フラットペダルの方が速いという珍妙な現象
今回のライドは、いつものルーティンとして設定している浦安市から市川市と船橋市を経由して千葉市を廻ってくる60km程度の市街地コース。
結論から言うと、とても楽しかった。
気温が下がって走りやすいということもあったし、面倒な信号待ちのビンディングの着脱もなくなったが、ペダリング自体がとても楽で走りやすい。
信じられないことだが、ビンディングの場合と同じくらいの踏力で、より速く走ることができる。思い込みではなくて、実際の数値として表示されている。
なんだこれは...ビンディングよりもフラットの方が速いロードバイク乗りというのは、変態指数が高めだな。人間ドックで引っかかりそうだ。
DURA-ACEのSPD-SLペダルを外して、三ヶ島のSYLVAN TOURING NEXTというクラシックなタイプのフラットペダルに交換したのだが、このペダルは基本設計が40年近く変わっていないそうだ。
最近、SYLVANシリーズのペダルは、回転部分がシールドベアリングに変更され、まるで漫画のワンシーンかのように現実離れした鬼回転がYouTubeの動画で紹介されている。
ペダルを軽く回すだけで、クルクルと面白いほどに回転し続ける。
人によっては「リアのギア1枚分くらいペダリングが軽くなる」と表現することもある。
しかし、靴底がカーボンで作られたビンディングシューズから、自宅に転がっているトレッキングシューズに履き替えて走っているわけで、論理的に考えると、フラットペダルの方が走りやすいという私の感想はおかしい。
しかも、通常は25km/h程度でゆっくりと走っているのに、気がつくと3km/hくらい速度が上がっている。
このクロモリロードバイクは、スポークが32本もある手組ホイール、アブスの鍵、Brooksのサドル、輪行袋やスペアのクリンチャータイヤ、さらには応急用のメディカルキットまで積んでいるので重量が18kgくらいあり、アルミのクロスバイクよりも重かったりする。
30km/h巡航さえ難しいはずなのだが、特に無理なくこの速度域に達する。
物理の基礎知識があれば、20km/hから30km/hに速度を上げて落車した場合の衝撃が何倍になるかを計算することができるだろう。1.5倍のはずがない。
これはいけないと速度を落とす。
それにしても、ビンディングペダルからフラットペダルに変えて速くなるなんて信じられない。
追い風だからなのかと風向きをチェックしても、追い風が吹いているわけでもない。
行きも帰りも足がクルクルとよく回り、ペダルにトルクが伝わる。
なんだこれは。
今まで1セットで2千円もするクリートを数えきれないくらい交換し、コンビニやトイレに行くだけでもビンディングシューズでペンギン歩きを続けてきたのだが、あの出費と苦労は何だったのか。
いくら平坦な千葉県北西部であったとしても、フラットペダルに変えた方が速くなったなんて、ロードバイク乗りが聞いて信じるはずがない。走っている本人である私自身が現状を信じられずにいるのだから。
これは非常に不可思議だと、今回のライドでは禅を中止し、フラットペダルの謎を考察することが思考のテーマになった。
ひとつの可能性として、この現象は私の無意識の中の意識、つまり夢の中で生じていることで、私の実体は布団の中にいるという仮説が考えられる。
夢の中にまでロードバイクが出てくるなんてありえないが、そういえば、少し前、哲学分野で「水槽の中の脳」というテーマが流行ったことがあるな。
その命題は映画のマトリックスの世界観に通ずるものがあるが、この事象が夢の中だったとすると、それを証明することは不可能だ。夢から覚めるまで待つ以外に術がない。
だが、このリアルさは夢とは思えないし、他の可能性を考えよう。
三ヶ島のペダルのシールドベアリングの回転性があまりに優れていて、結果として速くなったという可能性はどうか。
確かに三ヶ島は競輪用のペダルを作っているが、そこまで速くなるのなら、ヨーロッパのプロレースでは三ヶ島のペダルばかりになるはずだ。
ということは、この仮説も違うわけか。
より現実的なのは、千葉市の付近で強力な電磁波が発生し、サイクルコンピューターがおかしくなっているという可能性。
だが、サイコンがおかしくなるくらいの電磁波が発生していれば、行き交う自動車がまともに走らないはずだ。
そもそも、なぜに千葉市で強烈な電磁波が発生するのかという理由も分からない。
思考を楽しみながら幕張の辺りを走っていると、私のことを「ケッ、ポタリストかよ!」という感じで、オッサンのロードバイク乗りが挨拶もせずに追い抜いていった。
バイクはピナレロのドグマ。ジャージとパンツはチームSKYのレプリカ。ホイールはBORAのディープ。
ああ...絵に描いたようなツールかぶれのオッサンのロードバイク乗りだな。
若い人はともかく、中年親父が海外のプロチームのレプリカジャージを着て張り切ることは格好が悪いと思うのだが、頭の中ではプロレーサーと自分を重ね合わせていることだろう。
ピナレロ乗りだけではなくて、トレック乗りやビアンキ乗りもレプリカジャージが多い。
男の子はオッサンになっても男の子のままだな。
このような人たちは、走っている間にどのようなことを考えているのだろう。走ることだけを考えているのか、もしくはプロレーサーのイメージを楽しんでいるのか。
良い機会だと思って、煽らない程度に小さなオッサンフルームを追走してみる。
35km/h、40km/h...やはりペダリングが軽い。なんだこれは。
信号待ちのたびに前を走るオッサンの息遣いが荒くなっていく。とうとう肩で息をし始めた。
プロレーサーの真似をしているオッサンの後ろで、バックパックを背負ったフラペでクロモリのオッサンが付いてくるのだから、気分はあまり良くないだろうな。
「そう、もっと走ってくれ、その苦悶の姿が私に生気を分けてくれる!」といったサディスティックな感情は私にはないが、SKYのジャージでフルチューンのドグマに乗っているのに、手組みホイールでフラペのクロモリを千切ることができないのは、さぞかし悔しいことだろう。
これ以上は失礼なのでペースを落とし、この快適なサイクリングを楽しむ。
この調子ならば袖ケ浦市を往復する100kmコースでも構わないかなと思ったが、念のため途中で引き返す。
フラットペダルに交換したものの、この状態では足回りのポジションが決まらない。
靴の裏の溝にペダルの突起が嵌まるかどうかで実質的なサドル高が数ミリ違う。慣れないペダリングで足が疲れているかもしれない。今日は様子見だな。
帰路で14号線に入り、途中の小さな橋を左折して真間川の右岸に入る。
真間川沿いの小道は舗装されていて、市川市と船橋市を南北に移動する際に便利だ。この川幅で一級河川なのだそうだ。
ロードバイクをフェンスに立て掛けて、穏やかで小さな川を眺める。あれだけ走ったのに疲れていない。なんだこれは。
川面には大量のボラが泳いでいる。ボラは出世魚なので、正しくはスバシリやイナだろうか。視野に入る匹数だけでも数百匹。
コンクリートの壁の藻を削りながら上流に向かって魚たちが泳いでいく。
延竿と餌を用意して釣れば大量だな。
釣った魚を浦安に持ち帰り、生き餌として背中に大きな針を付けて護岸で泳がせ釣りをすれば、大型のシーバスがヒットすることだろう。
その魚を食べる勇気は私にはないが。
自転車以外のことを考えながら愛車のクランク周りを眺めて、ようやく気づいた。
ペダルの上側に取り付けているのはアルミ製の蹴返しで、下側に取り付けているのはクォータークリップ。
クォータークリップは地面の模様が背景になっていて分かりづらいが、ステンレスの針金で作られたシンプルなパーツだ。
今回、フラットペダルに交換して速くなったという不思議な現象は、三ヶ島のペダルの回転性だけではなくて、付け合わせで取り付けたクォータークリップ、さらには私のペダリングの癖に関係しているようだ。
私は普段から頻繁にスピンバイクに乗っているが、このトレーナーではペダルを足で引き上げるという狭義の引き足が使えない。
スピンバイクにビンディングペダルを取り付けてはいるが、これは安全のためだ。
スピンバイクにはフリーハブがないので、フライホイールの回転とともにペダルが回る。
ペダルから足が離れてしまうと、高回転するペダルが足首を直撃して打撲傷を負うことがある。
実際に足にペダルが当たったことがあり、凄まじく痛かった。
広義の引き足としては、一方の足の荷重が他方の足のペダリングを邪魔しない程度に引き上げるという意味合いがあるが、その引き足もよく分からない。とにかく、フライホイールによってペダルが勝手に回る。
ロードバイクと比較した場合、スピンバイクではペダルに力を入れるポイントも限られていて、時計の2時や3時くらいで踏み込まないと、その他のポイントはフライホイールに力が取り込まれてしまう感じがする。あくまで私感だが。
そういえば、スピンバイクを漕いでトレーニングを続けているのに、平地でロードバイクに乗っても大して速くならないことに悩んだこともあった。
パワーマジックというスピンバイクは、ヒルクライマーが練習として使っているそうで、確かに登坂の筋力は鍛えられるが、平地でのペダリングはロードバイクとスピンバイクで大きく違う。
平日にスピンバイクに乗って、休日にロードバイクに乗ると、その違いがよく分かる。
まあそれでも心肺機能の維持やダイエット、ストレス解消のためにスピンバイクに乗り続けてきたが、何か大きなことに気づく。
ロードバイクでビンディングペダルを使うとペダリングが明らかに効率的なので、私はその便利さに甘えてしまい、5時や10時など、様々な方向でペダルに力を入れていたのだろう。
ビンディングで足をペダルに固定すると、どの時点でどのような力を入れているのかが分かりにくかったりもする。
パワーメーターを取り付けてモニターすれば、自分のペダリングの下手さが分かるはずだな。そこまでやる気はないが。
三ヶ島のフラットペダルに小さなクォータークリップを取り付けた状態では、ペダルに力を入れる方向が限られる。
クォータークリップやハーフクリップは、競輪選手が使うようなトークリップではないので、無理をするとペダルから足が離れてしまう。
しかし、ペダルを回す際に力を入れるタイミングが、スピンバイクでの私のペダリングにおけるそれとよく似ている。時計に例えると2時から3時までという部分だな。
ということで、フラットペダルとクォータークリップを使うことで、計らずも日常のスピンバイクのペダリングが再現できてしまったのだろう。
なるほど、この仮説が正しければ、私がスピンバイクに乗り続けると、フラペのロードバイクのペダリングと連動するということか。なんだかモチベーションが高まった。
速く走ることを目標にしていないのに、我ながら不思議な感情だと思う。
あくまで私自身という狭い範囲の話だが、これは良い方向だな、たぶん。
パワーメーターを手に入れて、ビンディングでペダリングを修正しようという気持ちが全くないところがアレだが、まあとにかくこれでよしとしよう。
ところで、三ヶ島は様々なハーフリップやクリップを販売しているが、頻繁にモデルチェンジしてユーザーを困らせることもない。
さすがメイド・イン・ジャパンの職人集団だ。それに比べてシマノは、以下略。
現在使用しているのは右端のクォータークリップ。ステンレスを溶接したケージクリップというタイプ。
シューズの位置が前にずれないようにするだけの仕様だが、これがあるとフラットペダルをケイデンス100くらいで回しても怖くない。きちんと回せば。
左側の2つはハーフクリップで、クォータークリップよりも甲の部分に被さる部分が長い。
「なんだこれは!ブカブカではないか!」と怒っている人がネット上にいるようだが、これらのケージクリップはディープ仕様になっていて深さがある。
これらはステンレスの針金なので、自分の足のサイズに合わせて曲げて使うものだと私は理解している。
ネット上にはクリップについて様々なレビューがあるが、足のサイズも走り方も違う人たちの意見は参考にならないと思うし、実際に使い比べてみると、あまり参考にならなかった。
「26.5cmでMサイズでピッタリ!」といったレビューは参考にならない。その人が母指球の前でペダル軸を踏んで高回転で回す人なのか、母指球の後でペダル軸を踏んでトルクを出す人なのかも分からない。
そもそも、どんな靴を履いているのかさえ分からない。
スニーカーでフラットペダルを使うか、クロックスのようなサンダルでフラットペダルを使うかによっても、クリップの適正は違ってくるだろうから、それは当然のことだな。
この種類のパーツはサイズ選定で悩むよりも、実際に取り付けて現物合わせで選んだ方がいいと思う。
店舗で1セット買っても、シマノの消耗品のクリートと同じ程度の値段だ。クリートはすぐに使えなくなるが、これらのクリップはずっと使える。
私なりには、できるだけシンプルなデザインが好きなのでクォータークリップを使っている。見た目も重要だな。
このクリップに引き足は期待できないが、私のようなスピンバイク乗りの場合にはビンディングとフラットであまり差がないようだ。
平地でのんびり走る場合には。
しかしながら、落車しかけたり、咄嗟の回避行動でペダルから足を離す時にはフラットペダルの方が楽なので、安全のことも考えてこのまま走ろう。
ただ、Spin 2という三角形のペダルの蹴返しは見るからに鋭利で恐いので、取り外そうと思う。落車すると脛をザックリと切りそうだ。
蹴返しを使って急いでクリップに足を突っ込む必要もなくて、底面に凹凸のあるシューズであれば蹴返しがなくてもクリップに足を入れることができる。
なんだか私のサイクルライフが変わってきたぞ。
そうか、これからは信号待ちのたびに足をカチャカチャしなくても、ペンギン歩きをしなくても、シューズカバーでイライラしなくてもよいのだな。
重荷を背負って流され続ける毎日なので、少しの変化を自分で起こすことができただけでも嬉しい。それが生きることの楽しみのひとつだな。
...と、ポジティブな気分で録を記していたら、全身に強烈な筋肉痛がやってきた。
おそらく、フラットペダルに交換して、今まで使っていなかったような筋肉を使ったり、勝手が違って無駄な力が入っていたのかもしれない。
憂鬱な日曜の夜だが、すぐに眠れそうだ。