2020/10/22

ツルモク独身寮と妻をめとらばの並行性

小学校の運動会のバブリーダンスで思い出したのだが、最近、若い人たちの間で「ツルモク独身寮」というコミックがジワジワと人気を集めているようだ。バブル景気があった30年近く前にリリースされた漫画が、流行をひと回りして現在の若者たちに受け入れられ始めたということか。


私がツルモク独身寮を読んだのは高校生の頃だな。今でも実家の本棚に単行本が並んでいる。

いや、大学生になって帰省した時に家族が手に入れたコミックを読んだのか?五十路が近づくとこの辺の記憶が不確かになる。

あらすじはGoogle先生が詳しく教えてくれる。

高校を卒業して地方から都会の家具会社の工場に就職した青年が、独身寮で様々な人たちに出会い、将来の夢や人生について悩む。

それだけだと地味なストーリーになってしまうが、この独身寮は男性寮と女性寮があり、この設定で芽生える若者たちの恋愛が物語に華やかさと深みを増す。

キャクターデザインはとても洒落ていて、今の若者が同じ格好で都内を歩いても違和感がないことだろう。

少し前に流行ったツーブロックヘアも自然に登場するし、漫画なのに登場人物が途中で髪型を変えたりもする。

30年前の漫画とは思えないほどにスタイリッシュだな。

そして、主人公の青年が女性寮の先輩に恋をしてしまい、その女性もまんざらではない感じで、季節の流れとともに距離が近づいていく。

青年には田舎に残してきた彼女がいて、その彼女が上京して働くようになった。

ここで人生の選択だな。青年は会社で出会った先輩の女性を選び、田舎から上京してくれた彼女と別れるという下衆振りを発揮する。

少々の潔癖症の気がある私としてはこの辺で読み進める気がなくなったわけだが、周りの同僚は様々な方向に恋愛を進めていく。

故郷に住む彼女を想って会社を退職し、実家の農業を継ぐ青年。

そのまま工場で地道に働き、独身寮で出会っていつも構ってくれる女性と結婚する青年。

主人公の青年は、社内コンテストでプロのデザイナーから才能を見い出され、彼女の理解や応援もあって、海外でデザイナーとしての生き方を始める。

仕事が軌道に乗った主人公は、忘れ物をとりに来たと言って一時帰国し、古巣の会社に勤める彼女の元へ。

忘れ物とは何かを二人の表情が映し出す。

うん、素晴らしいストーリーだな。今の若者たちでも違和感なく世界観に浸ることができる。

コミックを元に映画化された作品は酷い出来だったが、実写化は難しいかもしれないな。

だが、ツルモク独身寮にはモデルとなったエピソードがあって、それは作者自身の実体験なのだそうだ。

作者が主人公のモデルというコミックや小説は結構あって、もちろんフィクションとして脚色されてはいるが、臨場感があってリアルだな。

若い頃の私は、ツルモク独身寮のような恋愛から結婚への道のりに憧れたし、そのような展開を期待して上京した。

しかし、何だか状況がおかしい。バブル景気が弾けて大変なことになっているというニュースが流れ、倒産した大企業の社長が記者会見で涙を流して頭を下げていたりもした。

大学の同級生たちは相変わらず講義をサボって、サークルだ合コンだバイトだ旅行だと楽しんでいたが、この日本の社会は大変なことになると思った。

しかも、せっかく都会に出てきたのに、ツルモクのみゆきさんのような女性に出会えていない。

ごく稀に素敵な女性を見かけても、田舎の方言が残っているような状態だった私は固まって話せなくなった。

洒落たデートコースも知らないし、実家は大きな借金を抱えていて、私自身が金に困っているような頃だった。

風船のように膨らんだ理想は萎むばかり。

街中の古びた古本屋の前を通りかかった時、紐で縛られて店頭に置かれたコミックのシリーズを見かけた。フルセットで500円くらいの値札が付けられていたと思う。

その漫画は「妻をめとらば」というタイトルで、ツルモク独身寮のような画力もなく、華やかさもない。

大して期待もせずに購入して、オンボロアパートに持ち帰った。

その日は豪勢に唐揚げ弁当を買おうと思っていたのだが、古本の漫画を買ったので財布には数百円しかない。

バイト代は教科書代に消えて心許ないので、夕食はマーガリンご飯になった。

このような時期に支えてくれた女性がいたならば、私は何があっても愛し続けるなと思いながらの夕飯はとても切ないものだった。

「妻をめとらば」というタイトルは、有名な与謝野鉄幹が奏でたフレーズの一部だな。

「妻をめとらば 才たけて みめ美わしく 情​あり」というハードルは非常に高いわけだが、それがこの作品での中心的なテーマであり、達成しえない目標でもある。

主人公はツルモク独身寮の青年と同じ社会人だが、西北大学を卒業して有名証券会社に勤め始めた独身男性。

西北大学という名前の大学は中国にもあるが、おそらく早稲田大学をモデルにした架空の設定だろう。

証券会社は複数の企業がモデルになっているようだ。

時はバブル景気の真っ最中。有名大学を卒業し、華の証券マンになった主人公の青年は、人生の伴侶となる女性を探す。

彼の希望は「才たけて みめ美わしく 情​ある」というハイスペックな女性だ。

しかし、証券会社は高給だが仕事が激務な上にストレスの負荷も大きい。

稼いだ金で酒を飲んで憂さを晴らし、少ない時間で交際相手を探すものの、意中の相手は見つからない。

様々な女性に出会うのだが、美しくても性格が合わなかったり、非常に強いこだわりがあったり。

現在であれば意識高い系と表現される人たちか。

それでも結婚相手として三拍子揃った女性を探す主人公の青年に対して、同僚の中年男性たちが結婚自体について非常にネガティブなアドバイスを送る。

バツイチ(だったと思う)で独身貴族の中年男性が主人公の相談に乗りながら街中を歩いていた時のこと。

品のない大声でゲラゲラと会話する中年女性の二人組を見かけ、「あのような人がいる家に帰る男の人生は幸せか?」という感じのセリフは、若き日の私の心に刺さった。

いや、今も刺さったままだ。子育てをしていると、マッシブあるいはヒステリックな母親を見かけることがよくある。

ご主人はどのような気持ちで生活しているのだろう。

逆もまた然りだな。電車でくたびれた中年男性を見かけると、このような人が家にいる奥さんは、どのような気持ちで生活しているのだろうかと思う。その中年男性には電車の窓に映った私自身も含まれる。

もう一つ、妻をめとらばで心に刺さる中年男性のセリフがある。

先ほどのバツイチ男性ではなくて、帰宅恐怖症になってしまった既婚者が自信をもって主人公の青年を諭すシーン。

「子供ができて10年もすれば、仕事が終わっても家に帰りたくないと思うようになる」という感じのセリフ。

若き日の私には想像もつかなかったが、実際に家庭をもってからその気持ちが分かった。

現在の私は帰宅恐怖症になっているわけではなくて、単に長時間の電車通勤や浦安という街での生活が苦痛で職場から帰ることが億劫になっているだけの話だ。

妻との人間関係も落ち着いて夫婦喧嘩はほとんどなくなった。

私が気ままにサイクリングを楽しんでいることでも分かる通り、趣味について妻からの理解もある。

しかし、以前は帰宅恐怖症...精神医学的には適応障害やストレス障害か...で家に帰りたくないと思う時期があった。

上の子供が小学校に入った頃から、妻がほぼ毎日激昂して私に対して怒り、意見を否定し続けた時期があった。

妻の怒りがエスカレートすると、数日間にわたって同じことで怒り続けたり、部屋のドアなどを叩きつけたり、部屋に張り紙をしたり、私に向かってコップなどの物が投げつけられたり、手は出なかったが足が出ることがあった。

妻は子供たちの前で喚き散らし、私が何を言っても収まらない。

上の子供は自宅の隅で膝を抱えてシクシクと泣いていて、小さな下の子供が泣き叫びながら夫婦の仲裁に入ることもあった。

妻が酒を飲んで暴れているわけではなくて、シラフのまま激怒する姿は病的だった。

付き合いの長い医師から、妻には速やかなカウンセリングと投薬治療が必要だとアドバイスされた。

産後にホルモンバランスが崩れ、穏やかだった女性の性格が荒くなることは珍しくない。また、妻のように激しく怒って夫に当たるケースもある。

ここで夫が応戦して手が出ればDV扱いの離婚になって慰謝料、夫が言葉の暴力を受け続けて心身を壊せば薬漬けのクリニック通い。

それらに発展する前に離婚することもあるはずだ。浦安においても同世代の離婚を何組も見聞きした。

当時の妻の怒り方は尋常ではなかったので、怒りや興奮を抑えるような治療薬が必要だった。このままでは私が耐えきれなくなって家庭が崩壊する。

しかし、私の意見が全否定されるので、それらの対応ができない。クリニックで診察を受けることも拒否。自分は正常だ、お前が悪いと。

どうして自分ばかり育児と家事の負担が大きいのだ、稼ぎなんて関係ないと、一度キレると何を言っても無駄だった。

私としては、長時間通勤で疲れながらも、できる限り仕事を減らし、家事や子供の保育園の送りなどを担当して努力したつもりだが、当時の妻としては足りなかった。

半年くらい耐えていたら、私の心身に異変が生じ、帰宅時間が近づくにつれて耳鳴りや目眩、頭痛や動悸が出るようになった。

浦安に帰ってきて自宅のドアを開けることが恐い。自分の心臓の拍動が聞こえる感覚があり、額に脂汗が滲んだ。

長時間の電車通勤に加えて家庭が荒れ、そのような生活が1年くらい続いた。

私はバーンアウトによって感情を失った。

当時の妻は産後のホルモンバランスが崩れた上に、共働きの子育てで精神的に追い詰まっていたのだと思う。

私がもっと頑張ればとは思ったが、妻が理想とする夫には程遠い。

長時間の電車通勤を苦にせず、定時で帰宅し、育児も家事も母親と同等でこなし、かつ高給を稼いでくる夫なんて、ごく稀だろう。

上の子供が小学校に上がり、妻としても仕事に打ち込みたいのに、夫が至らないと不満を溜めたのだろう。

実家が近いのに、義父母のサポートがあまりに少なすぎたことも原因だと思う。

私の感情が枯渇した当時から現在まで、義父や義母に対する憤怒の気持ちだけは冷めない。

子育てをサポートしないのに、休日は我が家に凸を繰り返し、私が寝込んでいても義母は大声を挙げた。

義実家となる人たちのことまで考えて女性と交際したり結婚するわけでもないし、交際時や新婚の頃の妻はin livingのりりかさんのように穏やかだったので、両親も同じ感じだろうと思っていた。

けれど、そうではなかった。

妻が暴れ始めた時には義父母に相談した。妻は夫の意見には耳を貸さなかったが、親の意見は受け入れる。

義父母が妻にカウンセリングや診療を勧めてくれると願ったが、知らないふりだった。

妻は子供の頃から穏やかな性格だとか、一人で映画を観る機会を用意しろとか。

結局、娘夫婦の家庭に干渉するわりに、面倒なことやゴシップネタになりそうなことからは逃げるのか。

思い出すだけで義父母に対する怒りが込み上げてくる。

こんなに住みにくい街を義実家で圧しておきながら、私が通勤で苦しんでいても、台風で電車が止まっても知らない顔だ。浦安に引っ越したことが間違いだった。

義父母ともにあまり深く考えずに適当なことを言って、責任を取らない。本当に苦手なんだ。顔も見たくない。

「人を呪わば穴二つ」という言葉があって、義父母を恨み続けても良いことはない。けれど、義実家があることで、私自身が自分の家庭を持ったという満足感がない。

義父母が他界するまで待っていたら、子供たちとの大切な時間が過ぎ去ってしまう。

妻は精神的に親離れができていないし、義実家は子離れができていない。

私が望む自分の家庭というよりは、妻を含めた浦安の義実家の延長に私たち夫婦がいて、私は金と遺伝子を提供して間借りしている感じだな。

もはや手遅れなので、私は夫であり父親という「役」を演じることで生き続けることにした。

とにかく、バーンアウトを止めないと家庭が傾くので、電車通勤を止めてロードバイクで何時間もかけて通勤する日々が続いた。

周りの人たちは普通に生活しているのに、どうして私は感情まで枯渇させて苦しんでいるのだろう。

朝起きて妻が激昂している時は、どこまでが夢なのか分からない時もあった。

その間も妻は感情を高まらせて暴れ、夫の意見をほぼ否定し、私は追い詰まって別居のための安アパートを実際に探したこともあったし、通勤途中の橋から自らの命を絶つイメージが浮かぶことさえあった。

しかし、あと一歩で離婚するところで踏みとどまり、子供たちのために夫婦として連れ添うことにした。

妻は何らかの精神的な病にかかっていて、それを治せば以前の妻に戻ると信じた。

結婚式では神の前で、病める時にも夫婦で連れ添うと男女が誓ったりもするわけだが、その割に世の中は離婚が多い。

夫がうつ病で失職すれば、妻がネット検索で離婚の方法を調べることもあるだろう。だから検索ワードの候補として表示される。

神に誓ったことを破棄して離婚するのだから誓いは関係ないという考えもあるし、誓いを守り続ければ離婚しないはずだという考えもあり、そこにはパラドックスが存在するな。

それから数年が経ち、妻が我を忘れて暴れることはほとんどなくなった。

カウンセリングも投薬もなし、夫がバーンアウトしたこと以外は経過は良好だ。

妻としても追い詰まるほどに辛かったのだろう。この調子で優しかった昔の妻に戻ることを願い、私としては感情が枯渇した時に一緒に乾いた妻への愛情を取り戻そう。

最も辛い時期に助けてくれなかった義実家とは、都内への引っ越しのタイミングで縁を切る予定だ。

義父母の介護は拒否するし、私が稼いだ金も支出しない。墓の前で手を合わせることもない。

妻や子供たちは好きにすればいいと思うが、私は義実家を他人として扱う。

色々あったが、子供たちが元気に育ち、その姿を眺めるたびに離婚せず踏みとどまって良かったと思う。

妻と子供たちの間での人間関係も始まった。

妻や子供たちが互いに相談し合ったり、互いに主張してキャットファイトを演じていたりすると、義実家の干渉のない自分の家庭という実感がある。

家庭とは私ひとりが築くものでも支えるものでもなくて、妻や子供たちがいてくれるからこそ成り立つ。

父親として歩くATMになり、連れ添ってくれる妻に感謝し、身の丈にあった趣味を楽しむくらいが私にとって丁度いい。

バーンアウトは不幸だったが、涅槃の境地を疑似体験することができて、性格や価値観が変わった。結果としては興味深い人生の軌跡だな。

子育てに入ってから性格が荒くなる女性を結婚の段階で見極めることは困難だ。それはロシアンルーレットのようなものだな。

本物のロシアンルーレットの場合には6発中1発だけ銃弾が入っているが、結婚の場合には6発中5発くらい入っている。

若き男性諸君は、悩むことなく引き金を引いて結婚すればいい。

当たったらどうしようと考えるから恐怖と迷いが生じる。ほとんど当たると覚悟して、短い新婚時代を楽しもう。

大丈夫、カマキリのオスに比べればずっと恵まれている。メスに食べられるよりは、ハードヒットを受けても生かされた方がマシだろう。

...という話を、これから結婚を考えている若者に話すことがあれば、すなわち妻をめとらばと同じような状況だ。

オッサンは話が長い。

妻をめとらばのエンディングはバッドエンドで、主人公の青年が激務と酒で身体を壊し、それでも才長けて見目麗しく情けがある女性には出会えず、ボロボロに消耗して終わる。

当時、彼はそのまま死んだと思っていたが、2005年くらいの再登場で元気で老けた姿を見せている。

ここで驚くことがあるのだが、ツルモク独身寮の作者へのインタビューで、妻をめとらばのストーリーは現実離れしているという指摘があった。

ツルモク独身寮の作者としては、ツルモク独身寮の世界にリアリティがあって、妻をめとらばにはそれがないということか。

妻をめとらば的な流れで生きた私としては、非常に興味深い指摘だな。

人生いろいろとは言うが、漫画の世界でさえ、同じ時間軸で互いに違う世界が並行していたということになる。

そういえば、いつも通っている理髪店のマスターから面白い話を耳にした。

浦安の新町といえば、高学歴で高収入な男性たちが、タカラジェンヌやキャビンアテンダントのような女性と結婚しているイメージがマスターにはあったそうだ。

しかし、現実は(自主規制)であって、妻との関係に悩んでいるお父さんが珍しくないそうだ。

そういえばそうだな。

新町には某大手航空会社の社宅があって、実際にキャビンアテンダントのお母さんがいたりもする。

溜息が出るくらいに姿も所作も美しくて、ご主人のご多幸を心から祈念するところだが、そのような夫婦はほとんどいない。

浦安の新町には、未だに続く男性社会の中で職業人として生き抜く強い女性が多い。また、今は主婦でも復帰すれば活躍しうる才長けた母親が多い。

ダブルインカムの場合には世帯年収が1千5百くらい、中には2千超といった家庭もある。

そして、彼女たちは仕事でも強く、家庭でも強い。夫を滅多打ちにすることは珍しくない。

浦安の元町の公園では休日に母親が子供たちを遊ばせていることが多いが、新町の公園では父親が子供たちを遊ばせている姿が目立つ。

後者について言えば、昨今の父親の育児という啓蒙の結果ではなくて、妻の負荷が大きいではないかという有形無形のプレッシャーに耐えかねて夫が子供を連れ出さざるをえないという以下略。

理髪店のマスターの想像通り、確かに新町には高学歴で高収入のいわゆるエリートが多いが、だからといって才長けて見目麗しく情けある女性と結婚しているわけでもない。

マスターは船橋のマイルドヤンキーで、たぶん本気になると凄く強いはずだ。

新浦安の父親と同じくらいの稼ぎがあって、高級車に乗っている。

結婚のロシアンルーレットに運悪く外れたそうで、美人な奥さんは子育てに入っても性格が優しいままだという店員の情報も入手した。

マスターとしては、高学歴の男たちの人生がどのようなものか想像が付かず、お客さんという窓からその世界を眺めて、思ったよりも(自主規制)という感じなのだろう。

よくよく考えてみると、浦安の元町とか市川とか船橋にて、驚くほどに美しい奥さんを連れたワイルド系の男性は珍しくない。

私が見ている社会は世界のごく一部にすぎない。ワイルド系が美女と結婚する機序すら分からずにいる。

ということで、マスターを窓にしてマイルドヤンキーの世界を教えてもらうことにした。

様々な話を聞き、その窓から見えたのは確かにツルモク独身寮のような世界観だったな。地域密着型の。

彼らは学校を早くに卒業し、大学生が遊んでいる時期にはすでに社会人として独立する。

結婚し家庭を持つという次のステップが明確なわけだ。

ここで勉強になったのは、彼らが妻を探す際の2つの特徴だった。

その1つは、中学校や高校あるいは地域社会や職場といった人的な繫がり。

幸せになれる妻の条件が必ずしも美人であるとは限らない。

最も大切なことは性格や考え方かもしれないし、もちろんだが義実家となる相手の両親との相性もある。

男性が結婚を考えた時、無理をしなくても様々なネットワークで女性と出会えるということだな。

女性が男性を探す時にも、相手の子供の頃からの性格、仕事や年収、さらには元カノの情報、別れてからどれくらいの期間なのかさえ把握することができるかもしれない。

同級生や先輩後輩の家族に独身者がいると、既婚者が旗を振って、同じ町あるいは隣町の中学や高校のOBやOGが集まるバーベキューパーティが開かれ、ターゲットとなった男女がカップルになったり、意図せず別のカップルまで成立することがあるそうだ。

同世代の既婚の男女が小さな子供を連れていたりすると、モチベーションが高まるだろうな。

職場の上司の親戚の娘さんが適齢期で、それならばと部下の友人の中から何人かの候補を用意するとか、そういったことまで可能なのだそうだ。

この状況では、きちんとした友人を紹介せざるをえない。

そういえば、大手企業や霞ヶ関の幹部クラスでも似て非なる政略結婚が以下略。

しかも、交際してから結婚に至らなくても、彼ら彼女らには若さがある。失恋によって学び、次の機会を待つ余裕があるわけだ。

他方、地方から上京して大学に通い、卒業後に首都圏の職場に勤めるような状態だと、中学や高校どころか地域社会での繫がりもない。

大学生活でサークルや合コンに励んだところで、そもそもの選択肢が狭いし、卒業後に同じ地域に就職するかどうかも分からない。

ならば職場恋愛かというとさらに選択肢が狭まる。

女性の多い職場ならまだしも、女性が少ない職場もある。

病院の男性医師のように、周りに女性が多い職場もあったりするが、女性たちは男性本人というよりも男性の肩書や年収といったスペックを見ていたりもする。

そして、釣り上げた魚に餌をあげないと水槽から出て大海を目指して(自主規制)することもあるわけだ。

結婚適齢期のリミットが近づき、結婚そのものを諦めてしまう男性や女性も多い。うちのコトメはこのループだろうか。

ならばワンチャンということで浦安のような婚活パーティに飛び込めば、男性が参加者リストに手書きでチェックを入れるのは相手の年齢で、女性がチェックするのは相手の職業と年収だったりもする。

そういえば、以前、当時30代半ばの知り合いの女性から結婚相手を探してもらえないかと相談され、その条件が安定した職業で年収の最低ラインが800万円、離婚歴がなく、しょうゆ顔だった。

なかなかのハイスペックな希望だったが、その条件に見合う当時40代の知り合いの男性を見つけたので話を聞いてみると、妻をめとらばの三拍子に加えて20代が希望だということで私は凍った。

二人とも独身を続けている。

マイルドヤンキーのマスターから聞いて勉強になったもう一つの話は、人生全体の中で結婚相手を探すことの比重の高さだった。

将来的にアッパーミドル層に進むような男性たちは、色々なことを考えるので踏み出す一歩が遅れ、男女の縁を待つことがあるのではないかという話だった。

学歴や資格、就職すれば職業人としてのキャリアアップ。そういった忙しい毎日の中で恋愛や結婚という要素の優先順位が下がるのではないかと。

美人な奥さんがいるワイルド系は、目の前に好みの女性がいたから交際を申し込み、結婚するという一直線の最短距離を進むらしい。

交際を申し込んで女性が受諾してくれなければ、落胆することなく次を探すというわけだな。

なるほど、交際よりも結婚後の生活の方が遥かに長いので、この段階の苦しみを厭わないということか。勉強になる。

自分のスペックでは相手にしてくれないかもとか、趣味や価値観が合わないかもとか、そういった遠回りはせず、好きになったから結婚するという野性味を感じるな。

とはいえ、候補が限られている状況では、魅力的な人を見つけて結婚を申し込むという機会自体が確率論的な話になるだろうし、昔のようにガチのお見合いを積極的に進めない限り、婚姻率は上がらないことだろう。

昔はネットで知り合った男女が結婚することがあったが、今ではネットで知り合った男女が不倫やパパ活に励むことの方が多いような気もするな。

やはり、この社会においては、私が知らなかったいくつもの世界が同じ時間軸で並行して存在しているようだ。

時間軸?

私が妻と結婚せずにそのまま生きていたと仮定して、結婚に繫がりそうな適齢期の女性に出会ったのかどうか振り返ってみる。

交際に発展したかどうかはその時の状況次第だろうし、好意を持ったわけでもないが、どの方向に進んでも結婚までの道程は遠く、結婚しても今以上の苦労があっただろうなと思う。

婚活サイトは利用したことがないが、あまり良い話を聞かない。上司や両親からお見合いの縁談が寄せられるという線もなかったはずだ。

妻との結婚がラストチャンスで、この機会がなければずっと独身だったかもしれないな。

今さら人生を振り返っても遅いので、かの偉人が残した言葉のように「これでいいのだ!」と進もう。