2020/08/01

ウトメとコトメとイヌの凸を倦む

休日がやってくると、初日はぐったりした状態で自室で休養し、次の日はロードバイクの実走に出かける。それが最近のパターンだ。平日の仕事が忙しく、さらに色々とあって疲れているので、家族からの指摘は少ない。

ここまで疲れているのに、休日の初日に相も変わらず、市内に住む妻の両親と妹、飼い犬までが我が家に突撃してきた。もちろんだが私に一切の相談がない。突撃してきた用事とは、妻が買ってきたパンを義実家に分けるというただそれだけのこと。


取って付けたような理由だな。コロナ禍で、パンのために義実家オールスターズで出撃って、おかしくないか?

私は疲れて休んでいるんだ。ただの様子見のために突撃して、大声で騒いで荒らすなよ。

過干渉な義実家だな。

その後、家族会議や義実家LINEで、散々、私の悪口を並べるのだろう。子供たちにはバレている。

妻には何度も突撃の禁止をお願いしているが、全く取り合ってくれない。

配偶者が苦しむことよりも実家を優先することは、夫婦関係に亀裂を生じる大きな原因のひとつだな。

ネットスラングでは舅(ウト)と姑(トメ)を合わせて「ウトメ」、小姑を「コトメ」、いきなり自宅に押し掛けてくる突撃のことを「凸」と呼ぶらしい。

つまり、この状況は「ウトメとコトメの凸」と表現することができる。

ネット上には、主に妻たちからの地獄の叫びのようなウトメやコトメに関係した投稿が目立つ。

その気持ち、よく分かる。

コトメは、ずっと義実家に住み続けていて、適齢期を過ぎかけているが、結婚する気配がない。

まあそれは本人の自由だな。

妻の妹だということで、私なりには気を遣っているつもりだが、性格が激しく、自尊心が強いタイプなので、まともに話をした記憶がない。

妻にとっては大切な妹なので、私としては喧嘩もせずに耐えている。

愛さえあれば義実家のことなんて関係ないやと思って結婚したが、これは大変だ。愛そのものが枯渇する。

ウトメやコトメのことを可能な限り意識から外し、忘れた状態で生活しようと心がけているのに、こうやって凸によって無理やり意識の中に入ってくる。

そもそもコトメが「お義兄さん」と呼んでくれたことなんて一度もない。

この時点で社会的な常識が欠落しているし、コトメにとっての家族がどこまでの範囲なのかが分かる。

さらに、子供たちの話では、コトメは私のことを呼び捨てにしているそうだ。

私は心の中でコトメを子供部屋おばさんと呼んでいるが、口に出したことはない。

普通、妻の妹ならば、我が家の子育てを手伝ってくれるのかと思っていたら、サポートが全くない。

この辺の性格は義父母に似ているが、それ以上に我が強くて、自分のメリットにならないことには手を出さない。

毎年、元旦には義実家に集まるという習慣があって、今年から私は参加しないことにしたわけだが、コトメのことが心配になって義父に相談したことがある。

私の人脈で結婚相手を探そうかと本気で考えたわけだ。

しかし、義父は日本酒を飲みながら「いいんですよ。結婚しなくても」と開き直っていた。

違う。

義父母は良くても、私は良くない。

コトメが独身を続けて、妻に子供がいる状況。

このままコトメが年老いたら、コトメ自身の介護や墓の世話を誰がやるのか。

その面倒は、いくら義理であっても我が子たちに重く伸し掛かる可能性がある。

義父母は共に近視眼的な思考の持ち主で、孫のことまで考えていないのだろう。

我が子たちの子育てを十分にサポートしなかったのだから、まずはこの人たちがその報いを受ける。

私はそのタイミングを待っている。それまでの我慢だ。

とはいえ、妻を含めた義実家は、親離れと子離れができていないので、妻は献身的に介護を続け、そのフラストレーションを自宅で発散して切れ続けるのだろうか。

ああ気が重い。

それでも、義父母の場合は私が当事者だ。コトメに関してはどうなのか。

義父母が元気な現状では、子供部屋で偉そうにしていられる。

しかし、あくまで私感だが、一人暮らしをしたこともない状態でアラフォーに突入する女性と結婚することは、独身男性としては勇気が要る。

もちろん、実家暮らしでも素晴らしい女性はたくさんいるだろうし、男女の縁や幸せは年齢や住居に関係ないはずだが。

今は威勢が良くても、義父が亡くなり、義母が亡くなり、そしてコトメが老いて体調を崩したりすると、その負荷は我が家にやってくる。

親戚同士の支え合いは当然のことだが、私の家庭が子育てで苦しんでいた時、コトメは知らん顔だった。

つまり、その支え合いを放棄していた人を助ける必要はあるのかどうかという話だな。

一体、誰がコトメの面倒を見るのか。自分の意志で介護付きの施設に入るにしても、付き添いや後を看取る人が必要だろう。

そんなことなど気にもせず、好き勝手に生きているようにしか私には見えない。

先の会食の場で、コトメが義父のことを「クソジジイ」と呼んだ時には、さすがに私は髪の毛が逆立つ感覚があるくらいに憤った。

義父はヘラヘラしていたが、私は激高を抑えることに必死だった。

思春期の若者でもあるまいし、良い歳をこいた成人が口にする言葉ではない。

私が義父の立場なら、速やかにコトメを家から追い出す。甘やかして、いつまでも一緒にいようとするから、このような状態になる。

子供はペットではない。自立して生活し、いつかは家庭を持つ。

親が子をずっと手元に置くなんてことは不可能だ。いつかは親が先に逝く。その後に親戚が面倒を見るのは違う。

それは、親としての責任の放棄に他ならないし、考えることを止め、ただ時間の流れの中で漂っているだけだ。

そもそも義父母はすでに祖父母としての責任を放棄している。孫の塾通いくらい手伝ったらどうなんだ。

義父が病気で死にかけた時、義実家は助けてくれと必死だったのに、助けてやったらこの態度か。

結婚して子供が生まれるかどうかは別の話だし、二世帯で親と同居する場合もあるが、コトメは子供部屋から出るべきだ。

いつまで実家に居座って偉そうに振る舞うつもりだ。

私が逝く時には、コトメの面倒を見ないことを子供たちに遺言として残し、弁護士をきちんと立てて、コトメにも一筆書いてもらう。

子供たちとしては親戚だが、子供たちの配偶者にとっては大きな負担になる。

あのような言葉遣いでコトメから文句ばかり言われたら、配偶者共々、心を切り刻まれてしまうし、我が子たち夫婦の不和の原因になる。

子供たちの配偶者にも、きちんと言っておかねばなるまい。助けてやるだけのことをしてくれていないので、助ける必要はない、他人だと思って相手にするなと。

先を見越せなかったり、きちんと言うべきことを言わない義父にはなりたくない。

だが、義実家のことについて話すと妻が露骨に不機嫌になる。

結婚して家庭を構えたのに、未だに実家依存が大きい。

まあ、こういった話は、妻が夫の実家の近くに住んで、妻が不満を溜めている家庭ではよくあることなのだろう。

逆もまた然り。

夫が妻の実家の近くに住むと離婚することがあるという話も、決して噂ではないことを知った。

浦安市内でも、そのような夫婦が何組も離婚している。

妻の実家が浦安にあって、アウェイな状態で夫が耐えきれなくなったのだろう。

サザエさんの世界なんて、妄想でしかない。

それにしても、今回の義実家の凸には驚いた。

ペットの飼育が禁止されているマンションに、コトメが飼い犬を抱き抱えて我が家に入ってきた。

しかも、躾がなっていなくて吠えまくる犬だ。相変わらず社会常識が欠落している。

近所から白い目で見られるのは世帯主である私なのに、トメやコトメは一切気にしない。嫌がらせのつもりだろうか。

この人たちは、10年以上前からこの調子だ。自分が思ったように行動する。いい加減、この人たちに抗議して縁を絶つ必要がある。

何だかんだと主張しても、ディベートでは負けない。この家は私が金を払って住んでいる。

一銭も払わなかった人たちが、私に無断で入るのはおかしい。

マジで切れる5秒前。その常識のなさに私は憤慨したが、妻の前なので辛うじて我慢した。

私としては、もはや、この義実家と大喧嘩を始める一歩手前だということは、妻も分かっている。

父親の役を演じながら生活しているわけで、とてもじゃないが義実家の言動まで我慢していられない。

妻としては、義実家と自分の家庭の間で天秤にかかることを嫌がっている。そして、ただひたすら逃げる。

この犬を捕まえて、ベランダから天高く放り投げてやろうかと思ったが、それは犯罪だな。

むしろ、世帯主の同意のない住居侵入で110番か。

いや、とにかく耐えるのみだが、そろそろ意志を示す必要がある。

ブチ切れる寸前で何とか堪え、ウトメやコトメを一瞥して、私は下の子供を連れて散歩に出かけた。

それにしても、妻もそうだが、トメやコトメはどうして高い声を張り上げて会話するのだろう。

聴覚過敏の私にはうるさくて仕方がない。

そして、この落ち着きのない犬。

どうしてこの個体を選んだのだろうな。臆病で吠えまくり、しかも躾がなっていない。

私が飼い主なら徹底的に躾る。私にとって犬は家族ではない。ただの動物だ。

犬を大切にする前に、私の世帯に迷惑をかけないように留意してほしいものだ。

だから、浦安なんかに引っ越したくなかったんだ。

子供と二人でシンボルロードを歩きながら会話をする。

小学校低学年の下の子は、最近になって「キャバクラ」という単語を覚えたらしい。

私がキャバクラに行ったことがあるのかと尋ねてくる。

私は潔癖症の気があるので、そのような場所には近づかないと答えると、子供が安心していた。

どうやら、同級生の父親が本気でキャバ嬢にはまってしまい、夫婦で離婚だなんだという修羅場が始まって、その話を子供が聞きつけたのではないかと私は勝手に推察した。

当事者にとっては一家離散の危機だ。笑い話ではない。

小学校低学年の我が子にとっては、父親がキャバクラに行くと両親が離婚すると思っているらしい。

まあ夫婦にもよるだろうな。

キャバ嬢が営業を仕掛けただけなら沈静化の可能性があるが、アフターで交わしてしまったら、かなり厳しい。

もちろんだが、素人との情の通った不倫だったら一発アウトだな。

妻ではなく不倫相手が心の拠り所になっている場合は、特に。

都内で、奥さんではない女性を連れて歩いている新浦安の父親を見かけたことは何回もある。目立つんだ。すごい笑顔だから。

これなら興信所も写真の撮り放題だなと思った。

子供としては、父親の浮気というよりも、離婚という家庭の危機が怖くて仕方なかったようだ。

現に我が子の友達でも離婚した家庭があって、子供心に傷ついたことだろう。

「結婚はね、楽しい時も、辛い時もあって、全部で結婚なんだ。君たちが大切だから、お父さんはずっと父親として生きるって決めたのさ。だからキャバクラにも行かないし、離婚もしないよ」と、私は子供に伝えた。

かなりヘビーな散歩だな。

すると、子供から「離婚せずに我慢してくれて、ありがとうね!」と感謝された。

父親の役を演じていることも、ウトメやコトメが苦手なことも、下の子にはバレていたらしい。

まだ小学生なのに気を遣わせてしまって申し訳ないなと思いつつ、子供がいてくれて良かったと涙ぐんだ。

下の子供は家族愛が強い。バーンアウトに加えて夫婦喧嘩が続いた頃、この子がいなかったら危なかったかもしれないな。

家庭での我慢は父親として当然だが、ウトメやコトメに対する我慢は確かに厳しい。

我が家が都内に引っ越しても、きっと義実家は犬まで連れて突撃してくることだろう。

それでも、父親として生き抜かねば。