようと思った。

妻に携帯電話をかけて、たまには中町で外食しようと伝えた。

都内だと高額になるくらいの料理が、普通の価格で楽しめることも浦安の良さだ。

新羅の焼肉ランチで多めにオーダーして、妻と子供たちが「お腹いっぱい」というところまで食べさせた。

私はあまり裕福な育ちをしていないので、焼肉店で腹一杯食べることが子供の頃の目標のひとつだった。

自分が我慢したことを我が子たちが我慢せずにいられるだけでも十分だ。

人間ドックで異常はなかったが、コロナ太りの徴候は数値に現れていた。

ダイエットは明日からにしよう。