メッセンジャースタイルと腰プロテクター
早いもので、このスタイルも3年目だろうか。
浦安から都内までのロードバイク通勤で、サイクルジャージとレーパンを身に着けて走っていると、トラックやハイエースに煽られることが多かった。
ハイエースの中のオラついたオッサンから「こんなところで練習してんじゃねぇぞ!」と怒鳴られられたこともある。
仕事が忙しくて朝の道路が混んでいるのに、休暇をとった人が趣味としてロードバイクに乗って走っていると勘違いしたらしい。
冗談ではない。こっちも仕事に行くために乗っているんだ。
帰宅は夜になり、今度は都内で夜練に励んでいるマッチョなロードバイク乗りに絡まれることが多かった。
残業で疲れている私の後ろに付くな、さっさと追い越せよと。
何とかならないかと考えて、都心を走るメッセンジャーたちの格好を擬態することにした。
すると、想像以上に煽りや絡みが減った。
自動車のドライバーから見ると、ロードバイク乗りたちは嫌悪の対象になっていることが多い。
タイトなウェアを着たオッサンの臀部や太腿は、見ていて気持ちの良いものではないし、自動車の迷惑を考えずに疾走する人たちがいかに多いことか。
私自身がそうだったので偉そうなことを言えないが。
また、マッチョなロードバイク乗りから見ると、中途半端な通勤スタイルだと煽りたくなるようだ。
彼らが意識しない、あるいは近づいて来ないくらいに違った格好をすればいい。
メッセンジャーたちのライディングは人それぞれだが、乗り込んで傷だらけのロードバイクを意のままに操り、しかし無理をしない人が多い。
信号のタイミングまで熟知していて、急な加速や割り込みも少ない。
走りを楽しむロードバイク乗りとしてはイレギュラーだが、バックパックやニッカーパンツというメッセンジャースタイルは実に楽しい。
特に、インナーとしてサイクルパンツ+ゲイターあるいは薄手のサイクルタイツ、アウターとして七分丈のニッカーパンツを重ね着するというアイデアは素晴らしい。
彼らはオフィスビルの中まで書類を配達するので、レーパンやハーフパンツはよろしくないのだろう。
翻って、この格好で普通のサイクリストがライドに出かけると、コンビニや店舗に入る時に気兼ねがない。
若者たちならともかく、四十路や五十路のオッサンがピチパンで飲食店やコンビニに入ることを、私は恥だと感じる。
秋葉原に行って、壊れたトランシーバーを手に入れて、見た目だけでもメッセンジャーになりきろうかと思いながら出勤していたら、職場の新入りの警備員から「配達は、こちらです!」と誘導されて苦笑いした。
路上で職場のトップとすれ違った際には、ロードバイクに乗ったままハンドサインを送ってしまったが、たぶん私だと気づいていなかったことだろう。
自分の格好をあまり意識する必要がなく、気軽に着崩すことができる。
そのような状態になって初めて、ロードバイク乗りとしてのステレオタイプな価値観に自分が囚われていたのではないかと感じた。
もちろん、速く楽に走るためには、タイトなサイクルウェアが適している。
最初は恥ずかしくて途中で慣れるわけだが、やはりサイクリスト以外にとっては変わった格好だ。
例えば、サイクリストが江戸川の河川敷を走っていて、クリケットの試合や練習を見かけることがある。
何だか変わった格好だなと思うことだろう。何が楽しいのだろうと、私も思う。
しかし、イギリスやその植民地だったインドやオーストラリアなどでは、クリケットが人気で、ゲームのテレビ中継まで行われていたりもする。
まあそれがスポーツというものなのだろう。
しかし、ロードバイクだって自転車なのだから、様々な乗り方があることが自然なんだと思う。
ところが、ヨーロッパのサイクルレース、あるいは少年漫画の影響を強く受けたロードバイク乗りが多くて、そのスタイルこそが格好いいという価値観を形成していないか。
手足が細くて長い欧米人や漫画のキャラクターに憧れても、実際に乗っているのは胴長で頭と顔が大きく、足が太くて短い日本人だ。
そして、速さやタフさこそ正義のように突っ走り、自らの脚力を顕示し、高価な機材で見栄を張り、狭い趣味の世界でマウンティングを繰り返す。
私はそのような価値観が嫌になった。
ウェアやバイクには気を遣うのに、安全面をあまり深く考えない点も気になる。
布一枚でロードバイクに乗り、落車して鎖骨や大腿骨の付け根を骨折して手術する人が珍しくない。
真面目に考えて、この状況はおかしくないか。
サイクル業界は、どうしてロードバイク用のプロテクターを開発しないのか。
ヨーロッパのサイクルレースや日本国内の実業団レースで認められていないからなのか。
ロードバイクは速く走るための自転車だから、空力抵抗が増えるプロテクターは邪魔なのか。
ツイッターやGoogleで検索してみれば分かるが、非常に多くの国内のサイクリストが鎖骨や大腿骨を骨折して手術を受けている。
私が住む浦安市内のサイクリストだけでも相当な数だ。
落車は確率論だからと考えることを放棄する人もいるが、そのロジックならば自動車にエアバッグは必要なく、工事現場で命綱が必要ないという理屈になる。
確率論を信じてヘルメットを外して走るのか?
ヨーロッパのサイクルレースでは、レーサーが落車で怪我をすることが、観客の感情を波立たせたり、競争のモーメンタムをひっくり返して盛り上げるイベントになってはいないか。
主催者として、死亡事故が起こると困るのでヘルメットは装着させるが、プロテクターを用意しないという背景には、明確な意図があると思う。
欧米は、ビジネスとして「使う側」と「使われる側」の差が激しい。また、金に対して貪欲だ。
ディスクブレーキ論争よりもやるべきことがあるはずだが、金になる方を優先しているのではないか。
レーサーは使われる側であり、自転車と同じく消耗品のように扱われている気がしてならないし、私が彼らの真似をする必要もない。
高校生の自転車漫画だって、落車の扱いが簡単すぎる。ストーリーを急展開させるには便利なのだろう。
その映画で役者が全身麻痺の大怪我を負ったが、多くのサイクリストは気にもしない。
結局のところ、ロードバイク用のプロテクターを普及させないのは、サイクル業界の都合ではないか。
趣味としてロードバイクに乗っている人たちは、仕事がある。オッサンになれば多くは家庭もある。
サイクル業界が用意しないからといって、確率論で骨折する時を迎えるのはよろしくない。
他のスポーツ用の既製品を改変してプロテクターを作ろうと、私はイキった。
ということで、最初に取り掛かったのは、骨折すると手術になることが多い大腿骨の付け根を保護するためのプロテクター。
結論としては、タイトなロードバイクウェアのままで腰に取り付けるプロテクターは見つからなかった。
股間のパッドとプロテクターが縫い込まれた既製品のレーシングパンツは販売されていたが、パッドと股間の相性やレーシングパンツのデザインを考えると手が出ない。
また、そのようなタイプのプロテクターは、クッションが薄くて心許ない。
ロードバイクは道路の上を走るので、落車するとアスファルトに叩きつけられる。
何とかならないかと探したところ、QBクラブというアメフト専門店で腰に巻くタイプのプロテクター(ヒップパッドと呼ばれている)が売られていたので手に入れた。
実は、大学に入学した頃、私は体験入部のような形でアメフト部にいたことがあり、ヒップパッドを装着したことがある。
ランニングバックやディフェンスバックといった駆けるポジションのための小型のヒップパッドが使いやすい。
ヒップパッドは転倒やタックルから股関節の外側を守るためのプロテクターなので、ロードバイクの落車で骨折しやすい大腿骨の付け根の保護という目的に沿っている。
また、ロードバイクの落車で真後ろに倒れた場合などでは、尾てい骨を痛めることがあるが、このヒップパッドには尾てい骨を守るパーツが含まれている。
数千円のプロテクターなので、実際に試した方が分かりやすい。
レーシングパンツを履いた後で、ヒップパッドを腰に取り付けて、その上からいつものニッカーパンツを履く。
レーパンとニッカーは普段から履いているので、特に違和感はない。
アメフトの場合も、インナーパンツを履いて、ヒップパッドを取り付け、サイパッドやニーパッドを組み込んだアウターパンツを履く。
アウターパンツがタイトなので、この作業が実に大変だった。
サイクル用のニッカーパンツの下にヒップパッドを付けることは、アメフトよりは楽だが、その後でトイレに行く気がなくなる。
買ったばかりのヒップパッドは、ニッカーパンツの下でゴワつくが、数回使うと体のラインに馴染んできて、気にならなくなる。
買い替えながら2年間もヒップパッドを使い続けて、この格好が私のデフォルトになった。
よく注意しないと、ニッカーパンツの下にヒップパッドが入っていることに気づかないくらいなので、他のロードバイク乗りから何かを言われたこともない。
だが、ロードバイクレーサーならば笑ってしまう格好かもしれないな。
布一枚で派手に落車して、手術でチタン星人になり、職場や家庭に迷惑をかける方が無様だと私は思うが。
サイクル業界の思惑と都合に乗って大怪我する必要はない。
点と点は繋がって線になるというが、メッセンジャーの真似をしていなければ、ヒップパッドを使うなんてアイデアは生まれなかったことだろう。
何事も経験と勉強だな。