Cambium All Weatherという不可思議なサドル
私の場合には最初の1年くらいは様々なサドルを試してみたのだが、途中からFizikのALIANTEに落ち着いた。それ以降はずっとアリアンテを使用している。
フィジークの良いところでもあり、気に入らないところは、かなりの頻度でモデルチェンジして性質が大きく変わってしまう点だと思う。
アリアンテのシリーズは、ガンマが柔らかくて座り心地が良かった。アリアンテが「ソファ」と喩えられたきっかけにもなったモデルだと思う。
しかし、R3がリリースされた頃からアリアンテがとても硬くなった気がする。ソファとは言えないくらいのレース仕様というか。
とはいえ、アリアンテの基本設計はあまり変わっていないようなので、しばらく我慢して使い続けていれば大して問題にもならなかった。
しかしながら、コロナ禍を境に私のライディングスタイルは大きく変わってきた感があって、「スピードなんて気にせずに、気持ちよくサイクリングを楽しむことができればそれでいいや」という方向に進んでいる。
その方針もあって、愛車のクロモリロードバイクのステムをゼロ角度に換装してアップライトのポジションを用意し、気楽に走ることが多くなった。
ところが、アップライトでのんびりと走る場合、フィジークのアリアンテは相性が悪いらしく、50kmを超えた辺りから座骨が痛むようになってきた。
そもそもアリアンテはレーシング用のサドルなわけで、ロードバイクで走っている最中はペダルに重心が乗っている。
景色を眺めたり、のんびりと走っていると、やはりサドルに重心がかかってしまうので、腰への負担が大きいのだろう。
まあ、我慢しようと思えば我慢することができるし、これからライドの回数を増やせば気にならなくなるのかもしれないが、気分転換を兼ねてサドルを交換することにした。
先日、スピンバイク用にサーファスのRXアドバンスという左右が割れたサドルを手に入れたのだが、これが非常に使いやすくて尻痛がほとんどない。
ということで、「神サドル」と呼ばれることがあるサーファスのレースモデルRX-RRをロードバイク用に購入しようかと思った。
しかし、クロモリロードバイクにサーファスという組み合わせも何だかなと思った。
サイクリスト以外の人には全く意味不明かもしれないが、スーツを着てスニーカーを履くような感じだろうか。
他方、私のクロモリロードバイクには、洗練されたデザインのアリアンテも似合わない気がする。
自転車通勤で知り合った浦安市内のロードバイク乗りからも度々指摘されていて、「やっぱ、革サドルでしょ」と言われ続けていた。
しかし、革サドルは雨に濡れると変形したり、手入れがとても大変だと聞いていたので、なかなか手を出せずにいた。
革サドルと言えば老舗メーカーのBrooksが有名だ。創業から140年くらい続いている老舗だな。
このメーカーのサドルはクラシックなクロモリロードバイクによく似合う。
だが、やはり革サドルは...と躊躇していたら、Brooksには革以外の素材でつくられたサドルがあるそうだ。早速、手に入れてみた。
Amazonでポチってすぐに届いたのが、「Cambium All Weather」というサドル。
初代のCambiumが人気になって品切れが続いていて、後発モデルのAll Weatherしか在庫がなかった。
どちらもイギリスでデザインされてイタリアで生産されているはずだが、イタリアはコロナ禍で大変なことになっている。おそらく生産ラインが停滞しているのではないかと思う。
Cambiumという単語は、生物学の用語では「形成層」という意味だな。
形成層とは、木部と師部の間にある分裂組織で、この組織の細胞が分裂を繰り返すことで、その内側に木部をつくり、外側に師部をつくる。このサドルとの関係はよく分からない。
社会について論じるマスメディアと同様に、私はサイクルメディアについてもあまり信用していなくて、情報が切り取られて伝えられることが普通だと思っている。
サイクル関連のメディアを調べてみると、Cambiumの良さばかりがアピールされて、デメリットについての記載が少ない。
これでは公平中正な情報とは言い難いが、メディア側としてもデモンストレーションで機材を借りる必要があったり、様々な都合があるのだろう。マスコミの姿勢によく似ている。
まず、ユーザー目線でCambium All Weatherを評すれば、座り心地だなんだと言う前に最初にやってくる感想がある。
「重い」
驚くくらいに重い。
サドルを手に取ると、これをロードバイクに取り付けて走っても大丈夫なのかと不安になるくらいに重い。
今回、購入したのはBrooksのB17のサイズに合わせて設計されたというC17というモデルだが、これまで使ってきたアリアンテが220g程度。
Cambium All Weatherは、カタログ値で432gもある。
写真のアリアンテのR3はレギュラーサイズで、ラージサイズも販売されており、ラージサイズの方が尻痛が少ないそうだ。
ただ、レースでペダルを回したり、グループライドでトレインを組んだりすると、やはり脚を回しやすいレギュラーサイズを選択してしまっていた。
Cambium All WeatherにもC15というモデルがあって、これがアリアンテのレギュラーサイズと同じ幅に近い。
ただ、今回は、できるだけ気軽にロードバイクに乗りたいということで、C17を選択することになった。
左側のアリアンテは現代風の設計になっていて、まあよくあるスポーツサドルだな。シェルがあって、スポンジのような素材があって、その上に合成皮革のようなものがある。
サドルのレールはK:ium合金という、触った感じではクロモリとチタンの中間のような軽量な金属が使われている。
一方、右側のCambium All Weatherは、天然ゴムを硬化させたベースの上にナイロンの生地を貼っただけ。クッションが見当たらない。
しかも、レールはおそらくクロモリなのではないだろうか。どう考えてもアルミ製のシートポストのヤグラよりも頑丈だな。
しかしながら、クラシックなサドルなのに穴が開いているというデザインが面白い。
穴が開いている部分や左右に張り出した部分を手で押してみると、容易に変形するくらいに柔らかい。
早速、休日のライドで使ってみることにした。
今回のライドは、先日のライドで勘をつけた市川市から船橋市を通って千葉市の幕張を抜けるルート。
とりあえず、市原市の手前くらいまで走って、途中で折り返してきた。往復で80km程度だろうか。
最近、サイクリングの頻度を増やしているので、体重は2kgくらい落ちた。
コロナ関連の自粛で太ったので、この調子であと5kgくらい落として軽くしようと思う。
Cambium All Weatherというサドルの面白さは、ロードバイクに跨った瞬間に分かった。
温泉に浸かって「おお....」とため息をつく感じに似ている。今まで味わったことがないくらいの自然な感覚だ。
とりわけクッションが心地良いとか、ペダリングが楽だとか、そういった感覚ではなくて、尻の下に何もない感じ。
初代のCambiumの開発まで7年間もかかったという理由も分かるし、売れすぎて在庫が尽きてしまったという理由も分かる。
「今日は晴れるから、行ってくれば?」と背中を押してくれた妻いわく浦安市内はずっと晴れていたそうだが、船橋市や千葉市は大粒のニワカ雨が酷くて、またもや雨中のライドになった。
もしもBrooksの革サドルを取り付けていたら、その後の変形を案じて泣きそうになっていたことだろう。
しかし、全天候型のサドルなので気にせずに雨の中を走り続ける。
「All Weather」というサドルの名前は素敵だな。
「いざ、土砂降りの人生を走り抜かん」という励ましのようにも感じる。
それにしても、今年の夏はいつもと違った感じがある。
気が付くと8月が見えてきているのに、未だに天候が不安定だ。某国の大気汚染の程度が減ったからだろうか。
しかも、日本全国に「夏だー!」という盛り上がりがない。全くない。
子供たちは夏休みが短くなってダルそうな目つきで学校に通っているし、ネット等で報じられるニュースは浦安鉄筋家族のような展開になっている気がして、もう何が何だか訳が分からない。
このような時は、とにかくペダルを回して思考を落ち着かせることが大切だな。
途中で腹が減ったので、カロリーメイトをかじる。
私はサイクリングの最中にきちんとした食事をとると、30分程度で腸が動いてトイレに行く必要があるので、グルメライドを好まない。
食べるものと言えばカロリーメイトくらい。
「こんなに硬そうに見えるサドルに乗ってしまって、私の尻は大丈夫なのか?」と不安になったが、これが不思議なことに痛くない。
正確には、「ああ、これから痛くなるかな...」というところで痛みが進まない。
よくあるスポーツサドルの場合には、痛くなり始めてから一気に痛みが進んで、まるで尻を金属バットで殴られたかのような痛みがやってきたりもする。
そのような痛みについての嗜好がある人には快感かもしれないが、私は関心がない。
Cambium All Weatherの場合には、尻が痛くなってきて左右にずらしたり、腰を浮かすだけで座骨の痛みが減る。
上ハンドルを握って骨盤を立て、サドルに尻の筋肉を乗せるだけで座骨の痛みが消えたりもする。
何だか不思議なサドルだな。
さらに不思議なことに、あくまで私感だが、このサドルを使うとペダリングが安定して登り坂のシッティングがとても楽だ。
サドル幅が広くても、太股にエッジが擦れることもない。
「おお、なんだこれは」と、試しにスタンディングで漕ぐと、サドルの重さを実感してフレームが左右に振られる。
そして、スタンディングが面倒になってシッティングに戻して漕ぎ続ける。普段とは逆だな。
アリアンテを使っていた時は、サドルはあくまで腰を固定する、あるいは腰を乗せておくだけのパーツだった。
しかし、Cambium All Weatherの場合には、サドルというよりも椅子に近い感じがする。
Brooksの革サドルなんてダサいと私は思っていたのだが、革サドルは乗り込むとCambiumよりも痛くなくて、しかも自分の尻にフィットするらしい。
なるほど、そこまでのレベルであれば、確かに革サドルを愛用するサイクリストの気持ちが分かる。
しかも、カリカリのフルカーボンのロードバイクにBrooksのサドルは似合わないわけで、クラシックなロードバイクに乗っているサイクリストの特権かもしれないな。この心地良さは...
と思っていたら、Cambiumにはカーボンレールを採用したC13というモデルがあるらしい。サドル幅も一般的なスポーツサドルと同程度なのだそうだ。
さらに不思議なことがある。
アリアンテのサドルの上下や前後の位置をミリ単位で調整しても、ライドの途中で膝が痛くなることが多い。
Cambium All Weatherに乗ってペダルを回していると、最初に膝の違和感があった後、しばらくして違和感がなくなるという不可思議な現象が生じた。
天然ゴムの硬いサドルの上でペダリングを続けていて脚の動きが安定したからなのか、絶妙な衝撃吸収の影響なのか、あるいはただの気のせいなのか分からない。
ライドの前に適当にサドルを取り付けて走り始めて、カロリーメイトの補給以外はずっと走り続けたのだが、もっと長い距離を走ることができたなという感じで引き返してきた。
なるほど、重量級の愛車はさらに重くなったが、これはこれで面白い。
私は気に入ったサイクル用品を見つけると、在庫切れや廃版になった時のことを考えてスペアを注文する癖がある。
ということで、同じサドルをもう一個...買おうと思ったのだが、そこで思考が止まった。
メーカーは自信満々で2年間の品質を保証しているが、このサドルは2年間どころか10年間くらいは使えそうだ。
これだけタフなサドルが壊れて、予備のサドルを使うというイメージが湧かない。
そういえば、天然ゴムのベースに木綿を貼っただけという初代Cambiumは、未だに在庫が切れたままだ。生産が安定してきたら手に入れてみたい気がする。
市川市にたどり着くと、ようやく雲が開けて青空が見えてきた。
浦安市の隣の市川市にはAmazonの配送センターがあって、注文すると爆速で自宅に商品が届く。
Amazonから配送を委託されているカトーレックも市川市にあるようだ。
白黒では見分けがつかないが、カトーレックの建物の上に綺麗な虹が見えていて、ようやく夏を感じることができた。
外出自粛期間中も、カトーレックを含めた配送業の人たちは懸命に商品をたくさんの世帯に届けてくださった。改めて彼らの仕事の大切さを知り、矜持を知った。
自宅に帰ると、真っ先にコンビニのザル蕎麦を食べ、風呂でシャワーを浴びる。
その後、ベランダにロードバイクを立てかけて、ハイボールをひっかけながら、バケツの水とマイクロファイバー雑巾で洗車。
ベランダから見える複雑な形をした雲と青空のコントラストが美しい。
夏だな。