2022/06/26

新浦安で気が狂ったように暴走する「イエローカー」に気をつけろ

昔から「黄色の救急車」という都市伝説があり、「イエローピーポー」と呼ばれていることもある。今回は黄色の救急車ではなくスポーツカーに遭遇したわけだが、とても奇妙な体験だった。なるほど、黄色は警戒色だ。

週末のサイクリングに出かけた日曜日。全ての道程の中で最も気をつける必要がある街がある。それは、自分が住んでいる浦安市だ。東京都から千葉県まで幅広く自転車で走っている私だが、「浦安市ほどサイクリングで危険な街はない」と断言したい。

しかし、今回はこの街が嫌いだと嘆き続けるわけではなくて、とても奇妙な光景に出くわした。初夏のミステリーと表現しうる。一体、何がどうしてこのような事態になったのか私自身がよく分からないし、まるで推理小説の冒頭のような出来事だ。

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2022/06/23

積立投資と蜘蛛の糸

人の生き方とは成り行き任せで偶然の積み重ねだな。趣味として10年近く続けていたロードバイクを降り、ミニベロに乗り換えることにした。気楽に乗る小径ホイールの自転車に高価な部品は必要ないと考えて、あまり金をかけない自転車のカスタムに取り組んだ。

そして、趣味に投じていた金だけでなく、自分が稼いだ金の使途に興味を持ってしまった結果、節倹や節税、そして少額投資を「ゲーム」として楽しむことができないかと思うようになった。経緯はこの録に記した。早い話、私は生きること自体に飽きてしまっていて、ルーティン化されない何かを求めているのだろう。

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2022/06/16

住宅価格の暴落と終の棲家とコンパクトシティ

そういえば、10年とか20年といった長期間の資産運用について勉強していた時に、気になる情報に触れた。つるピカハゲ丸の節倹術のように個人レベルの話ではなくて、社会レベルの話。

近年では住宅価格が高騰しており、浦安市の場合にはずっと前からマンションも戸建ても高い値が付いている。海沿いの戸建ては中古でも1億円くらい、マンションでも6千万円程度の価格になっている。しかしながら、そのような不動産価格はいつまで続くのだろう。

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2022/06/13

つるピカハゲ丸に学ぶ節倹術

ある程度は予想していたことだけれど、今年に入ってからの様々な製品の値上げと急激な円安は凄まじい。感染症のインパクトに加えてロシアが戦争を起こすなんて考えつかなかったし、その影響が全世界に及ぶとは。

それにしても、全世界の人たちがコロナで疲れている時に空気が読めないらしい。適切ではないと思うので私は決して口に出さないけれど、第二次世界大戦を経験した祖父はロシア人に対する蔑称を吐き捨てることがあった。それほどまでに大きな憤りや不信感があったのだろう。

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2022/06/10

つまらなくて暇つぶしにもならないブログ記事

他のブロガーに対する辛辣な感想ではなくて、自分自身が書き綴っている録のこと。近くはないけれど遠いところに定年退職が見えてきたオッサンの日常生活はほとんどがルーティン化されている。それを日記として記したところで多少は盛らないと面白くなるはずもない。

だが、日記とはそもそも他者に見せるものではなく、自分が生きてきた記録を残しているだけという見方もあり、それらが面白い内容である必要もないように思える。とはいえ、他者から面白く思われるかどうかは別として、最近のHYPSENTは開始当初からの陰鬱さがさらに深みを増し、自分で録を読んでも気分が落ち込む。通勤時間の暇つぶしであっても読みたくない。

なるほど、自分が書いた小説の表現があまりに変態的すぎて著者自らが吐き気を催した江戸川乱歩のエピソードは強ち誇張ではない気がする。

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2022/06/05

仲良くなったのかも。絶望と。

観ても大丈夫なのか、観るべきではないのか。哲学的思考の濁流に飲み込まれるようなアラートが鳴り続けている中で鑑賞することにしたとあるアニメ。案の定、頭の中が大変な状態になり、やっと濁流から逃れて録を記している。

Amazonのプライムビデオで勧められた「少女終末旅行」という作品。まあ大丈夫だろう、デフォルメされた可愛らしい二人の少女がほのぼのした物語を繰り広げるはずだと信じて鑑賞を始めた。しかし、冒頭から心をえぐり取られるような残酷な世界観に覆い尽くされた。そのテーマが人類滅亡の瞬間であることは違うことなく、自分自身の人生の終焉さえ感じさせるインパクトがある。そして、寝付きが悪くなった。

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2022/06/04

神崎川にかかる庄左エ門橋の上で見かけた生き方の鍵

いつもは「谷津道」のカテゴリーにて録を記しているサイクリングの話だが、今回は「生き方」のカテゴリーに残したい。自分が生きる上で意味があるエピソードだ。

サイクリングの間にひとつの「気付き」があった。五十路近くのオッサンの人生なんて螺旋状に連なったルーティンの繰り返しだと思っていたけれど、ふとしたきっかけで気が付くことがあるものだ。重要なきっかけになるエピソードを「鍵」と呼んだりもする。確かにこれは鍵だな。

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