陽気なダンジョンのような街を走り抜けて
「天気予報だと雨だったはずなんだけどね...」と私がつぶやいた。
雨だと思って家庭の予定を考えていたので、久しぶりに晴れ上がるであろう空を見て複雑な気持ちになった。
すると、妻が「明け方まで降っていたそうだから、道路が乾いてないかもしれないけど、どうぞご自由に」と後押ししてくれた。
疲れていたことを察してくれたのだろうかと有り難く思う。
マンションの上の階の部屋に若い子育て世帯が引っ越してきて、その子供が朝から晩までスイッチが入ったかのように走り回るという異様な状況が半年も続き、その世帯が引っ越した。
あの家族は私たちにとって災難だった。
やっと静かな環境が戻ってきて、家族もリラックスしている。
それにしても長く続く梅雨の中で、久しぶりの太陽の下での実走だな。
乾きかけた空気がこれほどまで心地良いものだったのかと改めて感じながら、ロードバイクに乗って出発する。
とはいえ、午前中は上の子供の学習塾通いと保護者会があったので、ライドのスタートは13時を過ぎている。
17時頃には帰宅しなくてはいけないので、正味で4時間くらいか。
「100kmライドなんて、ロングライドとは呼ばない」と言うロードバイク乗りがいたりする。
子供がいなかったり、独身の男性、あるいは子育てが終わった中年が言いそうなことだ。
しかし、夫婦共働きで子育てをしている中での100kmライドは、十分にロングライドだと思う。
また、子供が一人から二人になることで、子育ての大変さは2倍どころか、3倍にも4倍にもなる。
さらに、公立小学校から公立中学校に進むのであればエスカレーターだが、中学受験があると生活が慌ただしい。
まあとにかく、50kmでも60kmでも走ることができる時に走る。
先日のライドに引き続き、今回のライドも「357号線を通らずに、どうやって浦安から幕張までたどり着くのか」という課題をテーマにして走り始めた。
浦安市から千葉市の幕張までたどり着くには、今まであまり関心がなかった市川市や船橋市を通ることになる。
357号線の車道は自動車が混み合っている上に高速で走っている。
しかも歩道には世紀末的な雰囲気さえ感じるほどにゴミが散乱している。
身体に悪そうな異臭が漂うこともあり、このルートはサイクリングには適していない。
かといって、357号線以外の道路を走るとなると、市川市や船橋市は細い道路が網の目のように広がっている。
途中で道が途絶えていたり、車がすれ違うだけでも気を遣うような細い道が多いイメージがあって私は苦手だったのだが、一人でじっくりと走ってみると面白い。
アドベンチャーゲームのプレーヤーになったような気分になる。
往路は新行徳橋を通過して市川市に入り、スマホのナビを使わずに気の赴くままに走る。
クロモリロードバイクにニッカーとバックパックという格好は、浦安から都内への自転車通勤において、街中を走っているメッセンジャーの姿を参考にしたものだ。
この格好の場合には、自転車のまま歩道に入っても、街中で道に迷ってもあまり違和感がない。
見たことがない道、見たことがない商店街、そこで生活する人々。
その人たちにとっては平凡な光景だが、私には新鮮だ。
実際にここで生活していたら、どのような感じなのだろうか。
まるでダンジョンを抜けるかのような楽しさを覚えながら、市川市と船橋市の中を走り、ようやく若松交差点...だったかの場所にたどり着いた。
ここから先に進めば、千葉市の美浜区。
しかし、すでにタイムアップだな。
私はガーミンとかGPSとか、そういった計器類が苦手なので、ここまで走ってきたルートが記録されていない。自分の頭で記憶しよう。
普段から機器やコンピューターに囲まれて仕事をしていると、趣味の時間までデジタルで管理されたくないという気持ちになる。
道路の標識だけを頼りに走り、道に迷えば人に尋ね、道を間違っても、回り道をしてでも目的地を目指す。
それって、人の生き方にも似ているよなと。
いいじゃないか、それで。
帰りは14号線で帰ってみようと思った。
先日は突然の雨で道路が混み合ったが、本日の晴天でも混み合っている。
しかし、ドライバーたちの好意なのか習慣なのか、道路の左側は自転車が走ることができるくらいのスペースを開けてもらっている。
「ありがとう、ありがとう」と声に出しながらロードバイクで通過していく。
この感じが、千葉県なんだ。房総半島も同じ感じ。この心遣いというか、少しのんびりした気持ちの余裕。ただし浦安を除く。
都内の23区のように、自転車のすぐ脇を自動車が走っていくようなことは、千葉県では357号線以外は少ない。
市川市に入ると、自動車の通行が減ってきた。
ハンドルに取り付けたミラーにロードバイク乗りの姿が映った。
自動車では煽り運転が問題になっているが、ロードバイクでもたまにある。
バックパックを背負ったクロモリロードバイク乗りの背後に張り付く意味が分からない。
ハンドサインを送って、後ろのロードバイク乗りに追い越しを促す。
すると、後方のロードバイク乗りは、私に声かけもやハンドサインもなく追い抜いて行った。
バイクはそこそこのカーボン。ホイールはコスカボ。
年齢は30代半ばだろうか。既婚者で小さな子供が一人かな。
その若者の出で立ちは、プロチームのレプリカジャージに緩んだ腹周り。
レーパンからはボンレスハムのような太股と、筋肉の形が見えないふくらはぎ。
サイクリングロードによくいるタイプだな。
そこから、若者は本人なりのスプリントで加速する。うん、ロードバイク歴2年といったところか。
私は白線の上にタイヤを乗せ、久しぶりに前傾を深めて追走する。我ながら大人気がない中年親父だなと思う。
頭文字Dでもあるまいし、公道でバトルをする気はないし、そのような実力もない。
彼が気がつかないくらいの距離を保って追いかける。
それにしても、若さというものは素晴らしいな。あんなにガニ股で、7時の方向までガムシャラに踏み込んでいるのにスピードが持続する。
一方、五十路が近い私はケイデンスを上げて高回転で心肺を使いながら、脚が尽きないように気を遣う。
ああ、このような時はカーボン製のロードバイクに完組ホイールの方がいいな。
手組ホイールを取り付けた愛車のクロモリバイクは、その快適な速度域を25km/hくらいに設定しているつもりなので、スピードを上げるとしんどい。
それ以上に私自身の老いが気になる。
昔のように若くはなくて、時間は戻らないと思うと、もっと毎日を味わって生きればよかったと悔いる。
それにしても、彼は後方確認もせずに自動車を追い抜いていたが、機材だけ揃えたニワカローディなのだろうか。ハンドサインくらいは学んだ方が安全だな。
かなりの距離を走った後、信号待ちで青年が振り返った。
千切ったはずのクロモリロードバイクのポタリストのオッサンが後ろにいて、ビクッとしたところでゲームオーバー。
本人が気づくとさらにペースを上げるので、わざと千切ってもらおう...としたら、すでに私の脚が残っていなかった。
3ヶ月も実走に出ないと、ここまで衰えるのか。年は取りたくないものだ。
もっと軽いホイールだったらスピードが上がるが、そこまでやる必要もない。
14号線を走り続けると、江戸川が見えてきた。
市川市街を一部スキップして江戸サイを走り、途中から14号線に入り、そこから千葉市に入るというルートもありかなと感じた。
なるほど、江戸サイの左岸を遡って、市川橋から14号に入ればいいのか。
市川橋。
シンプルで覚えやすい。

何度も14号を走り込んで土地勘をつかんでいけば、途中の脇道や抜け道を見つけることができるかもしれないな。
江戸川河川敷を大きな抜け道のように考えて、千葉県北西部の海沿いを迂回して千葉県の中心部に入るというルートはたくさんありそうだ。
大好きな内房へのライドをさらに楽しむために、浦安市から千葉市へのより快適なルートを探し始めたわけだが、このアドベンチャーゲームのような迷路感が非常に楽しい。
市川市や船橋市は広いので、丘や緑がある。その辺りにも行ってみたい。その他にも、松戸市、野田市、柏市。きっと新しいことに気づくはず。
自らが住む浦安から東京の方ばかりを見ていて、視野が狭くなっていたのか。
ロードバイクをアップライトなポタリング仕様に変えたので、走りの幅が広がったのか。
千葉県って、内房だけではなくて北西部も面白いな。食わず嫌いのようになっていた。
短い夏休みは、「ステイチバ」で十分に時間を過ごすことができそうだ。