2023/01/29

大きめの重力感で床に伏せながら

年末年始の繁忙期を年の功で何とかやり過ごして週末がやってきた。土曜に入って荒れた自宅の中を片付け、自分の衣類などを自分で洗濯し、愛用している小径自転車のブルーノスキッパーのチェーンを外してクリーナーで洗浄し、見ようと思っていたNetflixの映画やアニメを深夜まで鑑賞し、久しぶりに有意義な休日だと満足して眠りに就いた。明日は千葉市から外房にサイクリングに出かけようと。

しかし、目を覚ました時点で日曜のサイクリングを諦めた。全身が重く感じて床に押し下げられているような感覚がある。GANTZのZガンあるいは転生系のアニメでたまに見かける垂直重力の魔法を受けたかのように立ち上がれない。創作世界であれば楽しめるが、リアルでは洒落にならない。手足どころか指先さえも重く感じる。

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2023/01/23

全身バキバキの筋肉痛

浦安市から江戸川の左岸を自転車で走り、流山市にある「魔王の塔」と勝手に名付けた焼却施設をランドマークにして戻ってくる往復60kmのサイクリング。ロードバイクであれば大した苦労はなく、ミニベロであっても無理なく楽しめるコースだ。

...と思っていたのだが、2ヶ月近いブランクは五十路近い身体に大きく響いたらしく、眠って起きたら全身の筋肉がバキバキに硬直して動けない。関節痛がないことは、すなわち自転車のポジションがうまく出ていたという証左なのだろう。やはり、インドアと違って実走は満足感がある。

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2023/01/22

江戸川でサイクリング+チェアリングを試みたのだが

最近、「チェアリング」というアクティビティが流行っている。アウトドア用の折り畳みチェアを携行して好きな場所に行き、デイキャンプの要領で座ってコーヒーを煎れたり、読書したり、風景を眺めたり、連れがいれば会話を楽しむ。ただそれだけのことが楽しいらしい。

また、チェアリングと自転車はとても相性が良く、とりわけ小回りが利く小径自転車であるミニベロとチェアリングの相性はさらに良いらしい。年末年始に家庭が荒れてどん底の精神状態だった私は、なるほどそうかと思って、チェアリングでは定番のHelinox(ヘリノックス)の「チェアゼロ」と「タクティカルチェア」という二種類の折り畳み椅子を購入した。

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2023/01/19

高嶺の花は枯れないらしい

昔の話になるが、大学に合格した私は、寂れた田舎町の実家で大きなボストンバッグに身の回りの物を詰め、新幹線の駅に接続する在来線の列車に乗った。そこから新幹線に乗り、首都を目指した。当時の私の前には自らの選択や成り行きによって進むことができる無数の併行世界が広がっていた。

オッサンになった今では日常になった東京の街が、当時はとても大きく見えた。乱立するビルや人の雑踏の中で自分が砂粒のように小さな存在であることを実感し、それでも安定した職に就き、伴侶と共に家庭を築き、この都会で生き抜こうとした。

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2023/01/14

年賀状に映るミドルエイジの心境と武蔵野線の変なオジサン

都内のサイクルショップで売れ残っていたブルーノ・スキッパーという廉価な小径自転車を手に入れて、自分でカスタムを加えて乗り始めてから早くも1年が経った。私の身の回りには、期待せずに手に入れたものの気が付くと生活の一部となっている品が多々ある。ブルーノもそのひとつなのだろう。

以前から年末年始は趣味のサイクリングを自粛することに決めていて、室内でスピンバイクを漕いだり、ミニベロのパーツやアクセサリーを細かく変えている。輪行の準備はほぼ完了し、自走でのツーリングのために小型のパニアバッグも手に入れた。極端な繁忙期が過ぎればパニアバッグに折り畳みチェアを載せて、最近流行しているチェアリングを試してみようかと思っている。

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2023/01/08

親父のクライシスを求めてブロンプトンを注文しかける

昨年の木の芽時、正確には4月頃から浮動性の厳しい目眩に苦しみ続け、症状自体は何ら緩和することなく年を越した。コロナによる人流の制限が緩和され、ディズニー客が浦安に押し寄せてきたことが私にとって大きなストレスになった。笑い話ではない。

さらに、年末が近づいた夜の午前3時に夫婦の怒鳴り合いが勃発し、妻は自分の実家依存や義母による突撃を肯定して開き直るようになった。以後、事務的な内容を除いて夫婦の会話はない。別居あるいは離婚まで残り10年も仮面夫婦が続くのかと絶望した私は、半ば衝動的にブロンプトンを注文することにした。

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2023/01/01

申し訳程度のおせち料理から始まる元旦

新年を迎えて多くの人たちが気持ちを新たに前を向く1月1日。しかし、私にとっては1年で最も気分が沈む日だ。私だけを残して妻や子供たちが浦安市内の義実家に向かい、ずっと入り浸って夜に帰ってくる。

私の家庭観が砕け散り、妻の実家依存という現実を受け止め、さらには子供たちまでが義実家と共依存し始めたという現実を受け止めることになる。まあ、下の子供が成人した段階で別居なり離婚するので、私にとっての苦痛からの解放の日が近づいていると思って我慢するしかないだろう。もはや、妻と義実家の共依存は宗教性を帯びている。私が何かを言っても変わらない。

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