2020/07/10

跡を濁して引っ越した家族

休日の朝、私は遅めに目を覚ました。いつもと違うのは耳栓を付けずに眠ることができたということ。


寝場所がある自室の窓からは、海辺に特有の強い風がベランダに吹く音、離れた道路を走る自動車から微かに聞こえる排気音。

風が木々の葉を揺らす音、そして、起き出した妻や子供たちが会話しながら朝食をとっている生活音。

しかし、マンションの上の階の部屋で、早朝も夜間も関係なく、尋常ではない勢いで走り回る子供の足音は聞こえない。

こんなに穏やかな休日の朝を迎えたのは半年ぶりくらいだろうか。

「浦安って、ほんとはもっと静かな街だったんだ...」と、当たり前と言えば当たり前のことを感じながら、再びしばらくの惰眠をむさぼる。

休日の前、深夜まで仕事で働いた後で携帯電話を見ると、下の子供からショートメールが届いていた。

「上のかいのひとがひっこした」という速報。

それからしばらくして、妻から同じ内容でさらに詳しい状況を伝えるメールが届いた。

マンションの上の階に引っ越してきた世帯とのトラブルで、我が家は大迷惑を被っていた。

その家族が、何も言わずに引っ越して行ったそうだ。

「みんな、我慢していたよな...」と、妻や子供たちに対して申し訳ない気持ちになりながら、劣悪な住環境が改善に向かったことに安堵した。

このまま上の子供が中学受験に入ると大変なので、不本意だが浦安市内での引っ越しを考えていたところだった。

自宅のマンションの上の階に、その一家が引っ越してきたのは、今から半年以上前のことだった。

一人の未就学児を連れた夫婦。子育て世帯が多い新浦安では、別に珍しいことでもない。

しかし、そこからが苦難の日々だった。

朝7時頃から、夜の10時を過ぎるまで、短くても30分間、長ければ2時間以上、上の階の部屋で子供が走り回り続けるようになった。

同じルートを飽きもせず、何度も何度も走り続け、階下の我が家に騒音と震動を響かせる状況は尋常ではなかった。

高性能な耳栓を付けても聞こえるくらいで、花火大会よりも激しい不快な騒音と震動に、私だけでなく妻も顔をしかめた。

気が狂いそうになるストレスとは、まさにこのことだ。

子育てを続け、たくさんの子供たちを見ていれば分かることであり、私は教員免許を持っていたりもするので、より根拠を持って言うが、この子供には速やかな療育が必要だ。

それは妻も同じ意見だったが、子供の状態を認めたくない親も多いそうだ。

しかし、時間は流れる。療育が間に合わないと、その後の社会で苦労する。上から言っているわけではなくて、経験論だったりもする。

さすがにこれは厳しいと、階上の夫婦に善処を求めたが、なんとマットも敷かない状態で子供を走り回らせていた。

子供が走り回っても止めようとしない。元気なことは良いことだと思ったか。

子供には個性があって当然で、生来の性質を責める気はない。

しかし、集合住宅においてこの夫婦の態度はおかしい。階下の家族への迷惑を全く考えていないからだ。

常識を持ち合わせていないように見える。とんでもない一家が引っ越してきたと思った。

自分の子供が他者に迷惑をかけているようであれば現実を受け止め、トラブルを避けることが親の責任だ。

親の責任を放棄しているのか。それとも、親としての自覚が育っていないのか。

あるいは、元々このようなタイプの人間なのか。

ここまで活動性の高い子供の場合には、外遊びを増やすことも大切だと思うのだが、土日でもずっと部屋の中にいることもあって、夜間には部屋で走り回っていた。

しかし、階上の夫婦はこれが普通だと開き直り、母親に至っては、私や妻が静かにしてくださいとお願いに行っても、ドアさえ開けないような喧嘩腰の不遜な態度だった。

こちらは正論を言っているだけなのだが、その母親は感情が直情的で、すぐに沸点に達する感じだった。

父親は話が分かるタイプのように見えて、何か考え方が私とずれていて、会話が噛み合わない。

お互いに感じたことだろうけれど、入居時の挨拶だけで、タイプが合わないことを察した。

挙げ句、その夫婦は、私や妻がクレーマーだと言わんばかりに、マンションの管理組合や警察にまで切り取った情報を伝えて立場を保持しようとしたらしい。

いきなり我が家に浦安署の警官がやってきた時には驚いた。

警官たちは、最初から私の世帯を悪者のように決めつけていた感じがあって、個人名を名乗らずに部屋の中まで上がり込んできた。

子供たちは怯えていた。

「これが公平中正な態度か!?」と私は抗議した。捕り物か何かと勘違いしたのか。

この初動は正しくない。階上の住人は事実に基づかないことを警察に話していて、警官たちは信じ込んでいた。

私と妻は「そんなバカな!」と驚いた。被害を受けているのは私たちの方だ。

しかし、公妨で引っ張られても困る。

巡査部長には私の身分を伝え、誤った情報によって警察の行動にバイアスがかかっていることを説明した後、実際に階上の子供が走り回る音と震動を体験してもらった。

「これは厳しいですね」と警官が階上の世帯に対して注意してくれた。

ブーメランだな。

浦安の新町には高所得な子育て世代が多いが、民度や常識が優れているわけでもない。

経済については詳しいが、地方の政治や行政については無知な人が多い。関心がないからだろう。

そういえば、保育園の前に高級車で路駐して送迎していて、近隣住民から注意され、そのまま浦安署に行き、「路駐をしていたら怒ってくる人がいました。何とかしてください」という訳の分からない申し出をして、警官から「悪いのは、あなたです」と叱られた父親がいたな。

浦安の新町に住む人たちの「我」や「欲」がどれほどに強いのか、それを説明すると話は終わらない。

新町の父親に限って言えば、プライドは立派だが、人柄までを含めて秀才肌の人は少ない。

距離を保てば穏やかで礼儀正しいが、距離を近づければ一癖も二癖もあるような人たちだ。

むしろ、それぞれの父親たちには、かなり限定された分野での突出した能力や才能があって、それらが生きる力として開花したケースが多いと思う。

厳しい競争を生き抜いてきた人たちではあるけれど、人として徳があるわけでも、啓蒙されているわけでもない。

浦安市役所の人たちならよく知っているはずだ。

この町では、市民同士が互いに我が強いので、あえて人と人との距離を離し、ドライな関係を保つという不文律がある気がする。

私はこの疎遠な人間関係を逆に好んだりもする。

同じ新浦安でも、新町ではなくて入船地区や富岡地区といった中町では、もっと人間関係が密だと思う。

中町と新町のどちらが良いかと問われれば、その答えは人それぞれだが、新町のドライな人間関係にも慣れてきた。

しかし、階上の世帯のように、その不文律を破る人が出てくることもある。

その場合、当事者以外の世帯は間に入らず傍観するか、無関心を貫く。

ただし、自分たちの利益を損なう存在に対しては牙を剥く。

要は自分本位なスタイルで、共助の精神は控えめだが、それが浦安の新町のスタイルだと思う。

高洲地区はどうだか知らないが、日の出地区や明海地区はよく似た感じだと思う。

もとい、警官の話では、子供だけでなく、父親までが部屋の中を走ることがあるそうだ。

大人が部屋の中を走る?

あまり悪い人のように思えないが、落ち着きがない父親だなとは思った。

たまに、もの凄い音と震動があったのは、この父親が原因だったのか。

しかし、この多動力が大手企業の営業やSEといった分野では生きる力として武器になるのかもしれないな。

周りのことなんて気にせずに一直線でアウトカムを狙っていく人は出世も早かったりする。

その世帯に対して私や妻が直接注意するとトラブルが深刻化するからと、警察としては110番通報しても構わないという対応になった。

上の階としても分厚いマットを敷いてくれたようだが、子供は相変わらず走り回った。

実際にその子供を観察するとすぐに分かることがあったし、警官もマンションの管理者も気づいたそうだ。

部屋の中を走り回ることは、子供であれば自然なことだ。だが、この走り回り方は尋常ではない。

人には考え方の違いがあって当然で、その夫婦としては子供に問題がないと判断し、私の世帯をクレーマーだと考え、この状況を我慢しろというオプションを選択したのだろう。

あいにく、私は礼儀がなっていないと感じる他の家族に対してまで、温かい理解と協力を提供しうるほどには人徳がない。

厳しい時には警察に相談することにした。

マンション群という「村」において、私の世帯をクレーマーにしたかったようだが、この村には他の世帯に迷惑をかけてはいけないという「掟」がある。

この掟を破った人たちには容赦がない。

結果、憤りが限界に達したのか、誰も動かないので諦めたのか、あるいは建設的にトラブルを回避しようとしたのか分からないが、階上の世帯が何の前触れもなく引っ越した。

引っ越しの準備をするなら階下に一言伝えるのが礼儀だと思うのだが、挨拶もなかった。

普段からうるさいので、引っ越しの準備があっても気が付かなかったな。素になって考えると異常な状況だった。

考え方は人それぞれで、個人の考え方がその人にとっての常識になることはよくある。

そして、その世帯が引っ越した直後、市内の不動産屋の管理職が我が家に詫びに来た。

分譲マンションだが、その世帯はオーナーからの賃貸の形で入居したそうだ。

その契約を仲介した不動産屋が、今までの半年間、私たちが散々苦しんだ後で謝りにやってきた。

実際には、管理する物件の下の階の我が家の様子を見に来たという思惑もあったのだろう。

この辺りの丁寧な対応は、浦安市内の不動産屋の特徴であり、ブラックな業者は少ない。

浦安の良さかもしれないな。

ただし、不動産屋の対応は遅かった。賃貸であれば、オーナーに連絡して契約内容を問うという手段もあったはずだ。

その時に応対したのは妻だったが、不動産屋に対して感情的になることはなく、お互いに情報を照らし合わせた。

階上の世帯は、警察やマンションの管理組合だけでなく、賃貸を仲介した不動産屋にまで、「下の階からクレーマーがやってくる」と、対応を要求したことが分かった。

案の定、自分たちの子供が階下の家族に甚大なストレスを加えていることには十分に説明していなかった。

その夫婦としては、嘘をついているわけではなくて、子供とはこのようなものだと思いこんでしまっている。

だからこそ、どうして周りは理解してくれないのだと、色々なところに言って回るのだろう。

それにしても...おそらく大手企業に勤めている父親だと思うのだが、手際がいいな。

様々なところに相談して、何とかしようとして、もはやこれまでと自己完結して引っ越しか。

このトラブルは仕事の段取りとは異なるが、アクションの速さは勉強になる。

しかし、自分たちは決して前に出ずに、当事者である私たちの知らないところで手を回す感じがアレだな。

ビジネスシーンで染み付いた考え方なのかもしれないし、教師に告げ口する小学生のような弱さも感じる。

父親になったのなら、腹を決めてタイマンの直接的な議論をすればいいではないか。

私の世帯に非はないし、私にも父親として家庭を守る責任がある。

私の世帯が耐えかねて引っ越すという選択肢もあるが、時間や費用や手間で大変な損害を被る。

ここで引くと後悔するので、騒音調査会社と弁護士を間に入れ、民事訴訟で徹底的に対応する気持ちもあった。

しかし、まだ主砲を撃っていないのに勝負が決まってしまった感がある。まあいいか。

普通に生活していれば、早朝から深夜まで、部屋の中で子供が同じルートを走り回ることは尋常ではない。

子供の個性を親として真正面から受け止めることと、受け入れずに放置することは違う。

子供の個性が他者に負荷をかけているのに、やり過ごそうとするから軋轢が生じ、理解や協力が得られないのだろう。

もちろんだが、子供の個性に対しては近隣住民としても最大限の理解と配慮が必要だ。

だが、そのためには親の礼儀が必要だ。不遜な態度をとって喧嘩腰で対応する親が、他者から理解や配慮を得られるだろうか。

妻は不動産屋の管理職に対して、「私の言っていることが嘘だと思ったら、警察で確認してください。事実なんです」と説明した。

不動産屋としても、その世帯と面会して、部屋の中を子供が猛烈な勢いで走る姿に驚いたそうだ。

なぜに親が止めないのか。おそらく、止めると癇癪を起こしてさらに暴れるからだろう。

トランポリンを用意してずっと跳ねることができる環境を用意する家庭もあるそうだが、そこまでの情報を得ていないらしい。

その子供の性質は個性だが、親としては、子供の個性を受け入れ、他の世帯とトラブルが生じないように、階下に人が住んでいない部屋を選ぶ必要があった。

我が家に対する階上の世帯の言動に対して、不動産屋の管理職としても「常識がないですね」と同感してくださったらしい。

ここで不動産屋に対して「仲介したのはお前たちではないか!」と怒るのは大人の対応ではない。

ただ、賃貸として管理している以上は責任が伴うので、今後は話し合いたいところだ。

このような大迷惑が何度もやってきたら厳しい。

もちろん、その世帯においては、それまでの言動が常識だと思っていたことだろうから、集合住宅ライフはなかなか難しいな。

まあとにかく、とても辛い半年だった。

いや、正確には9ヶ月くらいか。コロナ禍での外出自粛時は強烈な精神修行だった。

この手の話は、子育てに悩む親の話ばかりが広がって、近隣住民については理解がないとか、クレーマーだと言われたりもする。

しかし、子育てが大変だからと親が開き直ることは正しくない。

毎日天井の上でドコドコドンとストレスを受けて、同じ苦しみを味わえばいいのにと思った。

その夫婦は、自分の子供がどれだけの迷惑をかけているのか、お願いしても我が家に来て確認しようとしなかった。

実際に我が家で確認すれば、子供のことを認めざるをえないことになるからだろう。

思い出しただけでも口の中が苦くなる。

しかし、今日から、その我慢はなくなった。

「今日は、とても静かだね!」と家族でしみじみと喜び、昼食の準備をしていた。

その時だった。

突然、「ドンッ、ドドドドドンッ、ドコドコドンッンドンドンッ!」という爆音と震動が天井から鳴り響いた。

「この音、○○家の子供だよな!? 引っ越したはずだよな!?」と私は妻に尋ねる。

「退去時の部屋の確認と鍵の受け渡しじゃないの!?」と妻が私に答える。

相変わらず常識のない人たちだ。最後の最後まで我が家に迷惑をかけて去るつもりか。

退去時の手続きなんて、世帯主が一人で済ませればいい。

子供まで連れてきて、部屋の中で走り回らせるなんて、世間一般の常識として明らかにズレている。

ここまで子供の騒音でトラブルを起こしたのに、この夫婦は反省していなかったらしい。

マンション群だって生活のための場であり、町や村なのだが、まるで長期滞在が可能なホテルのように扱う子育て世代が、浦安の新町にはなんと多いことか。

まあ、私も他人のことを言えないな。この町で人と人との繋がりがどれだけ広がったことだろう。

まるでホテルで10年以上を過ごしたかのような感覚だ。

階上の家族がどこに引っ越そうが私には関心がないが、下に住人がいる部屋に引っ越したら、再び他の家族を精神的に追い込むくらいに、その子供は部屋の中を走り回ることだろう。

分譲マンションに賃貸で入居するような人が、戸建てを買うかどうかは分からない。

また、マンションの一階に引っ越すような良識があれば、今回のようなトラブルには至っていない。

引っ越した先の階下の住民が気の毒でならない。

そして、半年以上も迷惑をかけ続けた我が家を無視して、その家族は最後の爆音を残して立ち去った。

最後まで迷惑をかけ続ける人たちだったな。

私としては、「おい、ここまで迷惑をかけておいて、挨拶もなしかよ!」と怒鳴りたい気持ちだった。

しかし、常識のない夫婦に常識を求めても仕方がないので抑えた。その人たちにとっては、その行為が常識なのだろう。

今まで何度もこの夫婦と話し合ったのだが、言ったことが伝わらずに捻れて曲がりながら解釈された。

相手の言動も理解しがたい。自分たちが正しいと周囲にふれ回って、結局は引っ越していなくなるとは。

愛するわが子に対して下の階の住民がクレームを付けてきて、仕方なく大金を払って引っ越したという解釈になっているだろうし、反省なんてしていないことだろう。

これから、幼稚園、小学校、中学校と進み、どこまでこのペースを維持しうるだろうか。

今、この瞬間でさえ、工事現場の機械のような爆音を出しながら新居で走り回り、下の階の住民が顔をしかめて苦しんでいることだろう。

他者を巻き込みながら進むトルネードスタイル。

その物件を管理する不動産屋に妻が立ち寄り、部屋の中を走り回るような家族を入居させないようにお願いした。

この一件は我が家においてダメージが大きかったが、勉強にもなった。

私の子供たちに対しては、「このようにマンションで迷惑をかける人は正しくない。集合住宅では静かにすべきだ」と諭した。

子供たちは、常軌を逸した騒音と震動で困っていたので、すぐにその意図を理解してくれた。これはこれで教育になったな。

近い将来に引っ越す時には、上の階に注意したいところだが、それができれば苦労はない。

マンション住まいは、ギャンブルに近いものがある。

それにしても静かだ。